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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 第三章「犠牲と友情」
16/42

第一話『quiet ogress』

 深影さんを連れ回してクレープを食べながら歩くストリート。

 久しぶりに、いや恐らく初めてコロナ以外の人と手を繋いだ気がする。

 深影さんは両手を僕とコロナに拘束されている為、口で缶コーヒーを咥えている。

 でも深影さんはしょうがないと言う顔をしながらも、僕達と繋いだ手を離そうとはしなかった。


「深影さんも、クレープ食べる……?」


「俺のことは構うな。お前達は人にぶつからないこととはぐれないことだけを気をつけていろ」


「深影ちゃんは固いなぁ。せっかく遊びに来てるんだからもっと楽しもうよ~」


「誰のせいで予定を潰してると思ってるんだまったく……」


「ごめんなさい……せっかくの休養を邪魔しちゃって……」


 遠慮のないコロナと違い、優はしゅんとして俺の手を弱々しい力で握ってくる。

 だが幼い子供の反応としては、優の反応は相応しくない。


「子供は大人の事情を無視するものだ。言ったはずだ、俺のことは構うな」


「さっすが深影ちゃん、器が大きいね~♪」


「調子に乗るな、お前は優を見習え」


「……何か優とコロナの扱いが違いすぎない?」


「俺は大人しい子供の方が好きだ」


 騒がず大人しく、でも子供らしさも兼ね備える。

 それこそ深影の思う理想の子供像だ。

 だからコロナと優の二人を足して割ったような子供こそ、一番理想的なのだが。


「……いや、完全な存在など面白味がないか」


「深影ちゃん、次洋服見に行こ!」


「うん、さんせー……♪」


 可愛らしい服でも見に来たのかと思ったら、何故か深影が試着室に押し込まれて着せ替え人形にされた。

 いつも黒いコートやジャケットばかりで、中に着ているのは適当なシャツとファッションに無関心な深影。

 そんな深影のイメージを裏返そうと、二人の少女が奮闘した。


「お、おい、俺は服に金をかけるなど……」


「文句を言わず着る。いい?」


「お金ならある……だから任せて……♪」


 少女にしてはあまりにも重すぎる威圧感が、有無を言わせず深影の口をふさぐ。

 最終的に二人は自分の気に入ったコーディネートを見つけたようだ。


「コロナが見立てたコーデはこれだよっ!」


「……少し派手すぎやしないか?」


 コロナが半場無理矢理深影に着せたのは、黒いシャツに赤いジーンズ、そして七分袖のカラフルな上着。

 今まで白と黒の服しか着たことのない深影にしては、少し派手な組み合わせだった。


「僕が見立てた服装はこんな感じ……」


「今度は若干地味になったな……」


 優が丁寧に着せてくれたのは、肘まで捲り上げたグレーのセーターと、明るめの色をしたジーパン。

 確かに優らしい落ち着いた大人らしい組み合わせだが、どちらかと言うと白夜の方が似合いそうだ。


「も~深影ちゃん文句ばっかり!」


「どんなのだったらいいの……?」


「お前達は別々に選ぶと絶対と言っていいほど片寄るからな。どうせならお前達が一緒にコーディネートしてくれ」


「深影ちゃん、珍しく名案だよ!」


「それならバランス良さそう……!」


 十分ほど試着室で待機させられた深影の目の前に、二人が今まで見たこともないような自信ありげな顔で服を突きだしてきた。

 もはや着せ替え人形のポジションも抵抗がなくなり、深影は文句を言うことなく袖に腕を通した。

 二人が持ってきたのは赤と白のボーダー柄Tシャツと黒のボトムス、そして黒の薄いカーディガンだった。

 深影のイメージカラーである黒をベースに、優の大人しさを表す白とコロナの活発さを表す赤を取り入れたシャツ。

 派手でも地味でもなく、三人の特徴がバランスよく合わさっている。


「これなら文句なしだな」


「それに加えてさらにアクセサリーを、っと」


「これでよし……うん、深影さん格好いいよ……♪」


 深影が財布を開くよりも先に、コロナが会計を済ませていたようだ。

 コロナ達も深影の休養を邪魔してしまったことを少しでも埋めようと考えているらしい。

 しかしこれでは大人として顔が立たない。


「どうせならお前達の服も選んだらどうだ?」


「もしかして、深影ちゃんの奢り?」


