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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~tutelary編~  作者: シオン
~tutelary編~ 第二章「転生と信託」
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第三話『disappeared fire』

 〈次元歪曲〉の魔術を用いてしか侵入不可能な、次元の狭間の最深部。

 深影の魔術と神機トリーズンの特性を以て、いつもより早く墓の前に到着することが出来た。

 しかし白夜は意外にも〈次元歪曲〉を経験するのは初めてだったようで、珍しく口元を押さえて悶絶している。

 いつもひょろひょろしていて掴み所のないあの白夜が、顔を真っ青にして悶えている所は、もし姉の形見に関する件で動いていなければ今頃おもっくそ見下してバカにしていただろう。


「……ここが……お姉さんの……」


「やはりティソーナとコラーダはないらしいな……」


「う、ぐぅ……コラーダは、確か……ティソーナと対になる剣で……うっぷ……ティソーナはコラーダと一緒じゃないと使えない、だったね……おえ……」


「そうだ、道中で話した通り、サタンがティソーナを使えなかったのはコラーダをともに所持していなかったから。だが今回は……」


「……二振りとも盗まれてる……」


 博識な白夜でさえ存在すら知らなかったティソーナとコラーダと言う神機。

 両方揃うとさらなる力を発揮すると言うならまだ分かるが、片方が存在していなければ力を使えない神機など、まったくメリットがない。


「一応形見だとは言っているが、俺もその特性は知らない」


「……だから悪用されない為にこんな場所に……」


「ふぅ……にしても、命知らずもいたものだね。一番手を出しちゃダメな人の大切なものを盗むなんてさ」


「こればかりは知らないで済まされんからな。俺はこの件の加害者全員を殺す気でいる」


 深影は冗談を言わないし、何でもすぐ本気にする性格だ。

 しかもパートナーはあの美しき殺戮マシーン、アンドラス。

 見つかればただでは済まない、と言うより確定で殺されると分かっているのに。


「……深影……墓の影にこんなものが……」


「何だ、貼り紙か……?」


 モノクロが偶然見つけた、墓の裏側に貼り付けられていた紙。

 そこには細かい文字がびっしりと書きなぐられており、一目見ただけなら吐き気がするほど果てしない。


「……詠唱系の魔術……? タイプは転移……どうする……?」


「詠唱系か、僕もちょっとは知ってるけど、使ったことはほとんどないな」


「俺は見向きもしなかったがな。どうするも何も行くしかあるまい。敵地のど真ん中だったとしても、俺達三人を相手すると言うことがどれだけ恐ろしいことかは、知っているはずだ」


