3。あの子は秘密を知りました
蒼麻くんはイケメンです。
爽やかなイケメンです。
心もイケメンです。
私は今日、人生で前にも後にもコレっきりだろうという体験をしました。
それでは聞いてください。
イ ケ メ ン 男 子 高 校 生 を 跪 か せ ま し た
わーーー!ごめんなさい、ごめんなさい!!違うんです!私が跪かせたわけじゃないんです!!
左足を地面につけると激痛が走るので、靴がうまく脱げずにもたついていたら
「肩に掴まっててください」
蒼麻くんは止める間もなく、急にしゃがみ込んで、そのまま私の靴を素早く脱がせちゃうんだもん!テンパって、もん!とか言っちゃうぐらいの衝撃ですよ!
「わ!そんなことまで!ごめんね!」
私は、蒼麻くんの肩に大人しく掴まって謝るしかできない状態。
「気にしないでください、弟が怪我してた時にもしてたので…」
「そうなんだ、えっと、確か…洸太くん、だっけ?今何歳だっけ?」
「です。今、14歳の中2です」
脳内でカルテを検索して、蒼麻くんと一緒に来ていた小さな男の子を思い出す。そう言えばあの子も長く検診には来てないな。
「えー、もう中学生なんだ、小学生の頃しか会ってないから、顔見ても分かんないかもねぇ」
「コータにも学校検診で虫歯あったみたいなんで、近いうちに歯医者行くように言っておきます」
「うん、お願いね。じゃあ、ちょっと散らかってるけど中にどうぞ。ちょっと着替えたりしてくるから…そこのクッション使って良いし、適当に座って待っててくれる?」
「はい、…お邪魔します」
私はソファーに置いていた部屋着とカーディガンを取り、壁や家具を支えにしながら脱衣所に向かう。
洗面台で手洗いうがいをして、いつも通りメイクを落とそうとして、涙でぐしゃぐしゃになった顔に気付く。
うわ…このスッピンより酷い顔を蒼麻くんに晒したとか死ねる…死なんけど。
とりあえずメイク落としシートでザッと落とし、もうスッピン恥ずかしいとかいうレベルを超えたので、吹っ切れてしまった私は、お気持ち程度にフェイスパウダーだけを薄く叩く。
片方だけ残っていたコンタクトを外し、家用に使っている眼鏡をかける。鏡に映る私の顔はいつも通りに見える、大丈夫。
蒼麻くんの着せてくれたジャージのファスナーを下げた瞬間、心臓がドキンと大きく跳ね、息が苦しくなる。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ…深呼吸しよ、スーー、はーーー…、スーー、はぁ…」
最後はため息みたいになってしまったが、私は深呼吸して気持ちを整える。
私は薄目で、自分の姿を鏡で見てしまわないようにしながら、蒼麻くんのジャージを洗濯機の上に置き、破けてしまったシャツと下着は、丸めて洗濯機の横に置いているゴミ箱の奥に押し込む。
「いっ!…たぁ」
ゴミ箱に押し込んだ拍子に手のひらがピリッと痛んだ。見ると手のひらに擦り傷ができていた。
「ありゃあ、こっちも怪我してたかぁ」
よく見ると、膝にも擦り傷があり、砂粒のようなものが入り込んでいるようにも見える。これ消毒する時痛そうだなぁ。
私は部屋着に着替え、カーディガンを羽織り脱衣所のスライドドアを開けた。
「おわぁ!びっくりしたぁ!」
脱衣所のドアを開けると、目の前に蒼麻くんが立っていた。
「大丈夫ですか?なんか痛いって聞こえて…」
「あー、ちょっと手のひらと膝を擦りむいちゃってて、ちょっとだけ」
ほらこれ、と蒼麻くんに手のひらと膝を見せると、蒼麻くんは少し怒ったような顔をした
「消毒液はありますか?」
「うん、あるある〜、だいじょーぶ!」
私がヘラヘラっと笑うと、蒼麻くんは私の腕を掴み、そのまま腕を自分の首に回す。
え??と思うまもなく、蒼麻くんは私の膝裏に腕を入れ、私を再び抱き上げた。
「ひゃあ!」
「じっとしてください、心配させないで」
「はひ…ごめんなさ…ぃ」
蒼麻くんの真剣な表情と声に、ドキッとしてしまう。
ユア先生にそっくりの顔でそんなこと言われちゃあ、お姉さん心臓爆発しちゃうよ。
蒼麻くんは脱衣所前から素早く移動すると、私をそっとソファーに座らせた。
「消毒液や湿布はどこですか?」
お、これは自分でするから大丈夫〜とかいうと怒られそうな気がする…と悟った私は、大人しく薬類をまとめて入れている箱の場所を蒼麻くんに伝える。
この1時間くらいで私は、蒼麻くんが結構頑固だということに気づいた。
まぁ優柔不断とか他人に流されやすいより、自分の意見をはっきり言ってくれて、引っ張ってくれる人の方が、私は好感持てるけどね。
薬箱をとりに、蒼麻くんが部屋の奥に歩いていくのをぼんやり見ていたのだが、私はハッとして一気に血の気が引いた。
やばい!向こう側にはユア先生の祭壇が!!!
