q 人は比較したらしただけ虚しくなる
生き物にはそれぞれ、個性がある。その個性の比較方法も様々だ。体長、体重、運動神経などの生物ならどんなものでも比較できるものから、容姿、交友関係、人柄など、人としての格を比較する方法もある。これらの多くを持っているものは野生でも人間社会でも好まれている。
そう、多く持っていればどれかがかけていても基本問題にはならない。というか、世界的に有名なスポーツ選手やどこかの国の大統領だって完璧なわけがない。
例にもれず、今、ぼやけた目の前に仁王立ちしている女も欠けている。
人がうたた寝するためにもたれかかってる机を一発の蹴りでぶっ飛ばすくらいに常識が。
「よう、起きたかあ遥鶲。私が、直接、暇で人生損しているお前に仕事を持ってきてやった。感謝して作業に励め」
全体重をかけていた机がなくなったことで木目調のタイルに直撃した鼻をさすり、体を持ち上げて声の主の方を再度見る。
整った顔立ちに鋭い目つき。男女問わず魅了する筋肉質な体つきがスカートの下からのぞかせる。ほぼ夏と化した九月の廊下の空気は暑かっただろう。この涼しい教室に来ても顔や腕が赤い。右腕の中にどっさりとファイルも抱えている。
見た目だけでも一般基準で見れば最高峰のルックスを持っているこいつは肩書までも凄まじい。テスト学年二位、生徒会長、学内一の有名人と姿に伴い人気も凄まじい。
ここまで聞けばとてつもなく最高なやつだろう。……常識さえあれば。
何回目だろうか、休み時間を自堕落に過ごしている俺の相棒を隣の席のさらに奥まで移動させやがったのは。あとから教室に戻ってきたやつはさぞ驚くだろう。扉から斜めに移動したところの席から中央にかけての机が、すべて訳のわからないくらいぶっ飛ばされ、複雑に絡み合っている惨状に。
でも、みんななれているかもな。嫌なことによくあることだし。そして、俺もなれている。
……なれたくないが。
ホコリのついた学ランを直した俺は見なかったことにして廊下を目指して走り出す、が、それは読まれていたようで、右手だけであっさり捕まってしまった。
「あの、刃紡会長。なんで一般生徒の睡眠を妨害した挙句、首をつまんで放さないんですかね。早く放してくれません」
喋りながら少し姿勢を変えようとするだけで力を強くする横暴会長(多分俺以外思っていない。他の奴らはなんでこいつに文句を言わないんだ。なんで姿が見えただけで目を輝かせる)におそらく意味はない質問をする。
「お前が逃げるからだろう。おとなしく仕事をすればいいだけというのに。あと、敬語はキモいからやめろ」
……したくない敬語で対応したというのに、わけのわからない理由でかえされた。ブチ切れたぜ。
「あ゛、毎回毎回仕事言って持ってくるけどな、それ、生徒会の書類整理の仕事だろ。俺に、というか一般生徒に渡すなそんな重要物」
俺を掴んでいない方の腕の中にある真新しい分厚いファイルを指す。そこから覗くプリントの量はざっと見ただけでも二十枚はある。余った書類というより、一人分の量という感じだ。
「お前に渡しても問題ないと私が判断したから渡している。現に前にやってもらった資料は完璧だった。私以外の生徒会役員にも聞いてみろ、評価が高いはずだ。ああ、その件について感謝を忘れていたな。よくやってくれた」
感謝が明らかに適当なのは置いといて、生徒会役員からの支持が高いというのは言われて気分の悪くなるものではないな。おかしなことを言われているのには変わっていないが。
「じゃあそもそも断ってるのになんで俺に回ってくるんだよ。他の優秀なやつに回せ、学年一位のやつとか。この学年の一位は生徒会に所属している人じゃなかっただろ」
呆れたことが伝わるようにわざとらしく問いかける。
これには純粋な疑問が含まれる。俺よりも頭のいい生徒なんていくらでもいるし、委員会や部活に入っていないやつだって多くいる。そこでわざわざ俺を選ぶ意味とは
