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第三話

 周囲が彼女への反応を変えたことに気付いたのは、放課後のことだった。明らかに、彼女の周囲に人影がない。いつもならその後に何をするかとか、カラオケに行くかとか、そんな他愛もない話をしているのだが、今日は誰もいない。いないというより、避けていると言う方が正しい。少なくとも、彼女の手が届く範囲には誰もいなかった。

 正しく、いじめだった。無視、距離を取る。いじめの最初によく起こる集団の原理だ。彼女もそれに気付いているのだろう。誰に話しかけるにも近付く訳でもなく、ただ黙々と鞄に教科書を詰めている。そして、立ち上がる。

 それを見て、僕はそそくさとその場を後にした。ここで僕に話しかけるなんてことがあったら、それこそ本格的ないじめに発展してしまう。僕に好意を抱いてくれていることは嬉しい気もするが、それでも、彼女は人の中心にいるような性格だ。それを僕が邪魔する訳にはいかない。

「葛城君!」

 しかし、僕のその思いは即座に崩れた。廊下を歩く僕に、彼女は大きな声で名前を呼んだのだ。それはクラスの中にだけ渡っていた噂を学校全体にまき散らすようなもので、そこで僕は諦めた。もう彼女は、いじめられる道を歩き出してしまった。

「どうしたの、岩本さん」

「葛城君、一緒に帰ろう?」

 確かに、彼女とは同じ電車ではある。降りる駅も同じだ。家までは知らないが、同じ町内であることは違いないだろう。

 だが、ここでそれを了承してしまうことはどこか躊躇われた。いじめられることはわかっていても、程度というものがある。それを助長してしまうのは、どうにも耐えがたい。

「いいよ。葛城君が無視するなら、私勝手に着いていくから」

 そう言うと、彼女は本当に、僕に着いてきた。階段、下駄箱、校門、駅、どこまでも会話はないが、それでも彼女は僕の二歩後ろを着いてくる。時々何か話しかけようとしているのか、深く呼吸をする音が聞こえるが、それも諦めてしまうらしく、二人の足音が聞こえるだけだ。

 蒸し暑い風が流れる、夏の日の午後。

 僕は、駅の売店でアイスを二つ買って一つを彼女に手渡した。ミルクアイスを、棒に刺した一般的なアイスだ。

「あ……。ありがと」

 意外だったのか、岩本はおずおずと手を出して、アイスを受け取った。ただ、遠慮しているのか封を開けようとはしないので、僕から封を切る。すると、彼女も遠慮しがちに、アイスを取り出した。

 近くの木陰にあるベンチに座る。

「……岩本さん、僕の事好きって、本気なの?」

 僕はあまり話し上手ではない。なので、本題をいきなりぶつけることにした。下手な話をして、こじらせるのも面白くない。

「本気だよ」

「……そう」

 蝉が煩いくらいに大きな騒音を出す。アイスが少しずつ溶けて、雫となって地面へと落ちていく。さっきまで吹いていたはずの風は止み、蒸し暑い気温だけが僕を舐める。

 沈黙に耐えかねたのか、岩本さんは声を上げた。

「……高校に入った時から、好きだった。一目惚れだった。付き合いたいって思った。でも……」

 彼女はそこまで言うと、押し黙って、アイスを一口食べた。続きを急かすべきか、このまま黙っているべきかで悩んだが、少し続きが気になったので、それとなく話題を出してみる。

「……僕とふれあう機会が、なかった」

「そう。葛城君は学校終わったらすぐ帰っちゃうし、クラスこそ一緒だけど、一緒に何かすることもなかったし。それに……」

「それに?」

「葛城君が、一人だったから。声を、掛けにくくて。でも私、決めたの。今年の夏こそ告白するって。このままじゃ後悔してしまうって。だから、夏休みに機を窺ってたの。そして、それからは……。葛城君が知っている通りだよ」

「そうなんだ。……そうなんだ」

 線路の遮断機がけたたましい音を立てて閉まった。そして客車がホームに走り込んでくる。それはいつも僕が乗っている電車であり、彼女も乗るであろう電車だ。しかし、二人とも腰を上げることはなかった。電車の扉が開く音が響き、そしてゆっくりと閉まる。電車がまた動き出した時に、岩本さんが口を開いた。

「葛城君は、私のこと、好きなの?」

 僕がしたことと同じように、岩本さんはストレートに聞いてくる。

「……わからない。わからないけど、嫌いでは、ない」

「嫌いではない、かぁ。望み薄、かな」

「ごめん」

「謝らなくても良いよ。今は私が一方的に攻めてるだけ。今は、ね」

 岩本さんを見る。彼女も、僕を見つめた。それに耐えられなくて、僕は前を向く。そして、最後の一口のアイスを口へと放り込んだ。岩本さんも、最後のひとかけらを食べ終わったところだった。

「ね、今から何か食べに行かない? 私、これから時間空いてるんだ」

「まぁ、別に、良いけど」

「じゃあ決まりね。行こ?」

 彼女は立ち上がると、僕に向かって手を差し伸べてくる。少し躊躇した後、彼女の手にそっと手を乗せる。僕とは違う柔らかい手の平。それに少しどきどきしながら、僕も立ち上がる。

「手、繋いでいい?」

「まだ、ダメ。まだ心の準備が出来ないから」

「なら、また今度ね!」

 どこか嬉しそうに、彼女は微笑んだ。そして鞄を持ち直す。

 僕たちは町中を目指して、歩き出した。

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