推し活をしているオタクの方なら理解できるだろうが、推しのグッズ、ある特定キャラクターのグッズのみを所狭しと並べられ、飾られ、祀られているのは、一般人から見たら意味不明というか、恐怖ではないだろうか。
私の住むこの部屋は、リビングダイニングを大きく1部屋作ってあり、私はそれを大きめの衝立で仕切って2部屋のようにして使っている。衝立奥のスペースに、ベッドとパソコン作業などをするデスク、薬箱や日常使う物を入れている棚、そして祭壇がある。
普段は衝立で見えないので、オタクじゃない友人が来た時もそのままにしている、完全に失念していた。
「蒼麻くん!まっ…!!」
待って、という前に、既に蒼麻くんの視線が祭壇がある方に向いているのに気づいて、私は「終わった…」と悟り脱力する。
別にオタクである事を完全に隠して生きている訳では無いが、若い男の子に知られるのは、ちょっとしたトラウマもあり、なんだかすごく恥ずかしい。穴があったら入りたい、ってこういう時に使うんだな…。
蒼麻くんが薬箱を持って来てくれた気配がする。
だが私は恥ずかしすぎて顔を見れないので、目を閉じていた。
「…?望月さん?痛むんですか?」
「いや、だいじょっ〜〜ゆあ〜っ!?」
大丈夫だよっと目を開けると、息がかかるほどの至近距離に、心配そうに私を覗き込むユア先生の顔〜!じゃない、蒼麻くんの顔があった。
「顔顰めてたので、痛みを我慢してるんじゃないですか?やっぱり救急車呼びましょうか?」
「違うの、なんでもないの、大丈夫、呼ばないでください」
私は顔を引き締めて、薬箱を受け取るために手を出したが一向に渡してもらない、それどころか蒼麻くんはさっさと薬箱を開け、ゴソゴソと必要そうな物を取り出していく。
「じゃあ、先に膝の消毒をしましょう、入り込んだ砂粒を出すので…ちょっと痛いかもですが、我慢できますか?」
「はぃ…お願いします…」
私は消毒の痛みよりも、イケメン男子高校生にオタバレしたことによる心の痛みで、正直なんで怪我したのかもどうでも良くなってる気がした。
「触りますよ」
蒼麻くんが、消毒液を含ませた綿球で、傷口から汚れをかき出すように擦っていく。最初は痺れたように特に何も感じなかったが、汚れが落ちていくに従って、じわじわ痛みが出てきた。
「んうっ…」
私はソファーに置いてた、ユア先生の推し色である黒のファークッションを抱きしめ痛みを耐える。
「すみませんっ、痛かったですね…もう終わりますよ」
両膝の消毒が終わり、大きめの絆創膏を貼ってもらう。蒼麻くんがそっと絆創膏のテープの部分を押さえるように撫でた。
あーゲームのスチル絵になんかこんなシーンあったなぁ、ユア先生が主人公をソファーに寝かせて、横に跪いてるやつ。
ふぇぇ…この角度まじで似てる、スクショしたいぃ…いやスマホの画面じゃ無いんだから写真撮りたいぃ。
私が心のスマホでパシャシャシャシャシャシャ!と連写していると、蒼麻くんに手を握られた。
え!?ちょ!?なになに??
