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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 第二章「転生と信託」
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第五話『Orange harbeit』

 中間テストの日、愛梨は目の下にクマを作りながら教科書とにらめっこしていた。

 誰かと成績を競うなどと言うことを今までしたことがないので、とにかく張り切って勉強したのだが。

 可愛らしい猫達の世話がどうとかと言う以前に、今までずっとトップの成績を守ってきたからそれを途切れさせたくないと言う一心だ。


「あ、あいりん、大丈夫……?」


「負けられないんです……いえ、子猫の世話は喜んでやりますが、勝負となれば負けたくないんですよ……」


「でも何でまた夢姫はあいりんと勝負を?」


「う、売り言葉に買い言葉と言う感じです。授業態度や成績が悪いと言う理由で先生に呼ばれていた姫沙羅君が、俺がテストで勝てば子猫の世話を手伝えって」


「夢姫が、子猫? あの夢姫が?」


 学校一の不良と言われている姫沙羅だが、愛梨は噂しか聞いたことがない。

 姫沙羅が誰かと喧嘩して怪我させたとか、トラブルを起こしたと言う噂は聞いたことがあるが、実際それを見たことはない。

 それに子猫とじゃれあう姿を見ている限り、姫沙羅がそんなことをするような人とは思えないのだ。


「めんどくせえけど、お前達の為だしな。もう少しで屋根のある場所で過ごせるからな」


 相も変わらず、中等部の屋上で寝転がる姫沙羅。

 その回りには勿論、可愛らしい子猫達が集まっている。


「そろそろ教室戻るか。じゃ、またな。いい子にしてろよ」


「「にゃっ!」」


 "分かったニャ"と言わんばかりに鳴き声を揃え、整列しておすわりする猫達。

 姫沙羅は軽く手を振り、屋上を後にした。


「お待たせ、それじゃバトンタッチね」


 吹き荒れる炎の渦に包まれ、腰に手を当てた焔が現れる。

 現れると言うより、脱け殻だった肉体に焔の意識が戻ったのだが。


「焔、お前にしては遅かったな」


「これで残るは貴方だけよ、リーダー」


「らしいな、行くぞアズ」


『おうよっ! 手加減しないからね!』


「上等だ、泣き見んなよ」


 焔とのハイタッチを交わし、黒音は最後の仮想空間へとダイブする。

 倒れた黒音の体を焔が受け止め、黒音の意識は仮想空間へと吸い込まれた。


「期待してるわよ、私のライバル……!」


 何だか、一人だけ取り残されたみたいな気分だ。

 でもこれでようやく、深影と並ぶことが出来る。

 黒音のイートカバーが終われば、残るはレーティングのみ。

 つまり遥香の仕事に繋げると言うことだ。


「ようアズ、俺とお前がこうして対峙するのは初めてだな」


「実際には二回目よ。まさか、またこれをすることになるなんてね……」


 仮想空間に入ったことで、アズの姿が魔界へ訪れた時のように大人の姿へと変貌を遂げる。

 仮想空間と聞いてもっと特殊なフィールドを想像していたが、案外殺風景な所だ。


「そんじゃ行くぞ」


「来なさい、相手してあげる」


 二人の右手には黒い闇が集結した剣が握られており、左腕にも同じく闇属性の魔力を集めて形成した五角形の盾が装着されている。

 二人が剣を構えた瞬間、突如二人の中心で爆発が起こった。

 剣を構えると同時に、二人はもうその場から飛び出していたのだ。


「考えることは同じだなっ!」


「当たり前よねっ!」


 まるで打合せしていたかのような、いや例え打合せしていたとしても実際に行うことは不可能に近い。

 目で追うことが不可能の剣劇。

 互いのことを絶対的に信頼し、理解し切っているからこそ出来る芸当だ。


「ちょっと出力上げるぞ。ついてこいよ?」


「誰に言ってるのよ。全力で来なさい!」


 あろうことか、黒音は手加減をしていた。

 この仮想空間と言うフィールドで、六種族の悪魔を相手に"ついてこいよ"と。

 あたかも自分の方が優位にあるように。


「いいんだな? 思いの力がすべてのこの空間で、リミットブレイカーの俺が本気だしたら、持たねえぜ?」


 次の瞬間、仮想空間を構成する発光するタイルが激しく浮き沈みを繰り返した。

 仮想空間の中で黒音がリミットブレイクしたのだ。

 思いの力が限界を越え、ある臨界点を突破した時に舞い降りるリミットブレイクを身につけていると言うことは、もはや最初からこの空間の支配者だと言うことだ。


「……そんなものなの? リミットブレイク出来るのが貴方だけだと思わないで」


 黒音に対抗して、アズまでがリミットブレイクする。

 リミットブレイクするのはあくまで、パートナー同士が同時にだ。

