表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 第二章「転生と信託」
12/42

第四話『determination of Sunflower』

 深影がエイスとの戦闘を終えてから数分、深影達は広間に戻ったが、そこには誰一人もいなかった。

 愛梨の自室の扉には「入ってません」と書かれた看板がかけられているし、コロナと優の姿も見当たらない。

 もし三人で出掛けたのならば、愛梨が広間のテーブルにでも置き手紙をおいているはずだ。

 それがないと言うことは……。


「……やはり、愛梨達も連れていった方がよかったのか……」


「まさか、僕達が三人で行動して愛梨ちゃん達をおいていくと読まれていたのかい……? でもあの三人だって、そんな柔じゃないはずだ。いくら死神サタンとは言え、あの三人を相手にして無事とも思えないし……」


 転移魔方陣を使った形跡はないし、戦ったにしてはどこにも破損は見当たらない。

 だがモノクロはあくまで冷静に、


「……三人とも厨房にいた……」


「厨房だって? 愛梨ちゃんは分かるけど、二人は何でまたそんな所に?」


「とにかく無事ならばいい。大方、俺達の身を案じて気を落とした愛梨をコロナ達が慰めたといった所だろう」


 案の定、厨房にはクッキーの皿を囲むように顔を伏せて眠る三人の姿があった。

 モノクロは優を、白夜はコロナを、深影は愛梨を背負い、それぞれ自室へと連れていった。

 三人の寝顔を確認した後、三人は愛梨が用意してくれていた晩ご飯を物静かな広間に広げる。


「白夜、俺を外して新たな悪魔の契約者をスカウトしろ。このままではチーム全体のリズムを崩す」


「何を言ってるんだい? 君を外せば、それ自体がチームの崩壊を意味するんだよ? それにチームだからこそ僕達は有無を言わず協力するし、愛梨ちゃん達も待っててくれる」


「……貴方がいなければチームはチームとして機能しない……私達のことを想うなら……外せなんて言わないで……」


 こんな自分でさえ、まだ頼りにしてくれる人がいる。

 仲間だと認めて助けてくれる人がいる。

 深影は天を仰ぐようにソファにもたれ、腕で顔を隠した。


「どうしたんだい? 柄にもなく照れちゃったのかい?」


「……深影……にやけてる……?」


「違う……いや、そうかもな……だがダメだ、俺は幸せになってはダメなんだ。ありがたい、だが許されない。これは俺が一生背負わなくちゃならない十字架だ」


「……どうして……?」


「俺は姉を殺してしまった。一生取り返しのつかない、勘違いと言う最悪の形で……だから少しでも、俺が苦しんで償わなくちゃならない。俺がエイスの前で戦いたいから戦うと答えただろう? あれは少し違うんだ」


 エイスにあなたが戦う理由がないと言われた時、深影は自分を偽った。

 戦闘が好きなわけじゃない。戦えば傷つくし、死ぬこともある。

 目の前で信頼する仲間が死ぬ悲しみや戦闘による痛み、それを受けて少しでも姉の苦しみと痛みを味わい償おうとしているのだ。

 もう姉は帰ってこないし、何も言ってくれない。

 だから絶対に勝てない相手、即ち魔王へと挑んだのに、今では仲間に囲まれて四大チームの一角を担っている。


「戦いたいから戦うんじゃない、戦わなければならないから戦うんだ」


「悲しいね、君は。お姉さんは君に苦しんでほしいとは思ってないと思うよ?」


「何が分かるんだ……俺は姉の代わりに生き残ってしまった。誰からも愛され、助けられる姉が死に、誰からも頼りにされず、頼りにしない俺が生き残った……あの時、姉が逃げていても、俺は恨んだりしなかった……」


