冒険への扉
起きたら世界がゾンビや魔物で混沌としていて自分はそんな新世界の救世主だと中二病的なことを望んじゃう男子には是非読んでみて欲しい文才もクソもない半分本当でもう半分は優しさの物語です。
コンビニで買ったマジックペンで書いた辞表を上司に叩き付け、
希望と不安で満ち溢れながら、日常からの脱却の旅に出た。
中学の時の一つ上の先輩に27歳の今となっても一緒に過ごしている人がいる。
一緒に過ごすと言ってもコミュニケーション方法は主にインターネットで、実際に会うことはほとんど無い。
ボイスチャットと呼ばれる音声通話をしながら貴重な花の二十代の時間を二人でオンラインゲームに費やしていた。
「どうしようもねえな俺ら」
先輩の賢さんの口癖だが、それが言いたいだけで反省する素振りは微塵にも感じられなかった。
賢いと書いてケンだがここまで名前と正反対な人はあまり見たことがない。
唯一、思い当たるのは自分のスキンヘッドの兄が河合美樹という名前くらいか。
賢さんと兄が同級生だがいつのまにか弟の自分が賢さんと遊ぶようになっていた。
「マジな話、俺達将来どうします??」
賢さんに尋ねると毎回のように
「聞きたいの?実は宝くじが当たる予定がある」
「……………」
こんなやりとりは日常茶飯事だ。
日曜日になれば神のお告げがあったと馬券を買い、その際の口調は王様のようになり
レースが終わると大貧民に成り下がる。1年に1回か2回は馬券が見事に的中し、
王様モードのままオンラインゲームの課金アイテムを奢ってくれることもある。
「シンちゃん、俺と世界征服しねーか?」
ある日、賢さんが唐突にわけのわからない事を言い出した。
シンちゃんとは自分のことで河合信哉が本名。
「どうやってですか?」
「その策略を考えるのが参謀であるシンちゃんの役目さ!明日出発な!」
「ようは丸投げじゃないですか・・。」
まず何をもって世界征服なのかわからない。世界に戦争をふっかけて勝ったら勝ち?
新国家を立ち上げて国連のリーダーをアメリカからブン取ったらクリア?
国を創るのに土地はどうする。国民はどうする。国歌も作らなきゃいけないと聞いたことがある。
そういえば高校生の時にも賢さんが海賊のアニメに影響されて世界一の海賊王になると言い出し、
海辺で手漕ぎボートをレンタルし二人で航海した二日後に大海原で貨物船に救助されたこともあった。
中二病の塊みたいな人だ。
今、辞表を出した会社との雇用形態は契約社員で、いつ切られてもおかしくない状況で
二十七歳の自分にとってこのままでは不安な思いは拭えなかった。
かと言って手に職をつける為に何かを努力するのはもっと辛く、
逃げ込む先は賢さんとオンラインゲームの世界の大冒険だった。
趣味とも現実逃避ともどちらとも言える時間だった。
ゲームの世界の中では自分と賢さんは全国のプレイヤー達から一目置かれる程の有名プレイヤー。
給料の大半はゲームの世界の装備につぎ込み、プライベートの時間は常にそのゲームで遊んでいるので、
自然とそうなったのかもしれない。一部の人達からはプロと呼ばれ、それは半分皮肉でもあった。
そんな賢さんがゲームを辞めて世界征服をしに実家を出ると言い出したのに対し、
自分はこの変わらない先の見えない不安定な日常に一人だけ取り残されてしまう気がして、
居ても立っても居られなかった。
「仕方無いっすね。付き合いますよ・・。」
仕事中も会社のパソコンでゲームのブログを書いてることが多かった自分の辞表は、
誰に止められる事も無く、15秒くらいで受理された。