闇に潜む自我の影
闇の門を通り抜けると、そこは真っ暗な空間だった。地面も見えず、光の一筋もない。ただ、二人は確かにそこに立っている感覚があった。
「何も見えない…」ベルナデッタはおびえた声を上げる。「リース、どこにいるの?」
「ここだよ、手をつないで。」リースは彼女の手を探り当て、しっかりと握る。
二人は闇の中をそろりそろりと歩く。しかし、どこへ行けばいいのかわからない。
すると、低い声が響いた。「闇…それは己が見たくないものを隠す領域。汝らは自分自身の闇を見つめる覚悟があるか?」
「闇の試練…内面の影を映し出すって言ってたわね。」ベルナデッタは震える声で言う。
「見てごらん、お前たちの影を。」声と共に、闇の中にぼんやりと二つの姿が浮かび上がった。それはリースとベルナデッタに酷似しているが、顔は微笑まず、目には冷たい光が宿っている。
「これは…俺たち?」リースは目を見張る。
「お前は本当に世界を救いたいのか?」リースの影が問いかける。「孤児だったお前は、社会に恨みを抱いていないのか?本当は復讐したいのではないのか?」
「復讐…そんなこと考えたこともない。」リースは反論する。「過去を許したし、俺は前を向いている。」
「本当に? お前の心の奥底に、認めたくない憎悪が少しでも残っているのではないか?」影は嘲笑する。「その汚れを清めることはできるのか?」
リースは苦しげな表情を浮かべるが、やがて静かに首を振る。「たとえ汚れが残っていても、それを克服したいと思っている。それが俺の本音だ。俺はそれを否定しない。弱さや闇があっても、それごと抱え込んで進む。」
その言葉を聞いた影は、わずかに溶けるように薄れていく。
一方、ベルナデッタの影は鋭い声で問いかける。「お前は本当に自由を得たか?家族を憎み、許し、でもまだどこかで自分を縛っていないか?学問への執着、魔法への探求、それは本当にお前自身の意思か?」
「自分の意思…」ベルナデッタは唇を噛む。「私は、家族が押し付けた道から逃げた。でも、今は自分で選んだ旅をしてる。私は確かに学問と魔法が好きで、探求したいと思ってる。」
「だが、それが本当かどうか、証明できるか?」影は冷たく笑う。「お前はまだ不安なのだ。自分の選んだ道が正しいのかどうか、本当はわからない。」
ベルナデッタは苦悩に揺れるが、リースの手を握り直す。「わからないけど、わからないままで進むしかない。私は今ここにいて、リースと旅をしている。その事実こそが、私の選んだ道の証拠よ。」
すると、影はふっと笑みを消し、淡く光り始める。「認めたな、己の不安も含めて。ならば、その先へ行くがいい。」
闇が少しずつ明るくなり、二人は闇の世界に浮かぶ小さな台座を発見した。そこには闇色の宝珠が載っている。
「これが闇の宝珠…」リースは宝珠を拾う。
すると、闇が晴れて、再びヴィエント・シウダーへと戻る。エオルスが待っていた。
「よく戻った。」エオルスは満足げな顔だ。「これで三つの宝珠と、すでに得た風の紋様がそろった。時の羅針盤を完成させる準備ができた。」
「時の羅針盤…これをどうすれば?」ベルナデッタは尋ねる。
「三つの宝珠と風の紋様を合わせるのだ。」エオルスは広場の中央へ二人を導く。
二人が炎、水、闇の宝珠を風の紋様にあしらった台座に置くと、それらは溶け合うように輝き始める。光が交差し、旋律のような音が響いた。
やがて、光が収束し、手のひらほどの羅針盤が浮かび上がる。それは古めかしく、時計の文字盤を思わせるデザインだが、針は風を受けてくるくる回る。
「これが時の羅針盤…」リースは慎重に手に取る。
「それを持って、次の地へ行くがよい。そこにはクロノスの鍵への道が開かれる。」エオルスは静かに告げる。「しかし、気をつけろ。鍵を狙う者は他にもいる。時の力は強大で、悪しき者が手にすれば世界が歪む。」
「わかりました。僕たち、絶対に鍵を守ります。」リースは力強く誓う。
「さあ、行くがいい。」エオルスは袖を翻し、徐々に霧が晴れる。ヴィエント・シウダーの幻影が消え、二人は再び現実世界の荒野に立っていた。
蝶が舞い降り、羅針盤の針をついばむように触れる。すると、針は北東を指した。
「あっちに行けってことかな。」ベルナデッタは小さく笑う。「ずいぶん遠回りをした気がするけど、ようやく鍵の手がかりがはっきりしたわね。」
「うん、頑張ろう!」リースは意気込む。「試練を超えた僕たちなら、どんな困難も乗り越えられる。」
二人は再び旅立つ。クロノスの鍵まで、あと一歩。その先には、時をめぐる最後の戦いが待っているかもしれない。
しかし、二人の心は穏やかだ。過去を許し、未来を選び、不安や闇を受け入れた。もう迷いはない。
蝶は青い光を放ちながら、風に乗って先へ飛ぶ。運命の歯車は、最後の回転を始めようとしていた。