 黒音に出来てアズに出来ない道理はない。


「ねえシルヴィア師匠、仮想空間の丸いのがすっごく暴れてるよ?」


 フィディと戦っていい汗を流した梓乃が、ふいに目をやった仮想空間の術式。

 球体の形をしたそれが、異常なほど暴れているのだ。


「……すごく激しい戦いみたい。もしかしたらリミットブレイクしてるのかも……リミットブレイクは思いの力の結晶だから、私の術式が持つかどうか……」


 レーティング作成中のシルヴィアが、暴れ狂う球体の術式を眺めて不安そうに唸る。

 英雄様が作った術式をここまで危険な状態にしたのは、恐らく黒音とアズが初めてだろう。


「力差なし……おいアズ、お前六種族で基本的なステータスは比べ物にならねえんだから、もっと本気だせよ」


「出してるわよ、これが私の全力。黒音、貴方はすでに私と互角ってこと。仮想空間に入った意味あったのかしらね」


 あまりにも規格外な黒音の思いの力。

 それが本来の黒音の力なのだが、記憶を失えば思いの力の使い方や源も変化、また最悪の場合消失するはずだ。

 だが黒音は消失する所か、むしろ成長しているように感じられる。


「それじゃあ面白くねえな。どうせならどっちかが参ったって言うまでやるぞ」


「いいけど、どうなっても知らないわよ」


 リミットブレイカー同士の衝突は、互いの肉体と精神に多大な負荷をかける。

 何せリミットブレイクとは自分の枷を外し、バックファイアを無視して莫大な力を発揮するものだ。

 リミットブレイクを解除すれば、後回しにしていた負担が一気に襲いかかってくる。

 仮想空間なので肉体にダメージがなくとも、精神力を大きく消耗するのは否めない。


「どうせなんだ、楽しもうぜ」


「仕方ないわね、付き合うわ」


 そもそもこの二人、後の反動を気にして戦うほど賢くはない。

 悪魔なのだから、ルールとか縛りなどは一切関係ない。

 自分のやりたいようにやり、止めたい時に止める。

 悪魔は束縛を嫌い、指図を嫌い、支配を嫌い、戦闘を好み、何より自由だ。


「そんじゃ、小手調べだ」


 ホームランをかっ飛ばすように、剣を横に振りきった黒音。

 アズも同じく真逆から剣を受け止め、激突した。

 たった一撃をぶつけただけで、尋常ではない衝撃が仮想空間を揺らす。


「ちょ、本当に大丈夫なの? 何かすごいデコボコ飛び出してるんだけど……」


「止めた方がよくないですかぁ? この術式が壊れれば二人の意識はずっと仮想空間の中ですよぉ?」


「出来ればそうしたい、けど……今はレーティングの作成中だから手が離せない……多分大丈夫だとは思う……」


 黒音がリミットブレイカーと言うことも考慮して、四人より強力に作ってある。

 だがこの出力は、シルヴィアの推測を凌駕していた。


「まだまだ、ちょい本気だ!」


 腰を入れ、思いっきり踏ん張って剣を振り下ろす。

 アズはそれを迎え撃つように、下から切り上げた。

 すると今度は先ほどとは比べ物にならない衝撃が、多くのタイルに亀裂を入れた。


「早く帰ってきてよね、こんなとこでゲームオーバーとか許さないんだから」


 炎で作った椅子に足を組んで座り、ずっと仮想空間の術式を睨みつける焔。

 袋の中に捕らえられた猛獣が暴れまわるように、激しく蠢く仮想空間の術式。

 五人は禁じ得ない不安感を噛み殺し、シルヴィアのレーティング作成を見守った。


『ふう……結構なダメージを受けたね。肉体を再構成する為に莫大な聖力を費やしたわ』


「私、は……深影くんと戦いたくない……アイゼルネ、これで本当に、深影くんの力になれるの……?」


『当たり前よ、契約者の世界は殺伐としてて、痛くて苦しいことばかり……だからそんな世界から深影くんを救ってあげることが、深影くんの力になってあげることでしょ』


 焼け焦げた家の跡地、深影との思い出の場所にて。

 エイスはごっそりと聖力を失ったせいで疲労した体を、崩れた瓦礫の山に預けてコラーダを抱き締めていた。

 深影に拒絶されたことにより、精神への大きなショックがアイゼルネの呪縛に影響を及ぼしたのだ。


「でも……私のやってることは、本当にあってるの……? これじゃあ、深影くんを傷つけてるようにしか……」


『仕方ないよ、やり方が荒っぽいだけ。でもこれしかやり方がないんだから、割り切るの』


 段々とアイゼルネの言葉にエコーがかかり、自分がさっきまで何を考えていたのかと言う記憶が薄れていく。

 考える暇もなく、それが正しいのだと押さえつけられるように刷り込まれていた。


『今度深影くんと戦う時はティソーナを使いなさい。一刻も早く深影くんを救いたいなら、本気を出さなきゃ』


「深影くんを……救う……私が、救う……そうです……私が深影くんを救うんですよね……ふふ……コラーダだけでも十分ですけど、どうせならティソーナも使っちゃいます……」


