あたしとわたしの不思議な交換日記
昔書いたものを軽く書き直してみました。
生まれてきたことが最大の間違いだった、と考えるようになったのはずいぶんと後のことだった。
死というものに魅入られたのは高校生の頃だろうか、あの頃は寝不足でろくすぽ動いていない頭で勉強をし、体と心に鞭を打って生活をしていた。そんな私にとって必ずどこかで訪れる死というものは最大の救いのようになっていた。
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「さっちゃん、今日はサークル?」「そうだけど」「私も参加して良いかな」「来る? 全然大丈夫だよ」「十八時だっけ?」「うん」講義が始まるまで隣の席に座っていた友達とそんな会話をしていたことを思い出した。今日最後の講義が終わり、そういえば来るんだっけと思いスマホを開くと、もう十八時を過ぎていて、友達は部屋の前に居ると連絡が残されていた。あら、そうなのかとスマホをしまいわたしは歩き出した。
サークルのために貸し出しを申請している部屋に近づくと中から声が聞こえてきた。「また四つ角すべてとられた……」「(* ̄▽ ̄)フフフッ♪」「どうしてそんなに強いんですか?」「ひ・み・つ!」「はぁ。早くさやちん来ないかな」
「おつかれーす」
部屋に入ると友達のきりちゃんとひめ先輩が机を挟んで向かい合って座っていた。
「あ、来た来た。遅いよー」
「講義が長引いてね。すまんすまん」
「お疲れ様です」
「はは、お疲れ様です。ひめ先輩」
わたしはすぐに椅子を持ってきて座った。一つの机を三人で取り囲む形になった。
「さやちんはひめ先輩にオセロで勝ったことあるの?」
「もちろん! ないよ」
「うへぇ勝ち目なしかー」
「私とする?」
「いや、もういいや。白が黒になるところを見るだけで泣きそうだから……しばらくオセロは見たくない……。何か三人で遊べるボードゲームなんかあったりしませんか?」
「それなら」とひめ先輩が机にかけてあった鞄から『のんびりTRPG』を取り出し私たちはこれをやることとした。自身のキャラクターを選べることや楽しい物語に時間を忘れてわたしたちは遊んでいた。
時間になると解散し、次回のサークル日を確認すると部屋を出た。先輩は車で来ていたため、一階まで降りるとそこで別れ、わたしときりはバス停で次のバスを待っていた。
わたしはバス停の中にある自動販売機が好きだった。なぜならそこには、大学で唯一紙パックの商品が置いてあった。ただそれだけの理由だった。
そこでいちごオレとばななオレを買って彼女に飲みたいほうを尋ねて渡した。他愛もない話で時間をつぶしていると、バスは案外早く来た。
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三日前から少し不思議なことが起こっていた。
最近のわたしは家に帰ろうと玄関を開けた瞬間からの記憶がすっかりないのであった。玄関を開けて、まばたきをするとわたしはベットの上に寝ていて、次の朝になっていた。机の上には一冊のノートがあり、ノートには記憶のない夜の間のことがきっちりと書いてあった。そりゃあ不気味だなぁと思いながらも、この三日間、そのノートを楽しみに確認している私がいた。
日記の最初には『あなたはわたしですか』と書き込んでみたことがあった。それには『はい、あたしはあなたです』と返事が返ってきた。
○〈あたしは夜ご飯に先日あなたが作ってくれたカレーを食べました。その後は好きな音楽を聴きながら積んでいたゲームをしました。あ、進めたゲームのストーリー書いとかなくちゃですね。主人公のつゆは長い冒険の末、ついに妹を助け出しました。妹とはその後、冒険をともにするのですが、その妹はなんだか様子がおかしいようで……というところで眠くなったのでセーブしました。この先はこの彼女は本当に妹なのかという謎を解明するパートに入りそうです。では、おやすみ〉
