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北の塔に揺れる影

【第三章】

 翌朝、リースとベルナデッタは街の北門へ向かった。まだ日が昇りきらない薄明の中、門番が軽く挨拶する。

「おはよう、若いのとそのお嬢さん。どちらへ行くんだ?」

「北の廃墟へ行きます。」リースが答えると、門番は目を丸くした。「北の廃墟だと? あそこには魔物が出るって噂だぞ。」

「ええ、知ってます。でも、行かなくちゃならないんです。」

「勇気があるな。ま、気をつけて行ってこい。」門番は苦笑しつつ門を開ける。

 門を出ると、広がるのは緑の平原。遠くに森が見え、その先にぼんやりと塔のシルエットが浮かぶ。風は冷たく、まるで行く先の困難を告げるようだった。

「さて、どうやって魔物対策をするか…」ベルナデッタは巻物を広げる。「私、基本的な防御魔法と簡単な攻撃魔法くらいは使えるわ。」

「魔法! 本当に使えるんですか?」リースは目を輝かせる。

「もちろんよ。図書館はただの本溜まりじゃないわ。古代魔術の研究も行われているの。」ベルナデッタは自信ありげに笑った。「あなたは武器は?」

「これくらい…」リースは腰に差した短いナイフを見せる。

「うーん、心許ないわね。まあ、私がサポートするわ。あなたは魔物に近づきすぎないように。」

「はい、わかりました!」

 二人は草原を進む。途中、野うさぎが跳ね回り、小川が細い音を立てて流れている。蝶は相変わらずリースの周りを舞い、時々先導するように前を飛んだ。

「そういえば、ベルナデッタさんはどうして図書館に?」リースは会話を切り出す。

「私? まあ、簡単に言えば知識を求めてね。私の家系は代々学者なんだけど、私は特に魔術や古代の謎に惹かれていたの。」

「古代の謎…クロノスの鍵もその一つですよね。」

「ええ、そうね。だから少し興味もあるの。伝説を追いかけるなんて馬鹿げてると思ってたけど、こうして君と行動するうちに、少しワクワクしてる自分がいるわ。」ベルナデッタは照れくさそうに目を逸らした。

「僕、嬉しいです。ありがとうございます。」リースは素直な笑顔で答える。

 やがて、日が高くなる頃、二人は小さな村跡に辿り着いた。建物は崩れ、草が生い茂っている。

「ここで一度休憩しましょう。」ベルナデッタが提案する。

「はい。」二人は持ってきたパンとチーズで簡単な食事をとる。

 しかし、その時、不意に茂みから唸り声が聞こえた。

「な、なに…?」リースは息を呑む。

「来たわね…」ベルナデッタは魔法詠唱の準備を始める。「リース、後ろに下がって。」

 茂みから現れたのは、犬のような形をした魔物だった。体毛は抜け落ち、目は血走り、よだれを垂らしている。

「グルルル…」魔物は低く構えた。

「ディフェンシオ!」ベルナデッタが唱えると、透明なバリアが二人を覆う。魔物はそれに突撃するが、弾かれてよろめいた。

「すごい…!」リースは感嘆する。

「今のうちに!」ベルナデッタはさらに「フランメア!」と叫ぶと、小さな炎の塊が魔物に飛び、毛のない皮膚を焼く。魔物は悲鳴を上げ、逃げ出した。

「やった…」リースは胸をなでおろす。

「まだ油断しないで。ここらは魔物がうろついてるみたい。」ベルナデッタは周囲を見回す。「早く先へ進みましょう。」

 二人は再び歩き出し、太陽が西に傾く頃、ようやく北の塔の麓へとたどり着いた。そこには、崩れかけた石造りの階段と、古い門が待ち構えていた。

「ここが北の塔…」リースは息を吞む。「まるで誰かを拒むような雰囲気だ。」

「確かに、空気が重いわね。」ベルナデッタは真剣な表情になる。

 門をくぐると、内部は瓦礫と蔦が絡み合う荒廃した廊下だった。上へ続く階段があり、その先に目的の青銀の鏡があると伝承は言う。

「気をつけて行こう。」ベルナデッタが耳打ちする。

「はい…」リースはナイフを握りしめ、慎重に足を進める。蝶はどこかに消え、静寂が二人を包み込む。

 突如、闇の中から低い呻き声が響いた。人型の影がぐらりと揺れながら近づいてくる。

「ゾンビ…? いや、アンデッドか!」ベルナデッタは構える。

「ど、どうするんですか?」

「アンデッドには聖なる力が有効なのだけど、私はその手の呪文はあまり得意じゃないのよね。」ベルナデッタは困り顔だ。

 アンデッドがじわりと近づく。リースは恐怖に足がすくむが、何とか声を振り絞る。「僕、何かできること…」

 すると、不意に頭上を舞う光が現れ、先ほどの青い蝶が戻ってきた。蝶は小さな光の軌跡を描き、アンデッドの眼前で輝く。

「何これ…?」ベルナデッタは目を瞬く。

 アンデッドは蝶の光にたじろぎ、一瞬動きを止めた。その隙にベルナデッタは炎の魔法を放ち、アンデッドを灰と化す。

「ふぅ…助かったわ。あの蝶、何かしら不思議な力を持っているようね。」

「やっぱり、ただの蝶じゃないんだ…」リースは実感を込めて言った。

 二人は階段を上り続け、最上階の部屋にたどり着く。その部屋の中心には、大きな鏡が立っていた。鏡の枠は青銀色に輝き、表面は曇っている。

「これが青銀の鏡…」

 リースが手を伸ばすと、鏡面がわずかに震えた。すると、鏡の中に歪んだ影が浮かぶ。そこには不思議な紋章が映し出され、その紋章がゆっくりと形を変えていく。

「これは…紋章が鍵なのかしら?」ベルナデッタは首をかしげる。「多分この紋章を解読する必要があるわね。」

「解読って、どうやって…?」

「図書館に戻れば手がかりがあるかも。でも、ここまで来るのに2日かかったのよね。」ベルナデッタは困惑気味だ。

 すると、青い蝶がふわりと鏡面に触れるように舞う。すると鏡面に一瞬だけ文字が浮かぶ。

「『風の都を探せ』…だと?」リースが読み上げる。

「風の都…聞いたことがあるわ。北西に存在すると言われる幻の都市。そこには風の賢者がいるとか。」

「じゃあ、次はその風の都へ?」

「そうなるわね。でも幻の都よ? 本当に存在するのかしら。」ベルナデッタは呆れ半分、期待半分で笑う。

「行くしかないですね。僕たちは鍵を見つけないと。」リースは決意を新たにする。

 こうして、青銀の鏡から得た手がかりを胸に、二人は再び旅立つ準備を整えようとしていた。運命の歯車は、少しずつ音を立て始める。

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