 エイスの腰に差されたもう一振りの剣、ティソーナ。

 コラーダが暗き洞窟を意味するのならば、ティソーナは明るいたいまつの意味を持つ。

 エイスは我が元で眠るティソーナの柄に手を伸ばし、腰のベルトからティソーナの鞘を外した。

 耳を澄ませば聴こえてくるようだ、少女のような幼い寝息のリズムが。

 エイスは鞘越しのティソーナへ語りかけるように、自分の指先から聖力を流し込んだ。


「目覚めてくださいティソーナ……私に力を貸して……」


 エイスの聖力を鐘の音に、ティソーナが目を覚ます。

 握っている柄から、少女の時が流れ出す脈動を感じた。

 ティソーナが永らくの眠りから目覚めるとともに、強烈な光と熱が刀身から放たれた。

 それはさながら、初めて見るものに瞬きを繰り返す好奇心旺盛な子供のように。


「今度こそ……確実に……待っててください深影くん……すぐに楽にしてあげますよ……」


 呪縛とは抵抗すればするほど薔薇の棘のように絡まり、深く強く食い込んでいく。

 想いと呪縛の強さは比例し、真実は曖昧な感覚に溶ける。

 一度呪縛に嵌まってしまえば、無垢な少女の心を堕とすことなどいとも容易いのだ。


「私はエイス……あなたを解放する拷問器具です……」


 自分の中の何かが染め上げられていく感覚、それが力の証だと知った時、すでに恐怖はなかった。

 腰の二振りから伝わる絶対的な力のオーラが、思うがままに突き進めと背中を押してくれる。

 この力を以てすれば、深影くんを救うことが出来る。

 剣を握る手の力を、強くしてくれるのだ。


「モノクロ──いや黒羽、いるか?」


「……いらっしゃい……ん……貴方のパートナーの魔力が極端に少ない……どうしたの……?」


 また入浴中だったらどうしようかと思っていたが、どうやらその心配は必要なかったようだ。

 深影は広間に帰ってから、コラーダの特性で消し飛ばされたアンドラスの腕を元に戻してもらう為にモノクロの地下室へと訪れていた。

 相も変わらず薄暗い所で魔術の研究をしているモノクロは、すぐにアンドラスの不調を見抜く。


「アンドラスの腕が消し飛ばされた。お前なら治せると思ってな」


「……腕を……どおりで……分かった、こっちに来て……」


 モノクロに案内されて来たのは、フィクションの映画などで見る人体実験が行われていそうな部屋。

 広い部屋の中に、さらにガラス張りにされた部屋がある。

 普通に魔力の結晶などを解析する実験室だが、薄暗いせいでどうもサディスティックな想像ばかりしてしまう。


「……ここで横になって……少し大がかりな術式だから、時間がかかる……」


「構わない、俺のせいでアンドラスがこうなった……だから何としても戻してやってくれ」


「……任せて……必ず元通りにする……」


 思えばティソーナのコラーダの件は、ほとんどモノクロの協力を仰いでばかりだった。

 サタンに会う為に冥界へ行く時も、エイスの元へ転移する詠唱魔術も。

 すべてはモノクロがいなければ何一つとして進まなかった。


「お前には本当に頭が上がらないな……」


「……気にしないで……私は毎日下らない研究しかすることがないから……」


「だが俺はお前が卑下するその魔術の研究に幾度となく助けられた。どう返せばいいか分からないくらいにな」


 自他ともに認める、理解を越えた技術を誇る深影でさえ見たこともないような変わった魔術が、横になったアンドラスの上に展開される。

 壊れた物体を元の形に再構成する魔術は簡単だが、それが人体のような生きた細胞となると深影でもお手上げ。

 いつも魔術のことを研究しているモノクロだからこそ、深影が信頼してパートナーを預けられるのだ。


「……深影、貴方の魔力が必要……私の魔力でも代用出来るけど……アンドラスの体に一番適合するのは貴方の魔力……」


「分かった、アンドラスの為だ。いくらでも使ってくれ」


「……じゃあここに手のひらを乗せて……細胞を再構成する為の魔術だから多くの魔力を消費する……頑張って……」


「承知した。これに触れればいいんだな」


 サッカーボールほどの大きさの魔方陣に手のひらを重ね、深影はありったけの魔力を絞り出す。

 しかし深影が練った魔力は嘘のように魔方陣へ吸い込まれ、すぐに次を求めてスパークを放った。


「……魔力の供給を休まないで……途絶えれば再構成した細胞が死ぬ……」


「任せろ、これくらいの苦しみ、アンドラスの痛みに比べれば……!」


 腕に刻まれた六芒星封印は、残り四つ。

 二つの封印を解放していても、腕一本を再構成するには到底及ばなかった。

 深影は残る封印を四つとも外し、正真正銘持てる魔力すべてを魔方陣へと注ぎ込んだ。

 パートナーと離れていて、さらに激しい戦闘を終えた後だと言うのに、深影の放つ魔力はモノクロがそのあまりの威力に顔を庇うほどの桁外れた量だった。

 黒い電流を迸らせながら、深影からほとんどの魔力を吸収した魔方陣は、満足げにその口を閉じる。


「ぐ、はぁッ……はぁッ……どう、だ……まだ、足りないか……?」


「……い、いえ……これで十分……後は貴方の魔力がアンドラスの腕の細胞へと変換されれば、再構成が始まる……腕一本だから、三時間くらいかかる……」