「ああ、お返しだ。好きなやつを選べ」


「ありがと、深影さん……コロナの服は僕が選んであげるね……♪」


「じゃあ優の服はコロナが選ぶよ。いこっ!」


 目を輝かせて店内を走り回る二人、深影はアンドラスに二人を見張らせ、洋服屋を後にした。


「一人で出掛けても味気なかったな……あの二人がいてくれて、少しよかったかもしれん」


 深影が訪れたのは女子に人気がありそうなアクセサリーや小物を売っている店。

 あの二人が喜びそうなものと言えば、お揃いのものだ。

 常に身につけていられるものと言えば、ストラップがいいだろう。

 女子達の視線をガン無視しながら、深影はあるペアストラップに目をつけた。

 割れたハートの中に、男女のシルエットをしたプレートがはめ込まれているストラップ。

 それを二つ合わせると綺麗なハートになり、ハートの中の男女が見つめ合う形になる。


「あれ、優、深影ちゃんがいないよ?」


「代わりにアンドラスさんがいるみたい……」


『クスクス……二人とも、深影に見せる服は決まった?』


「うん、だけど肝心の深影ちゃんは?」


『飲み物を買いに行ったわ……それより、二人ともとっても可愛いわよ……』


「そりゃあ優が選んでくれたんだからね♪」


 両腕の義手を隠す赤いロンググローブはそのままに、清潔感のある白いシャツと、裾から黒いレースが覗いた赤いチェック柄をしたミニスカート。

 シンプルなシャツをスカートと同じ柄のネクタイでアレンジする辺り、優らしさが出ている。


「コロナが選んでくれたから、絶対可愛い……♪」


 とがった耳と小さな角を隠すキャスケットは、コロナにプレゼントされたものの為そのまま。

 明るい色のホットパンツと、黒いロゴが描かれた白いシャツの丈は短く、へそ回りと右肩を露出している。

 セミロングの白髪もアレンジされており、毛先をゴムで括っておさげに近いツインテールになっている。


「待たせたな、買う服は決まったか?」


「あっ、深影ちゃん! どうどう? 可愛いでしょ♪」


「コロナが選んでくれた服、似合ってるよね……♪」


「ああ、二人ともいつもと違った可愛さがある。いいんじゃないか?」


 言うまでもなく、深影は今まで年頃の女の子を褒めたことなど一度もない。

 今朝出掛ける前、とにかくシンプルに、可愛いと賛成しておけばいいと愛梨に教えられたのだ。


「可愛い二人にさらにプレゼントだ。気に入ると思うぞ」


「優、ペアストラップだよ! お揃いだよ!」


「深影さん、ありがと……大切にするね……♪」


 コロナは聖力で、優は零力で編んだ紐にストラップを通し、ブレスレットとしてストラップを身につけた。

 これで互いに手を繋ぐ時、手のストラップがくっついてハート型になる。


「白夜さん、コロナちゃん達は大丈夫でしょうか……」


「心配なのかい? 深影君がいるのに、いや逆か……」


「逆とは、どう言うことですか?」


「深影君がいるから、心配なんだよね。二人に深影君をとられちゃうかもしれないから」


「なっ、にゃ、ち、違いますっ! 二人が深影さんを怒らせていないかと言うことが心配なんです」


 昼休みの生徒会室、白夜と白夜に招かれた愛梨と姫沙羅の三人が愛梨の作った弁当を食べている中、ジブリールとバステトは全身を、カンナカムイは頭部だけを実体化していた。

 今ここにいるのはジブリール達を含めて五人と一体、そして姫沙羅の信者である猫達が数匹だ。


「へえ、愛梨が好きなのって深影さんなのな」


「だ、だから違いますってば! 好きなんじゃなくて、心配なだけです! 姫沙羅君だって心配になりますし……」


「じゃあ俺のことも好きなわけ?」


「これは面白いことになったね。愛梨ちゃんはどっちを選ぶのかな?」


「もうっ! 知りません!」


 どうして皆私と誰かをくっつけたがろうとするのか、私はただ二人のことが心配なだけなのに。

 愛梨は箸を咥えてそっぽを向いた。


「……昼飯中に悪いんスけど、愛梨と俺を襲ったエイスって女、何者なんスか?」


「多分だけど、深影君のお姉さんだよ」


「深影さんの、姉貴……? なら何で愛梨を傷つけるようなこと……愛梨を傷つければ深影さんが怒ると知ってるはずなのに……」


「それが狙いなんだよ。深影君を怒らせて、自分に気を向くようにしてるんだ。これは僕の推測でしかないけど、深影君があそこまでお姉さんのことを拒絶してるってことは、エイスは深影君の知ってるお姉さんとは別人なんだろう」