「……そこまで分かってて……悲しい人……」


 何故それが分かっていて、理解していて、姉の真意を理解出来ないのか。

 今確かに、深影が生き残った理由が、深影が苦しまなくていい理由が、深影の口から放たれたと言うのに。


「……この答えは君が見つけなきゃならない。僕達はあくまで君を支えるだけだ。進むのは君自身だよ」


「分かっている……すまないな、俺はもう帰る」


「エイスに気を付けてね。じゃあまた明日」


 次元の狭間をくぐり広間を後にした深影を、白夜は憐れむような目で見送った。

 同時に少し憤りを覚えた、ような感覚もある。


「君は愛されている……でも僕は、本当に恨まれている……まったく、幸せだね君は……おめでたいくらいに……」


「……白夜……エイスは……」


「うん、多分ね。でも確証がない上に僕達は部外者だよ」


「……可哀想……どちらも……本当に……」


 食後の紅茶を片手に、書斎で本を開く白夜。

 数えるのがバカらしくなってくるほどの魔術に関する書物が、壁全体に収納されている白夜の書斎。

 モノクロは地下で、依然魔術の研究をしている。

 無数の本による知識で魔術を学び解明している白夜に対し、モノクロは実践で触れた経験で魔術を学び解明している。


『少し……休めば……?』


「ありがとうジブリール、でもこれが僕の趣味だからね」


『趣味……? 使命の間違いだと思う……』


「かもね、どっちにしても自分の意思でやってるんだ。ジブリール、次はそこの本をとって」


 白夜の豪邸、その地下は、すべてがモノクロ専用の研究室。

 魔界で採れる結晶や、冥界に湧く忘却の涙(レーテー)などが研究材料としてそこら中に転がっている。

 モノクロが今研究しているのは、あまり使われなくなった詠唱系の魔術についてだ。

 何故魔方陣系よりも詠唱系の方が威力が強いのかなど、根本的な謎について研究している。


『モノクロ、詠唱系は魔力を多く消費する。実験するのは構わないが、頻度は考えろよ』


「分かってる……ベルゼ……広範囲式転移魔術の詠唱が記述された本をとって……」


『広範囲式……? まさか、深影は許さないと思うぞ?』


「それでも……殺されたら私の願いは叶わない……」


 再会することは叶った、仲間もいて、チームを完成させたとも言っていた。

 死神の紫闇騎 遥香と言う少女の力も、六芒星封印を四つも施していながら、封印をすべて解除した自分とほぼ互角。

 本気ではなかったにしても、あれほどの実力ならば死神として申し分ない。

 でも深影の戦闘力は想像を遥かに越えていた。

 今までチームで挑んできた契約者は、生きた血をエネルギーとするアンドラスの為殺さない程度の力しか出していなかった。

 だが端から相手を殺す為に戦った深影の戦闘力は、恐らく白夜でさえも驚愕していただろう。

 何せあれでまだ六十分の一の戦闘力なのだから。


『深影……どうして本気を出さなかったの……?』


「何のことだ? 俺は本気を出した。だから珍しく、マスケット・マグナム以外の武器も出しただろう」


『あんなのが貴方の本気ですって……? ふざけないで……私と一体化もしないで(・・・・・・・・・・)……』


 いつも深影が身に纏っているのは、マスケット銃と同じ武器に分類される防具だ。

 つまり深影は契約者(超能力)相手に防弾チョッキのみを纏い、重火器(人を殺す為の武器)などで戦っていることになる。


『エイスって女が……お姉さんと似ていたから……?』


「違う、俺は本気で戦った。ただコラーダの能力が存外強かった為に力を出し切れなかっただけだ」


『いつからかしら……私を纏わなくなったのは……』


「俺の力が人を殺してしまうと知ってからだ。殺してしまっては生き血じゃなくなるだろう」


 勿論、本当はそんな理由ではない。

 深影の心がアンドラスと一体化することを拒んでいるのだ。

 これ以上強くなってしまって本当にいいのか、これ以上力を手にしてしまえば自分が自分じゃなくなる気がしてならない。

 それに戦いの中で傷つき死ぬことが償いなのに、無双の強さを手に入れてしまっては本末転倒。


『悲しい……貴方とどんどん離れてる気がして……』


