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第八話:毒殺未遂

 湖畔での休日、そして秘密の夜会。

 幾度となく心を交わすうちに、アイラとルークスの間には確かな信頼が芽生えていた。


 だが、その穏やかな日々は、突如として破られることとなる。


 ある日の午後、珍しくエルゼがアイラに声をかけてきた。


「大公閣下にお茶をお出しするように」と、いつになく丁寧な口調だった。


 アイラは、いつもの嫌がらせではないことに少し戸惑いつつも、何の疑いもなく茶器と紅茶のポットを受け取り、準備を進めた。


 温かい湯を注ぎ、立ち上る湯気を眺めながら、アイラはカップをルークスに差し出そうとした。

 その瞬間、脳裏に師匠から教わった「おまじない」の一節がよぎる。


『黒き雫、口にするなかれ』


 その言葉とともに、手に持った紅茶の色が、どす黒く、不気味な色に変化して見えた。


 アイラは混乱と恐怖から、思わずカップを取り落としてしまう。

 床に飛び散った液体は、異様な臭いを放ち、大理石の床を不自然に染めていた。


 ルークスとヴァルターが、ただならぬ雰囲気に気づき、アイラに駆け寄る。

 床に広がる液体の異臭と変色を見て、ルークスの表情が硬くこわばった。


「毒だ……」


 ヴァルターの声が、静まり返った執務室に響く。


 アイラは恐怖に震えながらも、自身の能力が、ルークスの命を救ったことを知った。

 しかし、同時に、この宮殿には、彼女とルークスを狙う、恐ろしい陰謀が渦巻いていることを悟ったのだった。


 ルークスも、床に広がる液体から立ち上る異様な臭いと、不気味な色の変化を見て、即座に事態を把握していた。


 彼の氷青の瞳は、信じられないものを見たかのように見開かれた。

 それは、予言書が示す「黒き雫」そのものだった。


「予言か……!」


 ルークスは、アイラが口ずさんでいた「おまじない」が、ただの言葉ではないことを改めて確信した。

 彼女は、ただ予言書を解読するだけでなく、危険を予知し、運命を導く力を持つ少女だったのだ。


 ヴァルターも目の前で起こった信じられない出来事に驚きを隠せずにいた。

 彼はアイラが犯人でないことを信じていたが、彼女が毒殺を未然に防いだことで、その神秘的な力を認めざるを得なかった。


「アイラ……あなたは……」


 ヴァルターは、アイラに言葉をかけようとしたが、ルークスがそれを遮る。


「すぐに部屋を出ろ。これは、君を陥れることを狙ったものだ」


 ルークスの声は、かつてないほど冷たく、そして切迫していた。

 彼は、アイラの身が危険に晒されていることを悟り、彼女を守ることを決意した。


 ルークスは、アイラが犯人ではないことを疑っていなかった。

 しかし、状況は彼女にとってあまりにも不利だった。


 使用人である彼女が毒を盛ったという事実は、ルークスを陥れようとする者たちにとって格好の材料になる。

 ルークスは、彼女の無実を証明しなければならないことを悟った。


「――いえ……私が、この謎を解きます」


 アイラは、震える声でそう申し出た。


 彼女は、毒殺を防いだ「おまじない」が、ただの偶然ではなかったことを知っていた。

 その言葉に、予言書の謎を解くための、手がかりが隠されているに違いないと直感したのだ。



 アイラは、ここまで学んだすべての知識、「おまじない」、予言書から推理していく。

 ――飲み物に入れることができる、少しの異臭、少しの味、そして、少量で致死に至る効能をもつ「何か」。すぐにわかってはいけない、すぐ手に入ることはないもの。


 書物のページを捲るように知識を一つ一つ思い返していく。


 そして、一つの可能性に思い当たる。それが正しいかどうか――迷いを捨てるように一呼吸着いて視線を上げる。


「――毒草の……マンドラゴラが、この液体と似た反応を起こします。

 それは、このエデンヴァルトでは、宮殿の温室でしか栽培されていないはずです」


 アイラの言葉に、ヴァルターは驚きを隠せなかった。

 市井にいた娘が、宮殿の温室にしかない毒草の名を口にした。


「では、犯人は温室に出入りできる人間に限られる、ということですか?」

「はい。普通に手に入る毒ではありません」


 ヴァルターの問いかけに、アイラは頷いた。


 彼女の推理を聞いたルークスは、ヴァルターに命じる。


「温室の出入り記録を調べろ。そして、マンドラゴラが何らかの形で持ち出されていないか、徹底的に調べろ」


 ヴァルターも、アイラの言葉を信じ、すぐに調査を開始した。

補足:マンドラゴラは中世より知られる幻覚、幻聴、嘔吐、瞳孔拡大を引き起こし、致死性のあるアルカロイド系の毒草ですが、「異世界」のマンドラゴラで性状がやや違います。

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