表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 第三章「犠牲と友情」
17/42

第二話『terzetto』

 とあるファミリーレストランのテーブル、外が見える一番左奥の席。

 料理を待つ二人の子供よりも、さらに落ち着きなく焦れている青年。

 青年は自分の腕に刻まれた六つの魔方陣を撫で回し、ただ待ち遠しそうにため息を漏らす。


「……ねえ深影ちゃん、さっきから変だよ?」


「ああすまない、久しぶりに、この六芒星封印をすべて解きたくてな」


「もしかして……六芒星封印が壊れた、とか……?」


「いいや、違う。お前達も何れ分かる」


 俺の足元から這い上がって来た、あの男の顔が浮かぶ。

 ようやく、久しぶりに体の血が沸き立つほどの勝負が出来る予感がして、悪魔としての本能が疼いてたまらなかった。


「ふーん……変な深影ちゃん。あ、料理来たよ」


 この二人には一生かかっても分からないだろう。

 先の見えない苦しみと言う砂漠で、長らくの渇きを癒してくれるたった一つのオアシスを見つけたようなこの気持ちなど。

 ナポリタンを口一杯に詰め込んで幸せそうに目を細めるコロナに、ホワイトソースがかけられたオムレツを頬張る優。

 深影は魚の定食をつつきながら二人を眺める。それだけでこちらまで腹がふくれてくるようだ。


「お前達にはライバルみたいな存在はいないのか?」


「ライバル? んー……やっぱ優だよね」


「僕もそう思う……僕のライバルはコロナしかいない……」


「そんな所まで仲良しか。いや、仲良しだからこそか」


 そう言えばこの二人が真剣に戦っている所は見たことがない。

 ライバルがどうとか以前に、この二人の本気の戦闘を知らないのだ。

 コロナはいつも圧縮した炎の玉をぶつけて戦っているし、優は堕天使とのハーフの為、腕力だけで相手をねじ伏せる。


「単刀直入に聞くが、お前達の本気はどれくらい強い?」


「ほんとに単刀直入だね……うーんとね、優の強さはなら分かるよ。優の本気のパンチはね、一発で大きな山を砕いちゃうんだ」


「コロナの強さを簡単に表すなら……発射された銃弾を指二本で摘まめるくらいの正確さ、かな……」


 確かに何となく凄いと言うことは伝わってくるが、いまいち具体的な戦闘スタイルなどが伝わってこない。

 伝わってくるのはコロナは正確性、優はパワーに長けていると言うことくらいだ。


「おっかしいな、深影ちゃんはコロナ達の異名知らなかったっけ?」


「確か、コロナが〈灼熱の大国(ムスペルヘイム)〉で、優が〈狂戦士(バーサーカー)〉だったか」


「それ知ってたら多分分かると思うよ?」


「まったく分からん……まあいい、どうせもうすぐ見れる」


 あの男が引き連れてくる仲間どもを相手に、出し惜しみなどは出来ないと断言出来る。

 コロナの一見何の特徴もない変身後の姿も、逆に腕の形をした巨大な装甲の意味も、すべてが明らかになる。

 一世一代の大宴、それがもうすぐ訪れるのだ。


「今度はこっちから質問……深影さんのライバルってどんな人なの……?」


「俺のライバルは……まだいない。なりうる予定の奴はいるがな」


「だれだれっ? 教えてよっ!」


「名前は未愛 黒音。黒騎士の異名で通っている」


「黒騎士……僕が……負けた相手……」


 二人の記憶に色濃く焼きついた、決定的な敗北。

 天下の〈tutelary〉が、誰とも知れない契約者二人に、それもタッグバトルで完敗した。

 だがその相手が深影のライバルならば、少しは納得が出来る。


「あの時、僕がもっと上手く立ち回れてたら……」


「コロナだって、一方的で何も出来なかったよ……」


「……お前達のことを子供としてではなく、一人の契約者として見ているからこそ言うが、あの男にはお前達では勝てない」


『クスクス……深影でも危ないかもね……』


 それほどまでにあの男の中に眠る才能と、限界まで追い詰められた時の底力は恐ろしい。

 四大チームを脅かす新たなる星、まるで伝説のようだ。

 英雄が生まれるまでの伝説、元々五つのチームを率いていた英雄のメンバーは、突如現れた新たなチームに次々と敗北した。

 後に金色の英雄となる新星チームのリーダー、エルザ・アルベルティは、五つのチームリーダーに決まってある約束を交わした。

 その約束とは、私の仲間になれと言う誓い。

 いつまでもいがみ合わずに、互いに助け合い高め合えと。

 そして五つのチームリーダーは、エルザ・アルベルティをリーダーとして新たなチームを結成した。

 そのチームの名は〈Heretic〉、当時最強と謳われた五つのチームから、さらにトップのリーダーを集めたその六人は、まさに無双の強さを誇った。

 もし伝説通りならば、確かに面白いことになりそうだ。


「だがだからと言って、負ける気は微塵もないぞ」


 初めてだった。銃を抜くことも出来ず、最初からフリスヴェルグを出すことになったのは。

 フリスヴェルグは深影の持つ戦力でトップ、それを最初から使わざろう得ない状況に、たった一手で追い込まれた。

 その事実が、どれだけ深影の心を躍らせたことか。


『序列二十九位……クスクス……皆殺しよ……』


 黒音が仮想空間から戻ってきて数時間、ドラゴンエンパイアの様々な場所へそれぞれ羽を伸ばしに行った一同。

 梓乃は雷属性や鋼属性のドラゴンが住む鉄の山へ、漓斗は風属性のドラゴンが集う渓谷へ、海里華は水属性のドラゴンと湖で、焔は火山の近くに住むドラゴンの頭に乗り、それぞれ自由にドラゴンエンパイアを満喫している。