「それくらいすでに行動済みだ。七月の学期末テストの結果がでたあたりで学年一位をとった生徒の話が噂程度にでてくると思ったが、一切学年一位をとった生徒の話がでてこなかった。よって他の生徒。いつも暇を持て余していそうなお前に目をつけたというわけだ」
えっと、要するに学年一位が誰かわからず、入れたかった生徒会役員を引き入れることができなかったため、その分の終わらない仕事が俺のところに押し付けられていると。
……。
「それただ生徒会の尻拭いしているだけじゃねえか」
「教室でいきなり叫ぶな」
「――うぐがぁっ」
心の叫びを無意識にあげたほんの一瞬、左足で俺の右脇腹をえぐってきた。左足なのにこの脚力って、体ん中どうなってやがる。男寄りの女子と言っても限度があるだろ。今どきはこんなバーサーカー女子でも許されているのか。いや、性別は関係ないか。
どちらにしろ、他の生徒には蹴ったり叩いたりなんてことしないのに俺と放しているときだけ。こいつ、ヘイト高すぎじゃないか。ますます意味がわからない。
「お前、それでも女――人か」
まずい。また口が滑った。また蹴られる。
そう思い衝撃に身構えた俺だったが、予期していた衝撃はいくらたってもやってこなかった。
雀鷹を見る。表情は動いていないが余裕そうな雰囲気だ。
そして、笑い出しながら答えた。
「おうおう、だいぶ失礼なことを聞くなあ。私はサル目ヒト科ヒト、ホモサピエンスの刃紡雀鷹だ。DNA鑑定でもしてやろうか」
明らかにからかってきてるような言い方。もういい。俺から振ったが無視しよう。
「ふう」
静まり返った教室で深呼吸をする。首から手も離れ自由に姿勢が変えられるようになった。机がぶっ倒れているので下手に腰掛けられず立ったままだ。
近くのもたれ掛かることができる場所、まあ絡んでおかしくなっている机たちでも、俺の体重くらい支えられるだろう。
できるだけ雀鷹と距離を取るように、比較的遠めの机に移動する。
逆に雀鷹は手を開いたり閉じたりしながら扉の前に移動する。逃げ道を塞ぐつもりで立っているのだろう。
落ち着いたので自分のまわり、教室全体を見る。
荒れた教室では、雑談する声も廊下から入ってくるだけだ。皆が口を動かしていないことが若干気まずいけれど、どうせいつも誰ともコミュニケーションを取ったこともこれから取るつもりもないので、とりあえず考えないでおこう。こういうところなんだろうな、俺がクラスから孤立する理由。まあいいけど。
大きく逸れた。さっさと終わらすためにも話を本筋に戻そう。
「これまでに渡したのがちゃんと使えてたのはいいんだが、あいにく俺は感謝とか仕事がほしいわけじゃない。俺に一般生徒として普通の生活をさせてくれ。それだけでいい。学力だって、平均超えるかくらいだぜ。そんなやつが生徒会に関わってるなんておかしいに決まってるだろ」
「学力が仕事を任せていい学力の水準を下回っているのは知っている。生徒会権限でお前の成績など把握済みだ」
「生徒会ってそんな権限あったのかよ」
公開されていないであろう特権に驚きを隠せない。たしかにこの中学校は生徒主導とかいう理由をつけて行事系は先生がほとんど干渉してこない分、できることが多いというのは納得がいく。
流れでずっと話していたが、雀鷹が珍しく少しの間を作る。さっきの雀鷹の発言は行ってはいけないことで俺の言葉に言葉をつまらせた、わけではなかった。
持ち前の強い眼光で怪しげにこちらを覗き込み、咳き込んだあとにぼそっと
「先生方に相談、しただけだ」
と、言った。
――んなわけあるか。脅しただけだろ。
しかし、成績やテストの点数がわかるなら、テストの順位表が張り出されないこの学校でも学年一位を見つけ出すことは容易なはずだが。俺が思うことはすでに行われていると思うしそれができていないということは何かと事情、または問題があるのだろう。俺がわざわざ聞く意味はない。
で、俺はどうやってこの状況を脱出しようか。ボードゲーム的に整理しよう。
