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下僕の予見  作者: nainai15
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絶望

あれから、さらに二ヶ月が経った。


相変わらず、俺の肩書きは“奴隷”のままだ。

与えられる仕事も、厳しい生活も、ほとんど変わっていない。


……でも、俺自身は少しずつ変わっていた。


「ふっ――はっ!」


朝のわずかな時間、牢屋の片隅で身体を動かすのが日課になっている。

腕立て、腹筋、反復横跳び(これは何となく)。

それを魔力をうっすらとまといながらこなしていく。魔力制御と筋トレを同時にこなす、地味ながら地味に効く訓練法だ。


魔法だけじゃない。

俺はようやく、もう一つの加護――《予見の加護》にも手をつけ始めていた。


……もっとも、こちらはまったく進歩がない。


「右目が疼く……!」

などと中二病じみたポーズを取ってみたりもしたが、何も起きなかった。

その様子を見たリオンに「うわぁ……」という顔をされたのは言うまでもない。泣きたい。


“予見”って、何を見るのかもよく分からないし、そもそもイメージすら難しい。

ただ、諦めずに模索だけはしている。いつか必ず、何かの形になると信じて。


一方で、魔法のほうはかなり成長していた。


火花は火球へ。

小さな水玉は拳ほどの水塊に。

そして回復魔法も、小さな擦り傷なら完璧に癒せるレベルまで来た。


「ちょっとずつだけど……俺、成長してるのかな」


そんなことを呟いた昼下がり――


「ノアール、ご飯温めたよー!」


「おっ、ありがとー」


「……ちょっと! なんで上半身裸なの!? ちゃんと服着てきなさい!」


「いや、体動かすと暑くて……。幼馴染だし、別によくない?」


「よくない!」


いつものように、そんな軽口を叩きながら、俺たちは食事を取る。


「でもまあ、調子に乗ってスカート焦がしたりしないようにね?」


「……一回のミスをいつまで引きずるんだよ……」


「一生!」


そんな、どうでもいいような口げんか。

でも、その“どうでもよさ”が、どれだけ幸せなことか。

魔法の練習、訓練、作業、そしてリオンとの日常。


奴隷としての生活の中でも、俺たちの世界は少しずつ確かに、変わってきていた――。


***


その夜、荷物運びの帰り道。


暗い廊下の片隅で、従業員たちがこそこそと話しているのが聞こえてきた。


「来月、奴隷オークションが開かれるんだってさ」


「マジかよ……前回も相当数が“出された”らしいな」


「今回も選別が始まるらしい。年齢、技能、価値……どう判断されるかは分からんが……」


――オークション?


足が、ぴたりと止まる。


聞き間違いであってくれと願った。

でも、彼らの沈痛な表情が、その言葉が“現実”であることを物語っていた。


奴隷オークション――

それは、奴隷たちを商品として競りにかける、非情なイベント。


逃げることは許されず、売られた先でどんな扱いを受けるかもわからない。

今よりも過酷な環境になる可能性だって、十分にある。


「……くそっ」


唇を強く噛む。


リオンが、昨日やっと銀貨二十枚を貯めて喜んでいたのに。

やっと、人生に手応えを感じはじめたところだったのに。


なのに……その希望を、まとめて打ち砕くような現実が迫っている。


***


重たい足取りで牢屋に戻ると、リオンが笑顔で出迎えてくれた。


「ご飯、温めたよ」


その何気ない言葉に、涙が出そうになる。

この日常が、壊されようとしているなんて――


「……リオン」


俺は、言葉もなく彼女を抱きしめた。

そして、震える声で事実を告げた。


「来月、オークションがある……って話を聞いた」


「……そっか」


一瞬、リオンの表情が強張る。

でも、彼女はすぐに微笑みを取り戻した。


「大丈夫。ノアールが、探しに来てくれるって信じてるから」


「そんな、簡単に言うなよ……! どこに売られるかも分からないんだぞ!」


「だからこそ。信じてなきゃ、不安で押し潰されそうになるじゃん」


「……っ」


「それに、まだ選ばれるって決まったわけじゃないしね。気にしすぎだよ」


――ほんとは、きっとリオンも不安でたまらないはずなのに。


なのに俺の前では、笑ってくれる。

だからこそ、俺は自分の無力さが悔しくてたまらなかった。


「くそ……俺が、こんなんでどうする……!」


「うん、そんなことよりご飯食べよ? もう冷めちゃってるけどね?」


「……あぁ、そうだな。冷めても、うまいしな」


俺たちは、笑いながらご飯を食べた。


シャワーを浴びて、ベッドに入る。

ただひとつだけ、いつもと違っていたのは――


リオンが少しだけ、震えていたこと。

そして俺が、なかなか眠れなかったことだ。


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