混乱
まず俺は――異世界転生ってやつをしてしまったらしい。
いや、まさか本当にあるとは思わなかった。
元の世界では、無職でダラダラしてラノベ読んだりゲームしてたり暇を潰してた俺が……いまや11歳の少年ノアールとして、奴隷生活してるって、どういうこと?
なんでも、10歳くらいの頃に遊びに行ってたタイミングで街が襲撃されて、親も知り合いも行方不明。で、さらには盗賊に捕まって、そのまま奴隷商人に売られたってわけ。いや、人生ハードモードすぎて笑えるんだけど……
「いや!! 笑えねーよ!!」
「うわっ、どうしたの!? 急に声あげて!」
驚いて声をかけてきたのは、俺の幼馴染らしい少女――リオン。最初、少年かと思ってたけど、女の子だった。すいませんでした。
なんで幼馴染が一緒にいるかって? それは、街が襲われたとき、俺と一緒に遊びに出てたかららしい。
「大丈夫? さっき急に倒れたからびっくりしたよ。まだ体調悪いなら、休んでも――」
「いや、大丈夫だよ。ちょっと混乱してただけだから。それに、休んだら奴隷商人の人に怒られるし……」
「それはそうだけど……私が、クドリフトさんに頼んでみようか?」
リオンは俺より1歳年上の12歳。どうやら“私が守らなきゃ”って思ってくれてるらしいけど、中身が27歳のおっさんとしては、それが逆にツラい。12歳に守られる27歳……情けなくて泣けてくる。
「そんなことしたら、リオンが怒られるだろ。ダメだよ。それに、俺も11歳だし、大丈夫大丈夫」
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ちなみに、“クドリフト”って名前が出たけど、これは俺たちが売られた「クドリフト奴隷商会」の会長の名前。この商会は、ヴァルハルト帝国って国にある大きな奴隷商会らしくて、わりと設備はマシな方。まあ、奴隷生活に“マシ”とかある時点で終わってるが。
この世界では、奴隷は割と普通らしい。自力で働いて金貨1枚を貯めれば解放されるか、もしくはオークションで誰かに買われるか。そのどちらか。ただし……金貨が貯まる前に売られる奴がほとんどらしい。理不尽すぎる。
「ノアールはまだ成人してないんだから、甘えてもいいんだよ?」
この世界の成人は“12歳”らしい。成人の儀式で“加護”と呼ばれる力が与えられ、自分の素質や適性が分かるそうだ。
リオンも成人の儀で“生活の加護”ってのをもらった。ちょっとだけ物を温めたり、生活が快適になる系の力。本人は不満そうだったけど、めっちゃ便利じゃん。
しかも、魔法も努力次第で誰でも使えるって話だし……ちょっとワクワクしてる俺がいる。
「冗談言ってないで、早く仕事終わらせよ?」
「いや、冗談じゃないんだけど……」
今やってる仕事は、商会の荷物運び。これをこなせば銅貨がもらえる。リオンは「お金を貯めて、2人で解放されよう」って言ってくれてるけど……何年もオークションが来ない保証なんて、ない。
「おい、ガキども。そこの荷物はここに置いて、さっさと牢屋で飯食って寝てろ!」
これが商会の従業員。つまり俺たちの監視役ってわけ。
「わかりました」
「行こう、ノアール」
俺たちは急ぎ足で寝床へ向かう。余計なことしてるとすぐ怒られる。
途中、同じように囚われている奴隷たちとすれ違ったけど……みんな目が死んでる。喋る気力もないって感じ。
部屋は2人1組で、最低限の設備――トイレ、シャワー、ベッド、食事が揃ってる。この商会は“商品を大切にする”って方針らしくて、他の場所に比べればまだマシ、らしい。いや、それでも奴隷だけど
寝床に戻ると、冷めた飯が用意されていた。
「ほら、食べよ。今、あったかくしてあげるね」
リオンの手元がほのかに光って、飯がじんわり温かくなる。
これが“生活の加護”か……すげぇなマジで。
「やっぱ、リオンの加護すごいわ。羨ましい」
「今はこれくらいしかできないけどね。……ほら、冷める前に食べよ」
「イシュタリア様に感謝を」
「イシュタリア様に感謝を」
この世界では、食事や儀式の前に“創造神イシュタリア”に感謝の言葉を捧げるのが習わしらしい。正直、神様が本当にいるのかは怪しいけど……形だけでもやっとかないと、な。
飯は不味い。けど、食わなきゃ死ぬ。仕方なく口に押し込んで、シャワーを浴びて、ようやく横になる。
え?
女の子と一緒の部屋で寝て平気なのかって?
平気なわけないだろバカヤロウ。しかも、リオン引っ付いてくるんだよ!
童貞の俺には刺激が強すぎる……頼む、やめてくれ……いや、やめないで……いや、やっぱりやめてくださいお願いします。
そんなこんなで、初めての奴隷生活が終わる。
“俺、これからどうなるんだろう”なんて、ぼんやり考えてたら、自然と眠くなってきた。11歳の体って、意外とエネルギー使うのな。
でも今日1日で、ひとつだけ決めたことがある。
――本気で生きてみようって。
前の人生は、何もかも投げ出してた。
だけどこの異世界では、ちゃんと前を向いて、ちゃんと努力して、ちゃんと生きてみたい。
(……じゃあ寝よう。おやすみ〜)