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6。あの子は朝からの突撃です

 


『おっはよ〜!支援物資デリバリーでぇ〜す!』


 インターホンの通話ボタンを押すなり、女性の明るい声がスピーカーから響いてきた。

 モニターにはビニール袋を掲げて、ニンマリ笑っているヨーコ先輩が映っている。


「え〜!?びっくりした〜!今開けますね〜」


 私はエントランスの開錠ボタンを押して、通話を終了させる。


 Tシャツと短パンしか着てなかったので、とりあえずパーカーでも羽織っとこうと思い、クローゼットから薄手のパーカーを出してきて羽織った。

 玄関の鍵を開けるとすぐにチャイムが鳴ったので、そのままドアを開ける。スーパーのビニール袋を持ったヨーコ先輩が雪崩れ込むように部屋へ入ってきた。


「捻挫大丈夫??」


「なんとか大丈夫ですけど、え?さっきメッセージのやり取りしたばっかり…?」


「ちょうどミコを部活の朝練に送って行った帰りで、実はすぐそこのスーパーに居たんだよね〜、色々買ってきたよ〜」


 『ミコ』と言うのはヨーコ先輩の娘さんで確か今は中学2年生、ヨーコ先輩に似て背が高く、バレーをしているカッコイイ女の子だ。

 ヨーコ先輩はひょこひょこ歩いていた私に手を貸してくれながらキッチンに向かい、スーパーの袋を置いた。


「わーい♪…って、ちょっとヨーコ先輩、私…風邪じゃないですよ?」


 私はヨーコ先輩が買ってきてくれた物を袋の中身を物色しながら笑ってしまった。湿布や包帯の他にも栄養ドリンクやゼリー、ヨーグルト、経口補水液まである。


「え?あ。そっか!食べ物は普通で良いのか!」


 ヨーコ先輩は今気付いたようで、キャハハと笑った。私もつられて更に笑ってしまう。


「っていうかさ、なんだかすっごい良い匂いするんだけど〜」


 笑いすぎて涙目になっているヨーコ先輩が、クンクンと匂いを嗅いでいる。


「あ、この間一緒に出掛けた時に買った、固形シャンプー試してみたんです。良い匂いします??」


 タオルで拭いただけの、まだしっとりとした髪をひと束摘んで振ってみると、ふわっと甘い香りが広がる。

 ヨーコ先輩が近づいてきてクンクンと鼻を動かしている、ウサギみたいで可愛い。


「んん〜??この甘い匂いもそうなんだけど、もっと他にも香ばしい感じの…パン焼いてる?トースト?」


「あぁ、朝ごはん用にピザ焼いてますよ、食べます?」


「ピザ!いいの〜?食べる〜!さっき朝ごはん食べたけど、食べちゃう〜!」


 もうすぐ焼けるので、お皿やグラスを用意しながら昨日のことをヨーコ先輩に話した。


「はぁ〜〜〜〜〜〜!?!?!公園で痴漢に突き飛ばされたぁ!?!?!」


 ヨーコ先輩は持ってる皿を、握力だけで割りそうな勢いで掴みながら、叫ぶように詰め寄ってきた。


「ケーサツは!?病院は!?」


「ちょっと擦りむいて、足を捻っただけだから…どっちも何もしてないですよ」


 私は手に持った皿を盾にしてヨーコ先輩から隠れる仕草をする。


「それに…」


「それに?」


 あまり大袈裟に騒いで注目されたり、未遂だったとはいえ暴行されかけたことを他人に詳しく話したくない…正直思い出したくないのだ。


「ゴメン、怖かったよね…いいよ、大丈夫…」


 私が俯いて黙ってしまったことで、ヨーコ先輩は言いたくないという気持ちを察してくれたのか、私を優しく抱きしめて背中を撫でてくれた。

 ヨーコ先輩は兄弟姉妹のいない私にとって、本当のお姉ちゃんみたいな存在だ。ちょっと嬉しくて泣きそうになる。


 ちょうどそこへ、ピーピーとレンジが焼き上がりを告げる。


「あ!ピザ食べましょ!それよりもっと聞いて欲しいことがあるんです!」


「食べよ食べよ!え?それって私が出勤するまでに終わりそうな話??」


「………終わらない、かも?」


 私たちはまたキャハハと笑い合う、ヨーコ先輩といると本当に楽しくて癒される。


 焼きたてのピザをクッキングシートごとカッティングボードに移して、包丁で8当分に切り分けている間に、ヨーコ先輩は冷蔵庫からサラダやドレッシング、飲み物を出してテーブルに並べてくれている。