 次元の狭間に姉貴の墓を作り、形見の剣を供え、姉貴が死んだことを自分のせいだと悔やみ一生その十字架を背負って生きると決めたほど姉貴のことを想っている深影が、何故どうしてあそこまで姉貴本人を毛嫌いしているのか。

 考えられる可能性はエイスが深影の姉貴の皮を被った別人と言うことだ。


「最初は盗まれた形見の神機をサタンから取り戻すだけだったのに、いつの間にかこんな大事になっちゃったね」


「大丈夫ですよ、深影さんなら。深影さんは強いですから」


「ああ、噂だけだが知ってる。深影さんは強い。だが、俺も戦って分かったがあのエイスって女はとてつもなく強え……」


「私が戦った時はそうでもなかったですよ?」


「確かに、愛梨のパワーならどうってことねえだろうが、戦闘力だけが強さじゃねえ。アイツは何つうか、人の心を蝕むような嫌悪感がある……」


 即死級のダメージを受けても平然とその場に佇み、薄ら笑いを浮かべるあの女神が怖くてたまらない。

 頸動脈を直接指で弄ばれるような、心臓を直接撫で回されてるような、とにかく吐き気がするほどの嫌悪感だ。


「知っての通り、女神は不老不死。だから愛梨の攻撃を受けても死ぬことはなかった。じゃあどうやってトドメを刺す?」


「単純な方法として、肉体が再構成出来なくなるまでエネルギーを消耗させ、回復しないように魔術で封印する、とかっスかね」


「現実的ではないですが、モノクロさんの魔術で強制的にパートナーとの契約を解除させる、とか」


「でももし仮に、推測だけど、仮定でしかないけど、お姉さんが望んで契約者になったのではないとしたら、アイゼルネに操られている可能性がある」


 そうなればまた方法を変えなくてはならない。

 再構成出来なくなるまで消耗させればお姉さんの命に関わる。

 やはり愛梨の言った通り、強制的に契約を解除させる方法が一番安全のはずだ。


「でもこれはあくまで深影君の問題。僕達は必要以上介入出来ないよ」


 弁当箱を閉じると、白夜はテーブルの上に紅茶とお菓子を広げた。

 チームリーダーなのに、いざと言う時にチームメートの力になってあげられない。

 そんな歯がゆさを二人には分からないよう、白夜は机の下で拳を握り締めた。


「はぁッ……はぁッ……まだ、やる気ッ……?」


「ぐッ……ああッ……当然だろ……ッ」


 九十九戦四十(・・・・・・)九勝一分け(・・・・・)

