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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 第三章「犠牲と友情」
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第三話『field domination』

 でたらめな重力とでたらめな力を持ったドラゴンが住み着く、平穏なドラゴンエンパイアから切り離された殺伐の谷底。

 フィディの故郷、征竜とやらが谷底の天辺に居座っているこの場所で、フィディと黒音は再び懐かしい戦いを繰り広げていた。

 バランスブレイカーとなり、黒いボディスーツに身を包んだ白銀の少女フィディは人間界の軽く七倍はある重力をものともせず、いつも通りのスピードで移動している。

 だが黒音はアズと一体化もしていなければ、この重力下で動くのも久しぶりだ。

 以前の黒音がここに来たのはフィディを仲間に率いれる為、いた期間は二十日間。

 しかしそれから月日が経ち、再びこの空間に来てフィディと戦ってみればこの様。

 パンチ一発当たる気配もなく、たった十分足らずで膝をついてしまった。


「どうしたんですかマスター、これでは戦いになりませんよ?」


「な、生身の人間が……ここまで非力だったとは……」


『情けないなぁ、もっと本気出さなきゃ』


「無茶言うなよ……お前もこの重力を受けてみりゃ分かる……」


 実体化していない状態のアズは幽霊のようなものなので、契約者以外の一般人には見えないし、重力なども受けない。

 しかし契約者自身はパートナーのように霊体になることは出来ず、もろにその重力を喰らう。


「少し休みましょうか」


「い、いや……もう少し、もう少しだけ付き合ってくれ……」


「マスターがそう言うなら、ですがそろそろこちらからも攻撃させていただきますね」


 先ほどまでフィディはずっと攻撃せず、黒音がこの重力に慣れるまで黒音の攻撃を避け続けていた。

 と言ってもフィディが避けるまでもなく、黒音が腕を伸ばし切る前に腕の力が持たなかっただけだが。

 しかしこれからはフィディも攻撃してくる、つまりやられる確率が跳ね上がると同時に、攻撃を当てるチャンスが生まれると言うことだ。



「ああいいぜ、かかってきな」


 最初の頃はそう思っていたのだ、最初の頃は。

 だがたった三分も経たないうちに、黒音はその場で仰向けにぶっ倒れる。

 フィディに攻撃が当たらないくらいならばまだマシだったが、フィディから攻撃を受けるようになるといいサンドバッグにしかならなかった。

 黒音は全身に響く痛みを噛み殺しながら岩の壁にもたれかかる。


「何だこの無力さは……リミットブレイカーって何なんだよ……」


「やはり……マスター、このような無茶な特訓はやめましょう。マスターが私に勝てないのは、本来の実力を出し切れていないからです」


「確かに生身だし、この空間にも慣れてねえけど、流石にこの差はおかしいだろ」


「マスターの実力は本物です、ですがそれを十二分に発揮する為の基礎能力が足りていません」


「要するに……身体能力が欠損してるのか」


 そう言えばリズの所にいた時は無茶苦茶な筋トレをさせられていたか。

 黒音はあの地獄のような日々の意味を、今になってようやく理解することが出来た。

 戦隊もののヒーローが顔を青ざめるほど危険な戦いをしている契約者にとって、肉体の強化は必須中の必須。

 並みの肉体では黒音達のようなハイレベルの戦闘をすれば、ほんの一瞬で崩壊するだろう。


「人間界に帰るまでの数日、人間界では体験出来ないこの過酷な重力下で特訓しましょう。最初は走り込みです。ここは足場も悪く、全身の筋肉をバランスよく鍛えることが出来ます」


「お、お前に接近するだけでも息が切れるようなこの場所で、走り込み? 五分も持たねえぞ……」


「ですがただ戦うよりもその方がずっと効率的です」


「あー……それもそうか……うし、やってみるか。しんどくても、マイナスにはならねえしな」


 黒音はアズを含めた使い魔と神機全員を展開し、体をほぐし始める。

 どうせ自分達には重力なんて関係ないと思っていたんだろう、だがそうは問屋がおろさない。


「お前らも一緒に走るぞ。俺達は一応大人数の連携だって武器にしてるんだ。俺とフィディとレオで三人、神機組の三人の二組に分かれる。互いのチームが戦いながら先に谷底の最奥まで行ったチームが勝ちだ」


