プロローグ 「邂逅と誘惑」
オリジナル作品初投稿です。よろしくお願いします。
残暑が厳しい時期だった。
直射日光が照りつけ陽炎がゆらゆら揺らめく路上の中、陽炎に紛れ少年、三日月夜宵はゆらりゆらりと歩いていた。
顔立ちは非常に整っており、黒色の少々長い髪で見た目は一般の服装。上は黒のインナーに白のジャケット、下は動き易さを追求したぶかぶかの黒のジーンズに白と焦茶色が入り混じったスニーカーであった。まだ残暑が厳しく続くこの時期でその服装は暑過ぎるものであったが、この彼は汗一つかく事も無くどうという事は無いと言わんばかりに平然と歩いていた。
今日、夜宵の行動目的は無い。ただ歩き回っているだけだ。とはいえ、ただ歩き回っているという訳では無い。彼は非常識が非常識を呼ぶ非日常を探し求めている。いや、飢えていると言った方が良いか。この世の中は常識という日常が行き渡っていても非常識という非日常は行き渡っていないからだ。
だがそれは当然だろう。この世界なら非常識の代名詞とも言えるであろう魔法なんてファンタジーも所詮 、空想の世界に限る物だ。第一そんな非常識である力を人類が保有している訳が無いしある筈が無い。この世界の戦争なら通常兵器を主流とした命のやり取りをするし、呪文を詠唱して火の玉を飛ばすという手間の掛かる作業をする事無く銃の引金を人差し指を使って引くという単純な作業で命を奪う事も出来る。つまり空想の力よりも現実の力の方が強力な訳で今更非日常何て言われても存在すら許してくれないだろう。
「……あ〜暇だ。暇で暇で暇で暇で暇でくたばりそうなぐらいだ」
夜宵はその非日常探しにも少々諦め気味になってしまっていた。それは毎日同じ事を繰り返していれば自然と飽きて来るもの。探している途中でその目的に辿り着ければ結果オーライなのだが如何せん、どうやら神はそれすらも許してはくれないらしい。
「……やっぱり俺と同じ非常識を持つ人間なんていねぇのかな……まぁいねぇと分かっていてやってる事なんだが……」
彼は呟く。この世界で自身と同じ非常識を持つ人間はいないものかと。陽炎が揺らめく路上で彼がブツブツと呟き続ける光景をもし他人が目撃すれば不気味に映るのだろうが生憎通行人は夜宵一人だけだ。
路上を歩き続けた夜宵はそのまま大通りに出た。先程まで彼の歩いていた路上には人が居なかったが流石にこの大通りだと人も沢山歩き回る。まぁ彼が歩いていた路上は基本的に人があまり通らない道であり、その路上を通り過ぎれば自然と人々が歩いている景色に紛れ込んでしまうのだが。
彼が歩く先には横断歩道。青になっている信号機だが数秒もすると点滅を始め、彼は横断歩道を渡らずそのまま立ち止まる。
「……何だ?」
そこで夜宵は前方から視線を感じた。彼は立ち止まったまま前方を見据える。点滅している信号機に早足で横断歩道を渡っている人混みの中に見えた『ナニカ』
それは白いワンピースを着た幼い少女であった。
「へぇ……中々魅力的じゃねぇか。いや、それ以前に面白そうな雰囲気纏ってるなアレ」
茶髪のセミロングにサイドテール、容姿は目に入れても痛くないくらいに可愛く、体格的には八歳くらいだろうか。それがより一層少女の魅力を引き立てており誰がどの角度から見ても間違い無く美少女だ。という感想を夜宵は頭の中で高評価した。
しかし夜宵は彼女の存在が妙だと直感的に感じた。彼女は横断歩道の途中で彼と同じく立ち止まったままその場を動かないのだ。夜宵だけを見つめ他の出来事には一切興味が無いと言わんばかりに。
やがて夜宵と少女は目が合う。お互いは動く事無く見ていた。
夜宵は好奇心旺盛の獰猛な眼差しで
少女は全てを見透かす様な眼差しで
