表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
一章 茉莉衣、飛び出す
7/20

新しい節目

閲覧、ブックマーク、リアクションありがとうございます。モチベーションになります!

 誕生日は月日のみの入力で、わたしは素直に『3月8日』と自分の誕生日を入力した。


「いいわよね。茉莉衣(まりい)の誕生日」

「?」


 (おもむ)ろに華凛梛(かりな)からそう言われたので何のことかわからず、わたしは小首を傾げて華凛梛を見返す。


「こういうゲームって今一番仲の良い男の子から誕生日プレゼントを貰えたりするんだけど、誕生日が早いと好感度が足りなくて一年目は誰からも貰えないの。なんか損した気分じゃない?」

「華凛梛も十二月だから遅い方だよね」

「あたしの場合、二十二日でクリスマスとか初詣とかイベントが立て続けでお誕生日の有り難みが薄れるから、よく一ヶ月遅らせて入力しているわ」

「これ異世界舞台だろ。クリスマスや初詣があるのか?」


 華凛梛の説明になるほどと頷いていたら、ミカさんがボソリと口を挟んだ。確かにその意見にもなるほどだ。


「……言われてみればそうね。クリスマスイベントはあるのかしら?」


 プレイヤーの誕生日を入力させる為に……かどうかは知らないけど、カレンダーは現実と同じものだ。

 もちろん西暦では無いけれど、祝日やイベントまで現実と一致しているかは今の段階では分からない。

 海の日とかハロウィンとかはまだしも、昭和の日とかクリスマスとかは世界観や宗教観に合わないだろう。


「ミカさんは、お誕生日いつなんですか?」

「四月二十八日」

「絶対貰えないわね」

「ゲームだと無いな」


 ミカさんの口ぶりだとまるでゲームじゃなくて現実なら知り合ってからあまり時間が経っていないうちに異性からお誕生日プレゼントを貰った事があるみたいに聞こえる。


(なんか目立つもんね)


 華凛梛もそうだけど、ミカさんもただそこに居るだけでオーラを感じてしまうような存在感がある。

 華凛梛と一緒に歩いていると矢鱈と視線を感じることがあるが、慣れっこの華凛梛はまったく気にせず颯爽と歩いている。ミカさんもきっとそんな感じだろう。

 治宮(はるみや)の親族なら当前なのかもしれない。


「乙女ゲーとギャルゲーじゃ違うかもしれないが、誕生日プレゼントを三年間貰うのが攻略のフラグだったことは無いしな」

「人の感情を計算するのは止めてよ」

「ゲームなんだからパラメーターでしか成り立たない」

「もう!夢が無いわね」

「攻略出来なきゃ意味ないだろ」


 心底不思議そうなミカさんに華凛梛が嫌そうな顔を隠そうともしない。

 真逆の視点の二人はどこまでも平行線な会話を繰り広げている。

 わたしはといえば、女性向けでも男性向けでも乙女ゲーとギャルゲーって女性を表す言葉が冠になっているのは何故だろうなんて全く関係ない事を考えていた。女性向けはプレイヤーが主体で男性向けは攻略対象が主体だということだろうか。


「何か飲みたいわ」

「…………ああ」


 妄想という名の夢を語っていた華凛梛が、脈略もなく飲み物を要求した。

 突然会話の流れを断ち切られたミカさんは拍子抜けしたように相槌を打っている。


「そうねぇ、オータムナルがいいわ」

「この時期ならファーストフラッシュだろ」

「オータムナルの方が好きなの」


 一瞬の沈黙の後に始まった会話が何の話か分からずわたしはきょとんとしながら二人を見守った。


「……そもそもダージリンは置いていない。ディンブラでいいか?」

「ミルクティーにして」

「はいはい」


 最後の華凛梛の言葉(ミルクティー)でようやく紅茶の話をしていたのだと分かった。

 銘柄をあまり気にした事の無いわたしには茶葉の種類の違いなんてほとんど分からない。区別がつくのはせいぜい独特な香りを持つアールグレイくらいだろう。

 この場で知らないのは自分だけなので知識不足が無性に居た堪れなくなって居心地が悪い。


「マリイも同じでいいか?」

「はいっ……あっわたしが」


 唐突にミカさんに名前を呼び捨てにされて心臓が飛び出るかと思った。

 この中で一番下っ端の自分が淹れるべきだと立ち上がりかけたけど、片手で制されてしまう。


「座ってて」

「……ハイ」


 立ち上がり損ねたわたしはソファに座り直した。

 しばらくモゾモゾと座りのいい場所を探してみたけど落ち着かない。

 一度くらい断られてもやっぱりわたしがするべきだっただろうかとカウンターキッチンの方を盗み見ると、ミカさんは戸惑うこと無くテキパキと紅茶を入れていて、手慣れていることが見て取れた。