「……覚悟はしておけよ、俺は誰であろうが負ける気はないが、俺の目的はあくまで償いだ。いつ死ぬか分からん」


『私は貴方をみすみす死なせる為に契約したわけじゃない……』


「なら契約を解消しろ。最初に言ったはずだ、俺が戦うのは償いの為。自分を痛め苦しめる為だと」


 決して許してもらおうとは思わない。

 ただ自分は少しでも貴女のことを理解しようとしているのだと認めて貰いたい。


「お前も災難だな、俺みたいな奴と出会って」


『……そんなことない……私は貴方が自殺志願者でも気に入ったの……だから貴方が痛みと苦しみを願うなら……私は冥府までついていく……』


「興が覚めたらいつでも捨てろ。俺はお前を恨まないし、姉貴にも会える」


『……バカ……』


 序列六十三位、殺戮者の哀しい声が夜空に響いた。

 殺戮を繰り返しても、命を踏みにじっても、何をしても満たされなかったこの心が、深影の顔を見た瞬間満たされた。

 渇き切った殺戮者(わたし)の心を、深影はいとも簡単に満たしてくれたのだ。


「ん……んぅ……あれ……私……」


『起きたか、今は夜中だぞ』


 真っ暗な部屋の中で、愛梨はかけ布団にくるまりながら目を擦る。

 こちこちと時計の音が静かに響き、ようやく寝惚けた頭が冴えてきた。


「確か、厨房でコロナちゃん達とお話ししてて……」


『寝落ちした三人を深影達が部屋まで運んでくれたのだ』


「へ、じゃあ深影さんはっ……!」


『何の傷もなかった、三人とも無事のようだ』


「よ、よかったあ……」


 起きてすぐ三人の無事を知らされ、愛梨は胸を撫で下ろした。

 しかし安心したせいか、今度は腹の虫が鳴いている。


『夜に食べると太るぞ? 最近体脂肪率が──』


「わーっ! か、カンナ! そう言うのは分かってても言わないでください!」


 再び布団にくるまり、愛梨は布団の中で顔のにやけを全開にした。

 深影さんが無事だった、それだけのことが不安だった愛梨の胸をすぐに暖めてくれる。


「えへへ……深影さん……また一緒に本が読めますね……♪」


 安心感による睡魔が、愛梨を再び深い所へと誘う。

 規則正しい寝息が聞こえてきたことで、カンナもまた眠りについた。


「ほれ、食うか?」


「にゃぅ!」


 いつの間にかぞろぞろ増えてしまった猫達に囲まれ、俺は菓子パンをちぎって分け与える。

 日に日に数が増える為、俺の口にはあまり当たらない。

 だがそれでも、頼りにされていると思うと少し心が暖まるのだ。


「あ、姫沙羅君、ここにいましたか」


「ん……優等生ちゃんじゃん。どーしたの?」


 昼休み、せっかく可愛らしい猫達と過ごしている所に、お堅い学級委員長様がお出ましだ。

 俺は適当にちぎったパンを地べたに並べると、委員長様に対応した。


「先生が探してましたよ? 授業サボりすぎだって」


「あー、そっか……悪いけど次のテストで結果出すので見逃してくださいって言っといて」


「授業も出ずに結果が出るわけないでょうまったく……」


「出るよ、大丈夫だから」


「ダメです、素直に授業に出てください」


「……じゃあさ、出したらどうする? そんなに否定するなら、出した場合は何かしてくれるの?」


 俺みたいな不良がこんなことを言う場合は、女子どもは大体怖がって逃げていく。

 こんな先生に言いように使われてるような番犬女も──


「いいでしょう、私の成績に勝てたら何でも言うこと聞いてあげます」


「……は? 正気か? 俺みたいな奴、何やらせるか分かんねえぞ?」


「勘違いしないでください、絶対に勝てる自信があるからです。私の成績は中等部一位、これだけが自慢ですから」


 ……流石に意外だった。

 こんな危険な賭けに、優等生ちゃんが乗ってくるなんて。

 しかもやけくそではなく、確固たる自信を持ってだ。


「ふーん、じゃあ俺が勝ったら好きな人のフルネームを全校生徒の前で言ってもらおっかなー」


「なっ、す、好きな人なんていませんからっ!」


 あ、これは絶対いるな。俺はそう確信した。

 だがそんなことにたった一回のお願いを費やする気はない。


「じゃあ、裸になれってのもアリなわけ?」


