~Paradise of cat~
「ふう……姫沙羅君、大丈夫ですか?」
「ああ、何とかな……」
「よかったです、猫ちゃんが戻ってこれて」
変身を解除した愛梨に支えられ、ようやく立ち上がれた姫沙羅。
聖力や体力はそこまで消耗していないが、精神的なショックが大きかったようだ。
「情けねえな……女の子一人も守れない所か、逆に守られるなんて……」
「気にしないでください。私は守護者、誰かを守ることが私の本命ですので。それよりも、私こそごめんなさい……」
「何で愛梨が謝るんだ?」
「さっきの女性は私のことを狙っていました。だから猫ちゃんが狙われたのは私のせいです……」
やはりこの子は偽善者なんかでは決してない。
ただ底なしに優しくて、人思いで、責任感が強くて、純粋なんだ。
姫沙羅には萎れた愛梨が、むしろ眩しかった。
「謝らないでくれ、コイツは生きて帰ってきたし、俺だって命を守られた。それでチャラだろ」
「そう言ってもらえると助かりま──あっ……とと……目眩が、します……久しぶりに本気で戦ったからでしょうか……」
姫沙羅を支えていた愛梨の体が、糸が切れたように崩れていく。
今度は逆に姫沙羅が愛梨の体を支え、背中におぶった。
姫沙羅の背中でぐったりとする愛梨は、とてもエイスを退けたドラゴンとは思えず、普通のどこにでもいる少女にしか見えなかった。
「すみ、ません……少し……休ませて……くださ……」
「ああ、ゆっくり休んでくれ。ありがとな」
『キサラ、どうするニャ? 家で休ませるニャ?』
「そうした方がいいんだろうが、愛梨はあの〈tutelary〉だぞ? もし帰ってこなかったら、すぐに俺のことを嗅ぎ付けて殺しに来るぞ」
『おっかないニャあ……この際〈tutelary〉の拠点に殴り込むニャ?』
「自殺する気か。でもそれしかないよな……友達を装って……いや〈tutelary〉の拠点を知ってる時点で契約者って確定されるっ……」
八方塞がりのこの状況に、姫沙羅は疲れた頭を働かせる。
自宅で休ませればチームメンバーが乗り込んでくるし、拠点に行けば契約者と断定される。
と言うかそもそも拠点の場所を知らない。
かといって助けてもらっておいて放っておくわけにも……。
『少年、大丈夫だ。私が拠点までの転移魔方陣を開く。事情も説明するから、愛梨を運んでやってくれ』
「愛梨のパートナーの……そう言うことならそうするか」
カンナカムイが開いた転移魔方陣を前に、姫沙羅は何度も深呼吸して覚悟を固める。
ここを潜ればその先は守護者の胃袋。
もしカンナカムイの説明が上手く行かなかったら、それ以前にカンナカムイが情報を隠滅する為に嘘をついたら。
(って、パートナーがこんななのに、そんなこと策するわけねえか……)
その時はその時だ、と覚悟を決めてその転移魔方陣を潜った。
転移魔方陣の先に広がっていたのは、暖かい洋風の広間。
そこには二人の少女がお菓子を食べながらお喋りをしていて、黒い髪の青年が分厚い本を読んでいた。
「……誰だ貴様は? 何故愛梨をおぶっている?」
「お、俺は夢姫 姫沙羅っス。え、えっと、そのっ……」
ヤバい、ヤバいヤバいヤバい……っ!
