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2 いじめっ子を愛してる?正気じゃないな



「愛してます」


「はいはい」


「大好きです。好きで好きでたまりません」


「…………はいはい」


「結婚しましょう」


「正気に戻って?」


 最近の我が護衛のブームは「告白」のようだ。

 毎日のようにこんなやり取りをさせられている。


 訴えたら、もう何らかの罪で裁けるんじゃないだろうか。


「だいたい、あなた護衛だよね?護衛対象に恋するとかご法度では?」


 王立騎士団で学ばなかったのだろうか。

 雇い主との恋愛は泥沼だ。

 貴族の世界では護衛との恋で身を滅ぼした令嬢たちの話が数多くある。


 …………え、もしかして、それで私に復讐しようとしてる?

 ハニートラップで私を嵌めようとしてる?


(お、恐ろしい奴め…………)


 危うく騙されるところだった。

 そろそろ告白を無下にし続けるのにも罪悪感を覚えていたところだったが、間一髪だ。


「本当に愛しているのに…………」


 しょんもりする彼に、部屋にいたメイドたちが同情する。

 可哀想に、片思いなのね、などと好き勝手に言っている。


 全員、この顔のいい男に騙されているのだ。


「大体、私はあなたを虐げていた人間よ?どこに好きになる要素があるっていうの」


 令嬢然として、高慢に言い放つ。

 そろそろ、この男にもメイドたちにも畏怖ってモンを思い出してもらわねば。


「全部好きです」


「噓つけ!この大ほら吹きがっ」


 ダメだった。

 畏怖を感じさせるどころか、笑われている。

 違う、これは漫才じゃない。


「ふん、じゃあどこが好きかひとつずつ…………な~んて言うと思ったら大間違い。詐欺師は口が上手いから詐欺師なのよ。でっち上げなんて朝飯前でしょうね」


「俺は詐欺師じゃない」


「もちろん、あなたは詐欺師じゃない。でも、噓つきは泥棒の始まりよ!」


「話が泥棒に飛躍してる」


「だまらっしゃい!泥棒も詐欺師も何かを奪う点でほぼ一緒よ!」


「そういう適当なところも好きだ」


 ニコニコと笑うテイラー。

 そんな彼の笑顔を見たメイドたちがよろめいている。


「急に牙を剝くんじゃない」


 突然の攻撃に冷や汗をかく。

 まったく、油断も隙も無い…………。


「というか、敬語じゃなくなってない…………?」


「気のせいでしょう」


「ああ、気のせいね……ってなるわけないでしょうが!」


 無礼な護衛と主よりも護衛の味方をするメイドたちに囲まれ、その日を過ごした。


















「メイア」


「はい、母上」


 私は、母の部屋に呼ばれていた。


 同じ黒髪黒目なのに、その姿には生気がない。

 年のせいもあるだろうが、明らかにその年代にしては老けていた。


「あの女の息子はどう?」


「!」


 やはり、母は変わらない。

 相変わらず浮気相手の女を憎んでいるし、その子どもも憎んでいる。


 ……人はそう簡単に、憎しみから逃れることはできないのだろうか。


「はい、問題なく護衛させています」


「そう…………」


 カーテンの閉め切られた部屋では、ランプの光しか光源がない。

 顎から照らされた母の顔は、まるでおとぎ話の悪い魔女のように不気味だった。


「問題…………なく、ね」


「しかし、暴言などで精神的に負荷をかけているので、問題が生じるのも時間の問題かと」


「なら、いいわ」


 表情の乏しい顔に、喜びが浮かぶ。

 その様子をみても、私はもう嬉しいとは思わなかった。


 無邪気に母の暗い喜びを受け入れていた時期は終わったのだ。


「では、失礼します」


 暗い母の部屋を後にして、私は決心した。


(そろそろ、対決させないと)

















「テイラー」


「っはい、お嬢様」


 初めて彼の名を呼んだ。

 それに喜びを隠せない彼は、まるで犬のよう。

 ぶんぶん振られている尻尾が見える気がする。


「あなたの母親は元気かしら?」


 ソファーで足を組み、邪悪に笑う。

 言外に、「お前の母親の身は無事か?」という脅しを含ませる。 


 しかし、そんなはったりは彼に通じなかった。


「はい。お嬢様のおかげで恙なく過ごせております」


「……………………」


「母も感謝していました。私がいない3年間、足繫く通ってくださったと」


「……………………」


 そう言えばそうだった。


 突然失踪した薄情者の息子。

 そんな息子から何も聞かされておらず、嘆き悲しむ母親。


 流石の私も同情して、世話を焼いたんだった。


「それはあんたが失踪したからでしょ!なんで母親に何も言わずに出て行ったのよ」


「あの時は、時間がありませんでした。偶然あの町に来ていた王立騎士団の人間に、選択を迫られたんです」


「選択?」


 初耳だった。

 思えば、消えた経緯も、消えた3年間で彼の身に起こったことも聞いたことがない。

 …………まあ、私は聞く気がなかったし、彼も言う気がなかったのだろう。


「はい。今、すべてを捨てて自分の手を取るか、騎士になることを諦めるか、選べと」


「極端だな…………」


「そうですね。でも、あれも試験だったようです。騎士は主のために、家族にすら本当のことを言えない身の上になりますから、すべてを切り捨てる覚悟をもつ必要があります」


「そう、だったの……」


 想像していたよりも厳しい騎士の身の上に、思わず心が揺れる。


「制約も秘密も多い騎士ですが、給料はそれに見合った分を与えられます」


「……………………うん?」


 感動話から、急に俗物的な話になった。


「俺には貯蓄があります。この先、もう一人や二人、三人や四人くらい余裕で養えます」


「多くない?普通、養うなら一人とかじゃ……」


「いいえ、家族は増えるものでしょう?」


「……………………」


 こわい。

 この人の頭の中ではすでに家族が増えてる前提らしい。

 だいたい、その子どもたちはどこからやってくるというのか。


「俺はあなたの子でなくとも構いません。子どもが欲しいなら、養子でもいいですから」


「そう。素晴らしい配慮ね。でもね、なぜ私が家族になっている前提なのかしら?」


「俺はあなた以外と結婚する気はありませんから」


「そっか。私はあなたと結婚する気はないんだけどね」


「「ハハハッ」」


 テイラーは幸せそうに笑い、私は乾いた笑いを漏らした。



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