表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

その後の世界


「ちゃんと優勝、してきましたよ」


 そっと、頬を撫でる。あの日、結果としては死ぬまでには至らなかった。ただ、それでも目を覚ますことはなくて。

 部活帰りに病院に寄って、面会時間ギリギリまで粘って、落胆して家に帰る、というのがここ一年の俺のルーティーンだった。


「早く目、覚ましてくださいよ、希先輩」


 穏やかに、静かに呼吸をする貴方は、見た目だけだと生きているとは思えなくて。いつもいつも、後悔の念に苛まれた。

 あの時、ちゃんと俺が希先輩の手を掴んでいれば、あるいは──

 ──なんて、今更だと知っている。


 桜が風に乗ってはらはらと舞い降りる。俺がこの光景を見るのはもう三回目。正真正銘最後の、高校生活。とは言っても何も変わる事はない。新入生が入ってくるから新しい風が吹く、なんて事は起こりはしない。

 そう思っていた俺は何も考えず、授業が終わった後いつも通り部活をしに向かった。毎年慢性的な部員不足に見舞われている弓道部。

 今年で正式に廃部が決まってしまったので、俺が最後の部長で部員だった。

 春先の、花の香りで溢れている空気を胸いっぱいに吸い込んで、それをそのままため息へと変える。

 屋上で食べる弁当も、今は一人で。他の誰かと食べると言う選択肢もあったが、何より思い出を、俺がいる間は護っていたかった。

 何となく、希先輩が三年、俺が二年、使った弓を取り出す。

 それに矢をつがえて深呼吸をする。的の中心から目を逸らさないように、神経を研ぎ澄ませて、今───


「──紫依」

「……は」


 ひゅっ、と音がする。未完成のまま放たれた矢は、そのまま地面に落ちた。

 今のは俺の、幻聴だろうか。願いすぎた故の、末路だろうか。

 心臓が恐ろしいぐらい早く打つ。その時、春先の生ぬるい風が、俺の正気を取り戻してくれた。


「希、先輩……?」


 そう言ってはみたものの、怖くて振り返れない。もしこれが俺の夢で、後ろには誰もいなかったら。

 そう考えると怖くて、無意識に弓を持つ手に力が入った。

 するとその手をそっと、握られる。


「久しぶり、元気やった?」


 その体温は、その鼓動は間違いなく、生きている人の象徴で。

 優しく包み込むようなその声は、俺がずっと、求めていたもので。

 成長したと、大きくなったのだと伝えたかったのに、泣きそうになっている俺が言える立場では無かった。

 後ろを振り返れないまま、しばらくの時間が過ぎる。

 すると、焦ったくなったのか、にゅっ、と横から顔を覗かせた。

 ───その顔は、本当に思い出のままで。


「ねぇ紫依?聞いてるん?」

「聞い、てますよ」

「っふは、もしかして俺のために泣いてくれてるん?」

「あんたが、悪いんでしょ」

「紫依の口が悪くなっとる……」


 そう言いながらも笑う希先輩の顔は、本当に。

 ……本当に夢じゃないか疑ってしまいたくなるぐらい、幸せで溢れていて。

 目の前で動いている貴方を、俺はずっと。


「あ、もしかして俺の弓使ってくれてるん?」

「ええ、それでちゃんと優勝しましたよ」

「……ありがと、ちゃんとあの賞状は大切に飾るから」

「強いて言うなら、俺の名前で申し訳ないですけど」

「それでも嬉しかったで?紫依、ほんまに頑張ったんやなぁって」


 ぽす、とあの日のように撫でられて、死ぬなら今が良い、と本気で一瞬思ってしまった。

 すると、何故か希先輩は、使わずに放置していた俺の弓を袋から取り出す。


「なぁ、これ使って打ってええ?」

「え……良いですけど、多分硬いですよ?」

「いけるいける、知らんけど」

「えぇ……?」


 軽口を叩きながらも矢を構えた希先輩は、憧れた日々の姿そのままで。

 俺もその姿を真似するようにもう一度、矢をつがえて構える。


 深呼吸して、的の中心から目を逸らさずに。

 ───貴方の隣に立てるような、そんな一筋が放てるように。


 スパンッ、と二つの音が木霊する。

 ただ一つの的の中心に、二つの矢が刺さっているその光景は、俺にとっては十分すぎた。俺があの日から、何度も願ったことだったから。

 

 春先の時雨はほんのり暖かくて、けれどそれ以上に朝日が眩しい。

 眩しさの中の幸せが、どうしようもなく、嬉しかった。


























「あ、紫依」

「何ですか?」

「紫依の弓もらって良い?」

「え、何でですか?それあんまり使ってないですけど」

「ええやん、俺の弓あげてるんだし」

「まぁ別に構いませんが、弓道、続けるんです?」

「紫依が卒業するまでは邪魔しようかなって」

「────え?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