 しかしシルヴィアはレーティングの作成を、遥香はそれを学ぶ為に二日間以上も寝ずにシルヴィアに張りつき、黒音はそれを見守りながら体を休めていた。


「黒音は、他の所に行かないの?」


「二人の様子を見ていたいんだ。もうすぐ完成するんだろ?」


「ええ……後は調整だけ。久しぶりだったから眠たい……」


 目の下にくっきりとクマを作ったシルヴィアは、無数の文字を指先で調節してその様子を遥香に見せる。

 今回は弟子に見られていたこともあり、いつも以上に緊張してしまった。


「海里華を呼んできて、帰ってくる頃には完成してる」


「転移魔方陣は使えねえな。丁度いい、行ってくる」


 海里華達もドラゴンエンパイアはほとんど来たことがない為、行きたい所へは転移魔方陣を使わずに自分の足で向かった。

 黒音はフィディをドラゴンの姿に変身させ、フィディの背中に乗って海里華のいる湖へと飛翔する。

 空から眺めるドラゴンエンパイアの大自然、まるで太古の恐竜時代へタイムスリップしたようだ。


「フィディ、懐かしいか? この景色」


『ええ、とても。ですが今の私の故郷は、マスター達のいる場所なので』


「そうか、俺の所はそんなに居心地いいか」


『いえ、毎日が騒がしくて、正直疲れます』


 いきなり深いため息とともにそう返したフィディの重たい声のせいで、黒音は思わずフィディの背中から落ちそうになってしまった。


『毎日が騒がしくて多忙ですが、そのおかげで毎日が楽しいです。こっちにいる時はほとんど感じられなかった感情です』


「俺と契約して、よかったか?」


『愚問ですよ、マスター。そろそろ湖に着きます』


 木々に囲まれた広い湖、しなやかなボディをした蒼いドラゴンに、湖の水を飲みに来た穏やかなドラゴン。

 童話の世界から切り取られたようなその空間で、一人の人魚が歌を歌っていた。

 湖の中心にある岩に腰かけ、右腕にハープを抱えてその音色に歌声を乗せる。

 ドラゴンの心を取り込む人魚の歌声は、湖にさらなるドラゴンを引き寄せた。


「よう海里華、迎えに来たぞ」


「あら、黒音じゃない。もしかしてレーティングが完成したの?」


 ふいに海里華の歌声が止み、ドラゴン達の視線が黒音に集中する。

 アクアスとの一体化を解除すると、海里華はほどいた髪を再びツインテールに括って湖を出た。


「ああ、最初は海里華からだ。行くぞ」


「久しぶりにフィディちゃんの背中に乗せてよ」


『乗せるのは一向に構いませんが、私は運送龍じゃありませんよ』


「まだ根に持ってたの? 悪かったわよ」


 黒音と海里華が互いに正体を明かした開戦の空、あの時のことを未だに覚えていたようだ。

 海里華はそっぽを向くフィディの頭部を撫で、その背中に飛び乗った。


「じゃあ浮上するぞ。掴まれよ」


「ありがと、行きましょう」


 思えばチーム作りを決意してから帰宅する時も、こうやって海里華をフィディの背中に乗せていた。

 海のように透き通った真っ青な髪を風になびかせ、夜空の景色にも決して劣らないその美しさ。

 こうして見ると、やはり海里華も女神なんだなと思ってしまう。

 人にはとても余りすぎた美しさだからだ。


「……綺麗だな……」


「そうね、人間の世界じゃここまで広い大自然は早々お目にかかれないもの」


 つい思わず、そんな言葉を漏らしてしまった。

 幸い海里華はドラゴンエンパイアの景色だと思っているようだが、黒音は妙にうるさい心臓を誤魔化すように、フィディにスピードを上げるよう命じた。


「帰ったぞ師匠、レーティングはどうだ?」


「バッチリ完成した。じゃあ海里華、こっちに来て」


「黒音、お先にやらせてもらうわね。お願いするわシルヴィアさん」


 黒音が海里華を連れて戻ってきた頃、シルヴィアは青白く発光する鎖、レーティングを両手に抱えていた。

 予定通り、最初にレーティングを施すのは海里華だ。

 黒音は人の姿へと変身したフィディの肩に腕を乗せ、その様子を見守ろうとした、のだが……。


「海里華、アクアス、上の服を脱いで。あと下着も」


「へっ!? な、何でよっ!?」


「レーティングを移植するのは互いの胸。二人の胸にレーティングを移植して、レーティングが体に溶け込むまで約一週間。一応これ、体に鎖を埋め込む移植手術(・・・・)だから」