「なぁっ……!?」


 流石にこれは想像していなかったようだ。

 いや想像していたけど、そうでないと信じていたのだろう。

 だがしかし、勿論そんなことに費やする気はない。


「くく……冗談だよ。じゃあこの子達の面倒を見るのを手伝ってくれ。俺一人じゃ手に負えないから」


「へ、あ、はあ……? それくらいなら、でも意外です。姫沙羅君って案外しっかりした人なんですね」


「失礼だな、俺を信仰してくれる可愛い信者達なんだから、当然だろ」


「ふふ、そうですね。それなら、勝負する必要はなくなっちゃいますけど」


「確かに、優等生ちゃんなら無条件で手伝ってくれそうだな」


 俺の回りを囲む猫達、菓子パンを夢中で頬張る猫達の頭へ順番に手をおくと、俺はその場から立ち上がり優等生ちゃんへと立体的な猫の指輪を渡した。


「これ、勝負の約束な。負けて泣くなよ?」


「そっちこそ、甘く見ないでくださいね!」


 愛梨は姫沙羅から渡された猫の指輪を右手の人差し指にはめると、自信たっぷりに右手拳を突きだした。

 猫の指輪を勝負の約束として、中間テストに猫の世話を賭けた二人。

 しかし愛梨としては、可愛らしい猫の世話をすることを勝負で左右したくないのだが。


「あいりん、その指輪どしたの? 婚約指輪?」


「なっ、違います! 約束と言う点では似てますけどね」


 薬指にはめていないことを必死に訴える愛梨。

 そう言えば約束の証みたいなものは交換したことはない。

 契約者と言う立場上、そこまで誰かと親しくすることは出来ないからだ。


「あ、ねえあいりん、あれ紅嶺会長じゃない?」


「ほんとですね、また告白されてますよ……」


 高等部の校舎の物陰が、中等部の教室から見えるようになっている為、愛梨は白夜が告白されている光景を毎日のように目撃しているのだ。


「あいりんは妬いたりしないの?」


「しませんよ、だって私と白夜さんの間に恋愛感情は存在しませんから」


 チームリーダーとその秘書、私達の関係にそれ以上もそれ以下も存在しない。

 それに私が好きな人は別にいるわけでゴニョゴニョ……。


「深影さんは何してるかな……」


 お弁当を早く食べ終わった愛梨は、シャーペンをノートに走らせて自習中。

 深影は愛梨が自分のことを考えているなど露知らず、ハンバーガーを片手に昨日エイスの元まで転移した時に使った詠唱魔術が記述された紙切れを眺めていた。


「これを使えばまたあの女の所まで転移出来ないか?」


『エイスが自分のいる場所へ転移させるように設定していれば出来るけど……決められた場所に転移させるなら多分……』


「試してみる価値はあるか。今度は必ず殺す」


 詠唱魔術はあまりやったことはないが、モノクロがやっている所は見た。

 書かれているのは魔方陣にも用いられる文字だし、読むこと自体は問題ない。


『多分無理……今のままじゃ、また手を緩める……』


「バカを言うな、俺がいつ手を緩めた?」


『終始よ……気づいてないなんて……はあ……』


 今まで戦った敵すべてを五秒以内に殲滅してきたような化け物が、何故たった一人の契約者を仕留められなかったのか。

 そんなの簡単な話、手加減したのだ。

 無意識のうちに自分にセーブをかけ、エイスを傷つけることを躊躇った。


「安心しろ、次は絶対に殺して見せる。姉貴の眠りを妨げた奴なんだからな」


 その姉貴とエイスを重ねたが為に、手を緩めてしまったのだと早く気づいてほしい。

 仮にアンドラスと一体化しなかったとしても、深影の力ならば十秒でケリがつけられたはずだ。


『次、もし手を緩めたら……その時は私が殺す……いい……?』


「ああ、構わん。そんな機会はないだろうがな」


 次こそは、何があろうと殺さなければならない。

 これ以上はチームのリズムを崩すよりも、これからに関わってくる。

 もしかしたら、アンドラスとの一体化も視野にいれなければならないかもしれない。


「それでは試すか。行くぞアンドラス」


 紙切れに書かれた通りの文字を、棒読みで連ねていく。

 詠唱の仕方やコツなどで安全性が左右されるが、それは魔力で補えばいい。