 逆にお料理好きな人とかでキッチンを触られるのがイヤなタイプかもしれないと思うと再度お手伝いを名乗り出る勇気も無かった。

 結局何も言えないまま、ちょっとの間放置してしまったゲームに意識を戻す。

 テレビの中では、二人の王子様が二人の妖精に驚いている様子が映し出されていたままメッセージが送られるのを待っている。

 わたしは再び手元に映し出されたコントローラーを握るとボタンを押して読み進めた。

 森の外へ案内してもらったマリーがルートヴィヒとミカルに手を振ってお別れをする。

 森を出た先には町外れの小さな教会があり、小さな少女の後ろ姿とその横を翔ぶ桃色と空色の光……ここでフェードアウトしてローディング画面へと変わった。


 そのタイミングでミカさんが、トレイにお湯の入ったティーポットや二組のソーサーとティーカップ、それにシュガーポットとミルクポットを乗せて運んで来て、手早くローテーブルの上に並べてくれる。

 爽やかなお茶の香りがふわりと漂った。

 それからミカさんは再びキッチンへ行くとソファに戻って来た時には紅茶ではなくコーヒーが入ったマグカップを手にしていた。

 せめて注ぐくらいは自分でやるべきだと思い、わたしはティーポットへ手を伸ばした。

 オレンジ色の光を纏ったままの両手で、華凛梛と二人分の紅茶を注ぐ。

 先程よりもはっきりと花のような爽やかな香りが広がった。

 華凛梛の前に置いたティーカップには、華凛梛がすぐにミルクを注いで乳褐色に変わっている。

 さっきまではわたしもミルクティーのつもりだったけど、その香りに釣られてそのまま何も入れずに口に含んだ。

 普段飲んでいるティーパックの紅茶と比べると渋味も無く爽やかな香りと温もりに、自然と笑みを浮かべて思わず「美味しい……」と声が出ていた。


「銘柄なんだっけ?」

「セイロンのディンブラよ。今の時期、旬というにはギリギリね。味や香りのバランスがいいからオールラウンダーな茶葉よ」


 そういう知識がスラスラ出てくるあたりなんだか華凛梛がハイソサエティっぽく見える。まあ実際、お嬢様なんだけど。


『マリーちん、遅刻するよ〜』

『スミレ色!ぼーっとするなっ!』


 紅茶の知識を華凛梛から聞いていたらいつの間にかローディングが終わり、ラヴィとイヴィの声がして真っ黒だった画面が明るくなった。

 相変わらず画面は少女視点で少女の顔は見えていない。

 森の中で迷子になっていた時には貧しそうだったのに、今は天蓋付きベッドのある部屋の中にいる。

 視線の位置からどうやらマリーが成長しているようだ。

 そのマリーの目線の高さに合わせて桃色のラヴィと空色のイヴィが翅を羽ばたかせて浮いていて、遅刻だと急かしているのだ。

 メッセージを送るとアイコンが並んだ画面に切り替わった。

 画面左上にはおそらく今の日付であろう『王国歴219年4月1日』と表示され、今日の行動をアイコンで選ぶようになっていた。

 選択できるメインメニューは今のところ『新節式』のみしか表示されていない。


「しん……せつ、しき?」

「要は年度始まり……終わりかしら?……の式典らしいわよ。『新しい節目』ってことね。学園が舞台だから、卒業式と入学式が同時に行われると思えばいいわ」


 ヘルプを見れば独特な用語の説明もあるらしいが、今は華凛梛の解説に頼る。

 『着替え』とか『カレンダー』とかサブメニューもあるが、とりあえず『セーブ』をしてから『新節式』を選択した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