「う、嘘……で、レーティングが溶け込むまでの間、レーティングはどんな状態なの……?」


「一般人の目には見えないけど、溶け込むまではずっと実体化したまま。パートナーと一定以上離れると激痛が走るから注意してね」


 レーティングが繋げるのはパートナーの半身、つまり精神。

 だからパートナーと距離をおけば、胸に埋め込んだ鎖を引っ張り合うことになる。

 それで伴う痛みは、いちいち説明する必要もない。


「パートナーと離れる機会ってのはそんなにねえだろうが、万が一距離を開けることになったらどうなる?」


「パートナー同士のエネルギー回路は繋がってるのに離れても大丈夫でしょう? だからレーティングが回路に馴染めば、どれだけ距離を開けても問題はないわ」


「なるほど、要するにレーティングを擬似的なエネルギー回路に見立てて、パートナー同士のエネルギー回路をバイパス手術するわけだ」


「そう言うこと、理解が早くて助かる」


 レーティングを作成する行程でそれらを説明されていた遥香は十分に理解していたが、海里華はいまいちその仕組みについて理解が浅かった。

 だが海里華でも唯一分かることがある。それは、


「ちょっとアンタ、いつまでここにいるのよ!? ふ、服脱ぐんだからあっち行っててっ!」


「あ、ああ、悪い。完全に忘れてた……」


 このバカが、まるでそのまま続けてくれと言わんばかりにその場に居座っていることがおかしいと言うことだ。

 黒音はフィディを連れて、シルヴィア達のいる鉄の山麓から上空へと飛び立った。


『……マスターのえっち』


「なっ、ち、違う! ほら、アイツ何か男っぽいだろ? だからつい、な?」


『それはどこを見てそう思ったんですか?』


「えーっと、胸?」


『ではそれを海里華様にお伝えしましょうか』


「おいやめろっ! 俺を殺す気かっ!?」


 心なしか少し怒っているようにも見えるフィディにヒヤッとされながらも、黒音は何とか平常心を取り繕う。

 どうせやることがないのなら、皆のようにドラゴンエンパイアの世界を見て回わるのもアリだ。

 まず最初に向かったのは、フィディと黒音が初めて出会った谷底。六芒星の域を超越した化け物どもが住まう、常識と異常の境界線と言われる谷だ。

 そこだけ重力がアホみたいに重く、天候は変わりやすいし、とにかく住み着いたドラゴンが一番危ない。

 どう危ないかと言うと、野生のワニの口の中に頭を突っ込んでることが、犬にあまがみされているのと変わらないと思えてくるくらいに危ないのだ。


「ここは相変わらず、キツいな……」


「思えばマスターはこんな所で私と戦ったのですね……私はここで生活してこの環境に慣れていましたが、マスターはここに来て間もなく、まだ重力にも対応出来ていなかった……」


「……なあフィディ、ここで一番強い奴は誰だ?」


「一番強い奴、ですか? そんなの征竜に決まっています」


 数秒の沈黙、それがフィディの背中に冷や水をかけられたような寒気を誘った。

 まさか、まさかとは思うが、ドラゴンと言う種族で一二を争う最強クラスのドラゴンに、挑もうなどと考えていないだろうか?