 勝負形式にした方が皆やる気がでると考えて妥当にチーム分けをし、黒音はフィディ達を連れてスタート地点につく。

 アズが黒音と一体化するとチートになるので、アズは上空からルート案内をしてもらう役だ。

 

「神機組は武器の形体に変身するのはナシな。全員が平等にこの重力下で戦ってゴールするんだ」


「それはいい……でも、黒音は攻撃されたらすぐにアウト」


「確かにザンナの言うとおりだが、俺はあくまでアズと一体化しないだけで魔術は使う。身体能力や戦力としては最弱かもしれないが、足は引っ張らねえよ」


 歩くことさえままならないようでは、そもそもいる自体足手まといな気もするが。

 フィディはむしろ嬉しそうに黒音とレオの手を引いて黒音を真ん中に、フィディとレオで黒音を挟むように配置して位置についた。


『じゃあよーい、スタートっ!』


 上空から聞こえたスタートの合図とともに、六人は一斉に地面を踏みしめた。

 たった一歩でとてつもなく前進したフィディを、ずば抜けた身体能力でレオとザンナが追っていく。

 レーヴァテインとサンティは後からじわじわと先頭集団のフィディ達を追いかけ、ついでとでも言うかのように片手間で黒音を攻撃した。

 六人の中でもっとも遅い黒音はまず壁に魔力で作った剣を突き刺し、魔力で編んだ鎖をくくりつけてターザンのように谷底を渡っていく。


「原始人みたいね、主。でもちょっとカッコいいかも?」


「褒めてるのか貶してるのか……まあどっちでもいいぜ」


「今回は競争なので、支配者とあっても容赦はしませんよ」


「ああ勿論だ。多分そんなこと言ってる余裕はねえだろうがな」


 フィディと同じくたった一手でレーヴァテインとサンティを追い抜いた黒音は、二人を魔力の鎖で拘束した。

 アズと離れているとは言え、黒音も一応はリミットブレイクを会得した超一流の契約者だ。

 神機の二人の力を以てしても、黒音に縛られた鎖はそう簡単には外れなかった。


「ちょっ、何これっ……固いっ」


「支配者、これはっ……」


「神機の特性を弱める効果のある鎖だよ。じゃな!」


 敵の戦力を抑える為の魔術がここで役に立ってしまった。

 黒音は再び壁に剣を突き立ててそれを巻きつけた鎖で渡り、ようやく先頭集団に追い付いた。

 勿論これくらいの策で易々と先頭集団に追い付けるわけがないが、先の方でレオとザンナが戦っていたのだ。

 黒音はフィディを先に行かせようと判断し、レオと二人でザンナを食い止める。


「いいのご主人様、フィディを追わなくても?」


「レオ、これはチーム戦だ。勝つことを優先するなら、もっとも可能性の高いフィディを先に行かせた方がいい」


「……その様子だと、レーヴァテインとサンティは抑えてきたみたい……」


「その通りだ、まあすぐに追いつかれるだろうけどな。でもフィディが少しでもゴールに近づけるなら、それでいい」


 フィディを追いかけるだけの体力が残っていないことを棚に上げ、黒音は痛覚に直接ダメージを与えるザンナの特性に警戒しながらレオと連携して立ち回った。

 レオの身体能力はフィディにも匹敵するほどだが、一人で突っ走りやすく隙を突かれやすい。

 その弱点を補うのが黒音の観察力と反射神経だ。

 レオの動きに的確に指示を飛ばし、時には自ら動いて相手の隙を作る。


「すごい……いつもより動きやすいよご主人様!」


「仮想空間での戦闘が役に立ったらしいな。気を抜くなよ! 一撃も受けるな!」


「そんなの無理……ニ対一でも、黒音がレオの足を引っ張ってるのは事実だから」


 いつの間にか黒音の背後に回り込んでいたザンナが、素早く腰に拳を叩き込む。

 腰の骨にとてつもない衝撃が加わり、神経が焼き切れたかと思うほどの激痛が黒音を襲った。


「このバカ神機ッ……痛覚を最大限まで高めやがったなッ……!?」


「バカって言った……お仕置きするから」


 うずくまる黒音の胸にサッカーボールを蹴るような形でくるぶしを打ち込み、さらに首の付け根を肘で突く。

 胸の筋肉を引き裂くほどの痛みが筋肉を突き抜けて肺に及び、黒音の呼吸が停止した上に首から伝わる激痛が神経に伝わり、黒音は口を大きく開けたまま気絶した。


「ちょ、ザンナ!? こ、これは流石にマズいんじゃ……」


「うん、本当の黒音ならね」


「このバカ神機、どうやら俺を殺す気らしいな」


 二人の目の前にいる黒音だったものは、煙を噴き出して消滅していく。

 黒音が魔力で作り出した分身、厳密には魔術で作り出した"錯覚"だ。


「黒音……いつの間に〈幻影魔術〉なんか……」


「シルヴィア師匠にイートカバーを教わりたいって直談判しに行った時に、シルヴィア師匠の部屋にあった魔術書を何冊か読ませてもらってな。そこで使えそうな魔術をちょっとだけかじったんだ」


