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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

最後の魔女と始まりの聖女〜濡れ衣で断罪されるはずだった私が王都で幸せになるまで〜

作者: 古沢樹
掲載日:2026/03/07

「私の婚約者、ノア・テレジアは魔女だ!」



 民衆が詰めかけた広場で、辺境伯のベルクランド卿はそう宣言した。


 魔女と呼ばれた私は、今まさに十字架に縛りつけられている。



「ノアは黒魔術で人々を惑わし、まんまと私の婚約者の座に着いた……!」



 ベルクランド卿は芝居がかった仕草でこぶしを握り、怒りと後悔を表現する。



「しかし、いま私の隣にいるエリーザがノアを魔女だと見抜いてくれたのだ」



 名前を呼ばれた令嬢エリーザは、白塗りの化粧と嫌味なほど豪華なドレスを纏い、ベルクランド卿と共に特設台から民衆を見下ろしている。



「皆よ! 私は魔女ノア・テレジアとの婚約を破棄し、聖女のように麗しき女性、エリーザ・バートリと新たに婚約することを、今ここで神に誓う!」



 領主の婚約宣言に、民衆から祝福の声が上がると、ベルクランド卿とエリーザは笑顔でそれに応えた。



「――ではこれより、我らの婚約記念として、魔女ノア・テレジアを火あぶりの刑に処す!!」



 すると人々から「待ってました!」と歓声が巻き起こる。


 残酷なことに、この世界において公開処刑は民衆の娯楽でもあった。



(あぁ、なんでこんな事に……)



 処刑を前に、私の頭の中ではこれまでの人生が走馬灯のように巡り始めた。




 ◇ ◇ ◇




 前世の記憶を持つ私は、辺境の小さな村で生まれ育った。



 特別な力なんて与えられなかったけど、この世界の文明レベルは中世程度。


 カリスマ主婦、栗花ナツミさんを師と仰ぐ私が普通に家事をこなしているだけで、子どもの頃から神童だなんだと周囲に驚かれた。



 その噂は、やがてベルクランド卿の耳にも入ることになる。



 私の望みは平穏な日常。


 貴族との結婚に興味なんてなかった。



 とはいえ辺境伯との縁談を断れるはずもなく、私はベルクランド卿と婚約することになってしまう。



 だがそれをよく思わない者がいた。



 そう、本来婚約者になるはずだった御用商人の令嬢エリーザ・バートリだ。


 彼女は自らの立場を利用して、私の家事スキルを黒魔術だと世間に吹聴した。


 その結果――



「早く火を着けろっ!」


「邪悪な魔女を焼き殺せぇ!!」



 その噂は国中に広まり、こうなったというわけだ。



「あんたの黒魔術のせいで今年は不作続きよ!」


「私の息子が病気になったのもお前が呪いをかけたからなんでしょ!!」



 人々からぶつけられる理不尽な罵声の数々。



(違う……私はそんな事していない……!)



 恐怖、怒り、悲しみ、様々な感情で体が震える。



「――まぁまぁ、皆さん気持ちは分かりますが少し落ち着きましょう」



 新たな婚約者の地位に着いたエリーザが、意気揚々と場を仕切りだす。



「魔女といえど遺言くらい聞いてあげましょう。それが、私たち人間が神より与えられた慈悲の心というものですわ」


「おぉ、エリーザ様はなんとお優しい……!」


「まるで本当の聖女さまのようだわ」



「ふふふっ」



 称賛を浴びるエリーザは、勝ち誇るように満面の笑みを私へと向けてくる。



(……悔しい)