 伸るか反るか、是非もなしだ。

 一刻も早くこの問題を終結させなければ、おちおち本も読めやしない。

 それに、"あの男"との決戦も控えているのだ。

 恐らくもうそろそろ来るはず、確証はないがそんな気がする。


「モノクロ、詠唱を頼む」


「……分かった……じゃあ発動する……」


 モノクロは貼り紙に書きなぐられた無数の魔術文字に目を通し、それにしたがって読み上げていく。

 一定のリズムで紡がれた呪文は、モノクロの声と魔力を受けて門を開いた。


「これが詠唱……流石はモノクロちゃんだね」


「……別に普通……臨戦態勢……いい……?」


「無論だ、とっとと行くぞ」


「問題ないよ。じゃあ行こう」


 一切躊躇うことなく開かれた門をくぐった三人の前に広がっていたのは、夜の闇を月明かりのみが照らす儚い空間。

 白夜は魔力で空中のいたる所に火を灯し、辺りを照らす。

 開けた視界で三人を待っていたのは、焼け焦げた家の跡地だった。

 撤去されることなく、あの日のまま残されていた場所。

 この場所こそ、深影が契約者になった場所だ。


「貴様……当てつけか……?」


「待っていました、皆さん」


 青筋を額に浮かべる深影の視線の先には、崩れた瓦礫の上に腰かけ、やんわりとした笑みを浮かべる女性がいた。

 月の下で足を組む女性は、女神の石像のような洗練された美しさを放っている。


「……たった……一人……?」


「姉の形見を盗んだのは貴様だな。名を名乗れ」


「アイゼルネ・コイシュハイトと申します。エイスと呼んでください。あなたにずっと会いたかった……」


 まるで引き裂かれた恋人のように、しかし三人の視線はエイスの腰に集中していた。

 エイスの腰には確かに二振りの剣が差されていたから。


「……まだ思い出せませんか、でも当然ですよね。私の目的は不知火 深影くん、あなたに契約者をやめてもらうことです」


「なに……? ふざけるな、何故貴様にそんなことを指図されなければならん」


「あなたに傷ついてほしくないから……あなたが戦う理由はもうないんです」


「知ったようなことを……貴様に何が分かる? 俺が戦う理由は、俺が戦いたいからだ」


 深影は狼の頭の形をした木製のアクセサリーが連なったベルトを腰に巻いた。

 木製のアクセサリーには、それぞれ一つ一つに小さな魔方陣が刻まれており、深影はそのうちの一つに魔力を注ぐ。


「今すぐティソーナとコラーダを返すならば楽に殺してやる。抵抗するならば、簡単に死ねると思うなよ」


 深影が展開したのは、いつも使っているマスケット銃だ。

 深影の常識離れしたスキルと、スーパーコンピューター顔負けの正確無比なテクニックを以てすれば単発銃で十分。


「これは私の剣なのに、変なことを言うんですね。まあいいです、あなたが思い出すまで付き合いますよ。他のお二人は手を出さないでくださいね。深影くんの命は奪わないと誓いますから」


「どこまで俺をバカにすれば気が済むのだ貴様……命を奪わないと誓うだと……? いいだろう、二人とも手は出すな。この女は俺の手で殺さなければ腹の虫が治まらん」


 深影がマスケット銃のトリガーを引いた瞬間、弾丸が飛ぶ代わりに何十挺ものマスケット銃が現れた。

 深影は簡単には殺さないと言った、つまり何発もの銃弾を致命傷にならない場所へ撃ち込む気だ。


「〈幻の銃弾(ファントム・ブレット)〉、連射(ラピッド)!!」


 単発銃を一発撃つとすぐに使用済みを投げ捨て、次々と取り替えて連射していく。

 一見非効率に見えるやり方だが、そもそも深影の技術ならば連射する必要がない。

 つまり深影は元から連射する為の銃をほとんど所持していないのだ。


「アイゼルネ……」


『任せて、あなたは戦う意思だけを抱けばいい』


 エイスの四肢を正確に狙い撃った深影だが、エイスに届く前に放った弾丸が真っ二つに両断された。


「なるほどな……確かに口だけではないらしい」


「命中率が壊滅的なマスケット銃であそこまで正確に……流石は深影君だね」


「……でもそれをすべて両断した相手も……」


 真っ二つにされた弾丸が地面に落ちた音が深影の耳に届き、深影は少しだけ口角を上げる。

 それが本当の、開戦の合図だった。


「アンドラス」


『クスクス……いいわよ……』


 深影の身を包むのは、最低限の軽装。

 黒いヘルメットに覆われた顔面の部分には、スコープのようなマークが浮き上がっている。

 深影は二挺のガトリングガンを腰の左右に展開すると、何の前触れもなくぶっ放した。


「〈幻影の雨イリュージョン・レイン〉!!」


 放たれた無数の銃弾は深影の得意とするもう一つの魔術、被術者の五感を狂わせる〈幻影魔術イリュージョン・スペル〉を用いた為に、深影以外の目には放たれた弾丸のスピードも軌道もすべてバラバラに見えていた。