俺、遥鶲は身長はちょうど平均。姿勢は悪くいつも猫背。女子と同じかそれ以上の長髪で視力が悪くコンタクトレンズをつけている。学力そこそこ、交友関係は教室内に友人がいない程度に絶望的、運動能力に至っては学校に登校するだけでグロッキーになっていたくらい、経験値をSTRやSPに一回も振ったことがないようなミジンコ体力の元持ち主だ。
対する雀鷹は学力が全国的にも本当によく、交友関係はわからないが多くの生徒に慕われ教員の信用も勝ち取っている、誰が一緒に昼飯を食べれるか競われている人望の厚さ。運動神経や反射神経が抜群によく、体力テストで男子の測定方法でやったとしてもAが取れる最強っぷり。
今回は仕事を押し付けにファイルを抱えているため右腕はふさがっている状態だが、雀鷹にはこんなのハンデにもならなかっただろう。
二ヶ月前、夏休み前の俺であれば確実に今回も労働させられていたであろう。
だが、今は違う。
後ろの扉を雀鷹にバレないように見る。扉自体はあいてたもののそこに行くまでの生徒が邪魔だ。
窓も、4階からはありえない。
廊下側の壁は他校と違って一面ガラスではない。あと、あるとすれば……。
「雀鷹。廊下は暑いか」
「とてつもなく暑い。……逃げるのは諦めろ。私は必ずお前を捕まえられるぞ。扉は通れない、窓から飛び降りるのは無理だろう」
さすが察しはいい。ただ、想像する能力は俺よりも低いようだ。
さっき整えた学ランを乱暴に脱ぎ、ひっくり返った自分の机の方に投げる。
そして、逃げ出す道筋に向かって走り出す。
雀鷹が雑に飛ばして荒らしてくれた机の山を助走をつけたそのままの勢いで手を使わず器用に登る。思っていたよりも複雑な重なり方をしている分登りづらかったが、安定はしている。上で走ることができそうなのは、自由が利くようになってからすぐに確認済みだ。
そのまま廊下側の壁の方に進む。
他の生徒は頭がおかしくなったと思いこっちを見ているのだろう。呆れたような顔をしている。
ただ一人、そのなかにも唖然としてかたまっている生徒がいる。
そんな奴らに目もくれず全速力で向かう。普段どおりの整えられた教室ではできない。だが、机や椅子がおもちゃ箱のようにガチャガチャと絡み合い、大きな台になっているこの環境ならできる。
壁に激突するギリギリの場所で、右足で踏み込み、跳ぶ。頭の上の方に持ってきた手で天井のパイプに捕まり位置を調整。足を揃えて壁の上にある風通し用の隙間から廊下側にくぐった。
細い体が幸いし考えていたとおりにきれいに入れた。
廊下側にでて、不格好に着地。自己評価、満点。思いっきり音を鳴らして廊下に居る生徒から視線をちょうだいしたが、階段にたどり着き二段とばしで2階を目指す。
教室を抜ける直前、頭を引っ張られたので誰かに追っかけられるかと思ったが、後ろから誰の足音もしなかった。
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2階に来たのには理由がある。それは、現在立入禁止になっている旧校舎に直接つながってる場所が、二階の渡り廊下しかないからだ。
ではなぜ、旧校舎に来たのか。今、この学校にはいろいろな面白い噂が俺の耳に入るほど流れている。その中の一つに、旧校舎が関係しているものがあり、それを怖がってほとんどの生徒がここの前に通ることを拒んでいるのだ。
つまり、逃げたりサボったりするのに都合がいい。なおかつ、単純に興味がある。噂は聞こえたが、どのような噂かはわからないからな。
「ということで、いきますか」
立入禁止ということで境界線としてご丁寧に並べている机に軽くあがり立ち、境界線の向こう側へ足を踏み入れた。
前書いて削除したもののリメイク版です。
思った場所まで進みませんでしたが、楽しんでもらえたことを望んでいます。
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批評もおもあちしております。
3/1 加筆・修正