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4 そこに直れ愚父よ




「さて、皆さん準備はいいですか」


「「「はい!!」」」


 ウーッ ウーッ


 使用人たちの威勢のいい返事を聞き、メイラは満足そうに頷く。


「母上にシャルロットさんもいいですか?」


「え、ええ……」


「はい」


 ウーッ ウーッ!

 

 戸惑う母と落ち着いた様子の天使シャルロット。

 まあ大丈夫だろうと思い、足元で呻く麻袋を一蹴りする。


 ウッ!


「お嬢様。私が確認させておりません」


 不貞腐れたような顔で傍に立つ彼に、渋々声をかける。

 ここで手間取っている場合ではない。


「……テイラー、準備は」


「出来ております」


(なんなんだ……)


 ウーッ


「ああ、すみません。今、出しますね」


 麻袋から現れたのは、伯爵家現当主オリビア・ターカリー。


 我が父だ。


「ごきげんよう、父上」


 猿ぐつわを解くと、父は何かを言おうとした。

 しかし、私の笑っているのに笑っていない顔に恐れをなしたのか口をつぐんだ。


「さて……………………弁明は?」

 

「た、大変申し訳なかった……」


 無口な父にしては、しっかりとした謝罪だった。





 父の弁明としては、やはり天使の存在は隠しておくべきだと判断して行った、とのこと。


「へえ……でも、浮気の弁明は聞けてないですね?」


 ガン詰めしてくる娘にタジタジの父。


「そ、それは……」


 脂汗をかく父。


「まあ、どうせ口下手を発揮して、弁明も出来ずに仕事に逃げたんでしょうけど」


「うっ…………」


 図星らしい。


 情けない父の姿に、そんなことだろうとは思っていた。


 母は憎しみで目が曇っていたから仕方ないが、成長した私は次第に気づいていった。

 「実は父、浮気してないんじゃね?」と。


 そう考えだしたのは、12歳の頃。

 実際に浮気相手(実は違った)と対面した時だ。


 正直、あの平凡な父がこんな美人を捕まえられるはずがないと思った。

 母のぞっこんっぷりが異常なのだ。

 あんな中庸男のどこがいいのだろうと、正直今でも思っている。


「……別室で母上と話してきてください」


 傍に控えていたメイドに合図し、両親を部屋から追い出す。


 そして、部屋には私と天使一家が残った。






「嫌です」


「いや、まだ何も言ってない……」


「言わなくても分かります。貴方のことはすべて」


「え、なにそれ怖い」


 迷惑をかけてしまった天使の親子に、私は移住を提案しようとしていた。

 しかし、どうしてもテイラーに会話の切り出しを邪魔される。


「ちょっと話を」


「嫌です」


「いや、だから」


「聞きません」


 万事がこの感じだ。

 眉間に青筋を立てかけていた私に、天の助けがはいる。


「テイラー、話だけでも聞いてみましょう?」


「シャルロットさん……」


 流石、本物の天使。

 聞く耳を持たないどっかの誰かとは大違い。


 私の表情で察したのだろう。

 彼も渋々口を閉じた。

 よしよし、シバかれたくなかったらその口を閉じるのが正解だ。


「お二人を少し離れた場所にあるガリバー子爵家の領地に移住してもらいたいと思」


「断固拒否します」


「私も、お気持ちだけいただきます」


「え」


 話を聞いてみると、天使の力はこの土地だからこそ強まるのだそうだ。


「それにやはり、あの人との思い出の地でもありますから」


「シャルロットさん……」


 そうだ。彼女にとって想い人を思い出せるのは、もはやこの土地でしかない。

 それに最近、彼女の神殿が見つかったのだから、ここにいた方がいいだろう。


「すみません。不躾な提案でした……」


「いえ、私たちのことを考えて下さったのですね。ありがとうございます」


 引き続きこの領地で生活することに決まり、この場はお開きとなったのだが……。










「お嬢様」


「うわっ!……なに、まだいたの?テイラー」


 部屋から全員出て行ったはずが、一人だけ残っていたようだ。

 

 ……それも、最も残っていて欲しくない人物に。


「話は済んだでしょ。あなたも早く帰って」


「天使は年をとりません」


「?」


 突然、天使について語り出した。


 なんだろう。自分が天使であるってことを主張したいのだろうか。


「そうだね。まあ、例外はあるらしいけど」


「そう、例外です」


(あ、なんかいらないこと言ったっぽい)


