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おじさんが仲間に加わった

一行が歩みを進めてると、ふと柊が声を漏らした。

「あ、森」

そして柊は真っ直ぐ前を指差す。商団長が視線を向け、それから頷いた。

「そうですね、あれです」

「今から行くの?」

柊のげっそりとした顔、それをくみ取った商団長はちらりと三叉に視線を送りながら、首を横に振った。三叉が森へ進まないように、釘を打とうとしているのだ。

「いや、それはちょっと無理かもですね。先程までは時間的、距離的には充分入ることができたと思ったのですが、誰かさんが嫌だ嫌だと騒ぎ、そのまた誰かさんが食料調達と言って雑草を漁れば、そりゃあ間に合わなくなりますよね」

「なんていうか団長さん、毒舌になってねェ?」

柊と三叉はうっと喉に息を詰まらせ、眉を潜めてお互い顔を見合わせる。


「まぁ、簡単に言えばもう日が暮れて、いくらお二方でも森に入るのは危険なので、今日はやめときましょうか」

団長が気を取り直して、ぱんっと手を打った。柊と三叉は空を仰ぎ、声を上げる。

本当だ。確かに、空はもう茜色に染まっている。

頭上に在った筈のお日様が低い位置に在り、辺りは薄暗くしんと静まりだす。気温も下がり、服装的には余裕な格好をしていた二人も身震いするほどだ。これは本格的に、野宿を考えた方がよさそうだ。


「―――・・野宿?」

柊がいち早く察し、両頬に手を添えて「うぇぇ」と声を上げる。ものっすごい嫌そうな顔だ。商団長はその様子を眺めてくすりと笑い、馬車の中を指差した。

「テントと毛布があります、二人はこれを使ってください」

「やったぁ、団長さん神ぃ―!!三叉くたばれぇ―!!」

「おいこら」

ペシンと軽く柊の頭を叩く三叉も、少しばかり疲れているようで。いつの間にか昇っていた丸い月を天井にして、三人はすぐさま夢の中へと誘われた。


柊は地面の上で毛布にくるまり、三叉は近くの木の幹に体を預け、団長は馬車の中で一番裕福な感じで、それぞれ寝息を立てる。ときどき悪さをしようと近付く獣たちを全て追い払ったのは、三叉の寝言とは思えないような大きな寝言だったのだとか。

かくして、柊一行の旅一日目はあっさりと終了したのである。



「おはようございます、三叉さんって意外と早起きなんですね」

「いや、団長さんこそ・・・いつから起きてたんスか」

「ええと、さっきですかね」

翌日、朝早く起きた三叉は、自分より先に起きてお茶を飲んでいた団長を見つけた。自分が一番早いと思っていた三叉は、不意を突かれて目を丸くする。


他愛ない会話をしていると、団長は視線を柊に向けた。

「にしても、柊さんは起きませんねぇ」

「ああ、こいつは崖から落とさないと起きないっスよ」

「ええッ、ちょ。三叉さん、早まらないでください!!」

「冗談っス」

「三叉さんならやりかねませんね」

「いやいや」

眉を潜め、疑いのまなざしを向ける団長に、軽く笑って誤魔化そうとする三叉。


「―――・・ぅ」

二人の会話をまるで聞いていたかのように声を漏らした柊。三叉は軽く舌打ちをして、寝転んでいる柊を見下した。残念そうに、心底残念そうに口を開いた。

「なんだ、起きたのか」

「・・・命の危険を感じて・・・」

「何だそれ、気のせいだろ」

身震いをする柊に、三叉は軽快に笑って見せる。団長は苦笑を零しながら、ただただ柊の危険察知能力に感心していた。本能的なものだろうか、本当に高性能だ。


「おなかすいたぁ」

「そうですね、食べますか」

柊の言葉に、団長が頷いた。三叉も待っていましたとばかりに近くの切り株に座った。団長は馬車の中からごそごそと何か食料を持ってきて、苦笑しながら朝ごはんの支度を始める。