 いくら理不尽なことが起きても、自分を押し殺して耐えていれば、いつか報われると思っていた。



 でも、そうじゃなかった。



「さぁ、魔女ノア・テレジアよ、何か言い残すことは?」


「……」



 どうせこの女は、私の無様な命乞いでも期待しているのでしょう。


 けれど、証拠など不要な魔女狩りで捕まったら命乞いなど無意味。



 ならば……



「……ふん、何もないの? つまらない。それじゃあ、さっさと火を――」


「これは……っ、風の噂で聞いたのですけれど……!」



 意を決して口を開くと、人々の視線が私に集中した。



「エリーザさん。貴女、政府に資金援助を受ける御用商人の娘だというのに、ずいぶん隣国の高官と親しいそうですね?」


「!!」



 ザワ、ザワ……



「それと、民が教会に寄付した品を横流ししているとの話も聞きましたが、それは本当なのですか?」


「な……っ」



 ならば、せめて一矢報いてやろうと、辺境伯の婚約者という立場になったからこそ聞こえてきた噂をこの場で公表してやった。



 ザワザワ、ザワザワ



 私の思いがけない告発に、民衆のざわめきが広がっていく。



「だ、騙されては駄目よ!! 今のは全部、罰を逃れようとする魔女の戯言よ!!」



 この慌てよう、どうやら噂は本当だったようね。



「なにをグズグズしてるの!? さっさと火を着けてしまいなさい!!」


「は、はいっ!」



 余裕の態度から一転、エリーザに急かされた小役人の手によって、十字架に火が着けられた。



 ぼおおおおぉっ



 乾いたワラが瞬く間に燃え広がっていく。



「っ……ゲホ……ゲホっ……」



 白い煙が全身を覆い息苦しい。



「民を誑かす魔女め!! 懺悔の断末魔を上げながら地獄に堕ちなさいッ!!」



 炎に包まれゆく私をエリーザが鬼の形相で罵倒する。


 下から迫る灼熱に、つま先が叫びたいほど熱くなってきた。



「ふ、ふふふ」



 だが、こんな状況だというのに、私の内からは自然と笑みがこみ上げてくる。



「……なにを、笑っているの?」



 私の想定外の反応に、エリーザは顔を引きつらせた。



「ふふふ、だって、貴方の焦った姿が無様で可笑しくって」


「なんですって……っ!」



 エリーザの顔が屈辱に歪む。


 こんな事になって少し神様を恨んだけれど、なぜか今は清々しい気分だった。



 と、その時――



 ぽつ



 私の頬で水滴が弾けた。



 そして、



 ぽつ……ぽつ……ぽつ……ザァァアアアアアア――



 突如降り出した雨が地上を濡らしていく。



「ちょ、ちょっと、何なのよ……! さっきまであんなに晴れてたのに……っ!」



 エリーザが忌々し気に天を睨む。


 雨の勢いは予想以上に凄まじく、炎の勢いが急速に衰えていく。


 動揺は民衆にも広がっていき、濡れるのを嫌がり広場から帰る者も出てきた。



「しょうがない。ひとまず降ろせ……!」



 魔女の処刑は火あぶりが慣例。


 公開処刑は一時中止となり、私は十字架から降ろされていく。



(神様が助けてくれたのだろうか)



 そう思ってしまうほど奇跡的なタイミングだった。



「この魔女め……!! きっと黒魔術で雨を降らせたのね……っ!!」



 予定の狂ったエリーザは、悔しそうに私を睨みつけていた。



(やれやれ、彼女は本当に魔女なんて居ると思っているのだろうか)



 ドドドッ、ドドドドッ



 その時、けたたましい蹄の音と共に、数人の騎馬隊が広場に駆け込んできた。


 物々しい雰囲気に、人々が何事かとざわつく。



「ふぅ、どうやら間に合ったようですね」



 一人の騎士が馬から降りて兜を取ると、ざわめきは一層大きくなった。



「あ、あの御方は まさか……っ」



 その騎士は、煌めくような金髪碧眼の美丈夫だった。



「バーナード卿!!」



 ベルクランド卿が驚きの声を上げる。


 その名前は、こんな辺境に住む私でも聞いたことがあった。



 バーナード・フィン・ローウェル。


 文武両道にして、一般騎士より位が高い国王直属の精鋭部隊『神聖騎士団(パラディン)』の若き団長であり"王の盾"の異名を持つ名門出のサラブレッド。


 更にはその甘いマスクで、王都の女性の絶対的なアイドルといえる存在だった。



「お久しぶりですベルクランド卿。民を惑わす魔女の噂が王都にまで届き、後学の為に手勢を率いて参りました」



 そう言ってバーナードが恭しく一礼する。



(神聖騎士団の長という立場で、こんな辺境くんだりまで来るとは……)



 『正義感が強すぎるのが玉に傷』というのは、噂通りのようだ。



「それで民を誑かす魔女というのはどちらに?」



 すると、エリーザは体をくねらせながら、猫撫で声でバーナードにすり寄っていった。



「まぁまぁ、バーナード様ぁ、ご足労感謝いたしますわぁん」



(き、気色悪っ!)



 男に媚びるエリーザに思わず鳥肌が立った。



「この女が民を誑かす醜悪な魔女でございますわ!」



 そう言って、エリーザが私の髪を荒々しく掴み上げた。



「っ……」



(痛ったいなぁ、もう!)



