旅は道連れって言うじゃん
この世の中は既に、(恐ろしいことに)ほとんどが魔王の支配下あると言ってもいいくらい、村の外には魔王の配下がうろついていた。
うろついているのが魔王の支配下とは言っても、そこまで強靭的な強さであるというわけではなかった。もちろん、一般人が勝てるなんてことは、ない。だが、三叉は一般人ではない。不良だ。
三叉は強い。喧嘩にしても、なんにしても、身体能力ではこの村で勝てるものは今はいない。
だから、ギルドに入ろうというような戯言なんぞを言えるんだ。
でも、柊は武器でさえ握ったことが無い。
狼の中に、兎を一匹放り込まれた感覚である。
無謀すぎる。
魔王の配下は、いろいろなモノに化ける。その正体は悪魔だ。
村の外でうろついている悪魔のほとんどは、人間に攻撃できるような獣に化けている。だが、どれにしても知能は存在しない。ただ、本能の赴くままに生き、魔王の命令の下で人間を襲う。
悪魔と普通の生き物の違いは、紅い瞳であること。
悪魔はたとえ変化しても、紅い瞳である。だから、悪魔か普通の生き物かの違いは、こちら側が知っていれば気付くことができる。
でも、厄介なのは知能を持った悪魔だ。
悪魔は長い時間生き続けると、やがて変化をもたらす。
長い時間殺されずに生き残った悪魔は、脱皮をする。脱皮をした悪魔は知能を授かる。そうした悪魔は、本当に厄介だ。
人間に化けたり、悪魔そのものの姿であったりする。
いずれも紅い瞳で、見分けはつくものの、生半可な覚悟では殺すことができない。
人間を、殺す。
本当は悪魔だと知っていても、殺すことを躊躇ってしまう。そうした人間の良心に漬け込み、少しでも長く生きて、少しでも強く強化するのが、悪魔の目的である。
知能を持った悪魔は、更に脱皮を繰り返す。
やがて、本当に手がつけられないほど強い悪魔になる。そうなってしまえば、村一つ一瞬で消せてしまうほど、強い。魔力も扱えるようになる。しかし、そうした最終進化型の悪魔は、まだあまり見られていない。
そして、その悪魔たちを率いる、魔王。
姿形は謎だが、余程ごっつくて強いのだろう。どれだけ怪物じみた姿をしているのか気になるが、好奇心で命は落としたくない。
―――・・というように、世の中こんな奴らに支配されているわけだが。
「勝てない、つぅか帰りたい・・・」
「何言ってんだ、一人でぶつぶつと」
「もうイヤ、家でゆっくり寝てたい・・・」
「あ、そうだ。お前一応これ持っとけ」
引っ張られていた手を離し、三叉はガサゴソと何かを取り出して柊に押し付けた。
柊は首を傾げ、それを受け取る。
「ナイフ・・・」
「丸腰じゃいかんだろ。俺の得物でもいんだけど、お前のひょろっこい腕じゃ持てないからな。ちんまいナイフだが、それで我慢しろ」
「よくわかってるじゃないか、三叉くん。でも、それだけ僕のことわかってるのなら、大人しく家に帰したまえ」
「何言ってんだ、もう結構歩いてんぞ。一人で帰ったらそれこそ死ぬが、それでもいいんなら帰れ。ま、お勧めはしねェ」
「ひ、卑怯な・・・」
柊は泣きたい気持ちをこらえ、もらったナイフを腰につける。ズシッとした重さ、歩くごとにチャリッと鳴る装飾。鬱陶しいことこの上ないナイフだが、今や最後の、命の頼みの綱だ。
「おお、なんかめちゃくちゃ広い草原だなぁ」
「え」
糸のような細い草が広がった、若草色の草原。風になびいて、波を作り出す。
ここら辺で広い草原と言えば、と柊は頭を働かせる。草原、なんてあっただろうか。いや、あった。村から結構離れた場所に。なんてこった、もうそこまで来てしまったのか。
しかも、この草原は魔王の配下が結構出ると噂だ。と、そこまで来て、一つの疑問を浮かべた。
「ねぇ、三叉。お前ギルドの本拠地の場所知ってるの?」
柊の問いに、三叉は動きを止める。
あれ、まさか。
三叉は振り向くと、親指を立てて胸を張った。
「知るわけないだろ」
「ですよね」
やっぱりか、と肩を落とす柊に、三叉は「まぁでも」と続けた。
「歩いてりゃ、いつか着くだろ」