 黒音がシルヴィアの所に行く時、同行していたのはパートナーのアズと使い魔のフィディ、そして神機のレーヴァテインのみだった。

 あまり大勢でぞろぞろ行ったら警戒されるからと言う理由でお留守番させられていたが、まさかその間にこんな魔術を身に付けているとは思わなかった。


「と言っても所詮は付け焼き刃だ。だからすぐにバレた」


「でもすごいよご主人様、私ご主人様が入れ替わってたって分かんなかったもん」


「そりゃザンナを相手してたら注意も散漫になるさ。そろそろフィディもゴールした頃か。サンティとレーヴァテインを回収したら今度は妨害ナシの競争しようぜ」


 確かにザンナ達も慣れない重力の谷底で、これ以上戦う気力なかった。

 素直に黒音の提案に乗ったザンナは、少しでも疲れた体を休める為に武器の形体に変身してレオの手に収まった。


「じゃあ私達は一足先にレーヴァテイン達と合流するね。ご主人様はフィディの様子でも見てきたら?」


「それもそうだな、じゃあ行ってくる。おーいアズ、降りてこいよ!」


 アズを呼び寄せ、黒音はずっとずっと先へ行ったフィディを、レオと武器状態のザンナは黒音に拘束されたレーヴァテインとサンティを回収しに向かった。

 いつの間にかこの重力下でも普通に歩けるようになっており、黒音はその場で軽くジャンプしてみる。

 そして地面に着地した瞬間、黒音のいる場所を中心にクモの巣状の亀裂が走った。


「……よくもこんな場所でフィディと戦ったな、俺……」


『普通の人間なら、物理的な殴り合いが苦手な海里華とかだと指一本も動かせないからね』


「この空間で自由に動けるのって俺らだと何人いる?」


『単純な身体能力で群を抜く梓乃と、黒音と同じタイプの焔、黒音を含めて三人かな』


「遥香はどうだ? 遥香なら無表情のまま普通に歩きそうだけどな」


『うーん、無表情のまま引き返すと思うよ?』


 その上この空間でフィディのように自由に戦える者と言えば、四大チームの中でも相当限られてくる。

 〈strongestr〉は規格外なので論外として、〈tutelary〉達他の四大チームは各リーダーと副リーダーを含めて平均二人から三人くらいだろう。


「にしてもこの谷底、どんだけ続いてるんだ?」


『随分長いね。そう言えばさっきから他のドラゴン達の視線とか殺気を感じなくなったような……』


「……嫌な予感がするな……アズ、急ぐぞ」


 突如として始まった、三人の麗しい少女達の舞闘会。

 スリットの深い黒のドレスを纏い、骨董品のような剣を二振り腰に下げた黒髪の少女に対するは、赤と白の少女。

 炎のステージを舞う踊り子のように赤いビキニを纏い、肩甲骨辺りから噴き出す炎が翼を形作っている。

 もう一人は巨大な腕の形をしたトンファーを腕に装着し、ゴリラのように両腕を地面に突き立てている。

 ニ対一の状況、黒いドレスを着たラスボス風の女性か、赤と白のコスチュームを纏った小さな少女達か。

 声援は二つに分かれ、三人の耳を埋め尽くす。


「何だかくすぐったいね、応援されながら戦うのって」


「でもテンションあがる……絶対勝とうね……」


「こんなに大勢の前で死ぬなんて、可哀想ですね」