「あぁ、こんな醜女を王の代行者たる団長様の目に映すのも心苦しいですわぁ」



 だがバーナードはエリーザの言葉もよそに、私の顔をキョトンと見つめると、



「……彼女が醜女? 私はとても美しいと思いますが」



 と、そんな嬉しいことを言ってきた。



「なにを仰いますバーナード様! 見て下さいな! この醜女ったら、この歳でこんなにシミとシワが…………え」



 すると、何故かエリーザは私の顔を見て驚き、髪から手を離した。


 一瞬何事かと思ったが、



(あぁ、そうか)



 実は男避けの為に、私はあえて老け顔メイクをしていたのだった。


 そのお陰でベルクランド卿に夜を誘われることもなかったのだが、この大雨で化粧が落ちてしまったようだ。



「ノ、ノア……君はそんなに美しかったのか……?」



 私の素顔を初めて見たベルクランド卿が呆然としている。



「今更そんなことを言われても。貴方の婚約者は彼女でしょう?」



 私の言葉でベルクランド卿が隣を見ると、



「ひぃ、ば、化け物……っ」



 エリーザの顔を見て咄嗟にそんな声を上げた。



「わ、私が化け物ですって……!?」



 エリーザの顔が屈辱に歪む。



 あらら。



(確かに今の彼女は厚塗りの化粧が雨で崩れて酷い顔だけれど……)



 でも、化け物は非道くない?



「――ふむ、ふむ。そうか、分かった」



 ふと見ると、バーナードに部下が何やら耳打ちをしていた。



「よし、私が許可する。ベルクランド卿とエリーザ嬢を捕らえよ」



 !!



 するとバーナードの指示で、ふたりはあっという間に拘束されてしまった。



「なっ、何をなさいますのっ!?」


「バーナード卿!? こ、これは一体……?」



 突如、騎士たちに組み伏せられ、ふたりは困惑する。



「いま民の方から、エリーザ嬢の悪行についていくつか告発がありました。その為、私が国王様より預かる『執行権』を行使し、婚約者であるベルクランド卿ともども身柄を拘束させて頂きます。御二方、どうか我々と共に王都までご同行を」


