分岐点
あれから、約半年が経った。
俺は12歳になったらしい。
生年月日は「精霊歴193年6刻4日」。ちなみにリオンは1つ下で「194年12刻20日」生まれだ。
――とはいえ、奴隷生活は相変わらず。
毎朝の重労働、冷たい視線、そして、いつ終わるかもわからないこの運命。
「ノアール、ごはん温めたよ! 今日はちょっと温めすぎたかも……!」
明るい声に、ぼんやりしていた意識が引き戻される。
最近ちょっと“お姉さんぶってる”リオンは、今日も笑顔だ。
「あったかけりゃ、神飯だよ」
「ほんと、そういうとこばっかり上手いよね、ノアールって」
ふふっと笑いながら、ご飯を手渡してくれるリオン。
“生活の加護”の力で、今日もホカホカ。……ありがたい。マジで。
俺たちはいつものように、薄暗い作業場へ向かう。
昨日も、今日も、きっと明日も――荷物を運ぶだけの、同じ労働。
……でも、今日だけは少しだけ違っていた。
***
作業の合間。中腰で荷物を運んでいた俺に、リオンが真剣な顔で話しかけてきた。
「ノアール、今日って……わかってるよね?」
「……ああ。“成人の儀式”だろ?」
12歳になると、誰でも受ける“加護”の儀式。
奴隷でも例外じゃない。
もちろん、それで自由になれるわけじゃないけど――
それでも、一歩前に進むような気がするんだ。小さな、小さな希望でも。
正午きっかり。儀式の時間。
リオンは教会へ向かう俺を、入口まで見送りに来てくれた。
「じゃあ……行ってらっしゃい」
「うん。行ってくる」
短く言葉を交わし、俺は奴隷商の従業員とともに教会へ向かう。
到着してみると、参加者の中に奴隷はほとんどいなかった。
やっぱり、12歳まで生き延びる奴隷なんて珍しいんだろう。
そして俺たちは、順番を待たされる。
貴族、平民、最後に――奴隷。
……もう、悲しいとか悔しいとか、そんな感情は擦り切れてる。
やがて俺の名前が呼ばれた。
通されたのは、冷たく静かな石の部屋。
中央には青白い炎が揺れる祭壇。そして、杖を持った司教の老人がひとり。
「ノアール。目を閉じ、心を空にせよ。お前の中にある“加護”に、触れるであろう」
俺の額に杖が触れた。
……深く目を閉じる。
意識が、沈んでいく。
胸の奥が熱く、震えるような感覚――
(……これが、“俺の加護”?)
感覚も、時間の流れも消えていくような――そんな、深い深い静けさ。
***
「……おい、ノアール!」
怒鳴り声とともに、意識が現実に引き戻される。
気づけば体が淡く光っていて、皮膚がぽかぽかと温かい。
「加護、出たか?」
「……うん。出たよ」
加護は自分以外には見えない。司教にも、従業員にも。
それに、加護の内容を口にするのは禁止されてる。
「商品」の価値が下がる可能性があるから、だとさ。
(他の奴もさっさとやらせろ! ぐずぐずすんな!)
従業員の声を背に、近くの椅子に座ってため息を吐く。
……いや、嬉しいんだよ? 嬉しいんだけどさ!
チート能力なんて出なかったし、ちょっとくらいご褒美くれてもよくないか、神様!
その後、俺たちは「加護申告書」に記入させられた。
もちろん、嘘はつけない。“真実のペン”って魔道具があるから。
俺が授かった加護は――
「魔法の加護」
「予見の加護」
……まさかの、二つ。
その場では驚きすぎて何もリアクションできなかったけど、内心ではガッツポーズ。
「予見の加護」ってのは、たぶん新しいタイプだ。まだよくわからない。
「お前……ダブルホルダーか? まあいい、次、来い!」
従業員の驚いた顔を背に、少しだけ得意げな顔をしながら、俺は部屋を出た。
***
寝床に戻ると、リオンが心配そうに待っていた。
「ノアール! どうだった? 大丈夫だった?」
「落ち着けって。ちゃんと授かってきたよ」
「どんな加護だったの?」
「……魔法の加護と、予見の加護」
「えっ!? 二つも!? すごいよ、それ!」
リオンは目をまんまるにして、本気で驚いていた。
……たぶん、この魂が元々この世界のものじゃないからかもしれない。
正直、手放しで喜ぶ気にはなれないけど――
でも、リオンが嬉しそうに笑ってくれるなら、それだけでよかった。
「ちょっと疲れたから、今日はもう寝――」
「ダメ。ご飯とシャワー、先に済ませてから」
「えぇ……めんどくさ……いや、わかりました!」
リオンはめったに怒らないけど、怒ると本気で怖い。
俺はしぶしぶシャワーを浴びて戻った。
戻ってくる頃には、リオンはもう寝息を立てていた。
俺も布団に潜り込む。まぶたが落ちそうになる、その時――
「……成人、おめでとう。ノアール」
リオンの優しい声が、ふわりと耳に届いた。
(……ありがとう)
小さく呟いて、俺は静かに眠りについた。
こうして、俺の“成人の日”は終わった。