プロローグ:《世界は七色でできている――はずだった。》
はじまりにあったのは虚無だった。
音もなく、形もなく、ただ沈黙だけが漂っていた。
やがて空に、一本の虹が走った。
七色の光は夜を裂き、大地を形づくり、世界を照らした。
その瞬間、空白だった世界は七つの色に分かれ、秩序を得た。
赤は炎となり、戦を呼んだ。
青は水となり、海と川を満たした。
緑は森となり、命を育んだ。
黄は光となり、大地を照らした。
白は秩序となり、人々を束ねた。
藍は空となり、翼なき者の憧れとなった。
紫は夜となり、終わりと始まりをつないだ。
七つの光は大地に降り、七つの国を形づくった。
人々はそれぞれの色を宿し、互いに交わりながらも、秤のように均衡を保ち、この世界を支えてきた。
だが、その秤は常に揺れていた。
赤が膨らめば戦乱が続き、青が欠ければ川が干上がり飢饉が広がる。
緑が強すぎれば森が街を呑み、白が痩せれば秩序が崩れる。
――世界=色。
それは揺るがぬ真実であり、人々は血や瞳に宿る色の濃さを誇りとした。
色は力であり、均衡であり、秩序そのものであった。
しかし、虹には含まれなかった色がある。
それは黒。
七色を超えてなお在り、秩序の秤に収まらない異質。
すべてを抱き込み、すべてを呑み込む“影の色”。
やがて「漆黒王」と呼ばれる存在となり、七王すら恐れた。
そして、黒からこぼれた残滓が――灰となった。
灰は黒の派生にすぎず、模倣し、奪い、歪める。
通常の魔物を侵食し、\*\*灰獣\*\*を生み出す災厄と化した。
やがて黒は世界を覆い、「漆黒王」として君臨した。
その力は七色すべてを凌駕し、大陸を灰に沈めかけた。
しかし――七人の王が立ち上がった。
赤、青、緑、黄、白、藍、紫。七人の王は色を結集し、神の器を創った。
天空から現れた色の神イリスは、その器を七つに裂き、神器として王とその配下に与えた。
天空から現れた色の神イリスは、その器を七つに裂き、神器として王とその配下に与えた。
その瞬間、どこからともなく低い囁きが響いた。
「……その力を渡してよいのか」
だがイリスは沈黙を貫き、ただ七器を王たちに託した。
赤の王には焔剣。モロクの炎を宿す。
青の王には潮槍。アザゼルの流れを宿す。
緑の王には樹杖。リリスの芽を宿す。
黄の王には太陽盾。サマエルの裁きを宿す。
紫の王には夜鎌。アグラトの影を宿す。
白の王には法典。ただひとつ、ラファエルの秩序を宿す。
藍の王には天翼弓。アスモデウスの欲を宿す。
神器を手にした七王とその配下は、ついに漆黒王を討ち果たした。
だが――その配下は残った。
七つの大罪。その名は後に **ネメシス** と呼ばれる。
彼らは嘆きと悲しみによって灰をまき散らし、各国を滅ぼそうとした。
だが王たちとその軍勢によって打ち倒され、七つの国それぞれの地に封じられた。
その封印の地こそ――後に人々が **ダンジョン** と呼ぶ場所である。
ダンジョンは深く、層を下るほど灰の濃度は増す。
地上では通常の魔物しか現れないが、ダンジョンには灰獣が群れをなし、最下層には封じられたネメシスが眠る。
七つの国に七体。
「もし封が解ければ、世界は再び灰に沈む」と今も語り継がれている。
――色こそがすべて。
それは世界の基盤であり、強さの尺度であり、存在の秩序そのものだった。
灰はどの色よりも多く、力だけで言えば無敵に等しい。
だが神器がある限り、均衡は保たれている。
神器とは、色の差を埋めるための“仮初めの秤”。
本当の力はあくまでも色に宿る。
ここまでが昔から伝わる物語である。