家に
『この子、桜子さんの心臓持ってるわよ』
一瞬蓮の思考が止まる。止めた、に近かったかもしれない。
(桜子さんの心臓をこの少女が持っている…?)
言われた言葉を心の中で整理しても納得の行く形に収まらない。
「それはどういう意味ですか」
『言葉のままよ。桜の心臓は桜子さんの心臓をそのまま移植させてもらったわ。』
…
『…嫌だわ、そんな目で見ないで頂戴』
黙ってしまった蓮を嘲笑うように百合子は手を口元にあて、首を傾げる
その間、彼は静かに殺意を覚えていた。その反面その言葉をまだ信じ切れていなかった。
桜子は発見後手術を受けたが失敗に終わり、植物状態になって亡くなってしまった。
つまり心臓や臓器は正しく機能してるけど、脳が機能しなくなったため目は覚まさない状態。
彼女はいくら待っても目を開けることは一度もなかった。
確かに心臓移植は可能なまま亡くなったことになった。された。
「誰の許可を得て…!!!」
『桜子さんが許可してくださったのよ。どこの誰に移植するとは伏せたからまさか貴方が自分の心臓と再会するとは思ってなかったでしょうけど。』
何も言葉にならなくなる。
多分今言葉にしてもそれは彼の本心ではないだろう。
心臓を移植したということは目を覚ますことはないものの、彼女の心臓は動いていたのにそれを抜き取ったことになる。
(桜子さんが許可を出したなら文句は言えないが…。)
一度吐き出した吐寫物をもう一回口に押し込められるような感覚に彼は襲われる。
『説明はいじょうよ。とにかくこの子はあなたが連れて帰って。』
異常な説明は淡泊に切り上げられる。
蓮の視点は定まることなく、ただ座ってうつむくことしかできなかった。
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気づいたら蓮は明星家の門を出て帰路を歩いていた。
葬式の日と違うのは、少女が横を歩いていること。
『…お兄ちゃんだいじょうぶ?』
(大丈夫じゃない…)
でも律義に心配をよこす少女にそんなことをいうのは憚られて「大丈夫」と返す。
そこからは終始無言だった。少女も一定の間隔を開けて蓮の横を小さな足で歩いた。
自宅につきドアを開ける。
真っ暗な部屋からは依然と違って人の気配も活気もなかった。
リビングに続くドアを開けてため息を吐く。
そこら中に置かれた桜子が生きていた痕跡を、証明品を蓮はまだ片付けずにいた。
『お兄ちゃんだいじょうぶ?』
今度は大丈夫と返せなかった。胸の傷を抉り取られるような感覚にぶっ倒れたくなる。
「君の部屋は2回の空いてる部屋にする。この家はどこでも自由に使っていい。」
「…だけどあそこは開けないでくれ。」
蓮が指さす先には【桜子】と書かれたボードが垂れた白いドアがある。
彼女が亡くなってから彼は一度も開けていない。開けて正気でいられる自身は彼にはなかった。
『わかった!』
少女はそんなこと知らずに元気に頷く。
『ねえ、お兄ちゃん…』
少女が蓮に手を伸ばすが彼は反射でよけてしまう。
『…さわっちゃだめ?』
「ごめん…。ちょっと触られるの苦手なんだ。」
うまく笑えただろうか。
蓮は少女に触れて彼女の心音を感じるのがとても、とても怖かった。
(ご飯を用意しなくては…)
今まではレトルトやカップラーメンで何とかなっていたが育ちざかりの子供にそればかりじゃ駄目なことはわかる。
重い体をキッチンに向かわすがあいにくそれといった食材はない。
彼の目に入ったのは、棚に置かれたカップラーメンだけだった。
「今日カップラーメンでもいい?」
『なにそれー!』
「ラーメンだよ。」
『さくら、ラーメン好きだよ!』
「明日スーパー行こうか。」
『うん!」
素直そうな性格の少女に蓮は静かに感謝する。
そう振る舞ってるだけかもしれないがいまの蓮にはあかるげな少女の態度がありがたかった。
(明日も外出するのか…)
スーパーに行く約束をしてしまったことを少し後悔する。
出来上がったラーメンを小さい口ですする少女を見ながら桜子もたまに食べるカップラーメンって特別おいしいよね、といっていたことを蓮はぼんやりと思い出した。