「どうしますか?」
「撮ります!」
「え?」
「え?あ!ごめん、なんの話?」
危ない危ない、自分の世界に入っちゃってた。
「手のひらも今治療しますか?」
私の両手を、蒼麻くんが優しく包んでくれている。
私の指先はずいぶん冷たいようで、蒼麻くんから伝わってくる温度がすごく熱く感じる。
「あ〜、手のひらは小さい擦り傷だけだし、今テープ貼ったりすると不便だから…寝る前に自分で薬塗るね。ありがとう」
「じゃあ、足首に湿布しましょうか」
蒼麻くんは私の手を離し、湿布を取り出す。
「この辺で良いですか?」
位置を確認しながら、湿布を貼り、剥がれないようにテープを貼る。
「冷たぁ〜」
「すみません、ちょっと温めてから貼れば良かったですね…」
「うぅん、大丈夫、実はこのヒヤッと冷たい感じ、結構好きなんだよね」
「ハハッ、えぇ〜?そうなんですか?」
蒼麻くんがおかしそうに笑う、クシャッとした笑顔はユア先生とは似てなくて、幼い感じでとても可愛い。男子高校生に可愛いとか言ったら、嫌がるんだろうなぁ。
「ありがとう、コーヒー淹れるね」
私がソファーから立ちあがろうとすると
「ちょ、だめです。コーヒーとか大丈夫ですから、大人しくしててください」
と、頭を押さえつけられてしまった。
「いやでも、こんな色々してもらって、そのまま返すわけには…あ、図書カードいる?未使用あるよ!いやむしろ、現金…?財布にいくらあったかな…いや、今時は電子マネーを送った方が?」
私は何を言っているんだ、脳内で冷静な自分が現実の自分の口をを止めようとしているが、混乱しているのかペラペラと余計な言葉が口から飛び出していく。
「要りません、望月さん!落ち着いて…、僕はもう少しここに居ますから、大丈夫です。安心してください、望月さんが落ち着くまで、何時間でもいますから」
そっと遠慮がちに頭を撫でられ、ハッと我に返る。
あぁ、私、一人になるのが怖かったのか。
「ごめ…んね、大人なのに、情けないとことばっかり見せちゃって」
「そんなことないです、コーヒーは僕が入れても良いですか?一緒に飲みましょう」
「ん…ありがとう」
蒼麻くんはキッチンの方に向かうと、私の指示を聞きながら戸棚からマグカップとインスタントコーヒー、冷蔵庫から牛乳などを手際良く用意していく。
マグカップに濃いめのコーヒーを作り、小鍋で温めた牛乳を注ぐ。あ、あのマグカップ、ゲームイベントで買った推しとのペアマグカップ…もったいなくて、使わずに戸棚で飾りになっていたけど、こんな時に使ってもらえるとは。
「コーヒー濃すぎたかもです」
蒼麻くんは私にカップを差し出しながら、少し口を尖らせている。
「ふふ、大丈夫、ありがとう。いただきます」
私の家なのに、なんか不思議だなぁと思いつつ、私はマグカップから立ち上るコーヒーとミルクの香りを吸い込む。
いつもと同じ材料なのに、いつもより良い匂いがする気がする。
両手でマグカップを包み込むように持ち、ズズッと一口啜る。
「おいしい」
「よかった…」
蒼麻くんが嬉しそうに微笑んでいる。
熱いカフェオレが喉を通り、胃に落ちていくのがわかる。中からじんわりと体が温まっていく。
ほう。と息を吐く。今は5月末、昼は暑いくらいある日もあるが、朝方や陽が落ちた後はまだちょっと肌寒い時期。暖かい飲み物はほっとする、別にダジャレじゃない。
蒼麻くんが私の足元、ソファーではなく床に座ろうとするので、私は自分の隣をポンポン叩いて横に座るように促す。
「床じゃなくてこっちに座って!」
「え、あー…失礼します…」
なんだその返事は。
蒼麻くんは私の横にちょこんと座ると、カフェオレをフーフーしながらチビチビ飲んでいる。猫舌かな?かわよ。
正直、今日はすごく疲れた。私は人生でこんなに怖いことが自分に起きるなんて思ってもいなかった、未遂で終わったけど、怪我もしたし、思い出すと心臓がギュウっと潰されそうになる感じがする。
だけど、蒼麻くんがたまたま通りかかってくれたから、私は擦り傷と捻挫で済んだ。
無様な泣き顔を晒してしまったが、お姫様抱っこなんていうレア体験もした(しかも2回)、靴を脱がせてもらって、怪我の手当てされて、カフェオレ入れてもらって、ちょっと私の運は今日使い果たしてしまったのでは???明日からのガチャはオール天井、推しすり抜けかな…?え、ヤダ、めっちゃ怖い。
推しカラーのマグカップを握り締め、はぁ…とため息をつく。このため息は悪いため息じゃない、生きてて良かったっていう幸せを噛み締める一息である。
「望月さん」
「はいはい、なんですか?」
蒼麻くんに呼ばれて、ニコニコで蒼麻くんの方を向く。蒼麻くんが真剣な顔をしているから、つられてちょっと真面目な顔になる、ってかそんな真剣な顔されたら、なんだかドキドキしてきたな。
「その…」
「うん?なになに?」
なんだその言いにくいんだけど〜みたいなモジモジは?クソかわ。顔がニヤけちゃうじゃん。
だが私の顔はニヤけなかった、蒼麻くんの口から出た言葉に、私は多分顔を引き攣らせたままフリーズした。
「ゆあ先生、って誰ですか?」
ぬぉぉぉお!私の勘違いバッチリ聞かれとるやんけぇぇ!現実の私は微動だにしてないが、心の中の私は膝から崩れ落ちた。
「え…っと…え?なんでかなぁ?」
いや全然誤魔化されてない返事!しっかりしろ私!