恐らくこの青年はあの〈真実の幻〉と言う異名を持つ不知火 深影だ。
鋭すぎる殺気とオーラのせいで、まともに言葉が出てこない。
『深影、この少年は愛梨を助けてくれたのだ。戦ったのは二振りの剣を携えた女性。お前の姉の形見を盗んだ輩だろう?』
「何だと……!? まさか、愛梨にまで危害を加えたのかッ……」
深影はすぐさま姫沙羅から愛梨を預かり、顔を覗き込む。
見た所外傷はないようだが、酷く疲弊しているように見える。
「お前が愛梨を助けてくれたのか?」
「は、はい……でも俺じゃ力不足で、結局愛梨、さんに助けてもらう形になりました……も、申し訳ございません……」
「いや、お前は契約者なのか? いや、カンナカムイの声が聞こえている時点でそうだか」
「はい、その、俺を殺したりとかは……?」
「するわけがない。お前は愛梨を庇ってくれたんだろう? むしろ礼を言いたいくらいだ」
噂に聞いていたよりも、ずっと穏やかな人だった。
姫沙羅は一先ず肩の力を抜き、じりじりと後ろの転移魔方陣へと近づいてくる。
少しでも発言を間違えれば、その瞬間殺されるかもしれない。
「おや、その男の子は……確か夢姫君だね、中等部の」
「なっ……紅嶺会長……!?」
広間の入り口に、一人の青年が立っていた。
それはいつも女子生徒に囲まれていて、学校の中心的存在の紅嶺 白夜会長だ。
この場にいると言うことは、恐らくそう言うことだ。
「あ、紅嶺会長も契約者だったんスか……!?」
「そうだよ、僕は〈tutelary〉のリーダー。チームメートを守ってくれたんだってね、リーダーとして礼を言うよ。ありがとう」
「い、いえ……恐縮っス……」
『ふニャあ~!? キサラ、助けるニャあっ!?』
姫沙羅が白夜と深影にペコペコ頭を下げているうちに、バステトが二人の少女に拘束されていた。
この二人は堕天使の白笈 優と、女神のコロナ・キイ・ドールだ。
〈tutelary〉の中でも、コロナは同じ女神として姫沙羅の尊敬する人物だった。
自分よりもさらに年齢が下なのに、四大チームの契約者と言うとてつもない大役を担っている。
不良の自分とは比べ物にならない力と才能を持っているコロナに、自分のパートナーが遊ばれている。
バステトの耳をいじったり、抱きついたり、尻尾をもふもふしたりと。
こうして見るとやはり好奇心旺盛な少女にしか見えない。
「いいじゃねえかバステト。コロナさんと生で触れ合える機会なんて早々ねえんだぞ。よく触っといてもらえ」
ご利益があるかも知れねえぞ、と。
女神のバステトに言う姫沙羅だが、そもそもバステトはご利益を与える側だ。
「すごいね優、猫の女神だよ? ちょーレアだよっ♪」
『ニャ……私のレアさが分かるニャ?』
「勿論だよ! エジプトの神様は皆ちょー希少な存在だもん! 生で見て触れるなんて最高だよっ♪」
『ニャハハハ♪ 私のレアさが分かるなんて、やっぱり〈tutelary〉の女神は見る目があるニャ♪』
「コロナ……あまり迷惑をかけないように、ね……♪」
とかなんとか言いながら、優もちゃっかりバステトと触れ合っている。
どうやらコロナと優は姫沙羅のパートナーが大変気に入ったらしい。
「えっと、深影さん、差し出がましいかも知れねえっスけど、もしかしたらこれからも愛梨さんが狙われるかもしれません。だから学校では俺が愛梨さんのこと守らせてくれませんか?」
「何故だ? 何故事情も知らないお前が愛梨のことを?」
「恩を返したいんス……俺、愛梨さんに守られました。本当は守ってやんなきゃならねえのに……不甲斐なくて、だからせめてチャンスをください。次こそ絶対に守って見せます」
「……それは俺に言うことじゃない。愛梨が目を覚ましたら、愛梨に直接言ってやれ。俺としては逆に頼みたいくらいだがな」
「僕は高等部だから、校舎が離れてるんだよね。出来ればリーダーとして頼みたいな」
毎日何を求めて契約者をやっているのか、何故バステトと契約したのか。
その理由を見出だすことが出来なかった俺が、ようやく明確な願いを見つけることが出来た。
俺は初めて出会ったんだ、偽善なんかじゃなく、心底誰かを助けたくて、その為なら喜んで命を差し出すような人に。
俺はその人を守りたい、恩を返したいと言う以前に、その想いが姫沙羅の口を動かしていた。
「ふふ……深影君、これから大変になるね」
「ああ、アイゼルネが直接愛梨を狙った以上、もう後手に回っているようでは……」
「それもあるけど……頑張らないと、姫沙羅君に愛梨ちゃんのこととられちゃうよ?」
「なっ……ば、バカを言え。俺と愛梨はそんな関係じゃない。ただ一緒に本を読むだけの友人だ」
今ここに愛梨がいなくて本当によかったと思う白夜達。
もしその言葉を愛梨が聞いていれば、今頃深影の頬には真っ赤な紅葉の跡が刻まれていただろう。
「愛梨……紅嶺会長から正式に許可を貰ったぞ。お前は俺の信者に加え俺自身も助けてくれた。だからこれからは俺が守ってやるからな……」
自室のベッドで眠る愛梨に、そう語りかける姫沙羅。
返答はないが、それでも構わない。
姫沙羅は白夜から貰った広間へ転移する魔方陣をインプットし、愛梨の自室を後にした。
「……ありがとうございます、姫沙羅君……♪」
愛梨はたった一言そう呟くと、再び掛け布団を株って眠りについた。
アイゼルネはとうとう、深影だけではなくチームメートの愛梨にまで手を出すようになってきた。
いつまでも誘い出される側のままでは、どんな事態を招くか分からない。
エイスの元へ転移する詠唱魔術は二つ、そのどちらかにまた新たな詠唱魔術の紙切れが貼ってあれば、その時こそアイゼルネから姉貴を解放する時だ。
深影は分厚い本で顔を隠し、誰にも見えないように歯を食い縛った。




