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運命を告ぐ青い翅

 石畳の広場を抜ける風は、どこか湿り気を帯びていて、遠くから教会の鐘が柔らかく響いていた。灰色のレンガ造りの建物が建ち並ぶ通りで、少年――名をリースという――は、一匹の青い蝶を追いかけていた。その蝶は、世にも珍しい光沢を持ち、わずかに光を放つように見えた。

「待って、行かないで!」リースは黒い帽子を抑えながら走る。その帽子は彼の祖母が形見として残した大切なものだ。白銀色の髪が風になびき、頬には朝露のような赤みが差していた。

 蝶は、まるで街角を知り尽くしているかのように、ひらひらと曲がり角を抜け、路地裏へと誘う。リースはためらいながらもその跡を追う。

「おい、リース、どこへ行くんだ?」知り合いのパン屋の少年、マティアスが声をかける。

「ごめん、ちょっと用事があるんだ!」

「用事って、その妙な蝶か?」

「そうだよ、なんだか呼ばれている気がするんだ!」リースは真剣な眼差しで答え、そのまま走り去った。マティアスは首を傾げながら、「変な奴だなあ」と呟いて、パン屋の中へ戻っていく。

 リースは古い鐘楼の下へたどり着く。そこはいつも人通りが少なく、薄暗い場所だった。蝶は鐘楼の木製の扉の前で待っているように見えた。

「ここに用があるのか?」リースは扉を押してみる。ぎぃ…と古い音を立てて開くと、そこには狭い階段が上へと続いていた。

「まるで秘密が隠されているみたいだな…」リースは蝶を見上げるが、蝶はすでに扉の内側へ舞い込んでいる。彼はためらいながらも後を追う。

 階段を上ると、薄暗い小部屋に辿り着く。その中央には古い木の机と椅子、そして分厚い本が積まれていた。

「こんな所に誰が…?」リースが本に手を伸ばした瞬間、背後から声が響いた。

「君、何をしているんだ?」

 振り向くと、年配の男性が佇んでいた。長いコートにハット、切れ長の眼光。

「ごめんなさい、蝶を追いかけてたらここに…」

「蝶? 青い蝶だろう? あれは珍しい。君、名前は?」

「リースです。」

「リース…私はエステヴァン。この塔の管理を任されている者だよ。」

 エステヴァンは微笑むと、机の上に手をかけた。「実はね、君の追っていた蝶は、ただの蝶ではないんだ。これは『呼び蝶』と呼ばれていて、ある運命を持つ人間を導く存在だと言われている。」

「運命を持つ…?」リースは首を傾げる。

「そう、君がここへ導かれたのも偶然じゃない。君には、ある特別な役割があるのかもしれない。」

「え、でも僕はただの孤児で、特別でもなんでも…」

「決めるのは君じゃない、運命が決めることだ。」エステヴァンは笑って言った。そして机の一番下の引き出しから、古びた地図を取り出した。

「これはこの国に伝わる古文書だ。青い蝶が現れる時、その者は『クロノスの鍵』と呼ばれるものを探し求める使命を帯びる。クロノスの鍵…時を超え、世界を変え得る力を持つと言われている。君がもしそれを手に入れれば、この国に平穏を取り戻すことができるかもしれない。」

「平穏を…取り戻す?」リースは驚いた表情を浮かべる。

「今、この国は見えない亀裂の中にある。表向きは平和だが、政治的な陰謀と、古代から封印されていた魔術の再来が囁かれているんだ。」

「僕がそんな大役を…?」

「信じられないなら、帰っていいさ。ただ蝶は君を選んだように思える。」エステヴァンは窓辺に視線を向ける。そこには再び青い蝶が舞っていた。

「わかった…僕、やってみるよ。でも、どうすれば…?」

「まずは、この街に存在する賢者たちを訪ねなさい。彼らは手がかりを持っているかもしれない。アルメリアの図書館に行くといい。そこには老賢者セラフィーノがいる。」

「セラフィーノ…わかった。ありがとう、エステヴァンさん!」

 リースは蝶の後を追い、塔を降りる。心には不安と期待が入り混じっていた。

 外へ出ると、街並みは先ほどまでと同じ穏やかな雰囲気だったが、リースの目には違って見えた。彼は運命という名の風を感じ、その翼を広げようとしている青い蝶を見つめ、静かに決意を固めるのだった。

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