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下僕の予見  作者: nainai15
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魔法

あの日から、ちょうど一ヶ月が経った。


あの日から、ちょうど一ヶ月が経った。


俺の生活は――まあ、相変わらずってやつだ。


奴隷という身分も、朝から晩までの重労働も、周囲の冷たい視線も、何ひとつ変わっちゃいない。


でも、それでも。

たった一つだけ、確かに変わったことがある。


それは――


「魔法が、少しだけ使えるようになった」ってことだ。


あの、ファンタジー作品でみんなが憧れた“魔法”。

世界中のオタクたちが涙を流して喜ぶ、あの異世界テンプレの象徴みたいな力。


かつての俺は「神様、チートよこせ!」なんて願ったこともあるが、今はもう言わない。

だって、ほんの少しでも魔法が使えるようになっただけで、俺には十分すぎるほど嬉しいから。


……なお、もう一つ授かった“加護”については、いまだに放置している。

だって魔法が楽しすぎるのが悪いと思います先生! ごめんなさい!!


(お水こぼれてるよ~! またベッド濡らすとこだった!)


ついニヤニヤしながら練習してると、魔力の制御がふっとんでしまうことがたまにある。これが地味に怖い。


「……いや、狙ってないからな? ちょっと魔法の練習してただけで――」


「ふ~ん? じゃあ次やったら“ノアールが盛大に漏らした”って、みんなに言ってまわるからねっ!」


「リオン様、それだけはマジで勘弁してください……!!」


そんな脅しにもめげず、俺は今日もこっそりと魔法の練習を続けている。


毎晩、布団をかぶって、小さな手のひらに魔力を集める。

最初は、ほんのりと手があったかくなる程度だった。けれど今では、ごくまれに火花が散ったり、ふよふよと水の玉が浮いたりもする。


ちなみに、魔力制御をミスってベッドを水浸しにしたときは、本気でもらしたと誤解されかけた。精神年齢27歳が“漏らした”とか言われたら、羞恥心で死ねる。いやマジで。


でも、そんなトラブルも含めて――魔法の練習は楽しい。


何より、“自分の力で何かを生み出す”って感覚が、俺の胸をくすぐる。


前の人生では、そんな経験なんてほとんどなかった。

ただ日々をやり過ごしていた俺が、いま少しずつでも努力して、成果を得ている。それだけで、心の奥がじんわりと温かくなる。


奴隷という立場じゃ、大きな夢なんて見られない。

でもそれでも、俺は俺なりに、前に進もうとしてる。


***


その日も、いつものように荷物運びの作業中だった。


最近は、「魔法で荷物浮かせられたら楽なのにな~」とか考えながら仕事することが増えてきた。まぁ、実際に浮かせられた試しはないんだけど。


「っ……いった!」


前方から、鈍い音とともにリオンの小さな悲鳴が聞こえた。


振り返ると、彼女が棚の角に手をぶつけて、しゃがみこんでいた。


「大丈夫か!? ちょ、手見せて。……けっこう切れてるな」


「へーきへーき、いつものことだし、放っておけば勝手に治るよ」


「……いや、ちょっと試したいことがあるんだ。動かないで」


俺は、そっと彼女の手をとった。

傷口を見つめながら、深呼吸する。


(集中しろ……大丈夫、イメージだ。癒しの光……温かくて、優しくて……傷が、ふさがっていく……)


手のひらに魔力を込めて、そっと彼女の傷へと重ねる。


……ふわり。


淡い光が、俺の手のひらにともった。


「……っ!」


血がにじんでいた傷口が、じんわりと落ち着いて、少しだけだけど塞がっていく。


(やった……! 初めて、癒しの魔法が成功した!)


「ノアール……今の、魔法? 本当に?」


リオンの目がぱあっと輝く。まるで子どものような無邪気な笑顔で、俺の手をぎゅっと握ってきた。


……なんか、こう、照れる。


「でも、まだぜんっぜん使えないんだよ。たまたま上手くいっただけで」


「でも、その“たまたま”がすごいんだよ! ね、ノアールってほんとに頑張ってるよね」


(……またそれか)


照れ隠しに顔をそむけると、その瞬間。


ピョンッ、と魔力が指先から弾けて、リオンのスカートのすそに火花が飛んだ。


「ちょ、ノアール!? 嬉しくてもそれはダメー!」


「ご、ごめん! マジで狙ってないんだって!」


そんなドタバタ劇を繰り返しながらも、俺の奴隷生活は続いていく。


でも、確かに――


俺の中には“魔法”という、小さな希望が芽吹きはじめていた。


小さな一歩。だけど、その一歩が、未来を変えるかもしれない。


世界はすぐには変わらない。

だけど、自分が変われば、きっと何かが変わる。


そう信じてみたくなるくらいには、俺の世界も、少しずつ――確かに動きはじめていた。


そして――静かに、運命の時が近づいている。

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