親友と桜
翌日、本家から少女の荷物が運ばれてきた。
大した量はなかったので、空き部屋に物を運ぶのにたいして時間はかからなかった。
『お兄ちゃん起きて~!』
少女は蓮の手を引くが、か弱い力じゃ蓮を起こすことはおろか引きずることもできていなかった。
「お兄さんは起きるのがつらいんだ…」
少女が蓮の手を離すと、その手は重力に逆らうことなくバタッと落ちる。
桜子が亡くなってから彼にとって起きることがどうにも難しくなった。
目を覚ませば桜子はもうこの世界にいないことをいやでも実感しなくてはならなくなる。
昨日まではそうだったが、今日は蓮の目の前で彼女の心臓がまだ鼓動を続けている。
それが悲しくもうれしくもない灰色の感情で、彼は自分の感情の整理を放棄していた。
『お兄ちゃんは桜の花が好きなの?』
「…好きだよ。」
床に寝そべったまま少女の問いに蓮は返事をする。
『桜の名前、桜っていうのよ!』
「知ってる…」
『だからお兄ちゃん桜のこともすき?』
「…よくわからん。」
『なんでなの~!桜はお兄ちゃん好きだよ』
「…ありがとう」
子供というのはよく喋る。一昨日まで口を開かなかった僕に会話というものは少し懐かしくもある。
顔を表に向けて天井を見つめる。
(最近天井ばっかり見てるな…)
寝て上を見れば目に入るのは真っ白の天井と電球のみだ。
情報量の少ないその景色は、蓮にとって気分を害するものではなかった。
そこにひょいっと少女が顔を覗かし、情報が追加される。
『起きるの?』
「起きない…」
見える景色が昨日までと変わってしまったことに彼は希望も落胆も認識しなかった。
ーピーンポーン
めったになることのないインターホンがなる。
時計を見ると朝の10時。
(荷物の運び忘れか…?)
『桜が見てきてあげる!!』
少女が勢いよく立ち上がると玄関に向かって走り出す。
万が一不審者だったら危ないと思い蓮もしぶしぶ立ち上がる。
こういう行動が彼の生真面目さに説得力を持たせる。
ーガチャ
「えー!!子供?!あいつ兄妹とかいたっけ?」
聞きなじみのある元気な声に、蓮の眉間にしわがよる。
(この声は…)
「亮…。何の用だ?」
三上 亮。
学生時代からの仲で、蓮にとって唯一親友と呼べるお節介男だ。
会うのは桜子の葬式ぶりだ。
「蓮ー、お前生きてたんか。心配できちゃったよ。てか、この子どうしたの?」
相変わらずチャラそうな口調で亮は喋る。
亮が手で示す先には興味深そうに彼を眺める少女の姿。
(この子は人見知りとかしないのか…?)
昨日も薄々感じていたが、少女は初対面の人間に物怖じするタイプではなさそうだった。
「昨日引き取った親戚。桜って名前だそうだ。」
「桜ちゃん?転生するにしては早くね?」
蓮は思わず亮の腕を軽くたたきそうになる。
(さすがはノンデリだ。)
「実は…」
昨日あったことを少女の耳に入らぬよう小声で話す。
蓮なりの少女に対する気遣いだった。
桜が本家の子であること。桜子さんの心臓を持っていること。
「…すげー話だな。お前の人生山しかないのか。」
すべてを聞いて目を見開いた亮は何とも言えない顔をしている。
蓮にも消化しきれていないことだ。その表情も頷けた。
「僕は疲れてるんだ。その子と遊んでてくれ。」
蓮はそう言うと、再びソファに寝そべる。
亮が少女の相手をしてくれてるのを確認して目を閉じる。
亮は弟がいて昔から子供の相手はうまかったはずだ。
目が覚めたら幸せな日々が戻ってることを期待して蓮は眠りに入る。
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いいにおいがして蓮は目を覚ます。
「蓮ー、ご飯作ったけど食べるか?」
「ありがとう。…食材なかっただろ?」
「来るとき軽く買っておいたから心配すんな。」
ありがたいと思いながら食卓に目を移すとチャーハンが3つ並んでいる。
この食卓にまともな食事が並ぶのは何日ぶりだろうか。
桜子が亡くなってから無駄に広く感じてしまい使うのがためらわれていた。
『いただきます!』
いち早く席についた少女が勢いよく食べだす。