「コロナ、優、その女の持つ神機の特性はくれぐれも気をつけろ」


 御影が言葉を言い終えると同時に、先陣を切ったのはやはりコロナだった。

 コロナの動きには駆け引きの要素など一切なく、エイスは一歩下がって即座にコラーダの特性を発動する。

 ねじ曲げられた空間に巻き込まれ、たちまちコロナの肉体は無茶苦茶にねじ曲げられ──


「ねえ、どこ狙ってるの?」


「……いつの間に」


 コラーダの特性、空間操作でねじ曲げられたはずのコロナは、何事もなかったかのようにエイスの背後に立っている。

 そしてそれがまるで当然の結果だと言うように、優も一切動じずにその場に待機していた。


「アンフェアだから最初に教えといてあげるね。コロナには空間をねじ曲げても、深影ちゃんみたいに次元をこじ開けてもまったく無駄だよ。私の概念は"大国"なんだから」


「いまいち意味が分かりませんが、とにかく危険な人物と言うことは分かりました」


「大国が、概念だと……? 国の、まさか……」


 早速何かを察した深影が、行き着いた憶測があまりにもあり得ないものすぎて驚愕する。

 限りなく不可能に近い、しかし絶対ではないその僅かな可能性は、多くの契約者を脅かす。


「次は僕……空間をねじ曲げるってことは……ねじ曲げられることも覚悟してるよね……?」


 重装甲の戦車を彷彿とさせる優が、のっそりと両腕を上げて前に踏み出た。

 するととても小さな少女が踏み出したとは思えないほどの地響きが空間を揺らし、アスファルトの地面に亀裂を刻む。


「コロナ、危ないから下がっててね……」


「優ってば、コロナの力を知ってるくせに……まいっか、じゃあ下がっとくね」


「次は油断しませんよ。見た所先ほどの少女のようにとてつもない機動力を持っているわけでもなさそうですし」


「僕もついでに二つ教えてあげる……コロナがねじ曲げられた空間を無力化出来たのはスピードじゃなく、必然……そして二つ目……」


 巨大なロボットが歩いているのかと思うほどの重量感を放ち、優は軽く拳を引いて突き出した。

 エイスは目を閉じたままそれを避けるが、直後強烈な風圧に後ろへ吹き飛ばされる。


「なっ……この威力は……」


「僕の拳は一発でも喰らうと骨の一本や二本じゃ済まない……当たれば消し飛ぶ、そう考えた方がいい……」


 渦巻く炎と地面から突き出した岩に囲まれた二人は互いの背を合わせ、まるで人が変わったような無機質な声と瞳で、


「圧倒的なスピードを誇る炎の女神と」


「絶対的なパワーを秘めた鋼の堕天使」


「「二人は一人、我らに対峙した己が運命を恨め」」


 今までは単体の戦いしか見たことがなかったが、今更なことを思い出した。

 常に二人一緒にいて、考えることも踏み出す足も一緒な双子顔負けの二人は、戦いの時でさえ二人揃ってようやく本領を発揮するのだと。


「格好つけている所悪いですけど、堕天使の方は空間をねじ曲げられて平気なんですか?」


「やってみたら分かる……でも、ねじ曲げられる覚悟があるのなら、だけど……」


 コロナがコラーダの特性を受け付けないと言うことはよく分かったが、その相方である優にはとてもそんな能力があるとは思えない。

 確かに優のパワーは直に風圧を受けて知っている、だがそれと空間操作への耐性は関係ない。


