プロローグ
人を好きになるって、どういうことなんだろう。人は皆、苦しくなるとか楽しいとか、全く違うことを口にする。ただ共通していることが一つだけある。それは、相手が幸せであって欲しいと、願うこと。
小学生の時、初恋の人がいた。その子はとても大人しく、周りから見ればとても地味な子であった。周りがはしゃぐ中でも同じくはしゃぐ訳でもなく、とはいえ付いてこない訳でもなく。容姿が端麗だったわけでもないし、背が高い訳でも、運動が得意な訳でもなかった。勉強は上位ではあったが、ずば抜けていると言う程でも無い。どこにでもいるような、平凡な女の子だった。
自分でも、何故好きになったのかわからない。ただ、きっかけはあると思う。たまたま同じになった委員会。それが、彼女との初めて知り合ったきっかけだった。飼育係として、ことある毎に飼育してある鶏のお世話をする彼女に、それも真面目に、汚い仕事だって一所懸命する彼女に、どこか心惹かれたのだ。それは一瞬の出来事であるようで、一年にわたる委員会活動の中で培われた関係でもある。
ただ、その時にはまだ僕も幼くて、告白する勇気なんてこれっぽっちもなかった。告白なんてしようものなら、すぐにクラス中に知れ渡り、弄られることは間違いない。それを耐える自信が、僕には、なかった。
だからこそ、僕は飼育係を不真面目にこなした。彼女のことを思うが故、自分の弱さを隠すがこそ、それは自身の評判となって返ってきながらも、それでも僕は不真面目を貫き通した。
そんな時、である。
先生から配られた、一枚のプリント。それはアンケートと呼ばれる、偶に配られる物である。しかし、その内容は全く予期しない物だった。
『あなたは、いじめをしていますか?』
その文章に、特にぴんとくることはなかった。僕がいじめようとしてしていることは何一つないし、学校生活で怒られることと言えば飼育係を不真面目にこなしているということだけだった。勿論、アンケートにも『していません』と書いて提出する。何事も無かったかのようなホームルームである。
しかし、事件はそのアンケートが配られた次の日に起こった。同じ学校の子が自殺をしたというのだ。屋上からの飛び降り自殺。それを知ったのは、更に翌日のことだった。自殺当日は、学校が臨時休校になったからだ。
自殺があってから初めて投稿した日。学校の玄関の前に、赤黒い、そして回りは白い粉が振られているのを横目に歩いた。その粉の周りにはコーンが置かれ、立ち入りが出来ないようになっている。小学生ながら、その色に不吉な物を覚え、避けて通った。
そして、ホームルームより前に行われた、全校集会。
「新堂香苗さんが、天国に旅立ちました」
その校長先生の言葉に、体育館がざわめく。それと共に、僕の心もざわめいていた。そう、新堂香苗は、僕の初恋の人だったのだ。どうしても信じることが出来ずに、心の中で反芻する。しかし、結果は同じことだった。死んだというのは真実。もう会えないことも紛れもない事実。耐えられないことだった。ただ、涙は流す訳にはいかないと、必死で堪えた。
香苗がいじめられていることは、実は僕も知っていた。勿論、僕はいじめには参加していない。ただ、見て見ぬ振りもいじめだというのなら、僕も参加していたに違いない。事実、いじめられていた子をかばうように涙することを隠している僕は、彼女が死んだ今でも、彼女をいじめていると言うことに他ならない。それを思い、また涙が込み上げてくる。それなのに僕は保身に一生懸命で、その時は彼女への弔いの言葉なんて、何一つ浮かんでは来なかった。
それから家に帰るまで、いまいち覚えていない。授業はあったのか、友達と遊んだのか、それすらわからない。ただ、死んだということが、頭の中をぐるぐると渦巻いていた。そして思い出すのだ。彼女が死ぬ前、前日に、彼女の『死にたい』という相談を受けていたことに。