しかしそれも束の間であった。横断歩道の途中から全く動く様子が無い彼女の左側、つまり車道の奥から大型トラックが猛スピードで走って来たのだ。そしてその後方からパトロールカー、ここまで来れば状況は読めるだろう。
信号機は赤を示していたが運が良いのか悪いのか、停止している車が一台も無かった。恐らく大型トラックを暴走させている運転手は十中八九そのまま赤信号を通り抜けようとしているだろう。というか確実にそうだろう。
だがそれでも彼女は逃げる素振りすら見せない。自殺するつもりにしては雰囲気が違う。
段々と迫って来る大型トラック、一向に動こうとしない少女。ただ夜宵を捉えて見つめ続けるだけ。
それに対して彼はなんと不敵な笑みを浮かべていた。この自分へ向ける眼差しの意味が理解出来たのだ。そう、この少女は夜宵を試すつもりなのだと。
「へぇ……あくまで俺を試そうってか。イイぜイイぜ!! この程度で俺を試せるのかその目で良く見ときな!!」
夜宵は不敵な笑みから獰猛な笑みに変わる。大型トラックはもうすぐそこまで来ている。そして夜宵と少女までの距離は約十m、普通なら間に合う筈が無い。
『普通』なら。
最初に空想の力より現実の力の方が強いと言った。だがそれは空想力の問題に過ぎない。空想の力が強ければ強い程、現実離れすればする程その空想の力は増大し、現実の力を遥かに凌駕する。
そして第一にその空想の力は現実に現出しなければ意味が無い。だから空想の力は空想のままで収まっていられるのだ。
だから逆に問おう。その現実離れした空想の力を持った者が現実にいるとしたら?
夜宵は走る動作の一つも見せずに一瞬で少女の前に立った。彼からすれば少し力を入れて一歩歩こうとしただけに過ぎないのだが無理も無い。
マッハ六百
秒速二百kmに匹敵するその速度なら一歩歩いただけであたかも瞬間移動の様に見えてしまう。だがそれはその速度に耐えられる強靭な肉体と身体能力を持っている事にもなるのだ。当然それに見合う攻撃力も持っている事になる。
少女の前に立った夜宵は拳を振りかぶり、猛スピードで接近する大型トラックに向かい
「オラアァァァァァァァァァッッ!!」
ーーー空間ごと殴りつけた
比喩にあらず。
夜宵から放たれた拳と衝突した大型トラックは物理法則を完全に無視し何の抵抗も無く音速の壁を容易に突破した速度で吹き飛ばされ衝撃波を撒き散らす。その拍子に主にトラックの運転する前方と荷物を乗せる後方を繋ぐ部分が破壊され二つに別れ、前方部分は軽いせいか五十mも吹き飛ぶとゴロゴロと転がり停止した。一方重い後方部分は百mを過ぎても止まらず二百mを過ぎた地点でようやく前方部分と同じ様にゴロゴロ転がりながら停止した。因みに大型トラックの後方で追跡していたパトロールカーは幸い回避し巻き添えになる事は無かった。
先程の彼の攻撃力について前言撤回しよう。攻撃力だけは遥かに次元が違う様だ。夜宵自身も拳を振りかぶってはいたもののそれは充分に加減されたものであり、大雑把ではあるが精々一億分の一程度の軽い力でしか殴りつけていない。これならデコピンの方が幾分マシだったかと彼は呟いた。
「……」
夜宵は辺りを一瞥する。そこには夜宵の力を直接目の当たりにした野次馬達が彼を見ていた。その視線は皆、恐怖や嫌悪という感情が込もった視線であった。
だが夜宵はその視線に対し獰猛な笑みを浮かべ鼻で笑うだけだった。昔から周りに遠ざけられ化け物呼ばわりされたものだが慣れと言うものは恐ろしく、現在の夜宵はそこまで感傷的になる事無く逆にその人間達を軽蔑する程だ。
とどのつまり自分の様な非常識な力を持ち合わせていないお前等が悪いと言う事だ。