 常に正確無比な深影にしては、珍しい乱れ撃ちだ。

 だが狙い撃って通用しないならば、撃った本人でも読めないほど不規則な連射をぶつけるしかない。


「俺にこの魔術を使わせたことは誉めてやる。だが結局、貴様はここで死ぬ」


「流石です、でもあなたらしくないですね」


 その時、初めてエイスが動いた。

 腰の両側に差された二振りのうち、紫色の剣を抜いた。

 形を持たないものを意味する名前から、忌み嫌われた洞窟の剣コラーダ。

 エイスがコラーダの切っ先で円を描くように右腕を回すと、切っ先の軌道と同じサイズの円が深影の放った弾丸をすべて吸収した。

 そして数秒後、まったく別の方向で爆風が吹き荒れる。

 弾丸が消えたことで深影以外の五感が正常に戻り、ひどい頭痛とめまいが三人を襲った。


「なん、だと……? 五感を狂わされていながら、弾丸を吹き飛ばしたと言うのか……?」


「これがコラーダの特性です。結果は次元の操作とよく似ていますが、機能性は比較になりません」


「つまり、今見せた技は本来の特性の副作用に過ぎないと?」


「その通りです、流石ですね」


 あまりにも丁寧な物腰なせいで、調子が崩されてならない。

 だが深影はあくまで冷静に、先ほどエイスが放ったコラーダの技を分析した。


(単純な感想で言えば、俺の目にはあの輪をくぐった弾丸がまったく別の方向に吹き飛ばされたように見えた。だがそれが副作用だとすれば、本当の特性は……)