「よしフィディ、久しぶりにやるか?」


「い、いいですよ、前は中途半端に終わりましたからね」


 よかったと心の中で安堵するフィディだが、よく考えてみればマスターは自分の実力をよく理解しているし、相手の力量を測る洞察力も長けている。

 フィディを凌駕する力を持つドラゴンに、何の対策も練ることなく挑むほど、今のマスターは愚かではない。


「一体化はなさらないのですか?」


「いいや、体力を鍛えたいんだ。この重力下で、どこまでお前についていけるか試したい」


「分かりました、では早速始めましょう」


 進化した自分の力を試す為、生身の状態で無茶苦茶な重力に押し潰されそうになりながらも構える黒音。

 目の前には以前までこの谷底に住んでいたドラゴン。

 勝てるか負けるかの勝負ではなく、どこまで食い下がれるかの闘いだ。

 黒音はアズとは一体化せず、レーヴァテインのみを展開してフィディと対峙した。


「ね、ねえ……レーティングを埋め込むのって、痛いの?」


「大丈夫、別に切開するわけじゃない。埋め込むって言っても、エネルギー回路に溶け込ませるように差し込むの。後は貴女のエネルギー回路が勝手に取り込んでくれる」


 難しい話はよく分からないが、とにかく痛みはないようだ。

 埋め込んだ後もエネルギー回路をフラットな状態に保ち、パートナーと離れないようにすれば痛みはないらしい。

 シルヴィアのひんやりとした指先が海里華の胸に触れ、注射をする前に血管の位置を探すように、シルヴィアが微妙に指の位置を変えていく。

 そしてベストな場所を探し当てると、シルヴィアはレーティングの先をその部分に押しつけた。

 すると海里華の胸に取り込まれるように、レーティングの先が胸へと埋め込まれ始めた。

 違和感こそあるものの、大した痛みはない。

 自分の中に何かが流し込まれる感覚、やがてある程度レーティングが海里華の胸に取り込まれると、今度はアクアスの胸にレーティングのもう一つの先を埋め込んだ。

 レーティングで繋がれた二人の胸には不可思議な紋章が浮き上がっており、一定の長さでレーティングを固定する。


「……ふぅ……成功した……どう? 痛くなかったし、案外早く終わったでしょう?」


「え、ええ……何だか胸の奥がむずむずするけど、アクアスと繋がってる感じはするわ」


「後はこのままレーティングが二人の体に吸い込まれて、一週間したら実体は消える。そうなれば完全にレーティングが二人の体に取り込まれた合図だから、戦っても問題ない」


 海里華とアクアスはレーティングを刺激しないようゆっくりと起き上がり、互いの顔を見合わせる。

 この鎖が溶け込めばイートカバーにより混ざり合った二人の精神は固定され、二人は完全に一体となる。

 もう普通の少女には戻れないんだと思うと少し胸が酸っぱくなるが、特に苦しくはなかった。

 六人なら大丈夫だと、皆に背中を押されているような気がしたから。


「元より、後戻りする気なんてない……行けるとこまで行ってやるわよ……!」


 焼け焦げた家の跡地、その瓦礫にもたれかかって愛梨に受けた大ダメージを少しでも和らげるエイス。

 深影を振り向かせる為仲間である愛梨に接触、愛梨を誘い出して戦いを挑んだものの、無茶苦茶な強さだった。


「ぐ、ぅ……まだ……傷は、癒えないの……?」


『あんなダメージを受けたら、そう簡単にはね……』


 コラーダの空間操作には再発動まで五秒から十秒の時間がかかるし、未だに自信の持てる戦法と言うのも確立出来ていない。

 ただ神機の特性を振るっているだけでは、到底四大チームには敵わないだろう。

 エイスが深影と互角以上に戦えたのは深影が手加減していたことに加え、エイスの姿が姉そのものだったからだ。

 だから一切の手加減をせず、身内でない他人が相手ならば。

 本気の四大チームの契約者になど、土台勝てるわけがなかった。


『貴女はまだ契約者になって日が浅い。知識だけでちゃんとした基礎がなってないからよ。大丈夫、戦う時は私に任せなさい。ちゃーんと勝たせてあげるからね』


「うん……深影くんを……救いたいから……」


 分からない、何でアイゼルネと契約したのか。

 生き返る為? 力が欲しいから? 断じて違う。

 ただ愛する人を守りたいから、愛する人の力になりたいからだ。

 今の自分は本当に愛する人の役に立てているのだろうか。このまま戦って、本当に愛する人を救えるのだろうか。

 そんな自問自答を繰り返しても、何が正しくて何が間違っているかの境目が分からない。

 分かろうとすると、首を絞められるみたいに苦しくなる。


「戦わ、なくちゃ……深影くんを……」


 深影くんをどうしたい? 守りたい、助けたい。

 ならば何故理解されない? やり方が乱暴だから。

 ならば何故その手段を使う? 唯一の手段だから。

 