 仮想空間に意識を移してから、かれこれ約二日間はぶっ通しで戦っている。

 二十戦を越えた辺りからリミットブレイクを維持することも出来ず、それからはもう自分との戦い。

 ただ何勝何敗と言う結果が出た時点で、二人にとってイートカバーなどもうどうでもよくなっていた。

 パートナーであれ、いやパートナーだからこそ、絶対に負けたくない。

 意地を張り続けて今まで戦ってきたが、二人の精神も体力ももう限界だ。

 思いの力が仮想空間にとってのすべて、それを燃やし尽くしてもまだ戦えるのは、ただ純粋に負けたくないと言う意地とプライドと根性の賜物。

 感覚が痺れて視界から光が消え失せ、どうしようも言うことを聞かない体を無理矢理持ち上げて、二人は立ち上がった。


「次にッ……ぁぐッ……勝った方がッ……勝者だッ……!!」


「いい、わよッ……燃えてきたッ……絶対に勝つッ……!!」


 最後の最後、これで決着と思った瞬間、二人の心に闘争心と言う燃料が注がれた。

 全身血まみれ、精神状態は壊滅、思いの力は底をつき、それでも二人は負けたくない一心でリミットブレイクする。


「やっぱりお前は最高の相棒だよ……」


「貴方に出会えて本当によかった……」


 木っ端微塵に砕け散ったタイルが囲む、仮想空間だった場所で二人は拳を握り、歯を食い縛り、腕を振り上げた。

 これが最後と言うこともあり、二人のテンションは最高潮。

 それがリミットブレイクの燃料となり、爆発的なエネルギーを生み出した。

 やがて空間のいたる所に亀裂が走り、二人は確信する。

 次にぶつかった瞬間、この空間は崩壊する、と。

 だがそれでも、引き分けたままでは終われない。

 イートカバーなど、決着をつけた後にやればいいのだ。


「「瓦解、破滅、すべてを飲み込む闇を刻め!! 〈崩壊する世界(クロッロ・モンド)〉!!」」


 それをいつ覚えていたのか、或いは知っていたのか。

 精神や命と言う重たいコストを払わなければ発動出来ない破壊魔術の、完全上位互換と言っていい魔術。

 すべてを終わりに導く崩壊魔術(コラプス・スペル)

 そのシステムは単純で、払うコストは莫大な魔力。

 主な特徴は破壊する(・・)のではなく、崩壊させる(・・・)と言う点だ。

 壊すのではなく崩す、厳密には早めると言った方が正しいだろう。

 物体ならば瞬く間に老朽化し、"崩壊する"。

 生物ならば瞬く間に命を削り、"崩壊する"。


(おっかしいな……俺こんな魔術知ってたっけか……? まあいい、ここは仮想空間だ。何でもアリだろ)


(まさか、記憶が戻ったのかと思ったけど、本能的に一番強い魔術を発動したのね……追い込まれた人間は本当に面白いわ)


 だがすべてを燃やし尽くしたと言う心地よい疲れに身を任そうとした二人の耳に、唐突に聞きたくなかった音が響いた。

 目の前で風船を割られたような衝撃が、実際に二人を襲う。

 だが風船などとは比較にならない、周囲でダイナマイトが爆発したほどの衝撃だ。


「わう……? ねえシルヴィア師匠、術式が大人しくなったよ?」


「ようやく戦いが終わったのね……こちらももう少しでレーティングが出来上がる」


「まったく、あのバカ。何で私達が数時間で終わったのに、アイツだけ二日以上もかかるのよ」


「黒音さんのことですからぁ、戦ってるうちに歯止めが利かなくなったんでしょうねぇ」


 呆れ返って術式に近寄った海里華だが、突如ヴァジュラを展開した梓乃に牽制され、後ろへ飛び退いた。

 何をするんだと突っかかろうとした海里華を押し退け、さらに漓斗が分厚い断層の壁をあらゆる方向に展開する。


「ちょ、何なのよ──」


 バァンッ、と言う音が海里華の言葉をかき消す。

 とてつもない爆発音が断層壁の向こうで鳴り響き、その衝撃で身構えていなかった海里華はまた後ろへ吹き飛んだ。


「っ……!? まさか、嘘でしょっ……!?」


 粉々に砕け散った断層壁を飛び越え、海里華はすぐに仮想空間の術式へと走る。

 そこに広がっていたのは、煙を噴き上げながら暴れまわる暴走した術式だった。


「ちょ、シルヴィアさん、これはどう言うことなのっ!?」


「私の術式が、オーバーフローした……」


「オーバーフローって、二人の力が仮想空間の限界値を越えたってこと!?」


「ま、待って、つまり黒音君の意識は、仮想空間の中に閉じ込められたってこと……?」


 シルヴィアの無言を肯定と受け取り、焔はその場に膝をついた。

 焔の側で横たわる黒音とアズの肉体、無論意識は仮想空間に移されている為、亡骸と変わらない。


「どう、するのよ……こんなの、洒落になんないわよ……」


「し、修復は出来ないんですかぁ?」


「仮想空間を構成する術式はとても複雑で、しかも今まで壊れたことがないから、修復したことも……」


「わ、わう……なら、意識を引きずり出すことは?」


 シルヴィアは首を縦には振ってくれない。

 黒音達の意識をデジタルのデータだとすれば、パソコンが壊れればデータも壊れる。

 しかもこれは人の魂、バックアップも不可能。

 シルヴィアがレーティング作成を諦めて術式の修復に取りかかったとしても、レーティングの作成でほとんどの聖力を消費している今、壊れた部分をサーチして修復する余裕もない。