「ヒントをあげますね。コラーダで斬ったものは絶対に切断されます」


「絶対に切断……? 確かに、次元を歪曲させて空間そのものを切断するのと似ている……しかし、何を……」


「もう一度見れば分かるんじゃないですか?」


 確かにその通りだ、と深影は二挺のガトリングガンを腰の魔方陣に収納し、新たに巨大なレーザー砲を右肩に抱えた。

 ただエイスの方へ向かってレーザーを放てばいい。

 そうすればどういう仕掛けなのかは目に見えて分かる。


「食らえ……!!」


 今度は何の魔術も使わず、一直線にエイスへと放つ。

 エイスが先ほどのようにコラーダの切っ先で円を描くと、またもや屈折して違う方向に飛んだ。

 しかし今度は撃った軌道が見えるレーザーを撃ったので、どう曲がったのかよく見ることが出来た。


「そう言うことか……次元操作は別の空間への扉を開くもの、だがコラーダは次元の狭間を開いていない。つまりコラーダの特性は──空間操作」


「すごいですね、たった二回見ただけで種を見破るなんて」


 ガトリングガンの弾丸が明後日の方向で爆発したのは、ねじ曲げられた空間の圧力に耐えられなかったからだ。

 エイスは空間をまるで雑巾を絞るようにねじり、歪曲させて弾丸をいなしていた。

 レーザーも同じように、ねじ曲げられた空間を通って軌道を曲げられたのだ。


「で、でも空間を操作して銃弾をかわしたなら、銃弾は必ず別の方向に飛んでいくはずだ。でも銃弾は風に吹き飛ばされた。それはどう説明するんだい?」


「簡単で単純です、ただ……」


 エイスがコラーダを縦に振り下ろすと、エイスの姿が忽然と消失した。

 慌ててエイスを探す二人だが、あまりにも以外な、しかし一番妥当な場所にいたエイスに驚愕を隠せなかった。


「なるほど……空間がねじ曲げられるならば、一瞬で距離を詰めることも可能と言うわけか」


「その通りです」


 白夜とモノクロを吹き飛ばす嵐のような爆風が、エイスの背後で巻き起こった。

 ねじ曲げられた空間が元に戻る時の圧力の解放、それこそがガトリングガンの銃弾を吹き飛ばした種だ。

 炭酸水のふたを開けた時、中の圧力が低下して炭酸が抜けるのと同じ。

 空間をねじ曲げる力がなくなれば、空間は一気に元の状態へと戻ろうとする。

 その時に発動する圧力こそ、爆風の正体だ。


「……だから副作用……確かに……機能性は次元操作と比較にならない……」


「驚くべきはコラーダの特性じゃない。この女の技術だ」


 空間をねじ曲げて弾丸をいなすならばまだ分かるが、エイスは空間をねじ曲げた時に起こる副作用の爆風で弾丸を吹き飛ばした。

 少しでも方向を間違えれば弾丸は勢いを増して、自分の体に直撃するかもしれないのに。


「少しは認めてくれましたか?」


「ああ、神機の特性はな。だがまだまだ緩い……」


 神機の特性を解説する為、無意味に深影に接近した。

 それこそがエイスの犯した最大のミス。

 深影はすでにマスケット銃の銃口を、エイスの胸に突きつけている。


「私もこれくらいの力であなたに接触しようとは思わないですよ。コラーダ」


 深影が引き金を引くと同時、コラーダの特性がすでにマスケット銃の銃口をねじ曲げていた。

 深影は不発に終わったマスケット銃を投げ捨てると、右肩に装着したレーザー砲も引っ込めた。


「なかなか面白いな……殺すには惜しい存在かもしれん」


「……どっちにしても、私を殺せばあなたは一生後悔することになりますよ?」


「それは俺が決めることであって貴様が決めることじゃない」


「深影君、サタンが来るまでに早く決めた方がいい。モノクロちゃんがいるとしても、無駄な戦いは避けるべきだ」


「それもそうだな……今は戦いを楽しんでいる場合ではなかったな。惜しいが、終わらせるか」


 深影のアイコンタクトを受け、アンドラスは自分の太股に刻まれた六芒星封印を一つ解除した。

 たったそれだけで深影の魔力は破格なまでに膨れ上がり、腰に巻いたベルトのアクセサリーも少し形状を変える。


「エイス、と言ったな。名前は覚えておいてやる」


 再び呼び出されたマスケット銃は、長銃の形こそしているが、先ほどと形状が異なり単発銃ではなくなっていた。

 銃弾は深影の魔術、つまり人を殺す為の武器から契約者を殺す為の武器へとグレードアップしたと言うことだ。


「好きに空間を曲げるがいい。コイツは少しの衝撃でも爆発する」


 銃口に溜め込まれたエネルギーが、トリガーを引かれると同時にレーザーとなって地面を撫でた。

 火山が爆発するように地面から爆炎が吹き上がり、瞬く間に辺りを赤く染め上げる。


「まだダメみたいですね……残念……」


 しかしエイスは自分の周辺の空間をねじ曲げることで、その場から瞬間移動した。

 ようやく爆発が収まり、深影はマスケット銃を魔方陣の中に仕舞った。


「ちっ……逃げたか。すまない、取り逃がした」


「逃げたってことは、サタンが来る望みはなかったと言うことなのかな?」


「……サタンはエイスに協力していない……それは確認済み……」