『次に狙う相手は、分かってるわよね?』


「うん……深影くんと戦うまではとっておく気だったけど……もうそんな余裕はない……〈tutelary〉は……私が壊滅させる……!」


 何が正しいかなんて、もうこの際関係ない。

 深影くんの回りにいる邪魔物を排除すれば、深影くんは私の元に帰ってこざろう得ないはずだ。

 もうこれ以上深影くんに戦わせない為に、深影くんが戦う環境を排除する。


「私にはもう……それしかない……」


 腰に差したもう一振り、ティソーナの柄を握り締め、エイスは愛梨に開けられた腹の穴に両手を添えて集中的に聖力を送り込んだ。

 女神の驚異的な生命力も、巨大な剣で貫かれた腹の傷まではそう簡単に回復出来ない。

 だが次に戦った時は、もう絶対に負けることはない。

 "距離"で勝てなくても、"事実"で勝てばいい。

 本来その二振りは、同時に使ってこそ真価を発揮する。


「事実とは即ち、重ねた過程から導かれる結果……なら過程を無視して結果だけを得ればいい……!」


 やがて傷口が完全に塞がり、元の傷一つない真っ白な肌が復活する。

 後は聖力が完全に回復すれば、いよいよ始まるのだ。

 ──守護者狩りが。


「今日は楽しかったね。ありがと、深影ちゃん!」


「ああ、また機会があれば一緒に行くか」


「今度は皆で行きたいな……ダメかな……?」


「正直言って白夜は邪魔でしかないが、まあいいだろう」


 相変わらず両手を二人に拘束されながら、左右に引っ張られて歩く深影。

 端から見れば仲のいい兄妹にでも見えるのだろうか、微笑ましい光景だと生暖かい目で見られるのが深影にとってどうしようもなく恥ずかしかった。

 だが磁石でくっついてるみたいにずっと離れない二人の手を、無理矢理引き剥がすなんてことも出来ない。


「帰りに土産でも買っていくか」


「もしかしてぇ、愛梨ちゃんへのプレゼント?」


「ああそうだが、何故そんなにニヤけてる?」


「ううん、深影さんもやるなあって……♪」


 何だかとてつもなく恥ずかしい勘違いをされている気がするが、深影はあえてそれを問いただそうとはしなかった。

 深影が帰りに立ち寄ったのは、二人のペアストラップを購入したアクセサリーの店だ。

 常に持ち歩けて邪魔にならないもの、二人の場合はペアストラップが最適だとすぐに決まったが、そう言えば深影は愛梨の好きなもの、それ以前に愛梨のことをほとんど知らない。


「愛梨ちゃんってクマのぬいぐるみが好きなんだよ」


「なに、ぬいぐるみ? そう言えばこの前……」


 厨房で寝ていた愛梨を寝室へ運んだ時、クマのぬいぐるみが所々に飾ってあった。

 深影はプレゼントのテーマをクマのアクセサリーに絞り、店内を二人を入り口に待機させて真剣に吟味する。


「ん、これは……これならいいかも知らんな」


 深影が悩んだ末に選んだのは、小さなクマの輪郭をした金色のネックレス。

 耳の部分には宝石を模したガラスが埋め込まれており、シンプルな可愛さが愛梨に似合う、はずだ。


「おお、深影ちゃんにしてはセンスあるじゃん!」


「褒めているのか、けなしているのか?」


「これなら愛梨さんも、喜ぶと思う……」


 二人からお墨付きをもらい、深影は安心してそのネックレスを購入した。

 帰宅する頃には日も沈んでいるはずだ、深影は駅に向かいながら愛梨のことを想像していた。

 このネックレスをプレゼントしたら、愛梨はどんな反応を示すだろう?