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「わぁ、やっぱり進んでる」
部屋には窓からの朝日が差し込み、鳥のさえずりが耳に届く。朝からわたしは昨日の日記の言っていたことを確認するためにゲームをしていた。朝に読んだ日記の通りテレビゲームの話は進んでいて、気づいたら妹がパーティーにいた。丁寧に書いてくれた日記に感謝した。(セーブデータが分かれており、わたしがプレイしていないところも遊べるようになっていた)
日記が正しければ、わたしは最近気を失っているでもなく、記憶のない間にしっかりと動いていることになる。
「疲れているのかな」
記憶が無くなるのはこれで四日目だ。まだ慣れないし怖い、けど自分の知らない自分がいるというのは何かわくわくする所もあった。
「そうだ、これについて返事書いてあげよう」
今日の講義はすべて午後から始まる。だからもう少し家にいても問題ない。
「思ったことをそのまま書こうかな」
イスに座りノートを前にし、口にペンをくわえながら書くことを考える。
「えーっと、『ゲームの進行度を丁寧に書いてくれてありがとう。助かったわ。』っと」
お腹が鳴った。朝にこの日記を読んだせいかカレーが無性に食べたくなってきた。もちろん冷蔵庫を確認するも日記の通り、先日作ったカレーはきれいに無くなっていた。
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○〈今日は家の掃除をしました。夜だから掃除機をかけたりは出来ないけれど、軽く掃除をしておきました。ゴミ袋は置いておくので朝に捨てに行って欲しいです。あと、たくさんあったお酒の缶もまとめておきました。収集日が違うと思うので気を付けてください〉
○〈今日は温かい紅茶を飲みながら本棚の掃除・整理をしました。並びを少し変えてしまった所があるので驚かないでくださいね。あと、明日は缶ごみの日だったと思うので忘れずに。〉
二十歳になってお酒を飲むようになってからは缶ごみが増えてきた。まだ大丈夫と貯めていたけど、日記のおかげでそろそろ捨てなくちゃいけないと気が付けた。
ただこんなにお酒飲んだっけ、と思いながら私はゴミ出しに向かった。
「さっちゃん急だったのにありがとね」「うんうん、大丈夫だよ」
友達のきりとわたしは家の近くのファミレスに居た。大学で講義を受けた後「今日ファミレスでご飯食べない?」と誘われた。予定が無い私は何の問題もなくその誘いにのった。
「これこれ、コラボ商品が今日からなんだよ」
にこにことメニュー表を見せる友達。「へぇー、これは何かのアニメ?」「そうそう、その感じだと見たことないかな?」「ないね」「最近アニメ化してね。盛り上がってるんだよ」「そうなんだ」ゲームは好きだが、アニメにはあまり触れたことがない。興味はあるがゲームで忙しくて(積みゲーもたくさんあるし)。しかし、「かなり昔のものになるけどゲームもあるよ」という一言で興味は一転するのだった。「ゲームならやってみたいかも」。
「私は決まったよ」「あ、ちょっと待ってね」「大丈夫だよ、ゆっくりでいいよ」
優柔不断なわたしは食べたいものを決めるのが遅かった。優柔不断なだけならいいけど悪い習慣があった。それは値段を気にしてしまうことだ。こっちの方が安いなとか、こっちは美味しそうだけどさっきのものより高いなとか。別にそんな習慣があってもいいのではと思われるかもしれないが、わたしは直したいと思っている習慣だった。
ふと、いつからなんだろうと考えた。いつからこんな習慣ができてしまったのかと。心当たりはあった。
わたしは親と外食に行くことが多かった。選択肢は大体、すしかハンバークの二択で、行く場所も大体決まっていた。その時は肉が食べたくてハンバーグと言ったんだっけ。印象的なメニュー表があったのを覚えている。
