5。この子は朝活をしています
明け方、1度目のアラームを止めて、今日はもうちょっと寝よっかな〜と寝返りを打った瞬間のことだった。
足首に激痛が走ったことで、私の眠気は一気に吹き飛ぶ。
「いっったあぁ!!!?」
被っていた薄手の毛布を剥ぎ取って、痛みが走った足首を見る。白いものが貼られた足首を見て一瞬なんだっけ?と考える。
そういえば昨晩ひねってしまい、蒼麻くんが湿布を貼ってくれたんだったなぁと呑気なことを考えてはいるが、その問題の左足首は、正常な右の足首に比べると明らかに腫れていた。
「お〜…っと、これは…え、どうしよ…」
動かさなければ特に痛くも痒くもない、動かすと「いてっ」ってなるくらい、踏み込むと死ぬ。
うん、今日の仕事は無理だな!とは思いつつ、今日の予約状況を思い出そうと頭をフル稼働させる。今日は土曜日で子供の予約が多かったはず。
それに今の受付のお姉様方はスタッフに急病などの欠勤者がいてもどうにかなる程度の予約分しか入れないので、私が今日急に休んでもどうにかなるはず。急患などでバタバタすることはあるけど。
「うーん…こんな足で行っても心配と迷惑かけるだけだしなぁ…しょうがない…しょうがない」
私はまたベッドに倒れ込む。休むと決めたが、今はまだ朝の5時。
なんでそんな朝早くにアラームが鳴るのかって?それはね〜、ゲームするためだよ!ユア先生に会える「薔薇の鎖〜記憶のカケラに眠る真実〜」のスマホ版は朝5時にリセットされるので、朝からログインボーナスをもらってデイリーミッションを全てクリアしてアイテムを回収するのが私の朝のルーティン。
大体30分から1時間くらいベッドでゴロゴロしながらスマホを弄る。
6時ごろからシャワーを浴びたり、朝ごはん食べたり、身支度をする。そして9時ごろ家を出て仕事にいく感じだ。
「うーん…とりあえず7時前にスタッフのグループチャットには休む報告入れて、院長には8時前に電話すれば良いかな…」
5月末の朝5時はもう明るい。遮光カーテンの隙間から薄暗い部屋の奥に朝日が差し込んでいるのが、キラキラとしていて綺麗。
仕事がある日の朝はなんだかんだバタバタするし、休みの日の朝は惰眠を貪ってベッドから出ないので、こうして部屋に差し込む朝日を綺麗だと思う余裕はない。
カーテンの隙間から差し込んでいる朝日をぼんやりと眺めながら「この足は、やっぱり病院行かないといけないのか??」と面倒臭い気持ちが湧いてくる。
スマホで近場の整形外科を検索すると、割と近くに2件あった。なんとか歩いていける距離だが、行くにしてもまだ早すぎるので、まずはお風呂と朝食にすることにした。昨日は疲れて、夕飯も食べず、顔を洗っただけでそのまま寝てしまったので、なんだか気持ち悪いし、お腹も空いている。
パッと飛び起きて、ぴょんぴょんと片足で飛びながら移動する。給湯器のお湯張り自動ボタンを押すと、バスルームでお湯が出始めた音がする。
お湯が溜まる間に、朝食用の簡単なパンを作ることにした。
一人暮らしをする前に祖母はいろいろな料理を教えてくれようとしたが、家事が好きで料理上手な祖母が教えてくれようとする料理はどれも手が込みすぎていて、家事初心者の私にはハードルが高すぎた。その結果、簡単な基本的な部分だけ教わって、それ以降は自己流だ。
でも料理は自分の性格に合っていたのか、いざ一人でやってみると面白かった。
いかに簡単に、いかに洗い物を少なく、いかに見栄えが良いワンプレートに仕上げるかを信条にしている。
誰に食べさせるわけでも、誰かに見せるわけでもないが、アカウントすら持ってないインスタ映えって感じのキラキラプレートが完成して、更に味まで美味しく出来てるとテンションが上がる。
焼きたてのパンとハンバーグにしようかな〜と考えたところで、ハンバーグは蒼麻くんにあげてしまったことを思い出す。
「勢いであげちゃったけど、大丈夫だったかな…私的には美味しいけど、他人が食べても美味しいとは限らないじゃん…!」
なんだか不安になってきた…だがもう「返して」と言う相手はここに居ないし、もう何時間も前の話だ。諦めるしかない。
ボウルに入れた粉類にぬるま湯を入れながらグルグルと木ベラで混ぜる、大体こんなもんかなと言うところで湯を入れるのを止めて、さらに混ぜ合わせてから適度なところでラップをしておく。
うーん、ハンバーグないから何と食べようかなぁ。
一般的な一人暮らしには少々どころか、かなり大きすぎる冷蔵庫を開けて食材を選ぶ。
学生の頃から1週間から2週間分の食料を買いだめしていたのだが、当時は冷蔵庫が小さくて、日持ちしないものは冷蔵庫に入る最小限しか買えなかった。
就職のために引っ越した時、今の大きな冷蔵庫に新調した。冷凍庫も大きくてとても気に入っている。
