募右力学園の転校生!
4月。とある学園の正門の近くに植えられた桜の木が花びらを散らす。
その桃色の花びらが一枚、黒色のアフロにそっと乗る。アフロの男は正門に刻まれた「募右力」の三文字を見続けている。
「ここが、房緑学園か」
その男は低い声で呟く。左手をめいいっぱい開いた後、握りこぶしを作りなおす。その手指は一つ一つが太く長い。
地に着きそうなぐらい長く黒い制服。右手にはパンパンの学生カバン。頭の2倍はあるアフロ。見るものを威圧するその姿は、荒野のライオンを彷彿とさせる。
「この学校の、天下を取るぞ。リーオ達」
どこからともなく「キキッ」という鳴き声が聞こえる。
アフロの男が学園内へと踏み出した一歩は、彼を房緑附属高校まで導き始める。
彼の名は銅部継長。高校2年生であり、転校生だ。
房緑学園。それは房緑大学から房緑附属高校、房緑附属中学校までを総称した名前である。広大な敷地にその3つの学校が建てられている。
建学の精神は「募右力」。初代校長、上竹天乃海が自ら房緑学園の正門にその文字を刻んだと言われている。
房緑附属高校、南館二階廊下。ここはよく掃除されているとは言い難い床と壁が続いている。
2年3組と書かれた札の近くでは、リーゼントのヤンキー達がたむろし、しゃがみ込んでいる。
「んでさー。あいつボコってやったのよ」「ギャハハ、マジ……ん?」「おい、あいつなんだ、アフロ?」「でけぇな、アフロ……」
ヤンキー達が向けた視線には、アフロの男がこちらに向かっている姿があった。
アフロの男、銅部はドアの近くでしゃがんでいたヤンキー達の前まで歩く。
「3組の教室ってのは、ここでいいんだよな?」
「あぁ、そうだが。てめぇ見ねぇ顔だな、誰だ?」
そう言いながら話しかけたヤンキーが立ち上がる。背は同じぐらいだが、アフロの威圧感で銅部の方がデカく見える。
「今日この学校に転校する事になった銅部だ」
「ほぉ~~う。そう言えば先公がそんなこと言ってたなぁ、まぁいいか。でもよぉ、それならする事があるんじゃねーの?」
「何をだ?」
立ち上がったヤンキーが「そんなの決まってるだろ?」と返す。
「アイサツだよ。俺の名前は櫂節也。この2年でケッコー幅ァ利かせてんだよ。とりあえずジュース買ってきてくんない?」
しゃがみ込んでいるヤンキーが「さっすがカイさん! 自動販売機の設置場所をテンコーセイに覚えさせるなんてやっさしい!」と囃し立てる。
「断る。誰にだってプライドはある」と銅部は冷たく言い返す。
「なァにィ……? テメェ自分の立場が分かってねぇようだなぁ……」
「それはお前のほうじゃないのか? 俺も同じ2年生だ。立場は同等なはずだろう?」
銅部と櫂はにらみ合い、その間に火花が散る。
「偉そうに言いやがって……。確かに学年は同じだが、転校生のてめぇと俺とでは決定的な違いがある! それは、『募右力』だ!」
櫂は眉間にシワを寄せ、自分の左胸に親指を立てる。
「同じ学園生から慕われる事により得る力。それが『募右力』だ。これより右に出る力はねえ。これがどういう意味か分かるか?」
「だから?」
銅部の素っ気ない返しに櫂は更に苛立つ。
「てめえの様な新入りには、それがねえって言いたいんだよ。慕われる地盤がない」
櫂が上着を脱ぎ、右腕を上げ、力こぶを作る姿勢になる。「フンッ!」と櫂は気合を入れる。するとメキミキと二の腕の筋肉が盛り上がる。
「出たァーッ! カイさんの肉体強化だァーッ!」と周りのヤンキーが櫂の二の腕に集まり、ぶら下がる。ヤンキー達がいくらジャンプを繰り返しても、その力こぶは盛り下がる気配を見せない。
「見たか! これが慕われるということだ! この筋肉のパワーの源が『募右力』だ! もっとも、募右力の使い道は学生それぞれだがなァ!
しかし募右力には募右力で対するしかねぇ! これは鉄則だ! てめぇが前の高校で幾ら強かろうが、ここの学園生から慕われていなければ、この学園では最弱なんだよォ!」
櫂はガッハッハと勝ち誇る。「よぉーっし、もっとジャンプしろ!」と二の腕に掴まっているヤンキー達に言う。
「銅部だっけか? てめぇが俺の舎弟になるなら俺に歯向かったことは許してやるよ。むしろそんな気概があるならこの学園で上手くやってけるかもな?」
しかし、銅部は眉一つ動かさない。
「お前の舎弟になることは断る。何故なら、俺はこれからこの学園の頂点に上り詰めるからだ」
「……はぁ?」櫂は口をポカンと開ける。
「この房緑附属高校では北館は『生徒会長』が、南館は『番長』が頭を張っているらしいな。俺は、そいつらを倒して頂点に立つ」
ジャンプしていたヤンキー達もその足を止め、口を開け、目を銅部に向ける。その場に居た全員が銅部に目を向け終わった時、時が止まったように静寂が訪れた。
「……はっ」
静寂を破ったのは櫂の嘲笑だった。それがヤンキー達の大笑いの皮切りだった。
ブワハハハ、ドワッハハハハハ、ヒーヒッヒヒヒイ、アヒィ、オッカシイワコイツ!
