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初めて私の知らないところで私を見たって聞いたのは、この学校に転校してきてからだったかな。ああ、そうそう。私、前の学校で色々あったからこんな時期に転校してきたんだよね。クラスのみんな優しいし、すぐに友達できちゃったからあんまり転校生感ないかもだけど。……なんで唇噛んでるの。まあ続けるよ。
一回目は隣の席の男子。土曜日の昼前くらいにあっちの森の駅の前で見かけたんだって。その時わたしは家の中でゴロゴロしてた。彼は急いでて姿をよく見れなかったって言ってたからただの勘違いだと思ったんだけど、そのことを部活の人に話したら私も学校見たっていいだしてね。
ちょっと怖くなってきたけど実害ないし大丈夫だと放置してた。そしたら日が経つごとに色んな人が見たって言うこといい出して。
いたずらかもって思ったんだけど家族まで言ってきたから、これはテレビで見たドッペルゲンガー的なやつだって思ってネットで調べてみたの。検索結果見たら驚いたよね。見たら不幸になるとか、死が近づいてきてるだとか。あとは、名前を呼んだり話しかけたら実体化してなにか悪いことするみたいな。
念の為これを知ってる人とかには、私を見かけても少しでも変なところがあったらすぐに離れてって話しておいたんだけど、こういうの言うと私自身もあんまり話しかけられにくくなくなったからつまらなくて。で、いまこういう感じで相談しながら暇をつぶしているというわけさ。
私は見たことないかって? うん。見たことないよ。今の所、私がいない場所に出てきたり、見えるギリギリのタイミングで消えたりって感じかな。まあ、絶対に会いたくないからいいんだけどね。
ここで本題。どうしたらこの現象が収まるのかっていう相談。ネット以外で調べたりしたんだけど、ドッペルゲンガー自体の本がなくってわからなかったんだよ。
……まあ知らないよねー。別に、もともと解決方法が出てくるのを期待していたんじゃなくて、この相談は私が愚痴りたかった的なやつだから。そんなに考えなくていいよ。
あ。もうすぐホームルーム始まっちゃうね。君は――オッケー。
じゃあまたあったらお話しよー。女の子みたいなビビリ君。ではっ。
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聞き捨てならないことを言って階段に姿を消した大神田を見送り、ホームルームなど一通り終わったであろう時間に旧校舎を出た。教室を後にした時、横目で教室の中を確認したが、荒れた教室にトンカチ女子の姿はなかった。
さっき見たものは大神田を中心に起こっていたものらしいから旧校舎の噂には関係ないのだろう。じゃあ噂の内容は何だったのか。涼むついでに、図書室であいつに聞けば分かる話か。
教室に戻り自分の机に腰掛ける。すでに教室は整えられていて、授業には支障がなかったことが伺える。誰がやってくれたかわからないが俺の席も元通りになっていた。中から飛び出していた教科書や適当に置いていた筆箱の位置まで完璧だ。ここまできれいにしてくれていると逆に申し訳無さまで湧いてくる。
姿知らぬ(たぶん名前も知らない)誰か感謝しながら必要な荷物を鞄の中に入れ、右肩にかける。書類を受け取らなかっただけあって足取りが軽い。気分も軽い。
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この学校は美術室やコンピューター室、保健室なんかの特別な教室の一部を生徒が管理しており、管理している生徒は『特別教室管理運用長』略して『特管長』という面白みもない名前で呼ばれている。
これに選ばれている生徒はそれだけで特別扱いされているが、そもそも特殊な人だったりする場合が多い。たしか美術室の特別管理長は作品を仕上げるために最終下校時刻を過ぎても校内に居座って作成を続けていたとか。
いま向かっている図書室には俺の親友であり恩人である特管長が常在している。流石に授業時間や最終下校時刻後はいないが、他の時間には常に居て、俺のような変わり者やのけ者の愚痴や雑談に付き合ってくれている珍しいやつだ。他にも変わっているところがいくつかある。
とにかく本が、特にファンタジーが好きで、いつも想像ばかりしている。そのせいかまわりに漂う空気はふわふわしていて話しかけられやすい。雀鷹のように大勢に知られていて人気、と言うよりは一部の支持が手厚いようなそんな感じだ。初めて図書室に来たのも、始業式に熱烈に話しかけてくる人が面倒だからと逃げるために寄ったときで、そのタイミングで俺はあいつと邂逅した。
だがそんな印象とは裏腹に、自分を俯瞰して考えたり世の中を達観している現実的な面がある。というか、俺と話しているときはその状態で接してくるので、他の生徒が居るときの雰囲気には驚かされたものである。アイドルの休日を偶然見てしまったような状況である。オフショット……ではないか逆だな。
さて、校舎に合わないきれいな扉の前に着いた。今日はどんな姿になってるかなっと。
少し開いているところに足をねじ込み、扉をを開ける。と同時に、棚の向こう側にあるカウンターの方から本が床に散らばる音が聞こえた。はぁ、またか。
大きな本棚に囲まれ狭くなっている通路に沿ってカウンターに進み、そのまま床に崩れた本の塔の解体作業に入る。本を整理しながらある程度回収すると、下から細いうめき声が聞こえてきた。
「うう。いったーい。ねえ鶲、早くここから出して』
「はいはい」
声に従い本をどけなが下から飛び出している手を引っ張る。ドサドサと音を立てながら起き上がってきたのは、凛とした顔立ちの知らない女だった。なんとなく察していたけど今日も変わってるな。
「うわっ、誰だよお前」
「見たらわからない?」
「姿が変わってたら分かるものもわからねえよ。狼」
「よくぞ見抜いた」
何度も交わした同じ会話で満足げなこいつは、図書室特管長、氷見狼。初対面の人ならなにて違和感を抱くことはないだろう。別に人としておかしいとかは一切ない。でも一度でもあった人ならこいつが狼ではないことをと覚える。今の姿は、いつもの姿とまるで違う、別人だからだ。だからといって俺は驚くことはない。よくあることだ。
「今度はなにがあったんだ。どうせ車に轢かれたとかどっかから落ちたとかそこら辺だろ」
「取りえずそんなことはいいだろう。早くシャツとか脱いで首を出して」
質問に答えず要求してくる。強引で人を振り回すことが好きなのかわからないがこれと言って不快に感じない。人気者は人に不快感を一切与えない能力でも持っているのか。それはないな。雀鷹居るし。単純にこいつはそういう性格だとわかってるからつっこんだりする思いが湧かないだけか。
おっと。そろそろ従わないと、狼の目からハイライトが消えてくる。
黒い視線に導かれるように姿勢を落とし、制服を脱いでむき出しになった首を捧げる。
「いただきます」
言葉を聞き終わるその瞬間、俺の意識は途切れた。
ようやく、ようやく設定してたジャンル――非現実・非日常―――の要素を回収できそうです。これからじゃんじゃんいれていきますよー!
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