「なあアズ、これどう考えても壊れたよな」


「みたいね、まったく……このまま出れなかったらどうするのよ?」


「どうするも何も、内側からこの空間を破壊するしかねえだろ」


「ここはもう空間じゃない。ブラックホールみたいなものよ。物理法則の概念はないわ」


 そもそもここは仮想空間、夢の中と同じようなものだ。

 二人の放つ魔力を数字として考えると、その数値が計算する処理速度を上回ったことが原因でショートしたことになる。


「なあ、この空間って目的を果たしたら出られるんだろ? なら俺とお前がこの場でイートカバーすれば出られるんじゃね?」


「術式が壊れてるのにそれだけが都合よく機能すると思う?」


「でもやってみる価値はあるだろ。どうせやることねえんだしよ」


「それもそうね……ダメ元だけど、やらないよりはマシか」


 リミットブレイクした本気のアズと互角に渡り合えた黒音ならば、問題なくイートカバーが出来る。

 二人は互いの肩に歯を立て、歯が肌を破る痛みを堪えながら互いの精神を吸いだす。

 底知れぬ恐怖感、それを埋めてくれるパートナーの心。

 やがて二人の精神が混ざり合うと、仮想空間の機能が少しだけ回復したように見えた。


「ふう……これでイートカバーは完了したんだよな」


「やっぱりダメみたいね……どうしましょう……」


 タイルとタイルの隙間にほんの少しだけ光が走ったが、またすぐに真っ暗な空間へと包み込まれた。

 魔力を共有し、二人の力が合体したおかげで魔力は大きく回復したが、力でどうにもならないのでは意味がない。


「術式を解析して修復出来れば、黒音は戻ってくる……でも、あまりに長期間意識と肉体が離れた状態だと、肉体が意識を受け付けない……タイムリミットは、二週間が限界……」


「もう二日経ってるから、厳密には一週間と五日ってこと……」


「その期間内に、術式は解析出来るの?」


「分からない。解析自体はそんなに問題じゃない。作ったのは私だから。でも修復するとなると、どれだけ時間がかかるか……それに私の聖力は今枯渇する一歩手前、全回復まで一週間。残された時間はたった五日間……」