 愛梨ならばどんなものを渡しても喜んでくれそうだが、果たして愛梨は身につけてくれるだろうか。


「深影ちゃんってば、ずっと愛梨ちゃんのこと考えてるよ」


「熱々で羨ましいね……」


「ほんとですね、ヤキモチ焼いちゃいます」


 二人に共感するように、肩に手をおいて頷く女性。

 闘いの中で洗練された二人に微塵も気配を感じさせずここまで近距離に近づくなど、並みの芸当ではない。

 その場から瞬時に飛び退き、互いの背を守り合うように背中を合わせて構えるコロナと優。

 深影はすでに背中に次元の狭間に繋がる入り口を開いていた。

 これに触れれば誰であろうとも、元の場所に戻ってくることは不可能に近い。


「久しぶりですね、と言ってもまだ数日しか経ってませんけど」


「貴様、アイゼルネ……愛梨から相当なダメージを負わされたと姫沙羅に聞いたが、もはや完治したのか?」


「ええ、回復に専念しました。私にもあなたたちにも、守らなければならない日常はありません。本気で戦ってくれますよね?」


「あなたたち、ってことはコロナ達と戦ってほしいのかな?」


「別にいいけど……誰……?」


 深影や白夜達の話を盗み聞きしていたので、ある程度のことは理解している。

 だが改めて確認が必要だ。喧嘩ならいつでも受けて立つが、もし本当に深影のお姉さんなら、手加減しなくてはならない。

 仲間の大切な人に傷をつけるなんてことは、なるべくしたくはないから。


「私はアイゼルネ・コイシュハイトと申します。エイスとお呼びください」


「エイスちゃんね。いーよ、面白そうだし」


「待てお前達、ソイツは俺の姉を操って……それ以前に、お前達が戦って勝てる相手じゃ……」


「深影さん、今日はたくさん楽しませてもらったから……そのお礼がしたい……」


 深影が見たのは先ほどまでの二人の幼い少女、しかしエイスの方を向いた二人の面持ちは、戦いに身を投じる契約者そのもの。

 深影は二人の静かな気迫に息を呑み、思わず言葉を途切れさせた。


「それに、コロナ達だって守護者だもん。確かに皆の中じゃコロナ達が最弱かもだけど……」


「そんじょそこらの契約者に負けるほど……僕達は弱くない……」


「ならそんじょそこらの契約者なのか、試してみましょう。アイゼルネ」


『いつでもいいよ、かかってきて』


 柔らかく佇むエイスの隣には、拷問器具の概念を司る女神アイゼルネがまとわりつくように微笑んでいる。

 そして相も変わらず、エイスの腰にはティソーナとコラーダが差されていた。


「そんじゃあやるかな、スルト!」


 コロナの背後に現れたのは全身が炎に包まれた、途方もない巨体の女神。

 突如として街中に現れた二十メートルを越える巨人に一般人はたちまち驚愕するが、すぐに投影されたホログラム映像だと勘違いして立ち止まって撮影を始める。

 この巨人こそが灼熱の大国ムスペルヘイムの門番であり、コロナのパートナーである女神だ。

 スルトは膝を折り、雌豹のように上半身を伏せてコロナを覗き込む。