『ハンバーグ、チーズハンバーグ、チーズinハンバーグ、その二つを掛け合わせたもの、パインハンバーグ、おろしハンバーグ』昔から優柔不断だったわたしは自分が求めているものは何だろうと胃袋に問い、たくさん悩んだ。そして、導き出した答えとして『チーズハンバーグ』と口に出そうとした、しかし写真の下の値段が目に入った。小さな数字。今まで気にしたことのなかった数字。お金の価値がわかるようになった私にはありありと突き付けられた気がしたのを覚えている。
『お金』それを考えた時、口から出た言葉は安かった『パインハンバーグ』だった。
そして、それからか、そのことがきっかけで、付随するように親に対して『本音』を言えなくなってしまった。
「私はパインハンバーグにしようかな」
でも、この習慣も悪いだけではなかった。思わぬ出会いを呼ぶものでそれからというものパイナップルののったハンバーグが好きになった。
「美味しいの? それ」
「美味しいよ」
***
玄関を開ける。
「あっ」
今日は記憶が続いていた。
「あれ、おかしいな」
ほんとはおかしくもないのに、五日も続いていればつい「おかしいな」と言葉が漏れる。
「いや、これが普通なのか」とセルフツッコミを挟みつつ家の中へ入っていった。不意にまた記憶がなくなるのではないかとびくびくしながら、温かいハーブティーを入れた。今日きりからもらったものだ。
先日、この現象に名前がないかスマホで調べた。近しいものに『解離』というのがあった。
「解離」
本当にこの現象の名前なのかは分からない。でもこうして言葉にすると何だかほっとするものがあった。解離、解離、解離。温かいハーブティーと久しぶりの夜が安心感を連れてくる。
その夜は久しぶりにわたしがお風呂に入り、布団を敷き、映画を観て、歯磨きをし、リビングの電気を消して、眠りについた。眠るその瞬間まで記憶が続いていた。
当たり前だけど今朝の日記は更新されていなかった。
「楽しみだったけどこれが普通か」
少し落胆しつつ、口の不快さを感じ、うがいをしようと洗面台の前に行った。鏡の下に置いてあるカレンダーで今日が土曜日であることを確認する。昨日の映画、面白かったなと独り言を発しながら軽く寝癖をといた。
「え」
スマホを開き、SNSを確認していると昔よく聞いていた歌手が若くして亡くなったことを知った。過去に彼女の力強い歌に助けられたことが何度もあった。
今日は彼女の亡くなったことが頭から離れなった。曲を聴いたことがある程度で、ライブに行くこともなく、最近は全然聴いていなかった。それでも、テレビを見ていても、本を読んでいても、スーパーに買い物に行ってもそのことが頭から離れなかった。
わたしの知らないところで、わたしが知る事もなかった悩みを抱えながら彼女は亡くなった。
気づくと夕方になっていた。今日も何もしていない。大学の課題だって終わっていないのにわたしは休日に何をしていたの? 趣味のこともそう、積みゲーだって、読んでいない本だってたくさんあるのに何もできていない。そんな自分を無性に攻めたくなった。何をしているの、馬鹿じゃないの。馬鹿じゃないの。馬鹿じゃないの。
ふと日記が目に入った。あの日記にこの気持ちを書き込んだら何か返事をくれるのかな。あたしが返事を書いてくれるのかな。友達には相談できないこの気持ちをわたしはどこかに吐き出したくなった。ぶつけたくなった。
***
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目を開けると部屋が月明りで満ちていた。わたしはソファで眠っていた。水が飲みたくなってコップに手を伸ばそうとするとテーブルにあった空き缶に手がぶつかった。テーブルには空き缶がいくつも転がっていた。近くにあった日記を開いてもそこには黒い鬱々とした言葉が並んでいるだけで、わたし以外が書いたであろう文字はなかった。
コップの中身は空っぽだった。わたしは立ち上がり、コップを手に持ち冷蔵庫へ向かった。
自分の背丈よりも小さな冷蔵庫を開けっぱなしにしたまま、オレンジ色の明かりだけを頼りにコップに麦茶を注ぎ、その場で飲み干した。冷蔵庫を開けっ放しにしたことで、冷気が外にこぼれ、真っ暗闇でも自分の身体の輪郭を鮮明にさせた。