「……つまんね。あーあ何か面白い事が起こんねぇかな……」
つまらなさそうに夜宵は独り言を呟く。非常識を軽く通り越し、荒唐無稽としか言い様が無いこの圧倒的な力はこの世界では余りにも釣り合わなさ過ぎた。彼自身も出来る限り自分と同じ非常識を探し回った。その結果、誰一人として見つかる事は無かった。いや、一人だけ居るのだがそれは夜宵の師匠であって、非常識を探す以前の事であり関係無い。
自分の求める物が見つかなければ見つからない程、流石の夜宵も飽きて来る。いよいよ本格的に非常識が非常識を呼ぶ非日常探しにも匙を投げようとした時だった。
「お兄ちゃん、退屈なの?」
「ん?」
背後から幼い声が聞こえ、夜宵は声の主のする背後に顔だけを返す。そこには先程まで感情を表に出す事の無かった少女が無垢な微笑みを浮かべていた。その微笑みはまるで宝石の様だ。
「お兄ちゃん、この世界はつまらない?」
「ああ、そうだな。つまらない、全くつまらない」
少女の問いに夜宵は即答する。自身に宿るこの荒唐無稽な力を思う存分振るう事が出来ないのが未練がましく思えてしまうくらいに夜宵はこの世界に失望しかけていた。流石に自身と同等の力を持っている者が居る可能性は皆無だろうが、少しでも非常識な力を持っている者を探すという方針に切り替えたのだ。少しでも可能性を信じていたこの世界に対して完全に失望してしまわないように。だがそれは叶わなかった。
「お兄ちゃんはこの世界に未練は無いの?」
「ハハッ! 無いな。丁度この世界に対して完全に失望してしまった所だ」
この少女の更なる問いの内容に夜宵はまたも即答する。最早この世界なんぞに未練など無い。有るとすれば先程言った自身の力を思う存分振るえない事だけだろう。寧ろこの問いは夜宵にとって愚問以外の何でも無い。
「じゃあボクがお兄ちゃんを面白い所に連れて行ってあげる」
「は?」
すると少女の姿が消滅し、代わりに真っ暗な空間が出現した。形は扉程の大きさで真っ暗な空間の先には闇が渦巻き先が見えなかった。
夜宵は最初は呆気に取られたものの闇の扉を数秒見据えると彼の心は歓喜に溢れ、笑い声が溢れた。
「ハハ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」
止まらない。歓喜が溢れ出るのが止まらない。
感じる。この先には自身を満足させられる世界があると直感が感じる。
告げる。向こうの世界は非常識が支配する世界だと本能が告げる。
ここまで笑ったのはいつ以来か。多分彼が彼の師匠と出会った時以来だろう。随分昔の事だがあの時も歓喜に溢れ笑っていた筈だ。
もう良いだろう。夜宵はその闇の扉に大きな一歩を踏み出す。
「ワハハハハッ! イイぜイイぜッ!! 精々俺をガッカリさせんじゃねぇぞ!」
ずんずんと彼は闇の扉に進んで行く。この先は自身の未知なる世界が待っている。そこが異世界だろうが天国だろうが地獄だろうが関係無い。思う存分愉しむだけだ。
「ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」
闇の扉に彼が姿を消した時、高らかな笑い声が響き渡り、笑い声が聞こえなくなると同時に闇の扉が消滅した。
そこに残ったのは夜宵が放った攻撃で道路が破壊され、衝撃波で周りのガラスが破壊され、破壊され半分に大破した大型トラック、余りの非常識な出来事に唖然とする野次馬達だけだった。
彼等は言葉の一言も発せず、辺りにはただ静粛と沈黙が支配していた。
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