第四話 「魔神様とご対面」
ちょっと難産です。出来がイマイチというか何と言うか……(汗)
ではどうぞ。
ーーー無間地獄
一際大きい牢獄に一人の少女が隅に蹲っていた。色素が抜け落ちた美しい白髪は床に着く程非常に伸びており、彼女が着ているワンピースはボロボロだった。
彼女に名前は無い。ただ周りからは魔神と崇められ神格化されていた少女だった。
「ぅ、うぅ……」
そんな魔神と崇められた彼女も元は人間。大戦後、遥か太古の時代から現在まで幽閉されて来たが、平気だった訳では無い。途中何度も泣き叫び、気を掻き乱された。
それ故、当時は大人びた性格を持っていたが現在では幼児退行してしまい、その幼い姿に似合う性格にまでなってしまった。
「もう、やだよぉ……」
今では飲まず食わずでも生き永らえる不老不死なだけの非力な少女。力を封印された彼女ではその力を封印した首輪を外す事さえ出来なかった。
無音の闇が彼女の精神を徐々に削り取る。
「ッッ……たすけてぇ……」
少女から嗚咽する声が漏れる。
体は冷たく、温もりは無く、雫が頬を伝う。絶望だけが残る。
その時だった
「よう、お望み通り助けに来たぜ。ワハハ」
懐かしい人の声。何万年と聞いていなかった人の声。思わず少女は顔を上げる。そこには見た事の無い服装をした少年が檻の前に居た。
「ん? あの時見た姿と違うな。いや、天の川の様に美しく流れるその白髪が全体的な魅惑を引き上げている……悪くない。服はボロボロだけど」
「……おにいちゃんは、だれ?」
「ワハハハ、俺は三日月夜宵。人間だ」
「!」
人間、確かに目の前の少年はそう言った。それだけで何処からか安心感が少女を包む。それ程他人の温もりに飢えていたのだ。
「ほんとうに、にんげん?」
「人間だぜ? 分類学上でもそうなってる」
「ぶんるいがく?」
「オゥ、そこを突っ込むとは閻魔大王サマの言う通り、精神が幼児退行してる様だな」
「???」
夜宵と名乗る少年は当たり前の様に言うのだが聞いた事の無い単語に精神が幼児退行してしまった彼女では理解する事が出来なかった。
すると夜宵は檻の前に右手を出す。そこには見えない壁が有る様で壁に触れても檻に触れる事は無かった。
「これが結界か、閻魔大王サマの言った通り、神々が扱う最高峰の結界みたいだな」
「だ、だめ!」
「?」
少女は結界に触れた夜宵に必死に叫ぶ。この結界は下手に解除しようとすればその者に死を与える相当危険なものだと少女は知っていたからだ。増して夜宵は人間、結界を解除出来るなど思っていなかった。
「やっちゃだめ! おにいちゃんがしんじゃうよぉ!」
「……成る程、その言い分からすると下手に解除すれば死ぬ様だな」
「おにいちゃん……?」
夜宵は笑っていた。少しでも失敗すれば死ぬ。だがそのリスクが有るからこそ夜宵は笑っていた。
そう来なくっちゃな、と。
「ハハッ! 人間舐めるなよ魔神サマ。人間は時として神サマを凌駕するもんだぜ?」
「で、でも!」
「いいから見てろ。神の御技ならぬ人間の御技ってモンを見せてやるぜ」
結界に触れた手に力を込める。すると数秒もしない内に結界に亀裂が入った。これには少女も驚きを隠せなかった。そして夜宵は短く呟いた。
「解除」「複写」
刹那、結界が木っ端微塵に砕け散った。パキイィン、とガラスが砕ける音が響く。少女は言葉を失ってしまった。
「……!!」
「オイオイ、何だよこの結界。閻魔大王サマは封神専用と言ってたがとんでもねぇ。そもそも神サマがこの結界を封神専用として使っていたのかが不思議なくらいだ」
まあ魔力回路自体を掌握したら大した事無かったけどな、と飄々した態度で夜宵が呟いたが、魔神である少女は有り得ないとばかりに言葉を失っていた。
元々この結界は『八卦六十四陣』と言い、八卦からなる封神式に六十四通りの魔力回路を構成する事で構築されるもので非常に複雑な結界となっている。これを構成構築するには神々の儀式が不可欠で最低でも一日は時間を使う。無論、解除する時も同じだ。しかし夜宵はものの数秒で解除してしまった。夜宵の荒唐無稽さがここにも頭角を現していた。
「さて、後はこの檻だが……おらっ」
「!」
最早結界が消滅した唯の檻は夜宵にとっては遊びに使う粘土の様なもの。実はその檻も神界から採れる鉱石で作られた代物だがそれをぐにゃりといとも簡単に形を変え、牢獄の中に侵入した。
「ほら、助けに来てやったぜ」
「……ぁ」
「……どうした? 急に俯いて」
無間地獄の牢獄を容易に突破した夜宵は少女が急に俯くのを見て訝しむ。少女からは申し訳ないという雰囲気が感じられた。
「ごめん、なさい……ボクのせいでおにいちゃんが……」
「………」
恐らく彼女は少年は既に亡者だと思っているらしい。当然だが地獄や無間地獄に来る者は全て死者だ。夜宵が生者だとは微塵にも思っていないだろう。
そこで夜宵は悪戯心が湧きニヤリと笑うと一歩強く踏み出した。
「おい」
「ッッ!!」
ズンッと大きな音を立てる。荒唐無稽の力を持つ夜宵がやる故、無間地獄の世界に地震の様な揺れを発生させ、踏み抜いた跡はそこを中心にして亀裂を入れる。不老不死なだけの少女はびくり、と体を震わせた。