「そうか、足りたか……すまないが……少し休ませてくれ……久々に魔力が切れた……」


「……この部屋の隣に仮眠室があるから……そこで休むといい……アンドラスの腕が元に戻ったら知らせる……」


 深影が部屋を出たことを確認すると、アンドラスは少しだけ首を起こしてガラス越しにモノクロの顔を覗き込んだ。


『ごめんなさいね……迷惑をかけちゃって……』


「……迷惑なんかじゃない……むしろ、少し羨ましい……」


『羨ましい……? 私達が……?』


「……想い合う人と再会出来た深影……貴方は深影を影で支える……そんな理想の関係……でも私の想い人は帰ってこない……帰ってきたとしても……恨まれる……」


『貴女も深影みたいに知らないだけで、本当は恨まれてなんかないかもしれないわよ……?』


「……いえ……私は本当に恨まれてる……私のせいで、私の想い人は苦難を強いられた……私のせいで、死ぬかもしれない……そうならない為だったのに……」


 私が魔王の元で守護者をやっているのは、その人に殺してもらう為。

 でも恨まれるだけでその人のことを守れるのならば、私は喜んで恨まれるし殺される。


『貴女も大変ね……クスクス……お互いに頑張りましょう……』


「……ありがとう……貴女も……頑張って……」


 今までずっと分からなかったモノクロの真意を、ようやく少しだけ分かったような気がした。

 モノクロも深影と同じで、自分を犠牲に誰かを助けようとしている。

 その人はそう思っていないのに自分のせいだと勘違いし、気負い、罪を償おうとしている。

 アンドラスは少し気の毒そうに、だがそれ以上は何も声をかけずに瞳を閉ざした。


「中間、終わったぁ……」


「まだ一日目ですよ。残り一日、気が抜けません……」


 太陽の下のアイスみたく溶けそうな、愛梨の隣の席にいる浅倉さん。

 しかし今の愛梨に友達を構ってやる余裕はない。

 姫沙羅のあの不敵な笑み、何かあるような気がする。

 絶対に負けたくない、久しぶりに闘志が湧いてきた。


「あ、あいりん、夢姫が来てるよ」


「よ、優等生ちゃん。どうだった?」


 若干怯え気味の浅倉さんなど眼中にないようで、姫沙羅は相変わらず乾いた笑みを浮かべて愛梨に近づいてきた。


「私は全力を尽くしましたよ。姫沙羅君はどうなんですか?」


「俺は、まあまあだな。なあ、この後予定あるか?」


「予定、ですか? いえ、特には」


 ……姫沙羅が愛梨の予定を聞いた時、教室にいる男子の視線が殺気に変わった気がする。


「じゃあちょっと付き合ってくれ。猫が一匹いなくなった」


「そんなっ……今すぐ探しに行きましょう!」


 ホームルームを終える前に、姫沙羅と愛梨が教室を抜け出した。

 学級委員長と言う立場もあるが、そんな立場の為に大切な命のピンチを見過ごすわけにはいかない。

 それに猫達の世話をする為の勝負なのに、一匹でも猫がいなくなってしまっては意味がない。


「心当たりとかはないんですかっ?」


「残念ながら、あの子達は自分から外にいこうとはしねえし、誰かに誘拐されたって考える方が妥当なくらいだ」


「じゃあ学校の生徒が怪しい、とか……」


「中間テスト中だぜ? 休んでる生徒はいないって聞いたし、教室に生徒がいなけりゃ気づくだろ」


「じゃあ誰が……」


 愛梨の脳裏に、契約者としての嫌な感覚が過った。

 もし自分が姫沙羅と関わったことで、私を誘い出す為に姫沙羅の猫を誘拐したのなら。

 契約者が一般人と関わったが為に、そんな想像ばかりが頭を支配する。


「一つだけ考えられるのは、以前その猫と一緒に行った古い公園だ。あそこは唯一俺がいなくても行ける所……そこにいなけりゃもうどうしようも……」


「じゃあそこに向かいましょう。早くいかないと、車に轢かれでもしたら大変です!」


 姫沙羅は猫のことを心配しながらも、愛梨のことが不思議でならなかった。

 無論猫がいなくなったと言うのが嘘ではないが、何故三回程度しか話したことのない自分の事情に協力し、息を切らしながら走っているのか。


(コイツは偽善者じゃなくて、ただお人好しなんだろうな……)


「はっ……はっ……き、姫沙羅君、公園ってあそこのことですかっ?」


「ああ、そうだ。手分けして探すぞ」


 古くても広い公園、その滑り台の上や砂場、ジャングルジムなど様々な場所を探すが、猫の姿は見当たらない。

 もしかしてもう公園から移動してしまったのか、愛梨は姫沙羅のいる所まで戻り、


「あ、姫沙羅君、その人は……?」


「こんにちは、あなたが東雲 愛梨さんですよね」


 その時、愛梨の感じていた嫌な感覚が、確信へと変わった。

 愛梨のフルネームを呼んだのは、黒い髪の女性。

 女性の腕にはいなくなった猫が抱えられており、猫はその女性によくなついているように見える。


「どちら様ですか?」


「私はアイゼルネ・コイシュハイトと申します。エイスとお呼びください。昨日、深影くんに酷く痛めつけられましてね」


(やっぱり、契約者……あれ、コイシュハイト……?)