「ものは試しですね。コラーダ!」


 エイスは自分とコロナを結ぶ線分からかけ離れた方向の空間を四ヶ所ねじ曲げ、さらに大きく距離をとる。

 優との間に空いた距離は約六メートル以上、優はねじ曲げられた空間に囲まれながらも、未だにその面持ちに焦りは見えない。

 そして次の瞬間、深影とエイスの目の前で信じられないことが起こったのだ。


「こんなの……コロナに比べたらまだまだ弱い……」


 優はデコピンの要領でねじ曲げられた空間に人差し指を向け、その指先を弾く。

 たったそれだけの、子供のイタズラのような動作で、ねじ曲げられた空間の一つが破壊された。

 元に戻ったのではなく、ガラスを叩き割ったかのように空間が割れたのだ。


「空間を構築、支配することが私、コロナの力」


「空間を破壊、解放することが僕、優の力……」


「まさか、自力で空間を自由自在に操れると言うんですか……!?」


「それくらいの力がなければ守護者には選ばれんだろう。かく言う俺も初見で驚いたがな」


 今度は優が壊した空間にコロナが触れると、砕け散ったように見えた空間は瞬く間に再構成した。

 まさに破壊と再生、創世の時より変わらぬ真理だ。


「まさか、ここまでやるとは……もう惜しむことは出来なさそうです。覚悟してくださいね、この子は見た目と違って狂暴ですよ。ティソーナ……!」


 コラーダの特性では歯が立たないと判断したエイスは、ようやくその名を口にした。

 エイスのきめ細やかな細く長い指が一本一本、ゆっくりと柄に絡んでいく。

 彼方へ想いを馳せるように、星空に願いを浮かべるように、引き抜かれた刀身が鞘と擦れて微かな音色を響かせた。

 切っ先までを丁寧に引き抜かれた刀身は形容しがたい恐怖、総毛立つような白刃の光だった。

 奥歯ががちがちと鳴り、コロナは顎に伝う冷や汗を拭う。

 空間の支配権を完全に奪ったと言うのに、微塵も安心出来ないと優は即座にエイスの周辺の空間を壊した。

 全方位から根こそぎ引っこ抜かれるような吸引力が襲うが、エイスは構うことなくティソーナの刀身に指先を這わせる。


「あなたの出番です……さあ、私に力を貸してください」


『嫌よ』


「……へ? あの、ティソーナ?」


『嫌と言っているの。何が悲しくてお前みたいな捻くれ者に使われなくてはならないの? 全く、全然変わっていないわね……この子を如何(どう)しようがお前の勝手だけどね、私にまで手間を掛けさせないで』


 明らかにおかしい、とにかくおかし過ぎる。

 何がおかしいかって? 目覚めた時に聞いた声とまったく違う声と口調が帰ってきたからだ。

 これでは眠りから覚めた少女と言うより、肘をついて愚痴を漏らすババァだ。


「あ、あなたは誰なんですか? ティソーナ、じゃないですよね?」


『閻魔も戦く死神とだけ教えておいてあげる』


「あなたが誰だかはこの際どうでもいいです。何でティソーナの中にあなたがいるんですか?」


『何処に居ようと私の勝手でしょう。此の神機とは既に合意の仲。それにこの神機もお前には助力したくないそうよ』


 別の契約者が契約する神機の意識の中に入り込み、神機の自我に合意させて神機の中に共存?

