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嵐の声、風の指輪

 崖下へ降りる道は細く、時折足元の小石が転がり落ち、底知れぬ深淵へと消えていく。その中を二人は慎重に歩みを進めた。風はますます強く、まるで二人を拒んでいるようだ。

「ベルナデッタさん、足元に気をつけて!」リースは声を張り上げるが、風の音にかき消されそうになる。

「わかってるわ!」ベルナデッタはマントを両腕で押さえ、魔法の呪文を準備する。「嵐の精霊って、どんな存在なのかしらね?」

「さっぱりわからない。でも、話を聞く限り、何か荒ぶる力を鎮める必要があるんだと思う。」リースは前方を見据える。「あっちに洞窟らしき入口があるよ!」

 二人は風鳴りの広間と呼ばれる場所へ入る。そこは自然が削り取った大きな洞窟で、内部には巨大な空間が広がっていた。天井の裂け目から光が差し込み、風が渦を巻いている。

「ここが風鳴りの広間…すごい景色ね。」ベルナデッタは息を呑む。

 すると、洞窟の中央付近で、淡い光が揺らめいた。それは人型とも獣型ともつかない半透明な存在で、風のように形を変える。

「あれが嵐の精霊?」リースは短剣を握りしめる。

 精霊は音もなく漂い、時に風音を言葉のように紡いでいるかのようだ。すると、その声が二人の耳元に直接響いてきた。

「『何故、来た…風を乱す者よ』」

 不思議な感覚だ。精霊は言葉を発していないのに、意思が伝わってくる。

「俺たちは、風の指輪を求めに来た。嵐の精霊よ、あなたを鎮めるにはどうすればいい?」リースは勇気を振り絞って問いかける。

「『風は自由、風は怒る、風は泣く。汝は風を理解するか?』」

「風を理解する…?」ベルナデッタは困惑する。「どうすればいいの?」

 精霊は突然、激しい突風を放った。二人は吹き飛ばされそうになりながら踏ん張る。

「しまった、攻撃してきた!」リースは岩陰に隠れる。

「魔法で対抗するわ!」ベルナデッタは「アエローラ!」と叫び、風の魔術を放つが、精霊は風そのもの。攻撃はすり抜け、効かない。

「駄目だ、物理的な攻撃も効かなそうだ!」リースは短剣を構えても意味がなさそうだと悟る。

「じゃあ、どうするの…?」ベルナデッタは焦りを隠せない。

 その時、青い蝶がひらりと洞窟内に現れた。蝶は精霊の前で舞い、淡い光を放つ。すると、精霊はその光に反応して、風を静めたように見える。

「『その蝶…時の使者…』」精霊の声が響く。「『汝ら、時を超える力を求むるか?』」

「はい、僕たちはクロノスの鍵を探しています!」リースは必死に声を上げる。

「『クロノス…時を織る鍵…風は時と共に変わりゆく…』」精霊は低く唸るような音を発した。「『理解せよ、風の気持ちを。風は流れる。強く吹く時もあれば、優しく撫でる時もある。汝ら、心を澄ませ。』」

「心を澄ませ…」リースは目を閉じる。吹き付ける風の音、岩肌を撫でる気流の感触、蝶の羽ばたきのささやき…すべてを受け入れるように耳を澄ます。

 すると、荒ぶっていた風が、何故か心地よい旋律のように感じられる。不安や恐れが少しずつ消えていく。

「風は、僕たちを拒んでいるわけじゃない。何か伝えたいんだ。」リースは静かに言った。

「え?」ベルナデッタは困惑するが、彼女も目を閉じてみる。しばらくすると、彼女もまた微かな囁きを感じる。

「『旅人よ、汝らが真に鍵を求めるなら、風の調べを受け入れ、変化を受け入れよ。』」精霊は再び語る。「『我は汝らに力を貸そう。』」

 すると、精霊の姿が淡く光り始め、その光が一筋の帯となり、洞窟の壁へ不思議な紋様を描き出した。その紋様は、風の流れを象徴するような曲線で、中心には小さな窪みがある。

「『ここに指輪あり。汝ら、紋様を解け。』」精霊は指示する。

「紋様を解く…どういうことだ?」リースは壁の紋様に触れる。

 指を滑らせると、紋様が不思議な反応を示す。まるでパズルのように、幾つもの曲線が絡み合っている。

「これって、線をつなげるのかしら…」ベルナデッタが手伝う。

 二人は慎重に指で紋様をなぞり、正しい流れを探す。風の流れを象徴する線を繋げると、最後に中央の窪みが淡い光を放った。

「やった!」リースが喜ぶと、その窪みから小さな指輪がせり出してきた。指輪は銀色で、風を象徴する羽根の刻印がある。

「『それが風の指輪…風の都への道しるべだ。』」精霊の声が優しくなる。「『時を求める者よ、行くがよい。』」

 精霊はゆっくりと消えていく。その背後には静かな風が漂い、蝶は再び舞い戻る。

「取れたね、風の指輪…」リースはそれを手に取り、ベルナデッタに見せる。

「ええ、これで幻の都市を探せるわね。」ベルナデッタはほっとしたような笑みを浮かべる。

 二人が洞窟を出ると、崖上では風読みの民が待っていた。老女は微笑み、「試練を越えたか。」と頷く。

「はい、おかげさまで。」リースは頭を下げる。「あなたたちには感謝します。」

「さあ、行くがよい。風の都へ至るには、指輪を月夜に翳すがよい。」老女は示唆する。「ただし、その都には試練があると聞く。くれぐれも慎重にな。」

「わかりました。」ベルナデッタは礼を言う。

 こうして、リースとベルナデッタは風読みの民に別れを告げ、再び旅路へ。今回の試練を乗り越えたことで、二人の絆は更に強まり、青い蝶は静かに二人を見守っていた。

 風を理解し、紋様を解き、指輪を得た彼らは、次のステップへと進んでいく。クロノスの鍵へ近づくたびに、彼らは世界の深い呼吸を感じていた。

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