 何とか発動出来た魔術により、深影の体は抗いがたい力で転移させられる。


「ぐ……やはりモノクロがやった時とは心地が違うな……」


『少し酔った気がする……でも転移は出来たみたい……』


 深影が転移した場所は、やはり焼け焦げた跡地。

 そこにはエイスの姿はなく、ただ昨日エイスが座っていた瓦礫に新たな紙切れが貼り付けられていた。


「やはり来てよかったな。向こうから来る気はないが、招く気は満々らしい」


『白夜達を呼ぶ……?』


「必要ない、俺一人で十分だ。お前も知っている通り、俺の戦法は味方がいると流れ弾を当てかねない」


 詠唱魔術もある程度コツを掴めてきた所だ。

 深影は紙切れの詠唱魔術を唱え、新たなゲートを開いた。

 次元の狭間にも似たぐにゃりと歪んだその空間をくぐると、今度は童話の世界にでも迷い混んだような花畑が広がっていた。

 黄色いひまわりが咲き乱れるその花畑は、また姉との想い出の場所だった。


「やはり当て付けのようだな、出てこい」


「こんにちは、案外早かったですね」


 深影の眼前に烈風が吹き荒れたかと思うと、吹き荒れる風に巻き上げられた花びらに包まれたエイスが現れた。

 コラーダの特性、その副作用を利用して花びらを巻き上げたのだ。


「一つ聞かせろ、何故貴様はこの場所を知っている? 親は勿論、世話役の使用人にも招いたことはないはずだ」


「当然です、想い出の場所ですから。昔はよくここでお花の冠を作りました。でもあなたはくだらないって捨てましたけど」


「いい加減にしろ、何故姉貴の記憶を貴様が保持している?」


「あーあ、一つ聞かせろって言ったくせに、二つ目ですよ?」


 すっとぼけたエイスの額に、突如マスケット銃の銃口が突きつけられる。

 それには流石のアンドラスも驚愕を隠せず、しかし銃を向けられている本人はまったく怯えた様子もなく、


「質問に質問で返すな。何故姉貴の記憶を貴様が保持しているのかと聞いている」


「私の記憶だからです。まだ気づきませんか?」


「……姉貴のクローンだとでも言いたいのか?」


「クローン? うーん……実を言うとですね、自分でもまだよく分からないんです。何せ目覚めてまだ間もないもので……」


 話が成立しているようで成立していない。

 深影は痺れを切らし、何の躊躇いもなくマスケット銃をゼロ距離で放った。


「……危ないじゃないですか。本当に発砲するなんて」


「やはりな……貴様は女神だな?」


『バレちゃったみたいね、そうよご明察』


 深影の放った弾丸は確かにエイスの額を穿ち、後ろへ吹き飛ばされたエイスは何事もなかったかのように立ち上がる。

 額からは血が吹き出しているが、ものの数秒で傷口がふさがった。

 この再生能力は、死神か女神しかあり得ない。

 だが死神と契約しているならば、神機を使った時髪が真っ白になり瞳の色が紅に変色するはずだ。

 だが昨日のエイスは、コラーダを使ったのにも関わらず髪の色は明るい黒のままで、瞳も黄色いまま。


『私の名前はアイゼルネ。拷問器具を司る女神よ』


「アイゼルネ、だと……? 鉄の処女神が何故……」


『単純な話、この子が気に入ったから』


「ふん、嫌われ者の女神が、何故こんなクローンに?」


『言ってくれるわね、嫌われてるんじゃなくて、敬遠されてるの。要するに怖がられてるってこと』


 どちらも一緒だろう、と深影が返す前に、アイゼルネが姿を現してエイスの首にまとわりつく。


「貴様がアイゼルネだとすれば、その女の名前は?」


「分かってるくせに、意地悪な所は変わってないんですね」


 信じたくないが、恐らくそれしか考えられない。

 アイゼルネはどの神からも敬遠された為、日本の黄泉の國に逃げてきたと聞く。

 その時姉貴の魂にとりついて契約したのだろう。

 例え死んでいたとしても、神と契約すれば生き返ることは可能だ。

 姉貴の記憶を持っていることも頷ける、しかし今のエイスは姉貴であって姉貴ではない。


「生き返ったことを喜んでいいのか、嘆いていいのか……だが貴様は姉貴じゃないな。俺の知っている姉貴はドジで間抜けで、今の俺と互角に渡り合える力など持っているはずがない」