 切り終わったピザもヨーコ先輩がカッティングボードごと持って行ってくれたので、私は手ぶらでソファーに向かう。


 多分今の私が持って行っていたら、全部ひっくり返してしまっていたな。移動が、片足飛びなので。


「「いただきまーす」」


 一緒に手を合わせて熱々のピザを取り皿に移す、チーズが蕩けて伸びているのがとても美味しそう。


「あっつ!うまぁ〜!」


 ヨーコ先輩がニコニコ笑顔でピザを頬張っている。


「んで?聞いて欲しいことって、何かあったの?」


「実は…昨日公園で痴漢から助けてくれたの、蒼麻くんなんです」


「ソーマくん?」


 ヨーコ先輩は一瞬誰だっけ?みたいな顔になったが、すぐにピンと来たようで驚いたように目を見開いた。


「え?ソーマってもしかしてハッピーに来るソーマ?久城蒼麻?マヤちゃん推しの蒼麻くん?」


 私推しって言うと誤解を招く、言葉が全然足りてない。

 正確には『私が推しているユア先生というキャラに似ている蒼麻くん』だ。私推しのと言ったら、私が蒼麻くんを推しているみたいじゃないか。

 蒼麻くんは断じて推しではない、リアルな一般の高校生を推しているアラサーなんて、推されている側からしたら恐怖でしかないでしょ。

 私はヨーコ先輩に熱く語る。


「うーん、そういうことじゃないんだけど…わかったわかった!」


 ヨーコ先輩は苦笑いしながら、私を宥める。そう言うことじゃないってなんだよぅ!


「で?助けられたって、どゆことなん?詳しく!」


 ヨーコ先輩は早くも2切れ目のピザに手を伸ばし、ワクワクしながら目を輝かせている。

 私は痴漢に遭遇してすぐに蒼麻くんが偶然通りかかったこと、そのおかげで大したことはなく無事だった事や、家まで送ってくれたこと、傷の手当てまでしてくれて、落ち着くまで私のユア先生の話を永遠に聞いてくれたことなどを、まぁ多少端折った部分もあったが聞いてもらった。


 目をキラキラさせて興奮したように聞いていたヨーコ先輩だったが、ユア先生の話をしたあたりで複雑そうな顔をして「かわいそうに…かんばれよ少年」と呟いた。意味がわからない。


「あ〜、美味しかったぁ〜!マヤちゃんの作るご飯はいっつも美味しいね!ごちそうさま!」


「えへへ、ヨーコ先輩が美味しそうに食べてくれるので嬉しいです。ヨーコ先輩くらいしか手料理振る舞う相手がいないので、また食べに来て下さいね!」


 朝ごはんも食べたと言っていたのに、ピザもサラダもペロリと食べあげてしまったヨーコ先輩、彼女はいつも、なんでも美味しそうに食べるので、ヨーコ先輩と食べるご飯はとても楽しい。

 ピザとサラダを半分こにして食べ終わり、ヨーコ先輩がそろそろ出勤時間ということで立ち上がった。



 ヨーコ先輩に食器を流し台まで運んでもらい、あとの洗い物は大丈夫だとガッツポーズをして見せる。


「あ、もうこのまま出勤するつもりなんだけど、通用口の鍵貸してくれる?元々家に帰る予定だったから鍵は置いてきちゃって」


「オッケーです、すみませんが…今日は、よろしくお願いします」


 私はカバンから鍵を取り出してヨーコ先輩に渡す。


「だいじょぶ、だいじょぶ!気にしないで!月曜も私が開けるから、マヤちゃんは無理しないで休んでてね!じゃ!」


「ありがとうございます〜、いってらっしゃい!」


 私は玄関を出ていくヨーコ先輩を見送ってから、お皿を洗うためにキッチンに戻る。

 部屋が急にしん…と静かになったので、雰囲気を紛らわすためにスマホで音楽をかけた。ゲームのサウンドトラックをランダムで流す。


 最初に流れてきたのは初期の頃にイベントで使われていた曲だった、初めてユア先生に出会って、私を支えてくれた言葉をくれたイベントの曲。

 曲を聴くだけで、あの時のイベントのワンシーンを思い出せる。


 ちょっと寂しくなっていた心が、思い出でじんわり暖かく癒されていく。


 曲自体ははそんなに長いものでは無いので、すぐに2曲目になってしまった。


 2曲目はユア先生の歌うキャラクターソングだった。

 あまり声優さんには詳しくないが、ユア先生の声優さんはつい気になって何に出演してるのか調べてみたりした。

 以前好きで観ていたアニメにも出演されていて、当時はなんとも思っていなかったキャラクターが好きになったりもした。ゲンキンなものだ。


 ユア先生が歌うのに合わせて、曲を口ずさみながらお皿を洗っていると、ピンポーンとインターホンのチャイムがなった。

 ヨーコ先輩が出て行ってから多分10分ほどしか経っていないので、何か忘れ物でもして取りに帰ってきたのかな?と思い、濡れていた手をタオルペーパーで拭いながら背後にあるインターホンのモニターを見る。


 んん?