 そう言えば、と愛梨は引っかかる単語を記憶の中から手探りで探すように想起する。

 そうして思い出せたのは、深影と読んでいた童話のタイトルだ。

 童話のタイトルはクロイツ・コイシュハイト。

 もしかしたらこの人が深影さんのお姉さんの遺品を盗み、白夜さんに直接訪ねてきた人なのかもしれない。


「少し、お返しをと思いまして。あなたを痛めつければ、深影くんも振り向いてくれると思うんですよ」


 エイスと名乗る女性の腰には、いつの間にか二本の剣が差されていた。

 恐らくあれは神機だ、それもとてつもない性能。

 本当に強大な力を秘めている神機は、特性を見なくとも雰囲気だけで分かる。


(っ……姫沙羅君のいる前でカンナと変身するわけには……でもこのままじゃ、姫沙羅君が危険な目に……!)


 自分の普通の女の子としての日常か、それとも目の前の命か。

 そんなの問うまでもない、自分の日常を捨てて一つの命が救えるのならば、私は喜んで自分の日常を──


「なあ優等生ちゃん、もし俺が化け物でも、これからも普通に接してくれるか?」


「へ……? 何を言って……」


「俺さ、お前のこと勘違いしてたみたいだ。だからもし俺が化け物でも受け入れてくれるなら、友達にならねえか?」


「そんな、私と姫沙羅君はもう友達です。姫沙羅君、どうしちゃったんですか……?」


「優等生ちゃんのお人好しが移ったらしい。じゃあ下がってな」


 どうせ何かを策した所で、戦えない自分など足手まといにしかならない。

 愛梨は姫沙羅の言うとおり、後ろに下がった。

 とてつもなく嫌な予感がする。

 姫沙羅が犠牲になって自分を逃がそうとする、そんなことよりも(・・・・・・・・)もっと怖い何かが。


「来い、バステト。スクールライフはおしまいだ」


 少し残念そうに、でも何故か満足したような笑みを浮かべて。

 姫沙羅がその名を呼ぶと、辺りに鈴の音を鳴り響いた。

 鈴の音を聞いた猫は、操られたようにエイスの腕から飛び出し、姫沙羅の肩へと飛び乗る。


「この子を抱いててくれ。近くにいると危ないからな」


 姫沙羅から猫を預かると、愛梨はその場に膝をついて猫を抱き締める。

 猫が愛梨の頬を舐める様子を見届けると、姫沙羅は再びエイスと向き合った。

 止むこと鳴り響く鈴の音は次第に空間を歪ませ、姫沙羅の隣に一つの人影を作り出す。

 影が膨張と収縮を繰り返し、やがて姫沙羅より頭一個分低い身長へと変化が定まると、遂にそれは降臨した。


『呼んだかニャ、キサラ?』


 二本の尻尾をゆらゆらとなびかせ、鈴のついた金色の金具と緑や黒の装束を身に纏っている少女。

 猫の手の形をしたグローブをはめ、猫耳をピコピコと揺らしている。

 可愛らしく八重歯を覗かせる彼女こそ、猫を司るエジプトの女神、バステトだ。


「ああ呼んだ、久しぶりの戦だ」


『いいのかニャ? キサラ、がっこー楽しんでたニャ』


 バステトの視線は、後ろにいる愛梨に向いている。

 同じ学校の生徒である愛梨に、あっさりと自分の正体をバラしてしまったことを案じているようだ。


「いいんだよ、どうせ俺がいなくなったとこで誰も悲しまねえし」


「き、姫沙羅君、その方はっ……」


「初めて見るか? まあそうだよな。実際に神様を目の当たりにするなんて普通ならあり得ないもんな。俺は契約者、化け物だ」


『キサラは女神ニャ。化け物じゃニャくて、神様だニャ』


 バステトは可愛らしく姫沙羅の肩に手を回す。

 これが姫沙羅が猫に好かれる理由だ。

 バステトは猫の女神、姫沙羅が自分の回りにいる猫達のことを信者と表現していたのもその為だろう。