 深影の腕には、四つの魔方陣が刻まれている。

 つまり六つの六芒星封印のうち、二つを解除したと言うことだ。

 そんな深影とエイスが互角? 怪訝に思ったアンドラスが視線を巡らせると、エイスの遥か後ろにコラーダの姿があった。


『まさか……使用者からも被術者からも遠いのに、空間操作(スペース)を使えると言うの……?』


「ご明察です、深影くんのパートナーさん」


「そちらは何発の銃弾を受けても不死身だが、俺はいつでも殺せると言うことか」


「ええ、でも殺したりなんかしませんよ。私の可愛い弟くん」


 圧倒的に不利すぎる。唯一のアドバンテージは、エイスが深影のことを殺す気がないと言うことだ。


「何かがおかしい……おい貴様、貴様は姉貴の記憶を持ったクローン……いや、姉貴自身なのか?」


「そうですね、そうなると思いますよ。他人の記憶とは思えませんし」


「にしてはおかしい。姉貴とは雰囲気がまったく違う。貴様はどちらかと言うと切れ者だ。姉貴はもっと、何と言うか、のほほんとしている。つまりまったくの真逆、貴様が本当に姉貴だったとしても、人格が入れ替わっているとしか考えられん」


 三年経っていても、姉貴の性格はよく覚えている。

 本当の姉貴はこんな掴み所のないような性格ではなく、むしろ愛梨のように心底分かりやすい。


「入れ替わってないです、わたしはこのままですよ」


「埒が明かんな……まあいい、貴様を死の淵まで追いやれば真実を話すようになるだろう。本当の姉貴はどうなったのか、そしてアイゼルネ、お前の正体もだ」


 すでに深影の腰に巻かれた木製のアクセサリー、深影は狼の頭の形状をしたアクセサリーの一つを解放した。

 深影の左腕に装着する形で現れた、巨大な弓。

 自分の身長と同じくらいの長さをした弓を、深影は重さを感じさせない手つきで扱い弦に指をかけた。


「イチイ・アーチェリー……人工神機だ」


『まさか、それを出すなんて……いいの……?』


「どうせフリスヴェルグのような巨体ではいい的にしかならん。全部乗せで行くぞ。気合いを入れろ」


 深影がイチイ・アーチェリーの弦を引く動作をすると、魔力で編まれた弦が深影の指に収まった。

 しかしイチイ・アーチェリーには矢が装填されておらず、それでも深影は依然弦を引く動作を止めない。


「人工神機奥義、かわせるものならかわしてみろ」


「当たっても死にませんけど、当たると痛いですしね」


 エイスがコラーダを手元に戻すよりも先に、深影がイチイ・アーチェリーの弦を離した。

 溜め込まれたエネルギーが矢となり、渦巻くように発射される。


「〈騙欺の矢(デセプション・アロー)〉!!」


 放たれた矢は何本にも分身し、あらゆる方向からエイスを串刺しにしようと迫る。

 痛みは感じるが、女神なので死ぬことはない。

 それを逆手にとって精々痛みだけを感じてもらおうと言うわけだ。


「コラーダ、空間操作です」


 だがエイスも易々と攻撃を受けてくれるわけではない。

 コラーダの特性、空間操作を以て放たれた矢を無理矢理ねじ曲げた。

 どんな神機を持ってきたとしても、空間ごとねじ伏せられてしまってはどうしようもない。


「ちっ……まだだ、ネガ・デス・ランチャーを出せ」


 深影の指示を受け、アンドラスは即座に魔方陣を解放する。

 左肩に乗せられるように展開されたランチャーを、深影は展開と同時に撃ち出した。


「〈破壊を招く嵐(ストーム・テンペスト)〉!!」


 広範囲を焼き払う重火器の災害。

 ランチャーから放たれた魔力の圧縮弾が、近距離で爆発したことで互いに吹き飛ばされる。


「次、レスペント・スナイパーだ」


『マジ中のマジね……クスクス……任せて……』


 深影の本気に応え、アンドラスはさらにアクセサリーの魔方陣に魔力を注いだ。

 ランチャーの爆風に吹き飛ばされた瞬間に、あらかじめ展開していたフリスヴェルグの背に飛び乗る深影。

 フリスヴェルグの背でうつ伏せになり、二脚を展開したスナイパーライフルのスコープを覗き込んだ。