「その前に死んでなきゃいいけどね」
サクッサクッと草原を横切るように歩いていると、何かが視界に入った。
「ねぇ、三叉。あれって何?」
「あれ、は・・・商団?が、魔王の仲間たちに襲われている図」
「なんかただごとじゃないよね」
「まぁ、襲われてるもんな」
商団とは、村から村へとさまざまな商品を売りに回る集団のことだ。食料や服、薬、道具や素材なども、全て商団が村に運び入れる。魔王の配下がうろつく今、商団があるから孤立した村が生きていると言っても過言ではない。
そしてその商団が、今まさに魔王の配下に襲われていた。
狼五匹ほどに、商品を漁られている。
商団長は座り込んでいるまま、それをジッと見つめていた。
もう諦めてしまったのだろう。
仕方がない、普通の人間がそれを抗う術は持たない。しかし、商団というのにそこには商団長と馬しかいない。本来商団は、危険な仕事をしているために、腕っ節がたつ人を用心棒にする。
この商団は、用心棒の姿なんて見えやしない。
と、なれば。
「どうしよう、無視する?」
柊がそう提案し、三叉が頷いた。
今から魔王を倒そうとしている奴ららしからぬことを話し合っていると、柊が「あッ」と声を上げた。なんだなんだと三叉が首を傾げると、柊は先程の商団の場所を指差し、「悪魔に気付かれた」と続けた。三叉が顔を引きつらせて、指差した方向に振り向く。
獣の姿をした悪魔がこちらに視線を向けてギラッと紅い目を輝かせ、走り出していた。
何度も言うが、柊と三叉は一般人だ。
何をどうしても一般人だ。
どう言おうが一般人だ。
「うわ、ちょッ・・・」
三叉がいち早く反応して走り出し、柊がそれにつられて走り出す。
追いかけっこの始まりだ。
「柊、散れッ」
「らじゃッ」
柊は返事をすると右へ、三叉は左へと地面を蹴った。狼も二手に分かれ、三叉には四匹、柊に一匹ついていった。三叉はそれを見てそのまま暫く走り、ザッと動きを止める。
そして、持っていた刀を抜いて振り向いた。
「さてさて、こっちは四匹か。良い判断してんな。脳みそ弱い割には、強さを判別していやがる。やっぱ、魔王の配下っつうのは、姿が獣ってだけじゃねェな」
三叉はニッと笑い、未だに逃げている柊に向かって声を上げた。
「おい、柊ッ」
「なにッ」
「俺がこいつら倒すまで、逃げとけよ!!」
「無理、ダメ死ぬ。僕、引き籠りだったんだよぉぉぉおお」
「行ける、お前ならやれる!!」
必死に逃げる柊を横目に、三叉は狼四匹に向き直った。
「さて、連れがちょっと死にそうだから、早めに終わらせるか」
唸る狼、笑う三叉。
双方は暫く睨みあい、それから地面を蹴った。
一方柊は。
「どうしよう、どうしよう、どうしようどうしようどうし―――・・ぶふッ」
焦りすぎて自分の足に引っ掛かってしまい、バランスを崩して地面をダイブ。ベシャリ、と転んだ柊の背後を、狼が忍び寄る。それを本能で察した柊は、瞬時に飛びあがり、狼と向き合った。
狼の鋭い紅い瞳、これは魔王の配下の証だった。
悪魔は、紅い瞳を持つ。
この世界でこれを知らない者は命を落とす。
人間でさえ魔王の配下になり下がるような時代、それ故皆紅い瞳を知っていた。
鮮明に染まる血のような瞳、危険信号がこの場を離れる様に命令する。
だが、運動不足のこの体、逃げたところで鋭い牙の餌食になるだけだ。
狼の牙で肉を引きちぎられて、そのまま擦り潰されて終わり。
あ、虚しい。
「うぉぉ、やっぱ村から出なきゃよかった」
死ぬ一歩手前の強がりとでも言うのか、柊は落ち着いた声で言った。
頼みの三叉は、まだ戦っている。
役立たずめ。
ああ、どうしよう。
もらったナイフだって使ったこと無い。
包丁を手に取れば、一分もしない内に手を切る柊が、ナイフなんか扱えるわけない。
「どうしよ、マジどうしよ」
それでも戦わないわけにはいかない、とナイフを抜き取り、構えた。
「おんも・・・」
重い、ちんまいナイフのくせに重い。
ズッシリと重みを感じる手を、狼に向けた。そして、深呼吸をゆっくりとすると、狼を睨んだ。