暫く経って、おいしそうな匂いがそこらじゅうに漂い始め、柊の顔は自然とほころんだ。

安泰した時間が、こんなにも重要だったとは。としみじみ感じざるを得ない状況下で、食のことしか考えない三叉が羨ましい。

「では、いただきます」

団長の言葉に、三人は一斉にスプーンを口に向けた。


―――――・・

「ん」

三叉が向けかけたスプーンを戻し、森の方向を見つめた。

「なんか、聞こえなかったか」

「聞こえました、何か・・・鳴き声のような」

「猪、かな」

三人は訝しげな顔で森の奥を覗く。森は薄暗く、奥までよく見えない。


だが、ハッキリと聞こえた。

何か凄まじく激しい物音と、何かの鳴き声のようなもの。ただどちらもただごとではないようで、激しい音が続いて響く。

「え、何この尋常じゃない鳴き声」

苦しんでいるような猪の声、三叉が眉を潜める。


「人がせっかく食事しようってときに、なんなんだ!!」

苛立ちを隠せないようだ。

「え、待って。なんか来る」

柊が指を指して声を上げた。

続いてカサッカサッという足音が聞こえ、薄暗い森の奥から人影が見えた。

「あれ」

柊が首を傾げ、三叉が思いっきり顔をしかめる。

「あのシルエット、あの歩き方。見覚えありすぎるんだけど」

「・・・ッチ」



「知り合いですか?」

「僕の予想が正しければ、三叉の天敵だよね」

「やめろ、それ以下だ」

まるでこの世の終わりだとでも言うように顔を歪める三叉に、団長は首をかしげざるを得ない。

柊はただただ森からこちらへ向かってくる人影を、一点に見つめていた。


そんな緊迫状態は、気の抜けたような男の声によって遮られることとなった。



「あ、れ。おーう、柊・・・と、三叉じゃねェかー!!おっきくなったなァ、オイ。つうか、何でこんなとこにいんだよ。今からルルスに行こうと思ってたのに、手間が省けちまったじゃねェかよォ。まァ、下野(しもつけ)はルルスにいるんだよなァ。久しぶりに顔出してみるか」


一見三十路前後に見え、無精ひげやだらしない服装がよく目立つ男が、ぶんぶんと右手を振って柊と三叉に笑いかける。髪型は整えていないようでボサボサ、長い黒髪を後ろでくくっている。


ただ、そんな男が登場したにも関わらず視線が行ってしまうのか、その男が左手に持っている猪の死体。

血が滴り、食事中に見れるようなものじゃない。



空木(うつぎ)さん、その猪どうしたんですか・・・」

なるべく視線を向けずに、男――・・空木に問うと、空木はニカッと笑って親指を立てた。

「さっき捕ってきた、俺の朝メシ」

ああ、さっきの。

猪の哀れな鳴き声は、こいつの仕業だったのか。と、柊は猪に目を向ける。

そして静かに口を開くと、終始真顔で声を上げた。

「タララララッタッター、空木は哀れな猪肉(ししにく)を手に入れた」

「え、何いきなり」


「食事中になんてものを見せるんですか」


首を傾げる空木に、柊は思いっきり眉を潜める。






「――――・・僕にもわけてくださいよ」


「お前も欲しいんかいッ!!」

思い切り真面目な顔で訴える柊に、三叉は我慢の限界だとばかりに柊の背中を足蹴にする。

「いった・・・三叉、よく考えて。この先肉が食える機会があると思う?ていうか、そんなサバイバル僕は望んでない帰りたいすみませんでした・・・な、状況なんだよ!!」

「お前、稀に見る真面目な顔で何言ってんだ」

「今からでも遅くない、僕をルルスに帰したまえ」

「アホか」

柊の希望をバッサリと切り捨てると、ひょっこりと横から空木が顔を出し、首を傾げた。


「なになに、お前ら・・・旅に出たの?」

「・・・」

「まぁ、半ば強制ですが・・・」

空木の問いに三叉が黙り込んでしまったため、代わりというように柊が頷く。

空木は更に首を傾げると、その視線を次は団長に向けた。


「お、と。初対面の奴がいるじゃねェか」

「敬ってください、空木さん。この人は僕の神ですよ」

「紙?」

「神、そこの変換大事です」

うんうんと頷きながら自分の言葉を噛みしめる柊に、水を差す様に三叉が口を挟んだ。


「・・・にしては、柊は団長に敬語使ってないよな」

「・・・」


柊が黙ったのは言うまでもない。


「空木と言います。まぁ趣味は狩り、ふらっふらの浮浪児ですけども、よろしく」

「浮浪児・・・〝児〟っていう年齢じゃないですよね」

「うるせェ、柊。俺はいつでも心は十六歳だ」

「僕と同い年じゃないですか、勘弁してくださいよ」

「なんだと!!」

「よろしくお願いします」

柊と空木の会話に面倒くさくなったのか、団長は苦笑を零しながら会話に捻じ込むように言葉を入れて、お辞儀をした。

途端空木も、畏まって慣れないお辞儀をする。

そして一通り自己紹介を終えると、空木は柊に顔を向けた。



「んで、話しは戻るけども?お前ら旅に出たんだよな、目的は?」


「ま、魔王討伐・・・?今考えると、僕には恐ろしい言葉だ・・・」

柊は考え込む。それもそのはず、柊は一番下のランクの魔王の配下に運だけで勝ったような奴だ。魔王などという言葉は、柊の口から出るのさえあり得ない。

「・・・へ」

当然空木は〝魔王討伐〟の言葉に驚き、それから大口を開けて笑った。

長い間、全身全霊をかけて笑っている空木に、三叉は殺意を覚えて空木の背中に蹴りを入れる。

空木は笑ったまま地面に倒れ、派手な音と共にうつ伏せのままピタリと笑いを止めると、暫く動きを止めた。死んでるのでは、という考えを周りに浮かばせるくらい動かずにいる空木に、柊が顔を覗こうとしゃがむと、空木は急に立ち上がって眉を潜めた。