「そうか、ならばもう少し時間をかけて痛ぶるべきだったな」


 姉の眠りを妨げる奴は、何人も許さない。

 深影達が墓を調べると知っていて、わざわざ自分のいる場所まで転移させる魔術まで残してくれていたと言うことは、また向こうから接触してくれるはずだ。

 深影は焼け焦げた家の跡地をしばらく眺めると、また〈次元歪曲〉で広間まで繋いだ。


「へー、想像よりも広いのね、仮想空間って」


「私ももう少し狭いものだと思っていました」


 だだっ広い仮想空間のど真ん中で、焔とウリエルは手を繋いで全体を眺めていた。

 しかしここに来た目的は、仮想空間の広さを眺める為ではない。


「マスター、では始めましょうか」


「そうね、最初から本気で行くわよ」


 二人が力んだ瞬間、仮想空間のすべてが紅に染まった。

 何もかもを焼き尽くさんと燃え上がる二人の炎が、交わっては分裂してを繰り返す。

 水属性同士の戦いが戦略で戦う領域の奪い合いならば、火属性同士の戦いは単純明快な力比べ。

 回りくどいことなど考えず、ただどちらの炎がより熱く大きく燃え上がれるかの戦いだ。


「この時点では互角、どうやら私が貴女を越えるのは想像以上に早いみたいね」


「それはどうでしょうか? 私の炎はまだまだ弱火ですよ」


 焔のエンジンに火がつくよりも早く、ウリエルがギアを上げてきた。

 みるみるうちに焔の炎を飲み込んだウリエルの炎。

 焔は必死に炎を押し返そうとするが、次々とウリエルの炎に吸収された。

 一度力負けしてしまうと、そこから巻き返すのがとてつもなく大変なのは、火属性の利点でもあり弱点でもある。


「ぐ、このっ……嘗めないでよねっ!」


 頭に思い浮かべるのは、血まみれになった白夜と無惨に殺された両親の死体。

 今でも鮮明に浮かび上がってくるその光景を思い浮かべるだけで、焔の炎が一瞬でウリエルの炎を上回った。


「ぐぅっ……これは、流石で御座いますっ……」


 仮想空間の温度が瞬く間に上昇していき、二人の額にもうっすらと汗が浮かび始めた。

 今二人は活発化した火山の中にいるのと同じ状態。

 普通なら蒸し焼きにされていてもおかしくないこの空間で、二人はただ汗をかくだけ。

 水属性の契約者が水中で驚異的な潜水能力と肺活量を発揮するように、火属性の契約者も高熱の場所や炎が舞う場所でならば最大限のパフォーマンスが出来る。


「ですが……この空間において主従は関係ありません!!」


 焔が全力を注いで高めた爆炎を、ウリエルはいとも簡単に飲み込んだ。

 否、飲み込むと言うより、押し潰したと言う方が正しい。

 仮想空間を埋め尽くすウリエルの炎は、容赦なく焔の魂を焦がした。


「ぅあぁッ!? あ、づッ……なに、これッ……私だって、火属性なのにぃッ……!」


「これが人の起こす灯火と神の使いが生み出す聖火の差です」


 木と木を擦り合わせて起こしたような儚いものとは違う。

 希望の炎、生物を紡ぐ命、白き翼にそれらすべてを背負いし天の使い。


「こんな、差なんて……神の使い、ですって……? じゃあ聞くけど、その神の使い様は、黒い炎に耐えれるかしら?」


「いえ、ですが不可能です。例え可能でも、肉体が負荷に耐えきれず──まさか……」


「ようやく気づいたわね、ここは仮想空間よッ!!」


 真っ赤な空間を塗り替えるように、焔の背から黒い炎が吹き出した。

 これは肉体への負担が計り知れない為、最終段階の奥の手と決めている。

 だが精神にはダメージがなく、肉体へのダメージならば、それを無制限に使うことは可能だ。


「ちょっと無茶するわよ……〈黒い太陽ブラック・プロミネンス〉……!!」


 焔の背中に広がった黒い炎はさながら堕天使の羽のように、黒く染まった強膜はまるで死神の瞳のように。

 ラヴルの協力なしでも発動出来る、数少ない破壊魔術の一種。

 その中でも体への負担が尋常でない為、ウリエルから使用を固く禁じられていた魔術だ。


「思いの力は常に全開……それで勝てないってことは、私の基礎能力が低すぎるってことでしょ。ならこれでどう?」


 基礎能力はウリエルと互角かそれ以上まで引き上がり、思いの力ならば絶対に負けない。

 これで勝てなければ、もうこの仮想空間のシステムを疑ってしまう。


「マスター……残念ですが、それは間違いです」


「へ、何が間違いなのよ? 基礎能力は貴女と渡り合えるし、思いの力だって……」


「勝利条件を満たしたいが為に捨てましたね、魂を」


 醜く変わり果てた焔を浄化するように、ウリエルの炎が焔を焼いた。

 本来ウリエルの炎を跳ね返せるはずの奥の手が、何故か余計にウリエルの炎からダメージを受けている。


「ぐ、がッ……何で、おかしいでしょ、これは奥の手なのにッ……」


「破壊魔術は肉体や精神に多大なダメージを受けた引き替えに手に入れる力です。マスターが今用いているのは一時的に魔力を作り出してそれを聖力と混ぜ、二つのエネルギーが反発する力を戦闘力に変えるもの。つまり選択肢を間違えたんですよ」