『コロナ、野戦か? この前みたいにボロ敗けしないよう頑張ろうな』


「ほ、掘り返さないでよ……今回は勝つよ」


「お願い、母さん……力を貸して……」


 両手拳を握り締めた優の隣に現れた、穏やかそうな堕天使。

 今度は不思議な格好をした女性が宙に浮いている、次々と足を止めた一般人に見られながらも、女性はまったく動じない。

 この美しい堕天使こそ受胎を司る堕天使、そして優のパートナーにして母親でもあるライラだ。

 ライラは珍しく意気込む娘の肩に両手をおき、頬に唇を落とした。


『全力で頑張りなさい。母さんは貴女の見方よ』


「ありがとう、母さん……僕、頑張るね……」


「では行きましょうか。守護者狩りを」


「「変身──」」


 バカでかい巨人に、宙に浮いた美女、そして黒いドレスの女神が一瞬にして光の筋となり、三人を包み込んだ。

 二十メートルを越える巨人スルトは身長一四七センチのコロナへと吸い込まれ、コロナの体に炎のタトゥーを刻んでいく。

 燃え盛る炎をイメージしたビキニのような衣装に、それを彩る金色のアクセサリー。

 肩甲骨の辺りから噴き出す炎が翼を形作り、コロナは炎のタトゥーが刻まれた頬をめいいっぱい吊り上げて真っ赤な双眸を見開いた。


「ムスペルヘイムへようこそ! たっぷり楽しんでよね!」


 我が子を後ろから抱擁する堕天使ライラは、薄暗い翼を限界まで広げて優の体に溶け込んでいく。

 前のめりとなった優の全身を白いボディスーツが包み、細い両腕に多数の装甲パーツが装着された。

 自分の身長を越える二メートルもの巨大な腕の形をした装着型のトンファー(・・・・)を地面に突き立て、優は真っ白い息を吐いた。


「バーサーカーの前に……万物よひれ伏せ……」


 薔薇の蔦となったアイゼルネはエイスを締め付けるように渦巻き、エイスを飾るスリットの深い黒のロングドレスへと変化した。

 背中には黒薔薇の花びらが密集して出来たような黒い翼を放ち、露出した四肢や胸元には、拷問器具の女神らしく薔薇の蔓をイメージしたタトゥーが刻まれている。

 割れて飛び散ったガラスのような破片が無数に集い、エイスの回りで惑星の環のような円を描いた。


「たぁっぷりと拷問して差し上げますね」


 どこからともなく現れた三色の竜巻に包まれた少女達が、目の前で様々なコスチュームに変身したことで、野次馬達の歓声が響き渡る。

 路上のパフォーマンスだと思ってくれているからまだ大事にはなっていないが、このまま三人の戦いが始まれば一般人もただでは済まない。

 深影は咄嗟に三つの魔方陣を展開し、三人をドーム状の空間に閉じ込めた。

 これで一先ず三人が暴れても一般人には流れ弾が及ばないようにはしたが、エイスに空間ごとドームを壊されてはどうしようもない。

 深影は細心の注意を払いながら、いつでもドームの中に飛び込めるよう臨戦態勢を整えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