「猫の、女神……!?」


『エジプトの神々はレアキャラなんだニャ。よーく目に焼きつけるニャ♪』


「んなこと言ってる場合か。アホみたいに強え神機引っ提げた契約者が目の前にいるんだぞ」


「まさかあなたまで契約者だったなんて……想定外ですけど、深影くんが大切に想ってる人の心を砕くには、むしろ好都合です」


「誰だか知らねえが、俺の信者に手を出してタダで済むと思うなよ。行くぞバステト」


「あなたにようはないんですけど、契約者なら話は別です。たぁっぷり拷問してあげますね。アイゼルネ」


「「変身……」」


 二人揃っていきなりパートナーと一体化するようだ。

 吹き荒れる聖力の嵐に必死に耐える愛梨。

 その中から現れたのは、どちらも異様な姿だった。


「まずはコラーダで四肢を消してあげましょうか」


 先にパートナーとの一体化を終えたのはエイスの方だった。

 白いカーディガンを羽織っていた変身前とは打って変わり、スリットの深い黒のロングドレスを纏っている。

 背中には黒薔薇の花びらが密集して出来たような黒い翼を放ち、露出した四肢や胸元には、拷問器具の女神らしく薔薇の蔓をイメージしたタトゥーが刻まれていた。

 割れて飛び散ったガラスのような破片が無数に集い、エイスの回りで惑星の環のような円を描いている。


「神の前で過ぎた狼藉だ。我が足元に跪くがいい」


 次に変身を終えたのは、無論姫沙羅だ。

 エジプトの首飾りウェセクを模した両肩のアーマーと、両腕に装着された三枚刃のクローナイフ。

 そして何よりも特徴的なのが、異常なほど伸びた髪だ。

 歌舞伎の連獅子を彷彿とさせるほどの長大な白髪は、二束に分けて毛先を筒状の金具で縛っている。

 白い髪の隙間から飛び出た猫耳には、輪の形をしたイヤリングが二個ずつつけられていた。


「女神同士の戦い……しかも、今まで見てきた生易しい戦いじゃなく……超高校級の戦い……」


 〈tutelary〉の副長として、今まで数々のチーム戦を見てきてが、ここまでハイレベル同士の戦いを見たのは初めてだ。

 挑んでくる契約者は皆高い戦闘力を持っていたが、如何せん〈tutelary〉全員があまりにも強すぎる為、遊びにもならない。

 そんな〈tutelary〉のドラゴンが、その場から一歩も動けなくなってしまうほど緊迫感に満ちた戦場だった。


(優等生ちゃんを逃がしてやりたいが、ほんの少し気をそらした瞬間、殺られる……)


(なかなかに隙がありませんね……東雲 愛梨さんに意識が向くはずなんですけど……)


 まったく動けない、この緊迫した状況が五分。

 喉が引っ付きそうなほど乾き、冷や汗の止まらないこの空間で、二人はとてつもない戦いを繰り広げていた。

 剣を極めた達人同士は、剣を交えずとも互いの実力を図ることが出来ると言う。

 数十秒先の展開をより細かく読み合い、イメージの中で戦う。

 この状況はまさにそれだ。

 二人の中ではもう計り知れないイメージの戦いが繰り広げられている。


(これほどの契約者が、何故今まで私達の情報網に引っ掛からなかったんですかッ……!)


 極限まで高められた第六感。

 髪の毛を揺らすそよ風も、僅かに戦闘服の布が擦れる音さえも、二人には大きく感じる。

 戦闘に加わっていない愛梨さえ体の震えが止められないのだ。

 実際に戦っているこの二人にのし掛かっているプレッシャーや緊張感は、愛梨の感じている比ではない。


(……このままでは勝てません……やはり、コラーダを使いましょう)


(緊張感が……ちっとだけ緩んだか……? いやまだだ、逆に空気が張り詰めてやがる……!)