「「な……」」



 急転直下の事態に、ふたりは呆然としている。


 そしてバーナードは懐から短剣を取り出すと、



「失礼――」



 ブチッ



 私を縛る縄を、手早く切ってくれた。



「貴女にも色々とお聞きしたい事があります。拘束はいたしませんので、どうか我々とご同行を」


「はぁ……」



 こうして、私はバーナードら聖騎士と共に、王都イザベルへと向かうことになったのだった。




 ◇ ◇ ◇




 3か月後、王都の教会。



「ふぅ……」



 合同礼拝を終え、私は一息ついた。



「ノアさん」



 そこへ、柔らかな声がかかる。



「今日も『勉強会』お願いしますね」


「ええ、分かりました」



 同僚の修道女に請われ、いつものように教会の庭へと向かう。



 あの後、私は宮廷裁判によって無罪判決を受けると、王都の教会へと預けられ、そのまま修道女となった。



「――まぁ、良い香り」


「そうでしょう。この紅茶、クレアさんの実家から届いたんですよ」



 暖かな昼下がり、教会の庭で同僚の修道女たちとお茶をしながら、少し優雅な勉強会を開く。



「それにしても、聖書の言葉をあのように解釈するなんて、ノアさんのお考えは画期的ですわね」


「そんな、普通ですよ。女性だから黙っているなんておかしいです」



 この勉強会の目的は、元の世界風に言えば、価値観のアップデート。



 疎ましい人間を理不尽に迫害する『魔女狩り』。


 特に多い被害者は、抵抗が出来ない女性、子ども、お年寄りだ。


 今回、私はその恐ろしさを身をもって体験した。



 平穏な日常の為にも、いまだ古い価値観が蔓延るこの世界を、教会から少しずつでも変えていけたら――今の私はそんな風に思っている。



「流石は聖女さまですね」


「もう、やめて下さいよ、その聖女っていうの……」


「ふふふ、諦めて。聖女ノアの噂は、もう宮廷にまで届いてるんだから」



 こうして勉強会を開いているうちに、今では聖女とまで呼ばれるようになってしまった。


 正直、聖女なんて柄ではないのだが大人しく受け入れるしかないようだ。



「失礼いたします」



 そこへ、仰々しい挨拶と共にバーナードが現れた。



「まぁ、団長様!」



 普段は貞淑な修道女たちだが、王都のアイドルの登場で一斉に色めき立つ。



「どうかしたの?」


「はい。エリーザ嬢の一件について、ノアさまにいち早くご報告をと思いまして」



 もう彼女に恨みはないのだが、一応聞いておこう。



「敵国との内通、物資の横領、虚偽の噂で民を誑かし、有罪となったエリーザ・バートリは今朝、魔女として火あぶりの刑に処されました」


「……そうですか」



 自業自得とはいえ可哀想に。



「あ……」


「どうしました?」


「そういえば今朝、雨は降らなかったわね」


「はい。朝から雲一つない快晴です。雨など降る気配もありませんよ」


「……そう」



 当たり前よね。


 この世界に雨を降らせる魔女なんて居ないんだから。



 宗教は時に薬にも毒にもなる。


 私のような被害者を、そして彼女のような加害者を生まない為にも、魔女狩りという差別の温床を早くなんとかしなければ。改めてそう強く想う。



「それと、ベルクランド卿についてですが……」


「あぁ……そういえば彼もいたわね」



 王都に着いた後、ベルクランド卿は兵士に脇を抱えられながら私の元へとやって来て、よりを戻してくれと何度も土下座してきた。


 もちろん丁重にお断りしたけれど。



「ベルクランド卿は、エリーザ嬢に唆された罰として、爵位と財産を全て剥奪され北方に送られたそうです。風の噂では物乞いに身をやつしているとか……」


「……そうですか」



 こちらも可哀想に。


 でも貴方は命が助かっただけマシでしょう。


 いつか修道女として地方巡礼する機会があれば、水とパンでも施してあげようかしら。



「あの、それともう一つ。ご報告というか、聖女さまへのお願いというか……」



 珍しくバーナードの歯切れが悪い。



「どうしたの? 何でも言ってごらんなさい」



 聞いてあげるか分からないけど。



「聖女ノアさまのご活躍を耳にした国王様が、ぜひお会いしたいと……」



 !!



「え、面倒くさ――い、いえ、そんな、恐れ多いですわ……!」


「まあ! 国王様から面会を請われるなんて、さすがノアさま!」



 周りは栄誉だなんだ言うけれど、私は心底興味ない。


 たまの休日は出来るだけ自室でまったりしていたいのだ。



「あの、私、田舎育ちで……宮廷での振る舞いに自信がなくて……」



 ベルクランド卿の婚約者になった際、ある程度のマナーは教えられたが、それを隠して、私はこの件をやんわり断ろうとした。



 ザッ――



 するとバーナードがその場に跪いた。



「ならば私がノアさまをエスコートさせて頂きます」


「ちょ、ちょっと!?」



 私はお姫さまじゃないっつーの!



「くすくす。最近、バーナード様ったら、宮廷で『聖女の忠犬』と噂されているそうですよ」


「もしかして、おふたりってお付き合いしてるんですか!?」


「だとしたらノアさん、王都中の女性を敵に回しますよ~」



 周囲の修道女たちが、きゃあきゃあと囃し立てる。



「そんなんじゃないから!」



 まったく。


 恋バナ好きの修道女ってどうなのだろうか。



「敬愛する聖女さまに礼を尽くすのは騎士として当然ですので」



 バーナードは跪きながらも、からかう修道女たちに正面から反論している。


 こっちはこっちで相変わらず堅物というかバカ真面目というか……。



「はぁ、しょうがないわね」



 お利口なワンちゃんには、たまにご褒美をあげないと。



「バーナード、貴方の顔を立てるわ。国王様とお会いしましょう」


「! ありがとうございます!」



 私が了承すると、バーナードは凛々しい顔を綻ばせた。



(ふふっ、忠犬というより大きな子犬みたいね)



 まあ、国王との関係構築(コネクション)はこの教会にとっても悪いことではないでしょうし。



(ついでに団長様のエスコートのお手並みも拝見しましょうか♪)




 こうして、魔女として火あぶりになるはずった私には、華やかな王都での、平穏でたまに忙しい、何気ない日常が待っていたのだった。




 後に、聖女ノアの尽力によって魔女狩りは禁止され、エリーザは火あぶりとなった"最後の魔女"と呼ばれた。



 そして、ノア・テレジアは初の女性教皇となり"始まりの聖女"として歴史に名を刻んだという――

読んでいただき、ありがとうございました!

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