分岐点(リオン視点)
あれから、半年が経った。
ノアールが12歳になった。つまり……今日は、成人の儀式の日。
(ほんとに早いなぁ……もうそんな時期なんだ)
朝、目を覚ますと、となりのベッドにはノアールの寝ぼけた顔。
やっぱり、相変わらず朝に弱い。……っていうか、むしろどんどん弱くなってる気がする。
私は“生活の加護”のおかげで、毎朝シャキッと目覚められる。だから、今朝もちょっと早起きして、ご飯を温めておいた。
「ノアール、ごはん温めたよ! 今日はちょっと温めすぎたかも……!」
焦げてたらどうしよう……って内心ハラハラしてたけど、彼はちょっと笑ってこう言った。
「焦げてても、あったかけりゃ神飯だよ」
……ほんと、そういうとこだけは上手いんだから。
ちょっとだけ背が伸びて、口調も少し大人びてきた気がする。
でも、本当は不安でいっぱいなんだよね。今日の儀式のことも、これからのことも。
……だから、私はちゃんと見ていたい。ノアールのこと。
作業場に向かう途中、いつも通り荷物を運んでるフリをしながら、そっと声をかける。
「ノアール、今日って……わかってるよね?」
「……ああ。“成人の儀式”だろ?」
ノアールの声は静かだった。でも、その目にはちゃんと覚悟が見えた。……少しだけ、安心した。
奴隷だって、12歳になれば“加護”を授かる。それがこの世界の決まり。
それで解放されるわけじゃない。けど、自分だけの“何か”が与えられることは、たとえ小さくても希望になる。
(じゃあ、行ってらっしゃい)
(うん、行ってくる)
短いやりとり。でも、心はちゃんと通じたと思う。
私は、彼の背中を見送った。
***
時間が、すごくゆっくりに感じた。
手元の作業なんて全然集中できないし、何度も外を気にしては、まだかなって思ってばかり。
そして――ようやく、ノアールが帰ってきた。
彼の姿を見た瞬間、私は思わず駆け寄っていた。
「ノアール! どうだった? 大丈夫だった?」
……声、ちょっと裏返っちゃった。恥ずかしい。
「落ち着けって。ちゃんと授かってきたよ」
ノアールのその一言に、胸の奥がふっと軽くなった。
「どんな加護だったの?」
「……魔法の加護と、予見の加護」
……え? 今、なんて?
「えっ……!? 二つももらったの!? すごいよ、それ!」
加護を“二つ”も持つなんて、聞いたことない。
それって、つまり――ノアールは特別ってことだ。
本人は照れくさそうにしてたけど、私はちゃんと見てたよ。その瞳の奥に、ほんの少しだけ誇らしさがあったこと。
ああ……よかった。ノアール自身が、自分の価値を少しでも信じられるなら、それだけで私は嬉しい。
「ちょっと疲れたから、今日はもう寝るわ」
「ダメ。ご飯とシャワー、先に済ませてから」
疲れてるのはわかってる。わかってるけど、ちゃんと食べて、ちゃんと身体をきれいにしてほしい。
私が言うと、ノアールはちょっとだけ文句を言いながらも、ちゃんと言うことを聞いてくれた。
シャワーを終えて戻ってきた頃には、私はもう布団の中。
でも……目を閉じても、眠れなかった。
ノアールの未来のこと。
私と、これからも一緒にいられるのかってこと。
不安なことばかりが、頭の中をぐるぐるしてた。
だから、せめて、伝えておきたかった。
「……成人、おめでとう。ノアール」
小さな声。だけど、心の底からの祝福。
その瞬間――
「……ありがとう」
ノアールの、優しい声が返ってきた。
(これからも、一緒に……生きていこうね)
そう願いながら、私は彼の隣で、そっとまぶたを閉じた。
大丈夫。ノアールなら、きっと大丈夫。