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3 積年の憎しみと向き合う時




『母上へ

 

 本日の昼頃、カルデラ町8丁目の“黒猫の店”でお待ちしております。

 

 あなたの娘 メイラ・ターカリーより』



 馬車の中で手紙を読み返しながら、オリビア・ターカリーはため息をついた。




 昨日、娘から手紙をもらった。

 幼い頃からオリビアの話を聞き、寄り添ってくれる娘。

 そんな娘を自分は愛している。

 

 でも、数年前からあの子の様子がおかしかった。


 あの憎い女がいる町に足を運んでいたのは把握している。

 けれど、何をしていたかまではわからなかった。

 …………否、知りたくなかった、というのが本音だろう。


 唯一の味方である娘にまで背を向けられてしまったら、立ち直れないだろうから。















「すーはー、すーはー、すー…………」


「お嬢様、息を吸い過ぎです」


「ハァーーーー……っげほげほ」


「お嬢様っ」


 テイラーの背中を擦られ、私は息を整えた。


 もうすぐ、ここに母がやってくる。

 オリビア・ターカリーが。


「……シャルル・ファビオさん。覚悟はよろしくて?」


 振り返れば、“黒猫の店”の主人である女性が微笑む。


「はい、問題ありません」


「そう……」


 どうやらこの場で緊張しているのは自分だけのようだ。


 店内を見渡すと、商品棚や台座の上にあった商品は片付けられていた。

 ……指示通り、物を撤去してくれたようだ。


(母は物に当たるタイプだから……)


 代金を支払えるだけの財力があるとは言え、物を壊していいわけではない。

 あらかじめ、危険の種は間引いておくべきだろう。



 カランコロン



「!!」


 ドアが開く。


 そして、黒い外套をまとった妙齢の女性が入って来た。


 ――――母、オリビア・ターカリーだ。


「メイラ。こんなところに呼び出し……て……」


 視線が私から、横にいるシャルル・ファビオに移る。


 …………浮気相手と、本妻の対面だ。


「メイラ!!これは一体…………どういうことなの!?」


「………………っ」


 案の定、母は怒り狂った。

 けれど、そのままでいることはできない…………できないんだ。


「母さん!聞いて!」


「!」


 幼い頃の呼び方で、母を呼ぶ。

 効果があったのか、母は口をつぐんだ。


「ずっと母さんの味方をしてきた。だって浮気は悪いことだし、母さんが大事だったから」


 そう、浮気は悪い事。


「…………でも、病人すらも虐げるのは駄目。母さん、言ってたでしょ?相手は選びなさいって。だったら!…………復讐する相手も選んでよ」


 でも、弱者を虐げるのはもっと悪い事。


「誰を憎んでもいい…………。でも、私は分別もつかずに何もかも壊す母さんは見たくない!」


「メイラっ!私………私は!そこの女が憎いの!!」


「……っ」


 燃えるような瞳が一瞬だけこちらに向けられ、言葉に詰まる。


 母は、シャルル・ファビオを燃えるような瞳で睨んでいる。

 想像以上に根深い憎しみを直視し、私は絶望した。


(ああ、やっぱり無理だった)


 そう諦めそうになった時だった。


「お待ちください」


 鶴のような一声に、場が静まる。

 声の主はシャルル・ファビオ、その人だった。


「伯爵夫人に、真実を言います」


「この女狐がっ………!」


 母の聞き苦しい暴言に、思わず声を出す。


「母さん!」


「よいのです」


 私に微笑む彼女は、優しい聖母のようだった。

 …………目の前で鬼のような形相をしている母とは正反対。


「伯爵夫人。あなたは天使を信じますか」


「「……………………は?」」


 流石親子と言わざるをえないほど、母と私の声が綺麗に重なる。


「私は、天界に住んでいた第4位主天使シャルロットです」


 彼女の背中からバサッと純白の翼が現れる。


「「………………………………」」


「息子は、イスバニア王国初代国王バゼルギアとの間に出来た子です」


 イスバニア王国とは、数百年以上前にこの土地を支配していた国の名だ。

 バゼルギアという名は、初めて聞いた。

 多分、この情報を考古学者に売ればそれなりの値段になるだろう。


 目の前で起きている事が、()()であればの話だが。


 硬直している母の代わりに、なんとか声を絞り出す。


「てん……し?」


「はい。勿論、息子も天使である私の血を継いでいます。ですので———」


「ちょ、ちょっと待って!……数百年以上も前に身ごもったのに、なんで二人とも年をとってないんですか!?」


「ちょうど言おうと思っておりました。天使の寿命は人間のものとは比にならないほど長いのです」


 でも、息子であるテイラーは人間と同じように年をとっている。

 そうでないと、このようにがっしりした体に成長できるはずがない。

 ……昔は女の子みたいに華奢だったのに。


「人間の時間に合わせると、天使は年をほぼとりません。しかし、例外があります」


「例外?」


 その例外に当てはまれば、人間のように年をとるということだろうか。


「愛する者を見つけた時、天使はその者と同じように年をとり始めます」

 

「……………………」


「息子が年をとり始めたのは、たしか6年前」


「…………………………」


「丁度あなたが私たちに会いに来てくれた時ですね」


 優しく笑いかけてくる天使が憎い。

 

 ……テイラー、さり気なく腰に手を回すんじゃない。


「いや、でも!そもそもなんで私たちのもとに来たんですか?」


 執拗に伸びてくるテイラーの手を叩き落とし、天使シャルロットに尋ねる。


「実は私たち、この土地の奥深くで眠りについていたんです」


「え、眠り?」


「はい。最近、私のために造られた神殿が伯爵の手によって掘り起こされ、私たちの意識も呼び起されたんです」


 確かに、父は昔から発掘に力を入れていた。家に帰ってこないのも、家族との時間より地面の下にある物の方が好きだからだと母が愚痴っていたのを思い出す。


「天使は存在自体が珍しく、人々の興味をひきます」


「まあ……幻の存在だから……」


「そうですね。だからこそ、私たちは眠りにつかなければならなかった」


 彼女の口から語られた話は、人間の欲深さを物語っていた。

 彼らは人間の魔の手から逃れるために、地下深くで眠りについたのだ。


「……だから、天使であることを秘密にしていたんですね」


「はい。……しかし、その選択は間違っていたかもしれません。私が正直に真実を言っていれば、伯爵夫人にここまでの負担をお掛けすることは」


「いいえ」


 私は、はっきりと否定する。


「あなたの選択は間違っていません。今のように、正体を明かしていることこそが間違っている可能性が高い行為です」


「しかし」


「私は母を信じています。でも、私も母も人間です。うっかりあなた方の正体を口にしてしまう危険は常に孕んでいます」


 後悔で俯くシャルロットの前に立ち、手を握る。


「あなたの選択は間違っていません。唯一間違っていたとしたら、私を受け入れてこのような場に来てしまったことです」


 彼女が私に協力しなければ、自身が天使であることを言わなくて済んだ。


 だから、この責任は私が背負わなければならない。


「母上」


「……っ!?な、なにかしら」


「父上をシバきに行きましょう」


「え?」


 ことの発端は、あの仕事馬鹿で無口な父が招いたこと。


「浮気の弁明をしなかった言い訳を聞いてあげますよ、父上」


 燃え上がる炎を背負った私を追って、母とシャルロット、そしてテイラーが続く。



 

 なお、テイラーがメイラのことを本当に愛しているという事実が証明されたことに、彼女が気づくことはなかった。……その時は、まだ。




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