 そんな想像も難しいようなことが出来る死神など、この場にいる契約者の知識では到底推測が及ばなかった。


「何故……コラーダは私のことを認めて力を貸してくれてます。あなたも私に力を……」


『ふむふむ……なるほど……間違っている奴には力は貸さない、と言っているわよ?』


「っ……あなたはいつまでティソーナの中にいる気ですか?」


『飽きる迄、若しくはこの神機に追い出される迄よ』


 このままでは埒が明かない、エイスはティソーナを鞘に納めて腰に戻した。

 コラーダの空間操作だけでは到底勝てない、だがティソーナは正体不明の死神に支配されて使用不可能。

 万事休す、そんな時だ。

 今度は勝手にティソーナが腰に下げた鞘から引き抜かれ、エイスの真正面で静止する。


『娘、アイゼルネではなくお前よ』


「私……? 私はアイゼルネじゃないです」


『でもお前は操られているわ。私が話したいのは真のお前よ』


「本当の……私……?」


 一言二言、言葉を交わすだけで嘘のようにアイゼルネの呪縛が解け、エイスの奥深くに女神の声が響く。

 アイゼルネはそれに必死に耐えようとしているようだが、まったく抵抗出来ていない。

 抗うなんてことは論外、尋常ならざる力で強制的に呪縛がこじ開けられる。


『お前が闘う理由を教えなさい』


「私は……大切な人に傷ついてほしくない……今度はちゃんと側で守ってあげられるようになりたい……」


『想い人を守りたいから呪縛を受け入れたの?』


「呪縛……? アイゼルネは私に命と力を与えてくれた……呪縛どころか、天からの授かり物だよ」


『無知ね、でも嫌いではないわ。この子の願いに免じて、今回だけは力を貸してあげる』


 勝手にエイスの左手に収まったティソーナは、徐々に輝きを増していく。

 山のてっぺんから覗く日の出のように、ティソーナの刀身が発光した。


「何だ、この違和感は……嫌な感覚が――二人とも跳べッ!!」


 何事かと振り向く二人だが、二人はすぐにその場から飛び退いて体制を捻る。

 そして深影の嫌な予感は見事に的中し、深影が展開したフィールド壁が突如真横に切断された。

 コラーダではなくティソーナの一閃が、フィールドを切り裂いたのだ。

 深影はエイスの持つコラーダとティソーナの特性を警戒して神機の干渉を受けにくいように設定していたはずなのに、ティソーナはそんなことをお構いなしに両断した。


「深影ちゃんのフィールドを、クレープの皮みたいに裂いた……!?」


「ううん、少し違うかも……フィールドが自分から開いたような……」


「よく気づきましたね深影くん、今のは避けて正解ですよ。ティソーナの特性は〈消滅エクスティンクション〉ですから」


 破壊でも崩壊でもなく消滅、それこそがティソーナの特性。

 壊れたものは修復出来る、崩れたものは建て直せる。

 だが消滅してしまえば、もう元に戻ることは絶対にないのだ。

 形あるものは抹消され、形なき可能性は抉られる。


「射程距離は丁度このフィールドと同じくらいですかね。一般人への被害を考慮した深影くんの気遣いですが、それが逆に二人の首を絞めましたね」


「そんなもの、魔力を上乗せして広げれば――」


「させませんよ。私が空間をねじ曲げてフィールドを狭めるだけです」


「大丈夫だよ深影ちゃん、いざとなれば自力で脱出するから」


「要は射程に入らなければいいだけ……僕達なら余裕……」


 互いに一瞬で勝負を決められる決定権を持っている為、迂闊には動けない。

 それにエイスの相手は二人、片方を消せたとしても、もう片方に手が回らず潰される。

 緊迫した雰囲気、ただならぬ緊張感に包まれた野次馬達は、まるで強盗の人質にでもなったかのように押し黙り戦いの行方を見守っている。


「コロナ、()()()()()……」


「わかった、じゃあ()()()


 小手調べをしよう、野次馬達には二人のやり取りがそのように聞こえただろう。

 まさかそのやり取りに――コロナ、僕が囮になって活路を開くよ。

 これほどまでの意味が――わかった、じゃあ一緒に地獄へ行こう。

 含まれているなどと、誰に想像が出来るだろう?


