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四幕 闇の中にも影が這う。

「はっ……?」

 ハスキーな声が疑問に揺らいだ。

 燃えるようなオレンジ色の結び髪が、カンテラで茫洋と浮かび上がる。

 緑の瞳を見開いているのは、紛れもなく同年代の娘だった。

「……この辺りにモンスターがいた気がするんだけど」

「何を……。ここにいたマルブーならそこに」

 言われて足下を見ると、灯りが届く範囲に緑肌の亜人が落ちている。

 首から上が見当たらないけれど。

「君がやったの?凄いね」

「大した事じゃない。それより武器を納めてよ」

「あぁ、うん」

 二歩退いて、でもお互い剣は構えたままだった。

「……あなた、ランプとか」

「あたし、夜目が利くの。それより、向こうから戦闘音が聞こえてるけど、お仲間?」

 元来た路に首を巡らせて、小さく嘆息する。

「まあ、話せば長いんだけど……」

「興味はないけど、だったらあなた、こんな所で油売っていていいのかしら」

 私は顔を戻して剣を再度構え直す。

「構わないわよ。うちのは優秀だもの。それより、あなたギルド登録のないモグリよね?」

 瞬間、彼女は身を硬くした。

「一応訊いておくけど、賞金首?」

「……父はそうだったが、冤罪だ。だから私は街を信用しない」

 険のある眼光を向けてくる少女に、私は剣を納めて踵を返す。

「そ。まあ違うならいいや」

 娘の息遣いは今にも切り掛かってきそうな程荒かったが、気に留めず歩いてソフィの下へ向かった。

 鬱陶しそうに枝葉を掻き分けてその場に出ると、案の定と言うべきか戦闘は終っていた。

「お帰りなさい。どこほっつき歩いてた訳?」

「同業者がいたから談笑していたの」

「あらまあ、いいご身分だこと」

 ソフィが剣先を突き付けると、座らされていた男達が汗を垂らす。

「なぁ、俺達もう行っていいか……?」

「駄目。あんた達、このまま解放したら互いに夜襲掛けるでしょ」

「そんな事するものか!」

 髪の青い男が声高に反論したが、目が少し泳いでいた。

 その反応に訝しむところがあったのか、他の青年達が一斉に彼を見る。

「うっ……」

「冒険者法で私闘は禁じられているわ。奴隷落ちしたくなかったら、夜が明けるまでここで大人しくしている事ね。クレア、周りに獲物は残ってるのかしら?」

 ゆっくり首を振ると、ソフィは剣を鞘に仕舞った。

「なら私達もここで切り上げね。規則だから朝まで森を出られないけど、どうする」

「向こうに気になる子がいたの。ちょっと来てくれない?」

「……まあ、いいわ。どうせ暇だし」

 ふたりでさっきの少女がいた所まで来たが、見当たらない。

 それでも私は木の幹に着いた疵を頼りに歩き続ける。

 恐らく彼女が遭難防止に付けたものだろうが、如何にも素人然としている。

 やがて小川の近くに、先程の娘が蹲っているところを発見した。

「……なんで付いて来るの?」

 橙髪の少女は三角座りしながら背中越しに声を投げかけてくる。

「あなた、名前は?」

「……ミース」

「私はクレア。こっちはソフィ」

「ども」

 そこでようやく、ミースがこちらに顔を向けた。

 不信と誇りを抱いた、脆い瞳だ。

「ミース、私達と組もう」

「えっ」

 ソフィがこちらを見て軽く仰け反る。

 私は努めて明るい声で微笑みかけた。

「ね、いいでしょう?」


         *


 冒険者登録をするにはひと月に渡る研修を受けなければならず、銀貨十枚を前払いする必要もある。

 別段、登録をせずとも依頼を受ける事はできるけれど、その場合ギルドは仲介しない為、個人間で報酬のやり取りを行う必要があり手間だ。

 ミースはその辺り上手くやっていたらしく、薬士と契約を結んで定期的な依頼の斡旋を受けていたらしい。

「嫌よ、子供に混ざって授業なんて冗談じゃないわ!」

 掲示板前にたむろしていた同業者達が何事かと振り返る中、私は赤毛の受付嬢を前に首を振り続ける少女を諭した。

「ミース、新人研修は単なる訓練じゃないわ。冒険者が狩りをするにもルールがあって、それを破れば思わぬ罪科を負うかもしれない。あなたがそんなもの知らないと言ったところで、庁舎で下された判断は街の総意として決定される」