 明らかに瞳に強い光を宿した彼に、嫌な予感を覚える。

 こっそり部屋のドアの位置を確認しながら、じりじりとそこへ寄っていく。


「愛する者が見つかった時、天使はその者と同じ時を過ごす」


「あー。つまり、寿命が一緒になるってことね」


 難儀な生き物だと思う。

 だってその対象がカゲロウや蝉だったら、数秒や数日で寿命がつきてしまうのだから。


「はい、その通りです。……ところで、私の時間が進みだしたのはいつか知っていますか」


「え、ああ。なんか聞いたような……」


 この数日間、あまりにも濃い時間を過ごしたせいで記憶が定かじゃない。

 でも、“黒猫の店”でシャルロットさんが何か言っていたような気が……。


「……俺の時間が進みだしたのは、あなたが12歳の頃ですよ」


「へえ」


「おそらく、君が俺と一緒に風呂に入ろうとしたり、男女のことについて教えようとしてきた時だ」


「へえ……えなっ!?」


「今でも……あの時の約束は有効か?」


 唖然とする私に、妖艶と微笑みかけるテイラー。

 こいつ、天使じゃなくて悪魔か何かじゃないのか。


(そんな昔のことを掘り返すなんて……!)


 確かに、あの時の提案は断られた。

 そして、私は確かにこう言った。


『じゃあ、あなたの気が向いたらやってあげる』


「あの時の約束の有効期限は決めてなかった」


「無効!無効です!」


「なあ、メイラ」


「!?」


 初めて、名前を呼ばれた。

 今までお嬢様とした呼ばれなかったのに。

 

 鳥肌がぞわぞわと立つ。


「俺は今、気が向いてるぞ?」


「~~~!!あんぽんたんっ!!」


 スコーンッ


 そばにあった来客用のスリッパでテイラーの頭をシバく。 

 とても清々しい音がした。


 スリッパを握りしめながら、にっくき男の顔を見る。


「!?」


 彼は笑っていた。

 ……とても幸せそうに。


「俺は君に出会えたことが人生最大の幸せだ、メイラ」


「お生憎様。私はあなたに出会ったことが人生最大の災いよ、テイラー」


 一時は、お互いに憎み合っていた時もあった。


 けれど、互いを知っていく中で変化するものがあった。


「心外だな。俺は一度たりとも君を憎んだことはない」


「いや、それは…………まって。私、今なにも言ってなかったよね?」


 え、まさか……。

 いや、そんなまさか。

 いやいや。流石に心を覗くような変態にまで成り下がったわけが……。


「俺は君の輝きに一目惚れしたんだ。あと、俺は変態じゃない。まあ、メイラ限定なら変態と呼ばれても差し支えないな」


「差し支えるわ!この変態天使が!!まさか心までも覗く覗き魔だったの!?」


「愛してるよ、メイラ」


「そんなんで誤魔化されんわ!この阿呆ッ!」


 部屋で繰り広げられる会話は、屋敷中に聞こえていた。(主にメイラの声)


 そして、そう遠くないうちにあの漫才を繰り広げる二人がくっつくことを、屋敷にいた人全員が確信していた。





 屋敷の一室にて。


「あなた、今までごめんなさい」


「いいんだ、私が口下手だったばかりに……」


 和解した夫婦は、娘の話に移行する。


「あの子の結婚式は、豪華にしたいわ」


「いや、でも、結婚はまだ……」


「あら、もう18よ?早すぎるわけじゃないわ」


「いや、でも……」


「楽しみね」


「……………………」


 







 屋敷の客室にて。


「おめでとう、テイラー」


 天使が自身の息子の門出を祝う。


「でも、束縛しすぎないようにね」


 天使の性分として、独占欲はどうしても抑えられない。

 かつて想い人に同じことをした彼女は、息子の想い人に同情した。


「メイラさん……どうか息子を見捨てないでね」











 使用人たちの部屋にて。


「やっぱりくっついたわ」


「ええ、私たちの思った通りね!」


 キャッキャッと喜ぶ女性陣に対して、男性陣は真剣な顔をしていた。


「……おい、オッズは?」


「いや、まだ結婚するとは決まってねぇ」


「確かに。まだ、この賭けを終わらせるわけにはいかないな」


「確か、子爵家の長男もいたよな」


「ああ、ガリバー子爵家だった気が」









 各々の思いを抱きつつも、メイラとテイラーの門出は祝福に満ち溢れ「てない!!」


 …………テイラーの頑張り次第では、結婚する日も早まるだろう。



 とにかく、ハッピーエンドで終わりそうな予感「予感ではない」


 …………このカップル、自我が強すぎる。




 はいはい、どうせこの物語はハッピーエンドですよー。


「投げやりね」


「適当だな」


 ……………………この二人が想いを通わせる日はきっとくる。

 まあ、いつになるかはわからないけれど。




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