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第四話

 彼女と向かったのは、人のあふれる商店街だった。商店街というとどこか寂れたようなイメージがあるが、ここの商店街はなかなか栄えている。駅前の通りが直接商店街になっているということもあり、人の出入りが激しいためだ。この街は大都市のベットタウンであるため、根本的に人口は多い。それに加えて学校などや博物館などの公的、私的な施設が多いことも、この商店街を盛り上げている一つの要因ともいえる。僕たちは、その中でも大企業が出店しているファーストフード店に入った。

 店はそこそこに繁盛していた。テーブルの半分は埋まっていたし、客は大抵が制服を着た学生だったが、それにしても人混みがあまり得意でない僕には少し、辛い環境である。

 それを我慢しつつ、レジに並び注文をする。僕も彼女も、時期に推している季節限定メニューを頼んだ。いつも来ないのだからレギュラーのメニューを頼んでもいいのだが、折角だから、と彼女が言うものだから、それに流されてしまった。少しお腹が空いていたので少々大盛りなものにしようと思っていたのに、大きな誤算だった。

 お金を払い、商品を受け取る。フランチャイズな店だけあって、商品はあまり待たずに提供された。それを持ち、空席を探す。半分しか埋まってないとはいえ、まばらに埋まる席の中でゆとりある場所を探すのは、難しかった。仕方なく辺りを見渡してみると、彼女はすっと前に出て、窓際の一番眺めがよい席に座る。横のテーブルには客が座っていたが、そんなことは気にもとめていない様子だ。きっと、人の目を浴びることを気にせずにいられるからこそあんな席に座れるのだと思いながら、仕方なく、僕もその向かいに座った。

「私たち、カップルに見えるかな?」

 第一声、岩本は嬉しそうにそう囁いた。

 確かに、周りにはカップルの姿もちらほら見える。その多くは私服を着た社会人らしき人たちだったが、学生の異性同士の組み合わせも、見ることが出来た。その一員に、僕たちも含まれていることを考えると、背筋にいやな電流が走る。

「そんな露骨に嫌な顔しないでよ。ショック受けちゃうな……」

 岩本は唇をとがらせると、ジュースを一口飲んだ。そして、両腕で頬杖をつき、無垢な瞳でこちらを見てくる。

 どきり、とした。岩本が僕に好意を抱いていることはわかりきっている事実だ。そして、何かしらを期待して、その眼差しを僕に向けていることも、間違いはないだろう。しかし僕はそれに応えることは出来ない。

 無論、分不相応ということもある。僕なんかに彼女のような人は勿体ない。きっと誰に聞いてもそう答えるだろう。それに僕自身のトラウマも、未だ癒えてはいない。これは一生かけて償っていこうと思っていた矢先ということもあり、正直言って、今の段階でトラウマと戦う勇気は僕にはなかった。

 ただ、どういう結果になるにしても、岩本にはっきりと僕の気持ちを伝えなければいけないことは確かなことである。こんな関係をずるずる続けていてもいいことは何もないし、岩本にも迷惑をかける。自分からいじめてくださいといったような彼女だが、まだ、傷は深くはないはずだ。今なら元通りに戻すことも、もしかしたら不可能ではないかもしれない。そう思うと、よりいっそう断るべきだという考えが脳裏をよぎる。

 しかし、岩本は「諦めないから」と、はっきり僕に宣言した。今までの経験上、こういうタイプの人間は、本当に諦めが悪いということが多い。きっと、どうなるであれ僕に付いてくることは間違いのないことだろう。それはとても嬉しいことのようで、僕にとっては重荷でしかないことだった。

「どうしたの。考えこんで。……結婚式のこととか考えてた?」

 吹き出した。結婚? 僕が? そんなことはあり得ない。付き合うかどうかすら悩みに悩んでいるのに、結婚なんて何段階先の話なのだろうか。あり得ない。あり得ない。

「ふふ、冗談だよ、冗談。葛城君、すぐに本気にしちゃうんだから、嘘の吐き甲斐があるよ」

「……全く」

 その冗談で、悩んでいたことが嘘のように吹き飛んでしまった。なんだか考えている方が馬鹿馬鹿しい。彼女はこんなにも僕のことを思ってくれているのに。それに答えられないなんて、なんだか情けない。

 そんな僕を尻目に、岩本はにっこりと笑った。

「葛城君、一生懸命考えてくれてる。それだけで私、嬉しいの。もしかしたら断られるかもしれない。もしかしたら気持ち悪がられるかもしれない。そんなことばっかり考えてた。でも、現実は違った」

 にっこりとした笑顔から、優しい笑みに変わる。

「葛城君、私はやっぱり、あなたのことが好きです」

 しっかりと目を見て、恥ずかしがらずにそう言える彼女に、僕は驚きを通り越して感動すら覚えていた。こんなこと、本の中の世界でしか起こらないのだと思っていた。起こったとしても、それは妄想であって自分には何ら関係ないことだと思っていた。しかし神様は残酷である。二度目の恋を僕に植え付けたのだ。

 もし小学校の。あの新堂香苗を想ったあの感情を恋だとするならば。僕は間違いなく、岩本に恋をしていた。

 彼女の瞳は僕のトラウマを凌駕する程の力を備えていた。もしも望むなら、彼女と一緒なら、トラウマにも立ち向かえると、そう思える程に。

「……葛城君、どうしたの?」

「い、いや、何でもないよ。何でも……」

 正直なところ、僕も岩本のことが好きだと言えたらどれだけ楽になることかと思った。それ程までに、さっき芽生えたばかりの感情は、僕の心を支配していた。

「い、岩本……俺……」

「……ん?」

「……ごめん」

「どうしたの、急に」

「なんて言葉にしたらいいのかわからない。でも、確かに伝えたい気持ちはあるんだ。でも、どうしたらいいのか。……わからない」

 岩本は、何も言わずにすっと立ち上がると、僕の横に座った。そして、寄りかかるようにして、僕の肩に頭を預ける。そして一段と耳に近くなったその声は、僕の脳を完全に溶けさせた。

「いいよ。私、待ってるから。いつまでも、こうして葛城君の横で、待っているから」

 彼女を抱きしめたいという感情を、僅かに残った理性が邪魔をする。そしてそのささやかな理性を叩き壊す程の勇気を、僕は持ち合わせてはいなかった。

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