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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
一章 茉莉衣、飛び出す
9/19

ゲームに夢中で

茉莉衣(まりい)のインスピレーションで決めればいいわ」


 華凛梛(かりな)に相談すると選んだキャラクターの好感度が少し上がるくらいで、別にルートが決まるわけでは無いから好きにしたらいいと言われた。


(森を冒険するってことは怪我することもあるよね?)


 レオナルドは神官とあるからきっと怪我を治す力があるだろう。

 偶に翔馬(しょうま)がゲームをしているところを横で見ていただけのわたしでもそれくらいは分かった。

 でも、レオナルドのピュハマー公爵家というのは、代々神官の家柄らしく姉であるカロリーナも治癒が出来るみたいなので、治癒役は二人もいらないような気がする。


(と、なると……)


 わたしがツイアイを買う一番の理由になったのはルートヴィヒ王子だ。浮気するなら、絵に描いたような王子様に甘やかしてもらおうなんて考えながら乙女ゲームを物色していたら彼と目が合ったのだ。

 だけど、王子様をまだ入学もしていない少女の為に呼んでもらうなんて出来ない。

 もちろんもう一人の王子様であるミカルも同じ理由で選べない。

 エリック先生も一人の生徒を贔屓しているとか言われるかもしれないし……。


「一番気になる人を選んじゃえばいいのに」

「選択肢にあるんだから問題ないだろう」

「だって気になっちゃったんだもん」


 華凛梛にもミカさんにも気にし過ぎだと言われてしまったけど、最後に残ったアルトゥールとエルンストの二択になった。

 寡黙なアルトゥールを選んだら、王子の護衛なだけあって戦闘になった時に頼りになりそうだ。

 逆にエルンストは戦闘面はどうなのかよくわからない。

 でも、乙女ゲームなのでそこまで難しい戦闘は無いだろうというのが華凛梛の見解だった。


(アルトゥールは華凛梛が気になるって言っていたし……)