 ただでさえ負担が大きい破壊魔術は、本来毒にしかならない魔力を利用するもの。

 つまりウリエルから受けるダメージをさらに高める結果となってしまったのだ。


「マスターが偶然ラヴルを発見し、その特性が破壊魔術に関連していると知った時、私はラヴルの使用を反対いたしました」


「ええ、確かに……でも、ノーコストだったじゃない」


「確かにノーコストですから、ダメージは受けません。ですが破壊魔術がノーコストで使えるからと言う理由だけで封印されたりしますか?」


「まさか……嘘でしょ……? わ、私は後、どれくらい生きられるの……?」


 本当にノーコストで使えるならば、今頃他の誰かの手に渡っていてもおかしくはない。

 だがあえて封印されたと言うことは、それ相応の理由があると言うことだ。


「今はまだ一ヶ月ほどしか縮んでいませんが、もしラヴルをメインとして使うとしたら、恐らく成人出来るかどうか……」


「そん、な……で、でも破壊魔術を使わなければ……〈次元転送〉だけなら問題ないわよね……?」


「はい、その魔術は元より対価を必要としませんから」


 ようやく破壊魔術の恐ろしさを思い知った焔は、その場で崩れて項垂れる。

 テンションは完全にがた落ち、もはや戦う気力も残っていない。


「貴女はいつも間違ったことは言わないのね……私ったら、ほんとバカ……」


「理解してくださっただけでも十分です。ですが安心なさってください、天使の寿命をご存知でしょう?」


「確か、万単位……って、めっちゃ余裕あるじゃない!?」


「はい、私と契約している限りほとんど問題はありませんが、縮めている寿命が自分だけのものとは思わないように、と」


 破壊魔術の代償を払っているのは、焔だけではない。

 焔と契約したパートナーであるウリエルも、少なからずその影響を受けているのだ。


「これからは、本当に使い時を見定めないとね……」


「少し休憩しましょう」


「そんなことしてられない、だって黒音君が待ってるもの」


 ここまでせっかくテンポよく進んでいるのだ。

 自分のせいで間に合わなかったなど、洒落にならない。


「ねえ、単刀直入に聞くけど私とウリエルの差ってなに?」


「恐らくですが、覚悟の差でしょうね。確かにマスターは白夜様を殴り飛ばす為に命を捨てる気でいらっしゃいますが、それはどこまでが本気ですか?」


 唐突にそんなことを聞くウリエル。

 勿論どこまでも、と答えるはずだったが、ウリエルの重たい表情を見て言葉が詰まった。


「では、ここで死ぬと誓えば白夜様を好きなだけ殴れると言われれば、どう致しますか?」


「それは……」


「そう言うことです。私にはすべてを捨てることに対して恐怖も躊躇いもありません。無論命もです」


 焔は頭脳や才能、身体能力など基本スペックは申し分ない。

 ラヴルを見つけ出す運や、仲間を守りたいと言う思い、誰にも負けたくないと言う思いの力もなんら遜色ない。

 ただ一つ、覚悟の差だけがウリエルと劣っていた。


「心の中で戸惑っているのではないですか? 白夜様と再会することを」


「そんなこと──ないとは言い切れないけど……」


「そんな覚悟ではいつまで経っても私を越えることは出来ませんよ。早く私が仕えるべきマスターだと証明してください」


「分かってる、分かってるけど……分かんない、覚悟ってなに? 私は今まで白夜を殴り飛ばしたいって願いの為にここまでやって来たけど、それ以上の覚悟って……」


 本当は分かり切っている、しかし心がそれを拒絶する。

 認めたくない、自覚したくない、そんな思いが焔の覚悟を妨げる。


「分かっているなら自分の口で、言葉で言ってみてください」


「私は、白夜を……兄貴を……っ」


 気持ちはもう決まっているのに、その先の言葉がどうしても紡げない。

 その先に踏み込んでしまえば、もう戻ってこれないような気がして。


「これ以上失望させないでください……戦いを再開します」


 戦いの中で覚悟を決めろ、そう言わんばかりにウリエルの炎が荒ぶった。


「こんなとこで、つまずいてらんないっ……!」


 とにかく何も考えずに、テンションを上げることだけに集中する。

 ただでさえ圧倒的に負けているのに、これ以上思いの力でも負けてしまったらもうどうしようもない。


「黒音君、皆……私に力を貸して……私一人じゃ何も出来ないから……」


 焔の手のひらには炎の玉、それが徐々に巨大化していく。

 皆のことを思い浮かべると、自然と胸が軽くなった。

 別に重く考えなくてもいい、自分らしくやってみろ、仲間にそう背中を支えられている。


「ふぅ……肩の力抜いていきましょっか」