昨日まともなものを作れなかったことに申し訳なさを感じながら蓮も席につく。
「いただきます。」
口にチャーハンを入れると素直に美味しいと感じた。
誰かの手料理がすごく久しぶりに感じられる。
『桜、シャキシャキレタスすきー!』
チャーハンの中に入った少しシャキシャキしたレタスにたいし少女がこぼしたセリフにスプーンを落としそうになる。
桜子が生前似たような発言をしていたことを蓮は思い出す。
苦虫を噛み潰したようないやな感覚を覚えながら咀嚼を続ける。
先ほどよりおいしいと感じられなかった。
『お兄ちゃん、今日スーパー行くんでしょ?』
「ああ、いこうか。」
できれば行きたくなかったが昨日自分が言ったことだ。目を輝かせる少女に忘れたとは言えなかった。
「俺はこの後おいとましようかな。」
亮がチャーハンを食べながら言う。
「そうか、今日はありがとうな。」
『亮くんありがとおー!』
(いつから亮くん呼びになったんだ…)
コミュ力が強い者は恐ろしいと思いながら、蓮は改めて亮に感謝する。
たぶん彼が来てくれなかったら少女はつまらない昼間を過ごすことになっただろう。
それを自覚しながらもそれを改善する気があまりない自分にどうも嫌気がさした。
保護者としては失格だろう。
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『桜、スーパー人生で二回目!』
「そうか。」
たいして長い人生じゃないだろと彼は思いながらも、少女は親子で出かけることはほぼないに等しかったのかもしれないな、と少し同情する。
家の近くのスーパーの自動ドアを勢いよくかけていく小さな背中を見ながら何を買おうかと迷う。
自分もあまり買い物には慣れていなかった。
米が少なくなってたから米、あとレトルトの補充、果物をいろいろ、あと栄養のため野菜ジュース…。
適当にカゴに商品をつっこみながらおやつコーナーに向かう少女の背中を追う。
『桜ねー、チョコ好き!』
またか、と思い息を吐く。桜子と全く同じだ。
昼間の光景が頭をよぎる。
嫌な感じがしてスマホを触る。
【心臓移植 好み】で検索をかける。
「なるほどな…」
心臓移植は心臓の持ち主の性格が移植者に似ることが少なくないらしい。
もちろん趣味趣向も。
今までの発言がまぐれの可能性もあるがこれから似ている部分に触れることが多くなるだろう。
蓮に初対面の時から好意的だったのももしかしたら影響を受けているかもしれない。
彼はもう一度息を吐く。
それが賑やかなスーパーの音楽に飲まれる。
蓮は昔、理科で習った無性生殖の授業を思い出した。
メスとオスを必要とせず親の特徴と全く同じ子供が生まれる生殖方法。
なんとも嫌な感じがしたのを覚えている。
その感覚を約十年越しに思い出す。
我ながら例えが悪いなと思いながら「好きなもの買っていいよ」と罪滅ぼしのように彼は口にする。
ぼんやりとした意識のまま会計を済まして外に出ると夕暮れだった。
それを今までのように綺麗だとは思えないまま、桜が散った道を歩く。
『桜のお花は散ってもきれいだねー!』
「…そうだね。」
『…お兄ちゃん桜に触るのまだヤダ…?』
少女が自分の小さな手を見つめながらグーパーさせている。
その光景に罪悪感を覚えながら、今朝少女に手を引っ張られて何も感じなかったことを蓮は思い出す。
「手つなぐ?」
『うん!』
覚悟を軽く固めた蓮が手を伸ばすと、少女は嬉しそうに口角を上げる。
手を軽く握るとすごく小さくて、温かかった。
『桜ね、お姉ちゃんとしか手をつないだことがないの。ママはすぐ死んじゃったし、百合子おば様は触らせてくれなかったの。』
(やっぱりこの子の母親は早死にしたのか)
先日の百合子の説明から察しはついていたが、それが確信に変わる。
『だから今うれしいの!』
少女の屈託ない笑顔とその言葉に蓮は少し動揺し、さっきより少し強く少女の小さな手を握る。
(…この子は何も悪くないのに。)
地面に落ちた桜の花びらを踏みながら、少女と今後どういった接し方をすればいいのか蓮は頭を悩ませた。
どうしたって自分の納得の行く形で終わることはないように思えた。