 エイスの腰に差された紫色の剣、コラーダ。

 鞘と刀身が擦れる音が静かに響き、引き抜かれた瞬間にエイスと姫沙羅の距離が急激に縮められた。

 五メートル以上は離れていたのに、剣を引き抜くと同時に姫沙羅がエイスの元へ引き寄せられたように見えた。


「そろそろ、実際に戦いましょうか?」


「コイツ……なるほどな……」


 姫沙羅には距離が詰められた種をすでに見抜いていた。

 この手の魔術は自分の得意分野だからだ。


「このトーシローが、空間操作ってのはこうやるんだよ」


 腕に装着されたクローナイフを交差させ、姫沙羅は両腕を一気に振り下ろす。

 交わった六つの斬撃が、エイスの空間操作をさらにねじ曲げた。

 空間操作の副作用、空間が元に戻ろうとする時の圧力解放で後ろに吹き飛ばされ、エイスはコラーダの刀身を地面に突き立てて体制を立て直す。

 姫沙羅はもうエイスが空間操作を連発出来ないことを知っていて、すでに距離を詰めている。


「シストラム、神機奥義!」


 エイスの逃げ場を奪う為、エイスを囲むように空間をねじ曲げる姫沙羅。

 ねじ曲げられた空間に触れれば、空間をねじ曲げた時の引力とそれを元に戻した時の圧力に押し潰される。

 そして姫沙羅の手には、蛇のような姿の龍が渦巻いているように見える楽器の神機、シストラムが収まり、奥義も発動されていた。


「〈歪んだ音色ディストリット・サウト〉!!」


 竜巻のように渦巻いた空間の歪みが、とてつもない貫通力を以てエイスの胴に大穴を開ける。

 空間を歪ませたのではなく、空間を歪ませ元に戻る時に生じる圧力を利用した爆発的なエネルギーで攻撃したのだ。

 空間操作を使う者同士の戦いは、歪ませた空間をどちらも元に戻せるので平行線を行くこととなる。

 だが姫沙羅の攻撃方法は空間を歪ませ、元に戻ろうとする力を利用している為、エイスが空間を元に戻したとしても威力を加算するだけなのだ。


「終わったぞ、優等生ちゃん。怖いとこ見せて悪かったな……」


「い、いえ……その、姫沙羅君も──」


『キサラ、気をつけるニャ! ソイツもう復活してるニャ!』


 姫沙羅の背後で、腹に大穴を開けられたまま立ち上がり、コラーダを鞘に収めるエイス。

 まるで何事もなかったかのように、乱れた服を整えている。


「すごいです、でも私達は女神。不老不死である以上、勝負を決する方法は一つ。絶対的実力差を見せつけて心を折ることです」


「バカなッ……腹の大部分を失って何で平然としてられる……!?」


「私は拷問器具を司る女神なので、痛みや苦しみには強いんですよ」


 腹を穿たれている時点で、もはや痛みや苦しみなどと言うレベルではないはずだが、エイスはそれを証明するように腹の傷口を手のひらで撫でる。

 べっとりの手のひらに染み付いた自分の血を、エイスはハチミツでも舐めるかのように舐めとった。


「血は鉄の味なんて言いますけど……新鮮な血の味はね、本当は甘ったるいんですよ……?」


 自分の血を美味しそうに舐めとり、コラーダの刀身に塗りたくるエイス。

 生理的な嫌悪感と、生物としての恐怖が姫沙羅を襲った。


『キサラ、どうしたニャ……? 聖力がすっごく低下してるニャ……このままじゃ、一体化が保てないニャッ……!』


「く、そ……動け、ねえ……ヤバい……優等生ちゃんが……」


 人は理解出来ないことに恐怖を覚え、拒もうとする。

 腹を穿たれても平然としているエイスへの恐怖が、そのまま姫沙羅の聖力を低下させた。

 徐々にバステトとの一体化が緩み、とうとう一体化が解除される。

 儚く消えていく金具や長く伸びた髪、元の学生服に茶髪へと戻ると、姫沙羅は震える体に鞭打つようにエイスへ対峙した。


「もうダメです、貴方はもう戦えません」


「それでも、女の子一人守れねえなんて、カッコ悪ぃだろ……」


「せめて変身しないと、私がコラーダを振るだけであなたは死にますよ?」


「俺が死んでも悲しむ奴なんかいねえ……それに優等生ちゃんが逃げる時間くらいは稼げるだろ」


「そうですか……じゃあ死んでください。愛梨さんの心を砕けば私の大切な人が振り向いてくれるので」


 何の躊躇いもなく、容赦なく、エイスはコラーダを振り下ろした。

 有無を言わせぬ強制力が空間を裂き、姫沙羅を真っ二つにしようと突き進む。

 空間と言う絶対的な力をして、姫沙羅は自分にぶつかる直前で打ち砕いた。


「な、に……? 何で、死なねえんだ……?」


 自分にはもうエイスの空間操作に抗えるほどの聖力を練ることは出来ないはずなのに、エイスの放った空間操作は現に姫沙羅の眼前で消滅した。


「ありがとうございます、姫沙羅君。でももう大丈夫です」


「優等生、ちゃん……? どうしたんだよ、危ねえから下がって──」


「あなたは私を怒らせました。私の大切な友達を傷つけ、恐怖を与え、殺しかけました。私が本気で戦うに十分値します」


 愛梨は制服の胸元を大きくはだけると、自分の胸に刻まれた六つの魔方陣のうち、三つを解除した。

 それは四大チームの全員が施している、六つの六芒星封印。

 封印していた半分の力が一気に解放されたことで、強烈な光と電流が辺りに迸った。


「私は東雲 愛梨、オレンジ・ハルバイトです」


「オレンジ……ハルバイト……? それって、まさか……〈tutelary〉のドラゴンの二つ名じゃねえかッ……!?」


「姫沙羅君は知り合って間もない私を守る為に、何の躊躇いもなく自分が契約者であることを明かしてくれました。でも私は自分の立場を失うことが怖くて躊躇ってしまいました……ごめんなさい」