「ようやくいい顔に戻りましたね」


 焔がほんの少し力を込めただけで、火の玉は何十倍にも膨れ上がった。

 まだまだ大きくなる、限界がないように感じる。


「まだまだいける……こんなもんじゃない、私の力は!」


 背中から吹き出した紅の炎は、翼のように風を打って焔の聖力を高めていく。

 天使の力の源は使命や善意、仲間との絆もその一つだ。

 白夜を殴りたいと言う気持ちはそれに分類されない。


「はき違えてたかもね……白夜を殴りたいのは憎いからじゃない、肉親の命を奪った罪を裁く為……私は神の炎なんだから!」


 ウリエルに勝つことが目的ではなく、釣り合うことが目的ならば。

 焔は太陽と見間違うほど巨大化した炎の玉を、両手でウリエルへと投げつけた。


「太陽落とし……マスターらしいです。ですが、私も負けられません!」


 ここからは一発一発が隕石が衝突したような衝撃を伴う、巨大な炎の塊を投げ合う戦いだ。

 単純ながら、炎の玉を作り出すスピードや投げるタイミングなど、意外と神経を使う。


「全身全霊、すべてを燃やして立ち塞がります!!」


「なら私は死力を賭して貴女を焼き尽くす!!」


 世界の終わりと言うものを実際に目にするならば、このような光景を指すのだろう。

 荒ぶる炎がすべてを飲み込み、万物を焼き尽くす。

 呼吸を吸えば肺が焼かれ、生物の存在は否定される。


「存在の許された生物が極限まで限られたこの空間……」


「例え達人級の契約者であっても踏み込めば必死……」


 摂氏三千度を越える核兵器レベルの炎球が、さも当たり前のように飛び交うこの仮想空間。

 比喩とかではなく、本当に二人以外は生命活動が出来ない。

 核兵器がキャッチボールするみたいに飛び交うこの空間で、肉体が原型をとどめている所か生きて戦っている。

 それ以前に、この核兵器キャッチボールを行っているのが、他でもないこの二人なのだ。


「ったく、切りがないわねっ!」


「同感です、そこで一つ提案があるのですが」


「よし、提案を許す!」


 一時休戦、その場にあぐらをかいた焔は、ウリエルを招いて一緒に寝転がった。


「マスターが私と釣り合うことが目的の勝負でしたら、私とマスターが最大火力の攻撃を同時に放ち、ぶつけ合い、マスターの攻撃が私と互角ならばそれでクリアでは、と」


「確かに、さっきまでは小火力を連発してたけど、それなら短時間で簡単に終わるわね。乗った!」


 二人はその場で立ち上がり拳をこつんとぶつけると、体を捻って拳を引いた。

 二人の右手に全聖力が集められ、背後で炎が渦巻く。

 溜まったらすぐに放つのではなく、許容限界までエネルギーを一点に集中するのだ。

 対価を払って仮初めの力を発動するチャチな破壊魔術とは異なり、正当な手段、鍛え上げられた経験、感覚、肉体による全身全霊の力。

 引いた二人の腕の肘から炎が吹き出し、ブースターのように火を吹いた。

 今までの核兵器キャッチボールがお遊びに思えるほどの、超高温が超圧縮された拳が、とうとう放たれた。


「「〈太陽の中心核(サン・コア)〉!!」」


 摂氏六千度、華氏千五百万度の拳が、仮想空間の中心でぶつかった。

 仮想空間だからこそ可能な、大天使ウリエルの最大火力。

 神の炎と謳われたウリエルは、そのあまりの力を危惧して自ら番人の天使に力の半分を封じてもらったほどだ。

 だがここは仮想空間、夢の中でその封印を解くことなど子供にも出来る。


(解けていないにしても、緩んでいることには間違いない。またメタトロンに封じてもらわなくては……)


「私に一生ついてきなさい、ウリエル!!」


 ──嗚呼、この人の為ならば、この強さの重みを背負い続けてもいいかもしれない。

 この人ならば、私の力を最善の形で使ってくれるはずだ。

 ウリエルはいつの間にか自分の知らない所で成長し、覚悟を固めたマスターの曇りなき瞳に、完敗した。


「お見事で御座います、マスター」


「当然。さあ、とっとと帰るわよ」


 焔とウリエルは互いの肩に歯を立て、境を取り除いた。

 自分達が仮想空間に入ってから、おおよそ二時間から三時間。

 本来は一人三日のペースで進むはずだったのに、驚くほどハイペースで進んでいる。

 残るはたった一人、恐らく才能と底力は遥香に並ぶかそれ以上の可能性を秘めている我らがリーダー。


The nex(次は貴)t is yo(方のタ)ur turn(ーンよ)


 皆から繋がれた襷を担いだ焔とウリエルは、あまりのエネルギーの衝突により崩壊を始めた仮想空間を後にした。

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