「そちらが二人なら、こちらも二振り同時です」


「ううん、二振りともコロナが引き受けるよ」


 死ぬ覚悟? 恐怖? こんな世界じゃ死ぬことこそ至上の歓びだよ。

 今更こんな世界に未練はないし、死んだとしても一番大切な人が一緒にいてくれる。

 十五にも満たないこの歳で、もはや死ぬ覚悟が出来てしまった。


「大国の恐ろしさを教えてあげるよ。構築するよ!」


 コロナの両手に溜め込まれた莫大なエネルギーが、深影の展開した防壁のフィールドをすり抜けて薄い膜を張った。

 するとみるみるうちに辺りの景色が変貌し、気温が上昇していく。

 やがて全体がオレンジ色に包まれると、辺りは炎と熱気が渦巻く巨大な街と化していた。

 これこそがコロナの能力、空間の広さを自由に変化させ、建物を含む物質を作り替え、自分の想像した景色を実際に作り出す。

 途方もない、まさに神の所業が、一般人の目の前で繰り広げられた。


「世界をまるごと一つ作り出すなんて……でも、ティソーナは大国さえも飲み込みます」


 無理だよ、と言わんばかりにコロナの右手が、がっちりとティソーナの刀身を握り締める。

 爆炎に包まれたコロナの手のひらには一滴の血が滲むこともなく、へし折ってしまいそうなほどの握力を発揮した。

 押そうが引こうが微塵も動かない、そしてようやくコロナの力を思い知らされたのだ。

 この灼熱の空間の意味を。


「忘れたの? この空間の支配者はコロナだよ? この空間に入った時点で、あなたは既に飲み込まれる側なんだよ」


 たった一人でエイスの手を完封し、完全勝利まで持っていったコロナ。

 だがこれだけでは終わらない、構築には破壊が付き物なのだ。


「僕を忘れてもらっちゃ困る……破壊する……!」


 コロナが構築した灼熱の大国で、一人白い戦闘服を纏う小さな巨人が拳を振り上げる。

 少女がその華奢な体にはあまりにも不似合いな巨大なトンファーを振り上げると、地面が恐怖したように震え出した。

 とても立っていられないほどの地響きで野次馬達は一斉にその場に膝をつき、深影ですらも膝を折らざろう得なかった。


「僕を見下ろすことは何人たりとも許さない……万物よ、跪け……!」


「っ……コラーダで距離さえとってしまえば……!」


 たった一振りするだけで、優の射程圏内から離れて自分の望む距離で戦える。

 そう思った次の瞬間、エイスの周辺を巨大な空間の穴が囲った。

 これこそが優の能力、自由に空間を破壊し、破壊した衝撃を攻撃力へと変換させてさらなる破壊の連鎖を呼び起こす。

 形あるものを破壊し尽くす荒れ狂った戦士の力を、一般人は身を以て経験したのだ。


「これであなたの神機は両方とも封じたよ」


「今観念するなら……許してあげるかも……」


 二人の勝利を確信し、野次馬達は一斉に歓声を轟かせる。

 だが小さな女の子だからと勝たせてくれるほど、この世界は甘くない。

 契約者の戦いは()()()()()

()()()()()だ。

 勝者はすべてを手に入れることが出来るが、敗者は命を含めてすべてを失う。

 本当は深影もフィールドの中に飛び込んで二人を助けてやりたいが、二人のリズムが整い、エイスをそのリズムに巻き込めた今、深影が入ってしまうとリズムが崩れて邪魔をしてしまう可能性がある。