 私がミースの手首を掴むと、彼女は音高く振り払ってこちらを睨み据える。

「はん!所詮、あんたもギルドの狗に過ぎなかった訳ね!」

「ミース、これは狩猟を生業とする者が当然守るべき義務よ。受け容れて」

「……クレア。あんたが義務だなんてまあよく言えたものよね」

 ソフィが呆れた顔で茶々を入れるが、黙殺してミースを見続けた。

「勿論、あなたひとりだけに恥を呑ませる訳じゃない。私も一緒に研修を受けるよ。だからやってみよう?きっとあなたが抱えている」

 人差し指の先で、彼女の胸を軽く突く。

「孤独が和らぐ」

「……っ、余計なお世話!」

 マントを翻して出ていく少女を、私は追いかけなかった。

「……宜しいのですか?彼女はもう戻って来ないのでは……」

 赤毛の受付嬢が躊躇いがちな上目遣いになる。

「良いんだシェリー、これで良い。あの子は聡い。自分を救ける機会を棒に振ったりはしない。絶対」

 結局、朝焼けのひんやりした空気の下に出てすぐ、私達はミースの後ろ姿を見つけた。

 庁舎前の広場で、彼女は俯いたままスカートを握りしめている。

 ソフィががさつな男の子みたいに髪を掻いてから駆け寄った。

「分かったわよ。私も一緒に研修受けてあげるわよ。だから元気出しなさい」

「……っ……」

 泣いてる女の子を前に、どう声を掛けたものか分からない。

 私はミースの前に回り込んで、それから庁舎の中へ取って返した。

「シェリー、研修三人」

「はい。締めて三百トリエになります」

 何気にほぼ全財産だ。

 小銭を残して財布ごと手渡し、外に出てすぐ路を急ぐ。

「ソフィ、行くよ」

「分かってる。じゃあ後でね」

「はい……」

 一人立つミースを、相棒は幾度か振り返った。

「ねぇ、クレア寝惚けてるの?勘弁してよね、宿はこっちじゃ」

 無視して街の正門へ向かう私に、ソフィは顔を引き攣らせる。

「……マジ?」

「大真面よ。このままじゃ来月宿を叩き出されるんだから」

「せめて何か食べさせてー……」

 ぼやく少女と共に石造りの街を離れる。

 草原にブーツを沈めていくと、土の柔らかさが靴裏に返ってくる。

 鳥が森の方へと飛んでいき、先導されるように歩幅を広げた。

「今度からは勧誘する前に相談しなさい」

「……うん。ごめん」

 ソフィは私の腕を肘で小突き、声を上げて笑った。

 私も追従して少し口を綻ばせ、それもすぐに引き結んで柄に手を掛ける。

「ありがとね」

 相棒はこちらを横目にして、短く嘆息した。


         *


 ハオバオの生態について、知られている情報は少ない。

 分かっているのは彼らがごく限られた地域のみ棲息している事と、草食でありながら肉の消化能力を有しているということだ。

 雑食なのかといえばそうではなく、屍骸を見つけると残らず平らげ、鯨のような潮吹きによって体外に排出する。

 背面孔から噴き出すのは真っ赤な液体であり、捕食せずとも生きながらえる性質から、栄養が体内に吸収されている訳ではないと考えられている。

 一説には血液成分を皮膚に散布する事で草食獣の匂いを打ち消し、肉食獣に嗅ぎ付けられるのを防いでいるのではないかとされていた。

 剣を引き抜き、血に染まった刃を指でなぞる。

 地響きが鳴った。

「今までになく容易な相手ね。わざわざ依頼を出す必要もないくらい」

 倒れ伏すハオバオのあばら辺りで、胡坐を掻きながらソフィが首を傾ける。

「ま、この草原はまさにあのヘルーンが出現した場所だもの。素人が入るのに抵抗を持つのも無理ないわよ」

 日暮れの風が髪を浮き立たせる。

 西の空が仄かな橙に色づいていく。

 奇妙なのは、ハオバオが一帯どこからやってきたのか誰も知らない事である。

 周囲は見渡す限りの原野で山などはなく、普通に考えれば草原に棲息している訳だが、しかし夜間に彼らを発見したという報告が上がった事もないという。

「あ」

 唐突な声に振り向くと、ミースが見つめる先で一頭の大猪が逃げていく。

 ハオバオは単眼緑皮のマルブーとは根本的に異なり、群れで生活する典型的な草食獣である。

 毛皮採取の依頼を受けた私達も、当然ながらそのひとつを襲った。

 数えた訳ではなかったが、ざっと十数体規模の小さな群れだ。

 全て仕留めたと思ったのだけれど、どうやら取り溢しがいたらしい。

「あたしが狩ってもいい?」

「そうね……」

 私は拳を頤に当てて思案すると、首を横に振る。

「折角だし、泳がせてみよう」

「あら、悪趣味な事考えるじゃない」

 そう言って滑り降りてくるソフィは、言葉とは裏腹に楽しそうだ。

「どうせ同じ腹積もりだったんでしょ。さっさと行くよ」

「え?えっ?」

 歩き出す私と相棒に、新顔ミースは訳が分からない様子で頻りに私達の背を見比べている。

「あいつを追って行けば、住処の場所が割れるかもしれない。こんな機会滅多にないからね」