「ゆあ先生って、ハッピーにいる先生ですか?今日担当してくれた人の事ですか?」
「ん????」
続いた想定外の質問に脳内がハテナマークで塗りつぶされる。
「望月さんが『ゆあ先生』って何度か言いましたよね?僕をその人だと思ったんですか?その先生が好きなんですか?」
「んん???うん???」
「やっぱり、今日の先生の事なんですね…」
「え!??違うよ!ユア先生はこれ!!!」
私は手に持っていたマグカップに小さく描かれたデフォルメのキャラを指差す。デフォルメだし、小さいので、パッと見はマグカップ全体に描かれている模様に見える。
「???」
今度は蒼麻くんがハテナ顔になる。マグカップ指さして、この人ですって言ってもわからないし、そもそもデフォルメすぎて分からない。
「えっと、待ってね、あー…これ!これがユア先生です!」
私はカバンからスマートフォンを探し出し、ゲーム画面を見せる。私はゲームのホーム画面やロード中の映像を推しに設定してるので、探さなくてもゲームをひらけば推しが居る。
「…何かのアイドルですか?」
「あ〜、スマホのゲームだよ。ユア先生は実在する人じゃなくて、ゲームのキャラクターなの、今ちょっとハマってるんだよね」
なんか言ってて悲しくなってきた。実在しないだって…、私の中には実在してるもん。
「…さっき、薬箱があった棚の上にあったヌイグルミとかキーホルダーも、全部この人ですか?」
バッチリ見られとる!そりゃあ、もう完全に見てるだろうと言うのは分かってたけど!だけど!改めて言われるとダメージがデカいです。もうやめて!麻也のライフは0よ!
「そ、です…」
「へぇ、すごい、これゲームなんですか?自分はあまりゲームした事なくて、すごい滑らかに動いてる、へぇ」
蒼麻くんが私のスマホを見ながら目をキラキラさせている、すごいゲームに関心持ってくれてるけど、私のダメージはどんどんマイナス域になっていく。もう見ないでぇ…。
「あっ!」
「え?」
蒼麻くんが私にスマホの画面を向け、なんだか嬉しそうな声を出した。
「この、ゆあ先生って人、僕の髪型と似てますね!」
ぐぅ…っ、その通りでスゥ。なんでそんな嬉しそうに笑うのよぉ。
「あ…でも、こんなカッコイイ人と自分が似てるとか言ったら、失礼ですよね…すみませ」
「え!そんな事ないよ!蒼麻くん、顔も性格もすっごいイケメンじゃん!私、密かに蒼麻くんはユア先生にそっくりだなって思っ…て、あ…」
ぬあぁぁぁぁあ!しまったぁ!!おもわず言ってしまった…。蒼麻くんビックリした顔してるじゃん、絶対引かれた、最悪。
「そ…ですか?…あざす…」
蒼麻くんが俯いてしまった。あーあ。もうほんと私のバカ。勢いで密かに推しに似てるって思ってたこと言っちゃうとか、私バカすぎる。
「ごめんね、キャラクターに似てるとか、気持ち悪いよね。ホントごめんね、あ、次の歯医者の予約の時は、私じゃない人を担当につけるから、顔見せないようにするから、ちゃんと治療は来てねっ!ごめんね!」
私は蒼麻くんの方を見ないようにしながら一気に喋った。
オタクのことを知られるのは、まぁ良い、でも自分の推しに似てるって密かに思ってる事を知られた…違うな、自分でバラしたんだ、勢いだったとしても、ずっと心にしまっておくべきだったのに、最悪すぎてツラい。
絶対気持ち悪いって思ってるだろうなぁ。やだなぁ。ユア先生の事まで推せなくなったらどうしよう。
ユア先生が、私の唯一の生き甲斐なのに。
麻也ちゃんは自分に自信が持てない女の子です。
特別何かに秀でていることは無いけど、なんでも器用にこなす器用貧乏ちゃん。
以降の話は週に1、2話のペースで投稿できたらと思っています、よろしくお願いします!