 もう手の施しようがない、このまま指を咥えていることしか出来ない。

 もはや、一縷の希望も残されていないのだ。

 歯がゆい、なんて感情はもうどこにもなかった。

 ただ諦めるしかない、そう納得しようとしていた。


「……憐れね」


 絶望する海里華達に、そんな言葉が突きつけられた。

 どこから響いてきたのか、声の主は海里華達と同い年くらいの少女だった。

 十二枚の翼の模様が描かれた黒いパーカーに、右側にウォレットチェーンがついた明るい色のショートパンツ。

 フードからは明るい金髪が少し覗いているが、表情はフードで顔の上半分が隠れている為確認出来ない。

 艶やかな白い肌の首元には、小さな椅子の形をした金色のネックレスが下げられていた。

 いつからそこにいたのか、何故ここにいるのか。

 そしてもしこの場所に狙って来たのなら、何故来たのか。

 すべてが不詳で不明。ただ……。


「誰よアンタ……今私達はすごく気が立ってるの……変なことしたら──」


「エリちゃんダメッ!!」


 少女へ牽制の為の攻撃をしようとした海里華を、梓乃が飛び付いて止めた。

 押し倒された海里華に、余裕のなさそうな梓乃の顔が近づく。


「その子に近づいちゃダメ……何だか分かんないけど、とんでもなく危険な気がする……」


 梓乃のずば抜けた野生の勘が、極めて薄い少女の危険な気配を感じとった。

 シルヴィアを含めた六人のことをものともせず、まるでそこには誰もいないとでも言うかのように佇む少女。

 少女は微かな足音とともに壊れた仮想空間の術式へと近づき、そっと手のひらをかざした。

 少女の手のひらからは何かが放たれたり、魔力のようなエネルギーは感じられないが、手のひらがかざされて三秒と経たないうちに、術式の表面に亀裂が走った。

 卵から雛が生まれる瞬間のように、六人は固唾を飲んでその様子を見守る。

 もしかしたら術式が割れて、黒音とアズの意識が戻ってくるかもしれない。

 そう思った矢先、仮想空間は砕け散ったガラスのように破裂した。

 光の筋となって消えていく術式だったもの。しかし一向に黒音の体は動き出すことはなかった。


 ただ、壊した。そう分かった瞬間、海里華の中で何かが弾けた。

 もしかしたら奇跡が起こるかもしれない、そんな可能性を目の前で潰された絶望、後悔、憎しみ。


「ふざ、けるな……返せ……黒音の意識を……っ」


「嘘、だよね……目を、覚ますんだよね……ねえ、黒音君……起きてよ……ねえってば……」


「なんて、ことを……許しません……あなただけは……絶対に……」


 怒りと悲しみに溺れる海里華達に背を向けた少女は、何事もなかったかのように歩き出した。

 術式を壊したと言う事実そのものがないかのように。


「待ちなさい……貴女……まさかこのまま帰れると思ってるの……? 骨も残らないほど焼き尽くすッ……!!」


 舐め溶かされたようにえぐれた地面の中心で、焔は近づくことすら敵わない爆炎を放つ。

 だが少女はその熱を一切感じていないようで、汗を一滴も流していない。


「待って皆、その子から離れて」


 シルヴィアが見上げているのは、亡骸と化した黒音の肉体の上空。

 無数の文字が渦を作り、竜巻のようにうねっている。

 制作者であるシルヴィアにはすぐに分かった。

 それらは仮想空間を構成する無数の文字だ。

 この少女は初めて目にするであろうシルヴィアの仮想空間の術式を、ただ手をかざしただけで解析し、理解し、それを一つ一つの文字に分解したのだ。

 巻き戻したように再び元の球体を描く文字達は、瞬く間に術式を再構成した。


「信じられない……私の術式を……ほんの数秒で……」


「み、皆さん、黒音さんの体がっ……」


 元の形に修復していく術式に気をとられていたが、漓斗の声に我を取り戻して黒音の体へ意識を移す。

 微かに、本当に僅かだが、黒音の指がぴくりと動いた。

 徐々に黒音の体から魔力らしき反応が感じられるようになり、そして、この場にいる全員が呼吸を忘れた。


「アンタ達、今の音……聞こえた……?」


「う、うん……聞こえたよ……」


「音と言うより、イメージに近いです……」


 五感のすべてが感じとった、その気配を。

 閉ざされた分厚い鋼鉄の扉を、力ずくでこじ開けるような重々しい音だ。


「境界線を……壊したような感覚……」


「越えてはならない一線みたい……何となく分かる……」


 そしてその音を聞いたのは、この場にいる契約者達だけではなかった。


「深影ちゃん、そろそろお腹すいたね」


「何か、食べたいな……」


「ああそうだな、どこか店に──ん……これは……」


 首筋に猛獣が牙を突き立てているような、今にも崩れそうな崖の下を覗き込んだような、恐ろしいと感じる気配。

 だが深影にはその感覚が、心地のよいものに感じた。

 長く待ち望んでいたその感覚が、ようやく訪れたからだ。


「リーダー、戻ったよ。って、また筋トレしてる……」


「あれ、でもぶら下がったまま止まってるの」


「誰だ……? いや愚問か……」


 裸の上半身に滴る汗が凍りついたような寒気が襲った。