 横顔だけ振り返らせて微笑むと、ミースは未だ納得行かなそうではあったが、走って付いてきた。

 ハオバオは小走りで移動していた為、私達もそれに習って静かに駆け続けなければならず、次第に息が上がっていく。

 陽が地平線に沈み、紫から藍に穹が移ろっても、奴が足を止める事はなかった。

 やがてふと、その姿が夜陰に紛れて見えなくなる瞬間があった。

 目を凝らしても、宵闇の中に奴は窺えない。

 空に星が満ちても、地表の暗黒は拭いようもなくそこにあり続けている。

 ずっと弾ませていた両足を地に落ち着け、カンテラを前に捧げ持って歩いた。

「どうなってるのっ?」

 ソフィが息を乱しながら苛立たし気に左右を見回している。

「撒かれてしまったのかしら……」

 ミースは腰に灯りを提げたまま、不安そう二の腕を握っていた。

 私は努めて呼吸を落ち着けながら、ハオバオが見えなくなった辺りから、何か聴こえないかと音を探り続けている。

 微かに、風音のような唸りがある気がした。

 だが、夜の草原は今、とても凪いでいる。

 試しに小さな石を拾って投げてみる。

 高い音で地を跳ね返り、転がった。

 今度はもう少し遠くへ放ってみる。

 カンテラの光を受けて橙に染まった石は放物線を描き、地面に着く所ですっぽりと闇に覆われて消えてしまった。

 着地音もない。

「穴があるね」

 ソフィが訝しそうに灯りを翳すが、芝に覆われた地面が見えるばかりで穴などどこにも見当たらない。

「ないわよ」

「行ってみれば分かるわ」

 私が先行し、ミース、ソフィの順で付いてくる。

 途中までは確かにただの草地だ。

 でもどこかに。踏み出したつま先が地面に触れず、つんのめり掛ける体をどうにか脚を伸ばして支えた。

「……やっぱり」

 薄く茂った藻の上に草が根を張り、下へ続く坂道を覆い隠す蓋を作り出している。

 天然の落とし穴だ。

 歩みを進めるにつれ、蔦が掻き分けられるようにして体が地面に埋まっていく。

「ちょっと、大丈夫なの……?」

「平気、空気は澄んでる」

 不安そうに躊躇うミースを余所に、ソフィも洞窟に足を踏み入れた。

「この辺り、なんで草が生えてないのかしら」

 彼女の言う通り、坂は砂利が転がるばかりで、端は岩壁で塞がれている。

 不毛の土地を寝床にしているというのは、牧歌的なハオバオの印象に如何にもそぐわない気がした。

 私は先に進んでいたから、それを逸早く目にする事になった。

 それが良い事だったのかは分からない。

 全身から汗が噴き出す。

「二人共、逃げるよ」

「……何?」

 隣に並ぶソフィが剣を抜いて構えたが、そんな物では相手にもならないだろう。

 カンテラに照らされるぬめりを帯びた白い肌。

 蛇のように長く太い体がとぐろを巻いて、こちら側を向いた頭部は光に当てられても無反応だ。

 それもその筈、奴の顔には目も耳もない。

 ただ細かな牙の並ぶ、巨大な円形の口腔が広がるばかりなのだから。

「ワーム……っ」

 ミースが震え声で後退る。

「どうしてこんな所に……ッ」

 ソフィも冷や汗を垂らしていた。

 私は息をひとつ吐き出し、辺りに視線を走らせる。

「ハオバオが捕食された形跡はない。たぶんあの動物はワームに狙われないんだ」

 潮吹きのせいかもしれないと、ふと思ったが推察は後ですればいい。

 一歩ずつ後退り、白蛇が角に消えて見えなくなるまで、湾曲する洞窟坂を登り続けた。

 仮初の地面を裂いて外に出ると、いつも通りの草原に、鈴虫の音が響いている。

 三人は揃って水底から浮上したように大きく息を吐いては吸ってを繰り返した。

「ギルドに報告するけど、いい?」

「間違いなく討伐に回されるわよアレ。はっきり言って、何人死ぬか分かったものじゃない。黙殺するのも一つの正義だと思うけど」

 ソフィは冗談を言うようなトーンだったが、割と真剣な顔でそう呟く。

 ミースは呆然と立ち尽くし、焦点の定まらない瞳で地面の一点を見つめている。

 私は見えないと分かっていて首を振った。

「特定のモンスターは遭遇した場合、ギルドへの報告義務が生じる。ワームの秘匿なんて、それこそ懸賞金が掛けられかねない罪よ。少なくとも公にはね」

 私は草の倒れ具合から元来た道を見分け、さっさと引き返す。

「毛皮を持って帰ろう。後の事は、上の判断に任せればいいから」

 逃げるように早足で歩く。

 実際立ち去りたい気持ちで一杯だ。

 あれを見て私が感じたのは動揺と。

 それと、高揚だった。

 口元を手で覆う。

 ミースを巻き込む訳には行かない。

 私やソフィと違って、彼女には前途がある。

 嗚呼でも、名残惜しい。

 あいつなら、私達を戦いの中で死なせてくれそうなのに。

 草を掻き分ける足が止まらないよう気を張っていた。

 ソフィの歩き方も、どこかぎこちないように思えた。

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