狼もこちらを睨み、緊迫状態だ。
ピリピリとした空気の中、柊が狼に向かって刃を突き出し、地面を蹴った。
だが、狼は危険を察知したのかすぐさま避ける。
そして、戦闘に入ったと判断したのか、口を大きく開けて柊に飛びかかった。
あ、食われる。
そう悟った柊は即座に後ろに方向転換して、力いっぱい地面を蹴った。
だが、一歩遅れて狼の牙が柊の首に迫る。
「う・・・」
やっばい、と逃げようとした柊の足元には、大きな石ころ。
「へ」
ガッとその石ころにつまずいた柊は、さっきよりも派手にベシャッと転んだ。その拍子に、ナイフを握っていた手が開かれ、ナイフは転んだ衝撃で放られて宙でクルクルと回る。
背中にはチクリとした痛みと重み。
狼の爪が、皮膚を刺しているのだ。
乗っかられている、やばい、やばい。
この体勢は獲物がつかまったときの体勢――――・・
狼が柊の首に牙を立てようとしたそのとき、ズザッと何かが斬れるような音が響いた。と同時に、背中にあった爪と狼が乗っている感覚が一気に消え去る。狼がドサリと、柊の背中から横に、倒れるように落ちたのだ。
なんだなんだ、と柊が状況を察知すべく周りを見渡すと、先程転んだ拍子に放り投げてしまったナイフが、狼の脳天を直撃しているではないか。脳天にナイフが刺さった狼は、ズザザザ・・・と姿形が崩れ、真っ黒な砂のように流れて地面に落ちてしまった。
やはり、普通の狼ではない。
血が出なければ、生きているような体温も感じられない。
まるで、人形のような魔王の配下。
「・・・ていうか、転んで助かるってどうよ・・・」
柊は一気に去っていった危険と、自分の運の良さに息をついて、力尽きたように生い茂る緑の草むらに寝ころんだ。
「なんだ、もう終わったのか」
上から注がれるように声がかかる。視線を上げると、三叉がニヤリと笑っていた。
「死ぬかと思った」
「ま、生きてんだからいいだろうが」
「遅いアホ」
「なんだよ、こっちは四匹だぞ」
「あの」
突然声がかかり、二人は同時に声の方向を見た。
「あの、冒険者様でしょうか」
見れば、そこに立っていたのは商団長。商団が襲われるところを諦めたように見ていた、あの人間ではないか。何事かと首を傾げると、商団長は恐る恐る同じ質問を繰り返した。
「あなた方は、冒険者様でしょうか」
「違うよ」
柊が地面に腰を落としたまま、首を横に振る。
「でもこれからギルドに入ろうと思って。ギルド設立のチラシが入ったから、これから本拠地に向かうとこ。でも場所知らなくて、困ってたの。どこにあるか知らない?」
「ギルド・・・ああ、あの魔王討伐のギルドですか?」
「そうそう、それだよ」
「ギルドの本拠地・・・確か、カダン村ですね」
「知ってるの?」
何てことだ。
この商団長は、場所を知っているのか。
二人は顔を見合わせて、飛びつくように商団長の話を聞いた。
これなら、彷徨う手間が省ける。
「ここからですと、結構遠いですよ」
その言葉に、二人揃って肩を落とす。
「あなた方はどこから来たのですか?」
「ルルス村」
今度は三叉が答えた。
「ルルス、と言うと、この草原の隣じゃありませんか。しかも方向的には真逆ですよ」
「何だと!?」
三叉は頭を抱え、柊は顔を引きつらせた。
すると、その様子を横で見ていた商団長はニコリと笑ってこう提案した。
「よかったら、一緒に行きませんか。商団の行き先は、カダンのもっと先を行ったところなんですが、先程のように襲われかねません。どうでしょう、あなた方がここの用心棒をしてくれれば、カダンまで案内しましょう」
「取引、だね」
柊は息をついた。
「まぁ、路頭に迷うよりはずっといいかもね」
「・・・そうだな」
道を間違えていたというショックに頭を抱えていた柊は、何も考えない三叉を先頭に立たせては危険だと察し、商団長に道案内をお願いすることにした。
とは言っても、二人は冒険者ではない。
こんな二人を用心棒にしたところでどうにかなるものなのか、というのが柊には疑問なのだが。