足元には冷気が水の流れのようにこぼれ流れている。刹那、思い出した。少し前のことだ。
『私は流れる川の真ん中で立っていた』
日記が始まる日の前の前、私は川に向かって走った。生きるのが嫌になって。なんで忘れていたのだろうか。うだうだ暗いことを考えていた日々も、すべて、すべて思い出した。どうして忘れていたのだろうか。あー嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、将来を考えたくない、何も持っていない自分が怖い、生きるのが苦しい。
嫌な考えはベタベタと粘っこく、頭の上の方から次々と出てきた。グポグポと音をたてながら全身を覆っていく。
頭から湧き出るそれは一度体を覆うとなかなか体から離れなくなるということをわたしはすでに知っていた。
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月明りが満ちた部屋の中、独り言を発し、時々笑う女。ドサリと鈍い音がすると女は動かなくなった。
***
「おーい」
声がする。
「おーい。ってやっぱ起きないか。ここで目覚めたことないもんね」
目が開かない。音だけが聞こえる。
誰か知らない声は続き、その声は次第に大きくなっていった。
「あ、やっと起きた。ここで起きたの初めてじゃない?」
ぱちりと目を開けるとそこにはまるで鏡に映し出されたわたし“瓜二つの人”がこちらを覗いていた。驚いたわたしは「わたし?」と、口をつく。頬を地面に、うつぶせのまま力の入らないわたしは、それが精一杯だった。「あたしだよ」
うつぶせのまま周りを見渡すと真っ白な空間が延々と続いていた。すぐ近くには本が乱雑に積まれており、その上にはテレビがあった。『ここはどこなの?』と言いかけた。けれど、野暮な気がしてやめた。
「ごめんね。びっくりしよね。君が……いやなんて言った方が良いのかな……。あたしたちかな。あたしたちが今にも消えてなくなりそうだったから少し強引だったけど、ここに連れてきちゃった。あたしの見込みが甘かったね」
何のことを言っているのかさっぱり分からない。
「まずは自己紹介だよね。あたしは……ってなんて言えばいいのかな、あたしとあなたは同じで……う~ん、同じものから、生まれた? とりあえずそんな存在で。あたしたちは吉野さやが川に行った時にうま」
「わたしたち……」
「そう、あたしたち。すぐに理解しなくてもいいけどさ、早く起きないと大学いけなくなっちゃうのね。これから説明が多くなっちゃうけどいい?」
「う、うん分かった」
わたしは涎によって地面に張り付いてしまった頬をぺりぺりとはがしながらそう答えた。
「まず“あたしたち”が何なのかを詳しく説明しようか」
***
どのくらい続いたのだろうか、説明を冷静に聞く私は体も起こせるようになりそっくりさんと同じ目線で会話をしていた。
***
テレビの電源をつけた。そこにはもう一人の吉野さやがどんな行動をしているのかが映し出された。
『私が日記を書いたの』と言う言葉が反芻される。
もう一人の吉野さやはとても元気で可愛らしく、自分なんていらないんじゃないかと思うほどだった。ある時「私はいらないね」と言うと「そんなことないよ!」と言われた。もう一人のわたしは陽だまりのように温かった。
「元気になるまではここに居ても良いって言ってたけど、いつになる……か、な」
もうすでに一読したことのある本を開く、一読したとはいえもう一度読んでも楽しいものだ。
「時間潰してよ」
テレビには大学に行って、友達と話して、家に帰ってきて、ご飯を作って、眠る、といういつも通りの風景が広がっていた。
「あなたは次いつ来てくれるのかな」
真っ白な空間で一人、声は反響もせずにどこか遠くへと広がっていく。その様子は私の気持ちを表しているようで。
「さ」
言いかけてやめ、胸の内で問うた。
わたしは手に広げていた本のページをめくった。
「これってこんな話だったっけ」