 ――そう思って入場を躊躇ったが為に、このような惨劇を招くとも知らずに。


「何か、忘れてませんか?」


「もう諦めなって。エイスちゃんの神機は両方とも封じたんだから」


「待ってコロナ、何か……音が聞こえる……」


 優がエイスを警戒している間に、コロナが深影のフィールド越しに辺りを窺う。

 だが音の発生源は特定することが出来ず、深影もフリスヴェルグを放って辺りを探ったが、何も怪しいものはなかったし、そもそもそのような反応を一切感じない。

 

「まさか……コロナの世界を消滅させながら――優、危ないッ!!」


「……へ……?」


 先ほど深影の形成したフィールドを切り裂いたティソーナの衝撃波が、ブーメランのように帰ってきてフィールドの反対側から襲ってきたのだ。

 優はエイスとその神機に集中していてそれに気づいていない。

 いや仮に気づけたとしても、優の機動力を考えれば咄嗟にその場から大きく飛び退くことはかなり難しいだろう。

 気づけば体が勝手に動いていた。

 振り向こうとする優を突き飛ばしたコロナの腹回りを、帰ってきた斬撃がすり抜けた。

 一瞬の間をおいてごっそりと消滅させられたコロナの腹、その断面から噴水のように血飛沫が舞う。

 コロナの鮮血が深影のフィールドを塗り潰す中で、ようやく野次馬達がパフォーマンスのショーでないことに気づいて悲鳴をあげた。


「コロ……ナ……? どう……なって……」


「ごぼッ……無事、みだい、だね……かはッ……よかった……」


 上半身と下半身が切断され、止めどなく血を吐き出すコロナは、自分がこんな姿になってまで優の安否を気にして微笑んでいる。

 コロナの作った世界が歪み始めたことで、コロナの状態がどう言うことなのかを理解した。


「えへ……コロナは……っ……もうダメみたい、だね……ぅぐッ……優は生き残って、皆を守ってね……」


 僕はいつもそうだ。肝心なところで油断して、いつもコロナに迷惑をかけて。

 コロナの右腕も、僕が力不足だったせいで犠牲になった。

 コロナを守ってあげることも、腕の代わりになってあげることも、何一つとして出来ていないばかりか逆に足を引っ張っている。

 憎い、無力か自分が憎い。でもコロナはそんな僕に生き残ってと言ってくれた。

 それがどれだけ悔しくて、恥ずかしかったか。


「コロナ、待ってて……この戦いを終わらせて……すぐにモノクロさんの所に連れていってあげるから……それまで、気を確かに持って持ちこたえて……バーサークモード……!!」


 幸いコロナは女神だ。不老不死、今まで恨んだことしかなかったその運命が、ここに来てようやく役目を果たしてくれた。

 だがあまり時間をおけばモノクロの魔術を以てしても治せなくなるかもしれない。


「僕にバーサークモードを使わせたのはあなたで二人目……どうなっても……知らない……!!」


「片割れを潰せた今、もうあなた一人では私を倒すことは出来ませんよ」


「僕だって〈tutelary〉の一人なんだ……お前なんかに……負けないッ……!!」


 遂にこの時が来た。それももっとも最悪の形で。

 〈tutelary〉の中でも目立たず、最弱とさえ言われる優の本気が見れるのだ。

 優を中心にとてつもない零力が渦巻き、巨大な腕の形をしたトンファーか侵食するように血管が浮き出てきた。

 徐々に首元まで上ってきた血管は外側から見てもわかるほど脈動し、優の零力を掻き立てる。


「深影さん……さっきまでお姉さんの体を傷つけないように戦ってきたけど、もう無理かもしれない……お姉さんの体がどうなっても……手を出さないでね……」


 裏を返せば、コロナを瀕死にまで追いやったアイゼルネを庇うようだったら、深影を含めて粉砕すると、優は凄絶な形相で言い放ったのだ。

 深影は普段からは想像も出来ない優の気迫に、何を言うでもなく押し黙った。

 仲間が死にかけている以上、もう自分だけの話ではない。


「消滅を……破壊する……!!」

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