「―――・・聞いてくれ、柊。俺のファーストキスが・・・俺のファーストキスが・・・地面にいる(あり)さんとになってしまった。蟻さんが潰れちまったぞコノヤロォォオオオ」


「それを真面目に言う空木さんが怖いです。要するに、空木さんはイタいんですね。人間的に」


「おかしいな。〝要するに〟の前後の文が繋がってない」

「気のせいですよ」

一通りの茶番を進めると、空木はやれやれと息をついた。



「暫く目ェ離した隙に、アホになったなぁ」


「あなた以上にアホな人とかいるんですか?」

「あ、いや。うん、自重はしてます・・・じゃなくて」

空木は柊の言葉に首を横に振り、考え込むように頭をひねった。

「お前ら、今の外の現状を知ってるか?」

「外って言うと・・・村の外、ですか?」

「そうだ」

珍しく真面目な顔をし出す空木につられ、柊も真面目に聞き返す。


「今、魔王討伐するぞーッとか言ってるアホな奴がいるが、現状はそう甘くない」

「・・・アホな奴って俺らか・・・」

「三叉、どうどう」

空木の言葉に三叉が額に血管を浮かばせ、柊がそれを必死に止める。

「何故なら、魔王の力がどんどん強まっているからだ。いくら人間の数が多かろうと、一人一人がゴミのように弱きゃ、意味ねェだろ?それこそ、鼻息で飛ばされちまう勢いだ」

「は、鼻息・・・」


柊は、自分がどれほど無謀なことをしているのかを改めて実感した。が、三叉が空木の言葉で改心してくれるはずもなく、柊もそれを知っていたため「うぁぁ・・・」と唸った。

「討伐ギルドにゃ、結構な強者がいるのはわかる。俺も昔は討伐ギルドではないが、違うギルドに加盟していたからな、情報が入ってくるんだ。だが、俺や下野にさえ誘いが入ってくるような状況。人員不足なのもまた事実だ」

「下野、とは?」


空木の話にふと、団長が躊躇いがちに柊に切り出す。

柊は「ああ」と思いだしたかのように声を上げた。


「そっか、団長さんはルルス出身じゃないんだもんね。知るわけないか。えっと、下野さんは三叉の保護者のような人なの。昔は空木さんと下野さんと、あともう一人の人でいろいろと悪さをしてきたみたいなんだけど・・・下野さんはすっかり丸くなって、今じゃあ村中の人気者。優しいし、強いし、知識豊富だし。放浪趣味で、だらしなくて、アホな誰かさんとは大違いなんだよね」

「うッ・・・」

柊の言葉が、刃のように空木に刺さる。


「そ、そうなんですか・・・」

団長が空木に視線を向け、それから頷いた。


「―――・・と、まぁそんなことは置いといて。討伐ギルドってこたァ、カダンに向かうのか?」

「そうですね、一応そのために団長さんに道案内を頼んでるんですよ」

空木は柊の言葉に面倒くさそうに頭を掻くと、大きくため息をついて言った。

「んじゃ、俺も行くわ」

「え」

「は?」

柊と三叉の声が混ざった。

柊は純粋に呆然としているが、三叉はというとこの世の終わりのような顔をしている。

どんだけ嫌いなんだ、と団長が苦笑気味に眺めていた。


「お前ら、まだなんもわかってないだろ。つまり、さっきの話。魔王の力が更に強まってるってことだ。今んところは緊張状態で、人間と魔王の勢力はギリギリ保たれている。だけどな、これから底知れない魔王の力が高まれば、人間が支配されんのも時間の問題だ。だから人員不足のギルドが、ありえねェくらいの多額の賞金を出してまでお前らみたいな人間を引き入れようとしている。俺は戦うってんなら文句は言わねェが、なんせお前ら村の外に出たことないだろ。カダンまでならついていってやるよ」

「嫌だマジで嫌だやめろついてくんな」

「三叉、心の声が漏れ過ぎてるよ・・・」

絶望的な顔を浮かべながら念じる様に呟く三叉に、柊は呆れ気味に言う。

そして少し考え、「三叉」と口を開いた。



「僕らってまだまだ初心者でしょ?」

「・・・」



「その点、空木さんは強い」

「・・・」



「空木さんは僕らの命綱のようなものじゃないか」

「・・・」



「ってことで、いいでしょ?」

「お前それ、自分の安全が大事なだけじゃねェかッ!!」


三叉の突っ込みも無視され、一行には空木が加わるということで(主に柊が)話を淡々と進めていったのだった。


さて、これで柊一行は四人と一頭。

随分と賑やかになった一行は、なんやかんやで朝食を済ませ、森へと足を踏み入れた。


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