「………」
夜宵は一歩強く踏み出すと次からは普通に歩き出す。しかし先程の行為で少女は恐怖心を煽られ、徐々に近づいて来る夜宵に俯いたまま涙を目に溜めてぎゅっと瞑った。
「………」
「ッ!!」
少女の目の前にまで接近した夜宵は少女にゆっくりと手を伸ばす。何も出来ない彼女は体を強張らせ自分の体を強く抱き締めた。
伸ばされたその手は彼女にーーー
ーーー触れる事無く彼女の着ているワンピースのスカートの裾を掴み捲り上げた。
「おおぅ絶景」
「〜〜〜ッ!?」
スカートを捲られたそこから見える白の絶景。思わず少女は赤面し、ばさっとスカートを慌てて抑えた。夜宵はその様子を見てワハハハ!と高らかに笑った。どうやら精神は幼児退行しても恥じらいは有った様だ。
「な、な、なんでぱんつをみたの!? はずかしいよぉっ!!」
「そりゃあお前がシケた顔してるからだ」
「だ、だからってぱんつみないでよぉっ! おにいちゃんのへんたいっ!!」
「ワハハハ、ボロボロのワンピースでいやらしく誘ってるお前が何をほざくか」
「ちがうもんっ! ボクはえっちじゃないもんっ!!」
わーんっ!と手をぶんぶん振りながら喚く少女。夜宵は追撃とばかりに彼女の脇腹を擽った。
「うりうり」
「ひゃっ!? お、おにいちゃん!? や、やめて……そこはっ……ぁっ……〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
脇腹を擽られた少女は耐えられず何ともいやらしい声でビクビクと痙攣する。一種のロリコンには堪らない描写である。
「クハハハッ、どうだ参ったか魔神サマ?」
「ま、まいりましたぁ……」
「素直でよろしい」
早々に降参した彼女に夜宵は脇腹を擽るのを止めた。まだ痙攣からの余韻が残っている彼女はハァハァと息をしながら顔を紅潮させていた。いやらしい。
「さて、残るは後一つか」
「……おにいちゃん、しんでないの?」
「何を今更、俺は生きてる側の人間だぜ?」
「え?」
夜宵は当然の様に言うが魔神である彼女からしたら有り得ない事だった。生者が地獄に来る事自体有り得ないのだが生者が地獄に存在し続けられる事に驚愕していた。
「おにいちゃん……ほんとうににんげんなの?」
「何言ってんだ。さっきも言っただろ? 正真正銘の人間だと」
「……そんな」
「但し、とんでもない人間だけどな」
夜宵がそう言うと今度は力を封印してある首輪に手を伸ばし、触れた。夜宵は短く呟く。
「消去」
刹那、結界同様に首輪が脆く砕け散った。そして彼女の全身には莫大な力が溢れ出した。魔神としての力の奔流が彼女を包み込む。証拠としてその余波だけで無間地獄の世界を吹き飛ばしてしまった。
「!? これって……」
「ワハハハ、これでお前は非力な少女では無くなった。晴れてお前は自由の身だぜ」
「……でも、ボクにはもう……?」
既に居場所は無い、と言いかけると夜宵は魔神となった少女の頭に手を乗せた。彼女は顔を上げ夜宵を見る。
「おにいちゃん……?」
「それなら俺がお前の居場所になってやるよ。つーか拒否権は無しだ」
「へ?」
先々と勝手に物事を決めてしまう夜宵に彼女は困惑するばかりだ。すると夜宵は何かを思い付いた様顔をした。
「そうだな、小雪で良いな」
「えっ?」
「名前だ。お前のな」
「ボクの……名前?」
「そう、その綺麗な白髪に因んで雪でも良かったが何せちっこいからな。小雪で良いと思ってな」
「……小雪、小雪……ボクの名前……えへへ……!」
夜宵は半分からかっていたが少女、小雪は初めての名前にその名前を反芻し噛み締めていた。それ程までに彼女は孤独だったのだ。
「まぁ拒否権は無いと言ったが確認するぜ。お前はどうしたい?」
強引なやり方だったがこれが彼のやり方の一つである。そして夜宵は彼女に問う。自由に羽ばたくのか、羽ばたかないのか。最後の決断は本人が決めなければならない。
「……ボクは」
魔神である少女は思い返す。ほんの僅かな時間だが、既に目の前に居る少年と濃密な時間を過ごしていた。これがどれほど自分にとって幸福だった事か。
この少年と居るだけでどれほど温もりに包まれたか。
この少年と話すだけでどれほど彼の事が好きになったか。
もっと彼と話したい。もっと彼と触れ合いたい。ずっと彼のそばに居たい。無意識でもそう強く思っていた。
なら、答えは勿論ーーー
「ボクは……おにいちゃんといっしょにいたい!!」
ーーー必然だ。
夜宵はその答えを聞くとニヤリと笑った。獰猛で快活、粗野な彼だからこそ出来るその笑みは何を思っているのか分からない。だがこの時彼は満足している、そういう表情をしていた。
「さあ行こうぜ、小雪」
夜宵が少女、小雪の名を呼び手を差し伸べる。
「……うんっ!」
小雪は純粋無垢な笑顔でその差し伸べられた手を取ったのだった。
ーーーありがとう、おにいちゃん
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