一般的な単身者用のマンションはキッチンが小さめだが、私は物件選びの時にキッチンの広さで選んだので、大きな冷蔵庫も余裕なのだ。
ちなみにこのマンションは一応単身者向けとして紹介されていたが、カップルや老夫婦も住んでいる。
天気の良い日には仲睦まじく寄り添って、よくお散歩している老夫婦とは挨拶したり、お土産をもらったりあげたりする程度に仲良しだ。
早めに消費したいものを入れているケースを冷蔵庫から取り出して物色していると、ハンバーグに入れようとして忘れていたチーズがあった。
せっかく生地から作ってるし、チーズ散らしてピザっぽいものにしようかな。
冷凍していた頂き物のちょっと良いベーコンと、野菜室から玉ねぎとパプリカを取りだし、適当にカットして皿に入れてラップしておく。
そこにちょうどお風呂が沸いたと、給湯器のスイッチが歌う。
「ふふふん、ふふふん、ふふふ〜ん♫…いてっ」
毎日聴く音楽って、つい一緒にハミングしてしまうよね。
無意識に左足に体重をかけてしまい、ピリッと痛んだ。
右足に全体重をかけているので、そろそろ右足が疲れてきたが、お風呂に入る前に不要なものはサッと流して食洗機へ放り込み、オーブンレンジにはパン生地の入ったボウルを入れて低温で発酵させておく。
洗濯機へ脱いだ服を放り込み、バスルームへ。
去年の秋に気に入って、季節限定だったので何個か買い溜めしておいた金木犀の香りがするバスボムの、ストックしていた最後の1つをお湯に放り込み、自分も掛け湯をしてから湯船に浸かった。
少し多めに張っていた湯船のお湯がザァーっと溢れ、床の洗面器を端の方へ追い詰める。
「あ゛あ゛ぁあ゛ぁぁ〜…しみるぅ〜」
熱いお湯が膝と手のひらの傷に染みる。
こんな時に思い出すのは、青き衣を纏いて金色の野に降り立つ彼女が、酸の海に傷ついた足をつけてしまい、ジュゥっとなる…あのシーンだ、祖母が好きで小さい頃から繰り返し見せられたが、あのシーンは未だに見てて痛くなる。
膝の絆創膏だけでも貼ったままにしとけば良かった。
服を脱いだ時に一緒に足首の湿布と膝の絆創膏を剥がしてしまったのは失敗だったかも知れない。
浮力のおかげなのか、お湯の中では足首はあまり痛くない。
顎まで浸かって体を温める、あ〜、幸せ…お風呂大好き…半身浴が健康に良いとか、長時間熱いお湯に浸かったらダメとか聞くけど、どうでも良い。
もう何なら顔だけ出した状態で頭もつけて大きなお風呂に浮いていたい。
「あ〜。温泉行きたいなぁ…お盆休みにおじいちゃん達誘って行こうかなぁ」
2ヶ月半後のお盆休み、去年は家に帰ったのは1泊だけで後は行きたいイベントがちょっと離れたところで開催していたので、遠征旅行していた。え?誰とって?…ひとりですけど?
今日はもう休むと決めたので、先日ヨーコ先輩と一緒にランチしてショッピングした時に買ってみた固形シャンプーを試してみることにした。
想像していたより泡立ちもスゴくいいし何よりすごくいい匂いがする、バニラとマンゴーみたいな甘い香り。この甘い香り、めちゃんこ好きかも。
普段、私は香水はあまりつけないが…と言うかそもそも香水は持ってないが、洗濯用洗剤やシャンプーなんかは香りで選ぶので、服や髪から匂いがするらしく、何の香水?と聞かれることがある。
歯科医院も病院なので匂いが強いのも良くないと思い、仕事の服は香りが少ないもの、仕事の日の朝シャンは無香料を使うようにしている。
全身の泡をシャワーで落として、再度お湯に浸かっていると気持ちよくて、このまま寝ちゃいそうだ…。
目を閉じてウトウトしていると、昨日のことは全部夢だったんじゃないかと思ってしまう。
しかし何だか足首がズキズキしてきた気がして、夢じゃなかったな…と思い直す。
ていうか、捻挫した時ってお風呂入っていいんだっけ?と不安になってきたので、とりあえず左足だけバスダブの縁にかけるようにして、もうしばらく温まることにした。
お湯に浸かってしまうと、つい1時間くらいは入ってしまうので、いつも朝はシャワーだけにしている。学生の頃、1度だけではあるが朝風呂してて遅刻した前科があるのだ。
湯船でぷかぷかゆらゆらしながら、今日は足を休めながらクローゼットに積んでる未読の漫画を消化しようと考える。新刊買ったまま読んでないのが何冊も積んだままになっているんだよねぇ。
しばらくそうしてから、私はようやくお風呂から出る。
さっきは気のせいと言うことにしようとしたが、やっぱり足首が痛くなってきた気がする。
急いで服を着て、頭にタオルを巻く。
髪を乾かすのは後回し!とりあえず化粧水をして、乳液タイプのパックを顔に貼り付ける、もうアラサーだからね!お風呂上がりのスキンケアは大事!