 和真は思わず鉄骨から手を離してしまったが、すぐに空中で体制を整えて瓦礫や鉄骨が転がる地面へと着地する。

 その衝撃が瓦礫を吹き飛ばし、和真の笑みを砂埃が隠した。


「ま、また負けたのです……ボス、強すぎなのです……」


「流石ですボス、これで六連勝ですね」


「運ですよ、運。……ふふ、そうですか、とうとう……」


 トランプを切る手がふいに止まり、シャッフルの途中でカードをテーブルにおいて一番上のカードを伏せて引く。

 重々しくも鋭い気配が、一瞬茜の喉を詰まらせる。

 茜が引いた一番上のカードは、黒いジョーカーだった。


「レイチェル、そろそろお昼ご飯食べない?」


「そうですわね。フル、今日は何に致しましょう?」


「レイチェルに任せる……扉……誰かが踏み込んできた……」


 本来決して侵されることのない絶対の領域に、誰かが足を踏み入れた。

 根拠なんてものはない。だが確かに直感したのだ。

 四大勢力にいる破格の天才達、彼らと並ぶ者が現れるのは、もっとずっと先のこと。

 ──そのはずだった。

 揺るぎない強さを以てしても、悪寒を禁じ得ない。

 そしてほとんど共通点のないこの四人は、同じ種族と契約を交わす者として珍しく同じことを思ったのだ。

 ──また一人、化け物が生まれた、と。


「ん、うぅ……ん……あ……戻って、これたのか……?」


『そう、みたいだね……ちょっと頭痛がするかも……』


 再構成された仮想空間の術式が再び弾けると、ようやく黒音とアズの意識が肉体へと帰った。

 頭を押さえながら上体を起こす二人を、五人はすぐに取り囲んだ。


「このバカっ! どんだけ心配かければ気が済むのよ!」


「ふだりがもどっでごれでよがっだぁ~っ!」


「あなたは本当に、いつも無茶ばかりするんですから」


 泣くのを必死に堪えて怒り出す海里華に、涙腺が崩壊して泣きじゃくる梓乃。

 そして結構珍しい涙ぐんだ漓斗の姿を見ると、自分がどれだけ皆に心配をかけていたかが思い知らされる。


「黒音、これからはもう……無茶しないで……」


「貴女は私達の先導者なんだから、しっかりしてよね」


「ああ、皆心配かけて悪かったな。これからはリーダーとしてもっと責任を持って行動する」


 焔に支えてもらいながら立ち上がると、黒音はアズを連れてシルヴィアに頭を下げ、


「迷惑かけて本当に悪かった……本当に助かった」


「お礼ならそこの女の子に言ってあげて。私達は何もしてない」


 シルヴィアに言われてようやく少女の存在に気づき、黒音は少女へ頭を下げた。

 そして何故か驚愕して固まるアズの頭を手で押さえつけて下げさせる。


「君が助けてくれたのか。本当にありがとな」


「……これからよ」


 たった一言、少女はそう残してこの場を去った。

 名前を名乗ることも、顔を見せることもせず、ただ黒音とアズを助けただけだ。

 単なる善意なのか、それとも何らかの目的があってなのか。


「とにかく、これで全員イートカバー出来たんだな」


「そうなるわね。後はシルヴィアさんがレーティングを完成させてくれれば、次は遥香の番」


「ん……頑張る」


 ようやく落ち着いてレーティングの作成に取りかかれると安心したシルヴィアの隣で、静かに意気込む遥香。

 四大チームに挑む為の挑戦権、残るは最終段階のみだ。


「ねえ黒音、アンタは何か新しい魔術でも身につけたの?」


「私は六つくらい習得しましたよぉ」


「俺は一つだな、漓斗ほど器用じゃねえから。でも……」


 黒音は何の前触れもなく漓斗へ殴りかかり、漓斗は咄嗟に断層壁を展開する。

 断層壁の展開を確認すると、黒音は殴るモーションを中断した。

 そして人差し指で断層壁に触れ、指先を軽く弾いた。

 たったそれだけで、梓乃の攻撃にも耐えうる断層壁が、塵となって消滅したのだ。

 そよ風に吹かれてなくなった断層壁を見て、漓斗の思考がしばらく停止する。


「数より質だろ?」


「なに、その魔術……破壊魔術みたいな……」


「命や精神は削らない。破壊魔術よりも遥かに安全だ」


 黒音の周囲に渦巻く強烈な崩壊の嵐。

 規模が小さく、高められた魔力が目に見える時に似ている。

 しかし通常の魔力とは比べ物にならない威力だ。


「驚き、ましたぁ……岩の壁が砂みたいにぃ……」


「みたいにじゃなく、本当に岩を砂にしたんだよ」


「その力、試させてよ。これで互角でしょ?」


 炎の椅子に腰かけ、傍らにラヴルを従えた焔。

 開戦の空で初めて会った時のように、二人は三度対峙した。

 だが黒音は笑って両手を上げ、その場から一歩足を引いた。


「戦いたいのは山々だが、ダメだ。戦うならレーティングを施してから一週間後。やるなら互いに完全な状態でやろうぜ」


「……そう言われちゃ、引かないわけにはいかないわね」


 今ここに誕生した、天下の四大チームを脅かす六人の契約者。

 六種族に魂を売り、もう人間には戻れない。

 だが後悔など微塵もない。六人一緒ならば、堕ちる所まで堕ちても怖くなんてないのだから。

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