 軽薄な人は苦手だから悩ましいけど、現実では絶対選ばないであろうエルンストを選ぶことにした。


『これはまた可愛らしいウサギちゃんだね。ご指名頂き光栄です』


 カロリーナ経由で呼び出されたエルンスト・ベンディクスは、黄色の瞳だけ器用に閉じてウインクをしてきた。

 説明の立ち絵ではよく見えていなかったが長めの赤い髪をハーフアップにしていて、黄色の瞳を瞑ると右目の緑色が一層映えて似合っている。

 エルンストはわたしのイメージしていた距離感ゼロで話しかけてくるというような軽薄とは違って、多少からかってはくるが距離感を強引に詰めてくるという感じでも無かった。

 マリーは『(よく笑う人ね)』と心の声を漏らしていた。


『これはお近づきの印に』


 エルンストはそう言うと回復薬を一つくれた。

 ご実家のベンディクス家は、サーリスト王国で一番大きな商会を営んでいるそうだ。

 商人気質というより完全に商人だということで、守銭奴なのかと思っていたら気軽にアイテムをくれて驚いてしまった。

 その後に『次は買いに来てね』とエルンストにニッコリと微笑まれ、営業だったと分かって逆に安心した。

 この入学試験は冒険パートのチュートリアルにもなっていて、風の妖精のイヴィが説明してくれるのに従いながら森を進む。

 戦闘だけではなくミニゲームもあってゲームのセンスの無いわたしは何度もリトライになった。

 それでもなんとか妖精樹から葉っぱを貰って来ることが出来た時には思わず歓びの声が出てしまった。

 もしここに翔馬が居たら「どんくせー」って何度言われた事だろう。

 だけど、華凛梛もミカさんも途中でコントローラーを奪おうともせず、応援しながら見守ってくれたお陰で、わたしはこれまでゲームでは感じたことの無い達成感に包まれた。


 ストーリーは元の時間軸に戻り、ようやく日付は『王国歴219年4月2日』へと変わる。

 再びセーブしていたら、華凛梛も遊んでみたいと言い出した。わたしも華凛梛にもこの楽しさを体験して欲しいと思っていたので、喜んで交代に同意した。

 華凛梛がラクーン本体の上部をスライドしてオレンジ色の光を両腕にまとい、彼女の手元に現れたコントローラーを握ろうとしたら、ミカさんに止められた。


「プレイヤーが違うと今のゲーム画面は終了してセーブデータを別に作るから、マリイのコントローラーを受け取って」

「へー。そういう仕組みなんだ」


 ミカさんの説明に頷きながら華凛梛はわたしの方へオレンジ色の手を差し出した。

 わたしは映像なのに確かに質感を感じるコントローラーを華凛梛の手の上に置く。

 何かを持っていた感触が無くなった自分のオレンジ色に光る手がやっぱり不思議で見てしまう。

 こうやって手を見てしまうのは何度目だろうか。まだ慣れることは出来ないようだ。

 突然着信音が聞こえて、三人が同時に自分のスマホを確認した。


「俺だ」


 すぐさまミカさんがそう言ったので違うとは分かっていたけど一応確認したら、サイレントに設定した翔馬からの着信数が増えているだけだった。

 ミカさんはしばらくメッセージをやり取りしていたかと思うと、徐ろに立ち上がる。


「用事が出来たから出掛けてくる。お前らも遅くなる前に帰れよ」


 鍵はオートロックだからそのまま出ていくだけでいいらしい。

 ミカさんはそう説明すると慌ただしく出掛けて行った。

 留守にするのに追い出さないのは、交代したばかりの華凛梛にもラクーンで遊ばせてあげようという優しさなのかもしれない。


「またチュートリアルだわ」


 今度はハルティア学園の卒業条件をカロリーナが説明してくれる。

 サーリスト王国史、マナー、ダンス、妖精学、神学。

 これが基本科目で、あと二十種類以上の専門科目がある。

 試験は年に二回、前期は九月で後期は三月に行われる。

 在学中に基本科目の五教科は、前期後期どちらかで三年以上合格が必要で、卒業までに更に五教科の専門科目にも合格しなければいけない。

 ちなみにエリック先生は王国史と薬学と調合を教えているようだ。

 試験さえ合格すれば授業には出ても出なくてもいいから、サロンで誰かと交流したり冒険に行ったり町で働いたり孤児院でボランティアをしたり……他にも色々と出来る。

 普通は十歳から入学するしそれまでに家庭教師を雇っている家庭も多いので、授業よりもむしろ人脈作り……社交のために学園に通っている人も多い。

 だけど、十四歳のマリーの場合は十七歳での卒業式に間に合わせなければならない。基本五教科の単位が取れなくて一年目で退学しちゃうのが、最速のバッドエンドのようだ。

 花の妖精のラヴィが占いをしてくれたり攻略対象の現在の好感度を教えてくれたりするから、それを参考に一週間から一ヶ月先までの予定を立てて実行すると一週間毎に結果が表示される。

 偶にイベントが差し挟まったりしてスチルが貰えたりするのだ。

 わたしも華凛梛もイベントやスチルにきゃあきゃあはしゃぎながらいつしか夢中になっていた。


「適当なところで帰れと言っただろう」


 気が付けば翌日のお昼過ぎに帰ってきたミカさんに呆れられていた。


「徹夜したのか?……ってか食事は?」


 矢継ぎ早の質問に華凛梛と二人して首を横に振ると、ミカさんは頭が痛いと言わんばかりにこめかみを押さえている。


「すみませんでした。すぐに帰ります」

「今アルトゥール攻略中だから待って」

「あぁもう……」


 頭を下げるわたしに、ゲームを続けると主張する華凛梛。


「気が済むまでやってていいから、ちゃんと睡眠、食事、風呂の時間を取ること!」


 ミカさんからはしこたまお説教された後でそう言われて、わたしは目をパチクリとさせた。

 ゲームのシステムやストーリーに対してはあんなに割り切っていたから、さっさと追い出されてしまうと思っていたのだ。


 一晩のうちにエンディングも一つ迎えていたが、結局誰も攻略出来ずカロリーナとの友情エンドだった。

 それも良かったけど、やっぱり男の子と仲良く成りたいとアルトゥールにターゲットを絞って一年目を終えたところで続きがとても気になっていたから、ミカさんのお許しはとても嬉しかった。


「ありがとうございます」


 わたしは深々と頭を下げた。

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