「ば、番長はなぁ、この学校のヒッ、最強の募右力の持ち主なんだよ。てめえなんかがフフ、か、勝てるわけねぇだろ!」
腹を抱えながら櫂が続ける。
「もしよぉ……てめえがアヒッ、本気で言ってんならよォ……」
次の瞬間、轟音が鳴った。それと共に笑い声も止む。櫂の左腕が教室のドアをぶっ叩いたのだ。そこには大笑いしていた櫂はおらず、眉間の皺で鬼を作っている櫂が居た。
「それはよぉ、番長をナメてるってことだ。慕われる地盤もねえテメエが番長を倒せるかよ? マジでぶっ倒すぞ?」
しかし一連の流れにも銅部は動じず、一言だけ口に出した。
「地盤は、作った」
「はぁ?」
「既に作ったと言っているんだ。俺がこの教室に来る前に、職員室に行ったことでな」
へっ、と櫂は右腕にぶら下がっていたヤンキー達を降ろす。そして話は終わりだと言わんばかりに右の拳に力を溜める。
「なぁにを訳が分からんことを……」
まだ直立不動の銅部に向かって、櫂は左足を出す。
「言ってんだよォ!」
右足を更に出す勢いで、右の拳を銅部に向かって振りかざす。募右力によって鍛えあげられたその拳は風を切り、銅部の頬へと迷わず突き進む。
銅部は左手をスッと自身の顔の前に出す。銅部の掌と櫂の拳がぶつかり合う。募右力のぶつかり合いが、波を生み、ドアと周りのヤンキーのリーゼントを揺らす。
刹那の後、櫂の拳は煙を立てつつも、銅部の掌に収まった。
「ば、バカな……」と驚いたのは櫂だった。
「貴様……もう『募右力』を持ってるだと……? もう学園生の誰かから慕われているだと? この学園に知人がいやがるのか?」
銅部は返答はせず、受けた拳に視線を向ける。銅部の大きい掌で櫂の拳を包めてはいるが、気を抜けば押し出されるほど拮抗している。
「なるほど、中々強い。パシリを頼んでくるだけはあるな」と銅部が呟く。
「ナメやがってぇ……」
櫂は左の拳も銅部にぶつけようとする。しかし、それは足による助走もなく、募右力を十分に拳に貯めずに繰り出した拳だった。
銅部は右手で持っていたカバンを離し、櫂の左拳を受け止める。
両手の拳を前に突きだしている櫂と、それを受け止めている銅部が睨み合う。周りのヤンキーは櫂を応援し、見守っている。
「カイさん! 持久戦に持ち込みゃ、こっちのもんですぜ! 南館に来る転校生の知人なんて、そう居やしませんよ!」
「あったりまえよ……。転校初日に募右力を使えるとは意外だったが、募右力の総量は慕われている奴の数と質によって変化する。
募右力の総量で、ここに一年間居た俺が転校生に負けてたまっかよ!」
櫂が膠着状態の中、勝ちを見出していたその時。
銅部が口笛を吹いた。そのごつい掌からは予想できないほどの高く、綺麗な音だ。
「持久戦はさせん。俺は、ここで負ける訳にはいかないんだ」
なにを、と櫂が言ったその瞬間、櫂は見た。銅部のアフロから飛び出してくる茶色い物体を。それは櫂の眼前に飛び込んで来ていた。それはコマの如く高速で横回転していた。それは間違いなく募右力のオーラを纏っていた。
櫂は反射でそれを避けようとするが、銅部が掴んでいる拳で上手く動けない。
覚悟し、櫂がそれを顔で受け止めようとした時、彼はその正体を確認した。
「リ、ス?」
物体の正体を知った櫂の気が抜けたその刹那、彼の額にそれが直撃する。その物体はくるくると宙を舞うと、鮮やかに銅部の右肩に着陸する。
銅部が櫂の拳を離すと、グラリと櫂の体は傾き、廊下に崩れ落ちた。
「カ、カイさ~~ん!」ヤンキー達が倒れた櫂の周りに集まる。三秒後、頭をさすりながら櫂は起き上がる。
「くっそが……なんで、リスが……」
銅部はその問には答えず、ポケットを探り、『ひまわりの種』と書かれたビニール袋を出している。
「よくやった、リーオ」と優しい声で言いながら、銅部はリーオと呼んだ茶色のリスをそっと撫でる。
リーオと呼ばれた右肩のリスは、キキッ、と鳴き声を上げる。ほらご褒美だ、と銅部はひまわりの種を一つ、リーオに差し出す。
櫂は目の前で行われるペットと飼い主のやり取りを眺めていたが、次第に視線は下へと移っていった。
それは廊下に落ちていた書類だった。近くに銅部の開いた鞄も落ちている。おそらく先ほどの戦闘の時のはずみでカバンが開き、書類がこぼれ落ちたのだろう。
そこには様々な書類があったが、櫂はとある一つの事項にのみ目が行った。名前の所の『月子リーオ(げっし りーお)』という欄だ。
「ま、まさか……」
櫂が何かを思い出そうとしている間に、銅部は書類をカバンに収め、櫂に近づいていた。
両方は再び睨み合い、戦闘前の状態になる。が、以前と違うのは櫂が大きなダメージを受けていることだ。今戦ったとしても、どちらが勝つかは明白だろう。
先に動いたのは銅部だった。彼は右手を自然に開き、櫂に差し出す。
「んだよ、その手は」
「ここにたむろしていた、と言うことはこの組の学生だろう? これから一年、よろしく頼む」
「……変なやつだな、お前」
この年、房緑附属高校には33名の学生が転校届けを提出した。
他の動物と会話することができると言われている高校生、銅部継長。そして月子リーオを始めとする、銅部継長が飼っているペット32匹。
房緑附属高校はこれを受理する。