「ロックオン……〈貫通する(ペネトレート)狙撃弾(スナイプ)〉……!!」


 狙いを定めて発射するまで、とにかくとてつもなく早い。

 三発ほど銃弾を撃ち込むと、深影はすぐにガトリングに換装し、銃弾の雨を降らせる。

 休むことなく放たれる銃弾に、エイスは煙の中で躍り狂った。

 空間操作が追いつかないほどのスピード、ペースで放たれる銃弾を、エイスは捌ききれないのだ。


「だめ押し行くぞ、デストラクション・バース展開」


 深影の両腕に装着された小型ミサイルが、煙を噴き上げて発射された。

 本来少しの魔力でも十分な威力を発揮するミサイルに、さらに大量の魔力を詰め込んだ。


「極めつけだ、テトラ・ブラスターで決める」


『りょーかい……!』


 フリスヴェルグの背に乗ったまま、深影の右肩に巨大なレーザー砲、テトラ・ブラスターが装着される。

 深影はありったけの魔力をブラスターに注ぎ込み、躊躇うことなくトリガーを引いた。


「〈舐め溶かす牙(キャンディ・ヴァイト)〉!!」


 まさに全部乗せ、と言ってもまだ半分しか出し切ってはいないが。

 本来野戦では考えられないほどの重火器を持ち出し、殲滅することだけを考えてぶっ放した。


「土に帰れ、姉貴の安息を乱す者は何人たりとも許さん」


 相手が姉自身だとしても、人格を塗り替えられているならばそれはもう姉貴ではない。

 そして姉貴自身も、こんなことは望んでいない。


「……痛いです……深影くん……こんなになっちゃったじゃないですかぁ……っ……!」


 巻き上がった埃や煙などが引くと、そこには信じられない姿のエイスが佇んでいた。

 コラーダが間に合わず防御壁を展開したようだが、それが裏目に出て防御壁から伝わる衝撃と重圧を食らってしまったようだ。

 ミサイルやバズーカを防御壁で受け止めた腕やら足が変な方向にひしゃげ、血が吹き出している。

 さらにガトリングやスナイパーライフルの銃弾で破壊されて貫通された胴体。

 最後に放ったブラスターのレーザーが、エイスの右肩を大きく消し飛ばしていた。

 それでもまだ、生きている。それはまだ理解出来る。

 だが生きていたとしても、もう声を発するほどの力など残っているはずがないのだ。


「バカ、な……何故その状態で、貴様はッ……」


 柄にもなく、恐怖と言うものを覚えてしまったらしい。

 ホラー映画に出てくるゾンビさえも泣いて逃げ出しそうな、異様な負傷。

 だが傷が再生しているわけでもなく、ただ生存している。


「どうして、くれるんですか……? 戻らないですよ……?」


「っ……あ、アンドラス!!」


『クスクス……言うまでもないわ……』


 流石に一滴残らず血を吸い取れば、再起不能のはずだ。

 そう思ってアンドラスをけしかけた瞬間、アンドラスの左腕がひしゃげて飛び散った。

 血を撒き散らしながら消し飛んだパートナーの腕を見て、深影は思わず膝をつく。


「コラーダの特性、忘れましたか?」


『ぐ……ぅ……何故、その状態でまだ神機の特性が……』


「戻らないと言うのは嘘です。深影くんの言うとおり痛みは感じますし、体も破壊されますけど、一応女神なので」


 一度発動するまでに時間がかかる以外は、コラーダに死角はない。

 つまり肉体が再構成することを想定してコラーダの特性を温存しておけば、咄嗟の反撃も可能。


「アンドラス、大丈夫か……?」


『何とか、ね……これから、どうしましょう……腕がなくなっちゃった……』


「モノクロに頼んで復元してもらえばいい、だから心配するな。必ず左腕が使えるようにしてやる」


『あり、がと……優しくなったわね、深影……』


 深影の影に隠れ、荒い息を必死に整えようとするアンドラス。

 深影は展開した重火器すべてを収納し、思考を巡らせた。


(まさかここまでしぶといとは……だが最優先すべきはティソーナとコラーダの回収だ。アンドラスがこんな状態になってしまった以上、長引かせるわけにもいかん)