 ヨーコ先輩じゃないな…いつも宅配に来てくれる、緑の黒猫さんや、青い縞々のお兄さんでもなさそうだ。

 私の位置がモニターから少し離れているのもあるが、写っている人物がキャップをかぶって、少し俯いているので顔がよく見えない。え、めっちゃ不審者…。


 私はタオルペーパーをゴミ箱に捨ててから、恐る恐るモニターに近づいた。


 しばらくモニターを見ていたが、立ち去る気配もないので、仕方なくインターホンの通話ボタン押す。


「はぃ…」


 我ながら、すげー小さい声だったな…向こうにちゃんと聞こえたかな?少しの申し訳なさを感じながら、少し引き気味でモニターを見ていると、声が聞こえたのか、何か音が聞こえたのかは分からないが、モニターに映る人物がパッと顔を上げた事で、その顔がはっきり見えた。


「え?!蒼麻くん!?!」


 顔が見えた途端、思わず大きな声が出てしまった。


『あ、おはようございます。よかった…もうお仕事に行かれたのかなって、昨日の容器返しに来たんですけど…』


 昨日の容器をもう返しに来てくれたのか…別に急がなくて良かったのに、なんて律儀で真面目な良い子なんだろう…。お姉さん感動しちゃう。


「えっと、郵便受け〜…には入るわけないな、今開けるから、上がってきてくれる?時間大丈夫?」


『はい、大丈夫です』


 エントランスの解錠ボタンを押して、私は急いで洗面台に向かう。

 ヨーコ先輩はまだしも、蒼麻くんにこんな湿ったボサボサの髪の状態で会うなんて恥ずかしすぎる。


 急いでドライヤーを当てて、ブラシで整える。鏡を見ながら髪を抑え、ちょっとパヤパヤしてるが、うーん…まぁ、このくらいなら良いか!

 ほとんど乾いていたので、ドライヤーにはそう時間はかからなかった。


 しかし、服も着替えなきゃ…!と思った時にはすでに時は遅く、玄関のチャイムが鳴らされてしまった。

 来るの早いヨォ〜と嘆きたい気分だが、あまり人を待たせるのは嫌なので、しょうがなく諦めて玄関に向かう。


 玄関を開けると、少し不安そうな顔の蒼麻くんが立っていた。


「わざわざ持って来てくれてありがとう、えっと…上がる?時間あるなら何か飲んでいく?」


「えっと、はい、じゃあ…おじゃまします」


「どうぞ〜」


 不安そうな顔が気になって、蒼麻くんを部屋へ招き入れる。

 リビングに戻ろうと歩き出すと、後ろにいた蒼麻くんが急に隣にきてそっと腕を差し出した。

 一瞬なんだろうと思ったが、私がひょこひょこ歩いていたので腕を貸してくれたようだ、なんとスマートな。


 私は、ありがとうとお礼を言いながら蒼麻くんの腕に手を乗せて歩く。


 リビングへのドアも蒼麻くんが開けてくれた。さっきヨーコ先輩も似たような事をしてくれたはずなのに、なんだかすごくドキドキしてしまう。やっぱりユア先生に似てるって言うのは破壊力が違うわ。


 リビングに入り、キッチンの方へ向かうと蒼麻くんがキレイに畳んだエコバッグと、昨日の容器を返してくれた。


「あら、容器も洗ってくれたの?えらいねぇ、ありがと」


「いえ…」


 蒼麻くん、なんだか元気がないのだろうか?昨日に比べて口数が少ない気がする。そしてなんでそんなじっと見てくるの…私が挙動不審になっちゃうじゃんよ〜。


「えっと、蒼麻くん…どうかしたの?」


「どうもしませんよ、なんだか良い匂いがしますね」


 蒼麻くんが流し台の方をチラリと見たので、ピンときた私は心の中でハハーンと顎に手を添える。閃いた時の決めポーズと言ったらこれだ。


「でしょ、さっきピザ作って食べてたんだ〜、蒼麻くんも食べたかった?」


「たべたかったですけど、ピザの匂いじゃなくて…」


 蒼麻くんがスッと手を伸ばしてくる。

 それはなんだか、ゆったりとした舞のような、見惚れるほど優雅な動作だったので、私は伸ばされたその指先に魅入ってしまった。


「こっちの匂いが…すごく、良い匂いです」


 蒼麻くんの長い指が私の耳たぶを掠め、そのまま肩にかかる私の髪を一房掬いとった。


 ユア先生に似た、しかし別の男の子の顔がすぐそこにあった。



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