「いや、俺はお前が猫の為に無条件で探すのを手伝ってくれたから助けただけで……」


「姫沙羅君は自分のことを化け物と言いましたけど、それなら私だって化け物です。女神ならまだ神々しいものですけど、私なんかゴツいドラゴンですから」


『愛梨、それは流石に傷つくぞ』


 愛梨の後ろ、ばかでかい体格をした二足歩行のドラゴンが、心なしか寂しそうに項垂れているように見える。

 黄色の鱗に全身が覆われた巨大なドラゴン、カンナカムイは両手で愛梨を掬い上げ、愛梨はカンナカムイの肩へと飛び乗った。


「姫沙羅君、離れていてください。私の戦い方は少し荒っぽいので、このような狭い空間では巻き込んでしまいます」


「あ、ああ分かった……気をつけろよ」


「ご心配なく。これでも私、アイヌラックルと言う神の生まれ変わりなので」


 カンナカムイが手のひらで仁王立ちする愛梨を空高く投げると、愛梨は地面へ急降下する間にカンナカムイと一体化した。

 最初に露となった腕の肘から下と脚の膝から下を太く分厚い装甲が覆い、龍の鱗を模した小さなパーツが指先までを包む。

 さらに二の腕と太股には戦国武将の鎧、佩楯を模した甲冑が装着されている。

 腕と脚の付け根から、さらに電流が這い出すように愛梨の胴体を飾りだした。

 腹回りは大きく露出され、胸は包帯のサラシで覆われている。

 さらに背中から伸びる太く長い帯が何重にも胴体をクロスして覆い、最後に愛梨の頭部を蛇が巻き付いたような金色の冠が飾り、ようやく変化が終結した。


「ダブルドラゴンソウル……これを使うことは滅多にねえですが……貴様は私の友に手を出しました。ハッキリ言って、万死に値します」


「丁寧な性格はそのままだが、何か喋り方とか雰囲気がおかしいぞ優等生ちゃん……」


「姫沙羅君、安心してろです。猫ちゃん達の世話をしなきゃなんねえですから、必ず勝ちます。それと、これからは私のこと優等生ちゃんじゃなくて、愛梨って呼んでください」


 濃密な龍力を放つ赤い紋章が、愛梨の胸から頬まで侵食するように伸びてきた。

 それはある一定の領域を超えた者と、そうでない者を区別する証でもある。


「エイスとか名乗りやがりましたね。あなたはここでねじ伏せてやります。私の友に酷いことをした報いです」


 愛梨は正面へ力強く右腕を突きだし、その名を呼んだ。


「クトネシリカ、我が元に来るがいいです」


 とにかく分厚く、とにかく長く、とにかく強靭な巨剣。

 愛梨の身長を越えるほどの長さの神機クトネシリカ。

 巨人が使うのかと思うほどでかい剣を、愛梨は片手で持ち上げる。

 雷神カンナカムイの力が込められた、皇クラスを越えた桁外れの性能を誇る巨剣は、愛梨の放つオレンジ色の電流を帯びてさらにその刀身を天へと伸ばした。


「でけえ……余裕で二メートルはあるぞ……それを、片手で……」


「随分派手な登場ですね。でも……どれだけ大きかろうが、空間ごとねじ曲げてしまえば無意味ですよ?」


「やれるもんならやってみやがれです。まともに使いこなせてねえような神機でこの私に勝とうなんて、思い上がりも甚だしいです」


 愛梨がクトネシリカを肩に担いだ瞬間、エイスはコラーダを振り下ろした。

 抗いがたい空間の暴力、しかし愛梨はそれを左手の握力でねじ伏せた。

 あまりにも規格外すぎる愛梨のパワーに、この場にいる二人は呆気にとられる。


「そんな、空間自体をねじ曲げたのに、何で逆にねじ曲げられて……」


「私は言ってやりましたよね、使いこなせてねえ神機じゃ私には勝てねえですって。絶対的な力差はどれだけ高性能な神機を用いた所で埋められねえんですよ」


 コラーダのような破格の性能をした神機を持っていても、それを使うエイスと愛梨の間にある越えられない絶対の力差がその性能を帳消しにしている。

 エイスは最近契約者になったばかりでまだ間もないが、愛梨は生まれた時から契約者だった。

 たった数日と十五年もの差は、あまりにも大きすぎた。


「今度はこっちの番です。薙ぎ払え、クトネシリカ!!」


 その小さな体のどこにそんな力があるのか、愛梨はクトネシリカを横に振り切り、勢いに任せてさらに第二、第三と衝撃波を飛ばしていく。

 地面をえぐるほどの強大な衝撃波は、エイスの体をいとも簡単に消し飛ばし、最後に投げつけられたクトネシリカの刀身がエイスの胴体に再び大穴を開けた。


「ぐ、アイゼルネ……すぐに傷の修復を……っ」


『分かってる、けどッ……傷が塞がらない……!?』


「やはり、まだまだ経験不足ってこったですね。体全体の大怪我を完治させるのに丸一日はかかりますよ」


『まさか、怪我の範囲とレベルが大きすぎて、回復力が追いつかないの……!?』


 持てる聖力をすべて注ぎ込んでも、完治にはやはり数時間はかかる。

 それにコラーダの特性を使う為や、一体化を維持するコストなどを計算すると、到底足らないのだ。


「これで終わりです。神機奥義!!」


 手元に戻ってきたクトネシリカを地面に突き刺し、全身の力を両腕に溜める愛梨。

 とても直視出来ないほどの眩い電流が愛梨の両腕とクトネシリカに集まり、遂に愛梨が地面に突き刺したクトネシリカを引き抜く。


「招雷しなさい!! 〈橙雷の天災オレンジ・ディザスター〉!!」


 振り下ろされた大災害の巨剣の軌道に添って、天空から莫大な量の雷が降ってくる。

 形容など出来るはずもない光景、唯一あるとすれば、それこそ雷神の鉄槌。

 かつてチキサニの大地を焼き付くした雷神の降臨。

 まさにそれを体現したような奥義だった。


『やむを得ないッ……逃げるわよッ!』


 愛梨の放った落雷が直撃する寸前、アイゼルネは転移魔方陣を展開してその場から消え去った。

 それでも止まらない落雷は、公園の地面を大きくえぐってようやく静寂を迎えた。 

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