「……あなたはどうして私を認めてくれないんですか?」


「……何だと?」


「私はあなたの姉……生き返ったんですよ? 何故私を殺そうとするんですか?」


「貴様が姉貴であって姉貴でないからだ。俺の知っている姉貴とはまったく違う。人格が違うならばそれはもう別人。姉の遺品を盗んだ愚か者だ」


 本当の姉貴ならば謝罪も出来たし、また姉弟としての関係を築き上げることも出来ただろう。

 だが今の姉貴は別人、姉貴の記憶を持った別人なのだ。


「私はあなたに戦ってほしくない……傷ついてほしくないんですよ」


「無駄な気遣いだ。貴様に指図される筋合いはない。貴様が本来の姉貴ならば、少し嬉しかったがな」


 姉貴に少しでも認めてもらえたのならば、それは今までの苦しみが報われると言うことだ。

 だが言われた相手が姉貴の皮を被った別人では、それは気休めにもならない。

 そうエイスをことごとくはね除ける深影の言葉が、とうとうエイスの中の何かにひびを刻んだ。


「私は……間違ってるのかなぁ……助けて……深影くん……あなたに受け入れられない世界なんかに……生き返っても嬉しくないよぉ……っ」


「っ……姉貴……? 姉貴なのかっ……!?」


 今初めて、ようやく、本当の姉貴の自我に触れた気がする。

 そうだ、姉貴は泣き虫で、ドジで、マイペースで……。

 手のひらで涙を拭いながら肩を震わせるその姿は、まさにいつも見ていた姉貴の姿だ。


『あら……呪縛が緩んだみたい……残念だけど、またね』


「なッ……おい、待てッ!! アイゼルネッ!!」


 深影の必死の制止も虚しく、アイゼルネは強制的に姉貴を転移させる。

 泣きじゃくる本当の姉貴を感じ、深影は花畑に跪いて地面を殴りつけた。


「今のが、本当の姉貴なんだ……っ」


『深影……今ので分かったと思うけど……貴方のお姉さんは、アイゼルネに操られてる……アイゼルネ自身も、呪縛って言ってたわ……』


「取り戻さなければならない……姉貴を取り返すぞ……殺してもいい……もうこれ以上姉貴を苦しめるわけにはいかん……!」


 どんな結末を招いたとしても、恨まれることになったとしても、姉貴が望んで生き返ったのではないのだとすれば。

 深影は次元の狭間を開くと、ひまわりを何本が摘んで花畑を後にした。


「ただいま帰りました、すぐに夕飯の準備をしますね」


 五時頃、愛梨が白夜の豪邸に帰ってきた。

 コロナと優は愛梨の両腕にさげられたビニール袋を持つと、いつものように厨房に走っていく。


「お帰り、愛梨ちゃん。今日深影君がひまわりの花束を持って帰ってきてくれたんだよ」


「深影さんが花束ですか? 珍しいですね」


「悪かったな、珍しくて」


 愛梨の背後、いつもとは違い魔術書を持った深影が、愛梨の頭に魔術書をおく。


「ふぇ、あっ……ご、ごめんなさい……でも、どうしたんですか? 急に花束なんて」


「決意の表れ、だな。今度ひまわり畑に連れてってやる。このひまわりもそこで摘んできたんだ」


「ひまわり畑ですか、いいですね♪ あ、深影さん、ひまわりの花言葉って知ってますか?」


「さあ、知らないな。そう言えば、気にしたこともなかった」


「ひまわりの花言葉は、"私はあなただけを見つめる"なんですよ。ロマンチックですよね♪」


「あなただけを、見つめる……そうか……そう、なのか……」


 今更、姉貴がひまわりの花を好んでいた理由が分かった。

 あの場所を選んだのは、アイゼルネではなく姉貴だ。

 俺に伝えたかったのだろう、自分はあなたのことを恨んでなんかいないのだと。

 いつでもあなたのことを見守っているんだと。


「愛梨、お願いがある。このひまわりを枯らさないでくれ」


「え、ええ、勿論です。……今日の深影さん、何だか変ですよ?」


「ああ、俺にもようやく、戦う以外に契約者としての願いが出来たんだ。このひまわりはその願いを叶えると言う決意の証。だから俺の願いが叶うまでは絶対に枯らさないでくれ」


「……分かりました、任せてください!」


 深影から託された数本のひまわりを、愛梨は花瓶に入れて広間のテーブルに飾った。

 初めて深影の顔に、明るい光と言うものが灯ったようだ。

 アイゼルネに囚われた姉貴を救い、取り戻す。

 これが俺の、不知火 深影の願いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