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風を読む民の試練

北の塔からの帰路は、思った以上に静かだった。魔物の気配は多少感じるものの、先ほどのように襲ってくる者はいなかった。リースとベルナデッタは無事に街へ戻り、再びセラフィーノのもとを訪れた。

「なるほど、青銀の鏡は『風の都を探せ』と示したのか…」セラフィーノは深く頷く。「風の都、ヴィエント・シウダーと言われる幻の都市だね。古文書にはその名が時折記されているが、実在は確認されていない。」

「どうやって探せばいいんでしょう?」リースは頭を抱える。

「ヒントは、風の指輪だと思う。」セラフィーノは古い巻物を示す。「ここに、風の都へ誘うアイテムとして『風の指輪』というものが記されている。」

「風の指輪…?」ベルナデッタが目を細める。「どこにあるの?」

「この国の西方、サンティリオ峡谷にいると言われる『風読みの民』が所持しているらしい。彼らは放浪の民で、風を読み、未来を予見する力を持つと言われる。」

「放浪の民…探すのが大変そうだ。」リースはため息をつく。

「大丈夫、君たちは青い蝶に導かれている。そして、クロノスの鍵を求める旅は、そう簡単に行き止まるものではない。風読みの民を探す旅に出るといい。」

「わかりました、行ってみます。」リースは気持ちを切り替えた。「ベルナデッタさん、また付き合ってくれますか?」

「当たり前でしょう。ここまで来てやめるなんて性に合わないわ。」ベルナデッタは腕組みし、微笑む。

「ありがとう!」リースは嬉しそうに頷く。

 出発の前に、二人は市場で装備や食料を整える。リースは短剣を研ぎ、ベルナデッタは新たな魔力触媒を購入した。蝶は相変わらず彼らの頭上を舞い、その存在はすでに二人にとって当たり前のものとなりつつあった。

「ねぇ、リース。」市場の片隅でベルナデッタが不意に声をかける。「あなたはどうしてこんな危ない旅を続けるの?」

「どうしてって…」リースは少し考えて答える。「僕、孤児院で育って、特別なことなんて何もなかった。でも、青い蝶に導かれて、クロノスの鍵を探す運命が与えられたと知った時、何かできることがあるって思ったんです。世の中を変えるなんて大それたこと、僕一人じゃ無理かもしれない。でも、もし鍵を手に入れて、少しでも平和に近づけるなら、やってみたいんです。」

「ふぅん…あんた、純粋ね。でも、その純粋さ、時に危険よ。」ベルナデッタは唇を引き結ぶ。「ま、いいわ。私が見ててあげる。」

「ありがとう!」リースは屈託ない笑顔で応える。

 準備を終え、二人は西へ向かう街道へ出る。道中は森を抜け、丘を越え、やがてサンティリオ峡谷へと続く長い旅となる。その間、二人は会話を交わし、魔物に備え、時々宿屋や通りがかりの村で休む。

 ある夜、宿屋の片隅で、リースとベルナデッタは夕食を取っていた。

「ベルナデッタさん、あなたは魔術を研究していたって言ってたけど、どんな魔術が好きなんですか?」

「好きな魔術…そうね、私は自然元素系の魔術が得意よ。炎や風、氷を操る魔術は比較的習得しやすかったわ。逆に回復系や聖なる力は苦手。」

「へぇ、すごい。僕は魔術って全然知らないけど、なんだか素敵ですね。」

「ま、勉強次第よ。機会があれば簡単な魔法を教えてあげてもいいわ。」ベルナデッタはくすっと笑う。

「本当ですか?ぜひお願いします!」リースははしゃぐ。

「でも、今はそんな余裕はないわね。風読みの民を探すのが先。」ベルナデッタは真顔に戻る。「サンティリオ峡谷は危険な崖や強風が吹く場所らしいわ。気をつけて行かないと。」

「わかりました。僕、気をつけます。」

 翌朝、二人は再び旅路へ。その頃になると、青い蝶は時々姿を消したり、突然現れたりするようになっていた。

「ねぇ、あの蝶、何を考えているのかしら。」ベルナデッタはふと空を見上げる。

「さぁ…でも、僕たちを導いてくれてるんですよね、きっと。」リースは蝶を見失う度に少し不安になるが、それでも信じる心を保っていた。

 やがて、地形が険しくなり、深い谷を望む崖沿いの道へ出る。突風が吹き付け、二人はマントを押さえながら進む。

「ここがサンティリオ峡谷か…なんだか、不安定な気配ね。」ベルナデッタは周囲を警戒する。

「風読みの民は、この辺りを渡り歩いているって言ってましたね。」

 崖下からはごうごうと風の音が響く。その音に混じって、かすかに鈴のような音が聞こえた気がした。

「今、聞こえた? なんかチリンって音。」リースが耳を澄ます。

「ええ、聞こえたわ。もしかしたら誰かがいるかも。」ベルナデッタは慎重に足を進める。

 しばらく進むと、小さな洞窟の入り口が見えた。中から薄明かりが漏れ、そこには色とりどりの布を纏った人々が集まっていた。

「あなたたちは…」リースが恐る恐る声をかける。

 中から出てきたのは精悍な顔つきの青年だった。彼は頭に羽根飾りをつけ、首には奇妙な紋様のペンダントをかけている。

「我らは風読みの民、トハリ族と呼ばれている。ここは我らの一時の野営地だ。君たちは旅人か?」

「はい、僕はリース、こちらはベルナデッタ。」

「風読みの民を探していました。『風の指輪』を求めて来たんです。」ベルナデッタが続く。

「風の指輪…」青年は怪訝そうな目を向ける。「なぜ、それを求める?」

「クロノスの鍵を探すためです。幻の風の都へ行かなきゃならないんです。」リースは真摯に答える。

 すると、洞窟の奥から白髪の老女が現れた。肌に刻まれた無数の皺は、歴史を語る年輪のようだった。

「クロノスの鍵…久しく聞かぬ名だ。若者よ、汝は運命に導かれし者か?」老女は鋭い眼差しをリースへ向ける。

「わかりません。でも、青い蝶が僕を導いてくれています。」リースは帽子を取り、礼儀正しく答えた。

 老女はしばらく沈黙し、やがて微笑む。「よかろう、汝らに『風の指輪』を授けよう。ただし、その前に試練を受けてもらう。」

「試練…!」ベルナデッタは身構える。「何をすればいいの?」

「風を読み、未来を紡ぐには、心の静けさと勇気が必要。此処の崖下にある風鳴りの広間で、嵐の精霊を鎮めよ。それができれば指輪を授けよう。」

「わかりました!」リースは決意を込めて頷く。

「気をつけて、崖下には強い風が吹き、足場も悪い。生半可な心では踏破できぬぞ。」老女は警告する。

 こうして、リースとベルナデッタは再び危険な試練へと挑むことになった。風読みの民の瞳の中には、不思議な期待と哀愁が混ざり合い、青い蝶はまた一つ、運命の扉を開かせようとしていた。

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