冷凍庫から出した氷を100円ショップで買った小さな氷嚢に詰め込む、このカラフルで小さい氷嚢は使い勝手が良いので、ちょいちょい活躍してくれている。
ソファーに座って足首に氷嚢を当てる。冷たいけど、気持ちいい。
スマホで時間を確認すると、まだ6時半くらいかと思っていたが、とっくに過ぎていて、すでに7時を回っていた。
とりあえずスタッフのグループチャットに休みの報告を入れる、一応休みの理由も伝えておこう…捻挫のため歩行困難…と。
明日は日曜で休診日なので、今日と明日の二日間休めば月曜日には出勤できるだろうと思う。と言うか出勤する!できるだけ休みたくない。
足首が氷で冷やされ、痛みが引いていく。冷たくて麻痺してるだけかも知れないが、お風呂で暖まったことで血流が良くなり、ズキズキしだしていたんだろうと思う、多分ね。
昨日テーブルに置きっぱなしにしていた薬箱から湿布を取り出して、足首に貼っておく。よしオッケー。
そこへ『ポコン!』とチャットの通知オンがなった、確認するとグループチャットへの了解の返信の他に、ヨーコ先輩からの個人チャットが届いていた。
『捻挫!?!?どうしたの〜!?!?転んだ??痛いの!?』
と号泣のスタンプ付きで送られてきていた。ヨーコ先輩の声や表情が自然と脳内再生されて、ついクスッと笑ってしまった。
『転んだ〜!足首腫れてて歩くと痛いよ〜!申し訳ないけど、今日はお休みさせてもらいます(土下座)今日と明日は湿布貼って安静にしときます〜』
返事を送るとすぐに既読がついた。
『オッケーおっけー!マヤちゃんの分まで私が働くよ!今日の鍵開けは私がするね!お大事に〜!』
『わ〜!早出大丈夫ですか?すみませんが、よろしくお願いします!』
ヨーコ先輩からサムズアップする犬のスタンプが送られてきたのを見てから、私はスマホを置いた。
レンジに入れたパン生地の発酵はもう少しかかるので、洗濯物を干したり、読む予定の漫画を取り出してくる。
うーん、片足をうまく曲げられないのはかなり不便だなぁ。
ひょこひょこ歩きながら部屋を行ったり来たりしていると、レンジがピーピーとなり、発酵が終了したことを知らせてくれた。
鉄板にクッキングシートを広げ、発酵して膨らんだ柔らかい生地を流し込むと、イーストのいい匂いがした。
オリーブオイルを垂らして指で生地をまぁるく押し広げる、フニュフニュと柔らかい生地はオイルでツヤツヤしていてて、すでに美味しそうに見える。
家から送られてきた祖母お手製のトマトソースを生地の中央に塗り、切っておいた具材を散らして、チーズもたっぷり乗せた。
予熱しておいたオーブンに鉄板ごと入れて、タイマーをセットする。あとは焼けるのを待つだけ。
焼いている間に、院長に休みの電話を入れる。
コール2回目で院長のちょっと眠そうな声がした(割といつも眠そうな顔と声だけど)
「おはようございます、望月です。昨日の夜に捻挫してしまって…はい…大丈夫です。はい…すみませんが、お休みさせてください、はい…はい…ありがとうございます、はい、では失礼します」
通話終了のボタンを押して大きく息を吐いて、スマホをポイっと放り投げる。
ふひ〜…、休みの電話する時は、どんな内容でもいつも緊張してしまうな。
うちの院長は穏やかな人で、別にダメって言われるわけでも、不機嫌にされるわけでもないが、ちょっと構えてしまう。
急ぎの予定はもう無いので、安心して朝ごはんを食べれる。
ピザだけだと彩りが少ないので、サラダも作る、作るといってもレタスを千切って、作り置きの副菜を添えるだけだが。
焼けるまでの間に漫画を読もうと思い、漫画を抱えてソファーに座った瞬間のことだった。
ピンポーン!
とインターホンが鳴った。
ふと時計を見ると8時少し過ぎたくらい、何か通販で買ったかな?っていうか、朝の配達早すぎるでしょ…と思いながら、せっかく座ったソファーから立ち上がりたくなくて、少しグズグズしていたら、またピンポーンと鳴らされた。
あ、もしかして管理人さんかも?と思い、私は急いで立ち上がって、インターホンのモニターに向かう。
しかし、そのモニターに写っていたのは管理人さんでは無かった。
「…あれ?!」
私はそれが誰かを認識するなり、急いでインターホンの通話ボタンを押した。
誰だ、誰だ、誰だ〜♪(古
蒼麻くん不在のため、タイトルは「あの子」ではなく「この子」になっております。ミスでは無いです!
読んでいただきありがとうございます!!!(感涙




