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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
一章 茉莉衣、飛び出す
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ひとりぼっちはイヤ

『キミ迷子なの?』


 唐突に掛けられた声にビクンと手が揺れる。

 声と共にテキストウィンドウも表示されているのでコントローラーのボタンを押してテキストを送ると、ウィンドウが消えたあとに少女視点になっている画面が声の聴こえた方に動いていく。

 そっと振り返った左側に金髪金眼の身形の良い少年の姿があった。


(パッケージに描かれていた子だわ)


 裏面の六人の男性のうち金髪金眼だったのは第三王子で、パッケージよりももっと幼い姿だ。


(確か名前は……)


 わたしの視線はパッケージの方へとさまよう。

 王子はメインの攻略対象らしく一番目立つところに描かれている。

 テレビ画面ではまだ幼い可愛らしい少年だが、パッケージの方は十代後半の、子供と大人の間を思わせる少年姿だ。


「ルートヴィヒ、ね」


 あたしの視線の意味を読み取って華凛梛(かりな)が少年の名前を口にした。

 テキストウィンドウの発言者の欄は『???』と正体不明のままだが、ゲームを見ているこちら側からすれば、例え幼くてもルートヴィヒであることは一目瞭然だった。

 画面が縦に揺れる。どうやら少年の問いに少女が頷いたらしい。


『じゃあボクが森の外に案内してあげる』


 少年はニコリと微笑んで少女に手を差し出した。

 少女視点で恐る恐る繋がれる手。画面の中は幼い女の子の手だけで顔は見えないけれど、その手を見れば身なりの良い少年とは違って随分と貧しい少女だということが分かる。

 荒れて薄汚れた手を気にすることもなくルートヴィヒは優しく少女の手を握った。

 同時にわたしの左手も軽く握られているような感触があった。ほんのりと温もりも感じる。

 その左手の温もりが孤独に震える少女には心強かっただろう。

 少なくともわたしは、なんとも幼いこの手であっても安心感を覚えた。

 画面の中の暗い森が心なしか明るくなったようにさえ感じられる。


『少し寄り道になっちゃうけど、この先で兄さまが待っているから先にそっちに行っていい?』

『……うん』


 不安が治まってきた少女がようやく声を出した―――と言っても、声優が演じている少年とは違い少女に声優はなくテキスト表示だけだったが。

 少女にはもちろん否応は無かった。

 先程の不安と心細さを思えば、左手の温もりを離すことなんて出来ない。

 手を繋いでいる左手と右手で明らかに体温が違うから、これがSESの機能なのだとわたしにもはっきりと認識出来た。

 ツイアイは、ラクーンでしか販売されていないと華凛梛(かりな)が言っていたが、確かにこれだけ細やかに主人公の状況に合わせているなら、SESの無いゲーム機で遊ぶのは勿体ないのかもしれない。


 そうして、金髪の少年が連れてきたのは幹も枝も葉も全て淡い金色の光を放つ大きな木の下だった。

 何本もの幹が絡み合って一本の大樹になっている。色も大きさも違うけど昔、わたしが両親に連れて行ってもらった植物園で見た菩提樹に似ていると思った。

 そして、そこにはもう一人……少しだけ年上に見える少年が金色の木を見上げていた。

 こちらを振り返った彼の目は、手を引いてくれている少年と同じく金眼だけど髪は藍色の癖毛だ。


『兄さま!』

『随分と遅かったな……ん?誰だ?』


 藍髪の少年が大木からこちらに視線を動かして目を細めた。

 まだ少年ながらその鋭い眼差しにビクリと肩が震えてしまった。

 パッケージ裏にある藍色の髪の少年の名はミカル。

 ルートヴィヒには背を向けているが金色の瞳はこちらを睨むように見ていた。成長したミカルは長身で少し癖のある毛を後ろに流している。

 ちょっぴりヤンキーを彷彿させるその様子は、この幼少期の頃から片鱗を見せていた。


『迷子なんだって』


 ルートヴィヒがミカルの物騒な気配に臆することも無くニコニコとそう告げると、ミカルの視線が少女の足先から頭の天辺までジロジロと突き刺さる。

 ミカルは薄汚れて痩せこけた少女が脅威ではないと思ったのか、態度を軟化させた。


『……願いごとするか?』

『お願いごと?』

『うん。妖精樹にお願いするとかなえてくれるんだって』

『……かなえてくれる?』


 二人から交互に話し掛けられて鸚鵡返しに呟く少女に少年達が頷いた。

 左手を金髪の少年が、右手を藍髪の少年がそっと引いて少女に妖精樹へ両手をつくようにと促した。

 わたしの手元には木の幹を四角く切り取った様な映像が現れる。その中心には『Touch』という文字と両手のひらのアイコンがチカチカと点滅している。

 画面の中と同じく両手の指先がそっと持ち上げられているような感触があった。


「面白いコントローラーの使い方だな。このゲーム、当たりかもしれないぞ」


 ミカさんが顎に手を当てて感心の声を上げたのを聞いて、わたしもハッとした。

 手元の木の板の映像が、コントローラーの一種なのだ。

 実際、ただイラストに惹かれて買っただけにしては、かなり楽しんでいることに気付かされた。

 それは、絵だけではなく音楽や声優、ラクーンのシステムにも魅せられているからだろう。

 ゲームをしていて楽しいと思えたこと自体が貴重な経験だった。しかもまだ本編は始まってさえいないのだ。

 ミカさんが当たりだと言うのも素直に頷ける。


「リズムゲームやレースゲームでよく専用コントローラーが売られていたりするけど、ラクーンの場合はコントローラーもプログラムだから、わざわざ買わなくてもいいのは嬉しいわね」


 華凛梛も相槌を打ちながら、とても楽しそうだ。

 別にわたしが制作したわけでもないのに、このゲームを選んだ自分が誇らしくなってくる。

 ラクーンを持っているのを自慢したいというミカさんの気持ちも分かる気がした。

 増々ウキウキと気分が高揚してくる。コントローラーが示すアイコン通りにオレンジ色に光る両手を拡げて映像の木の板に当てた。


『(ひとりぼっちはイヤ……)』


 少女の願い事が画面に表示されると、ブルブルブル……と長めに震えて両手が瞬間熱くなる。

 その熱がすぅーと引くとコントローラーが消えた。

 わたしは思わず両手のひらを見つめてしまう。

 画面の中の少女も確認する様に両手を見つめていた。

 すると左右の掌から蛍のような淡い金色の光がフワリと立ち上りそれが徐々に大きくなると小さな人の形を取った。


『アチシの名前はラヴィ!』

『オイラの名前はイヴィ!』


 桃色のクルリンと内巻きカールが可愛い髪型の女の子と空色のピンピンと外に跳ねた髪の男の子が、背中に生えた四枚の翅でフワリと宙に浮かびながら元気よく名乗った。


(ティンカー・ベルみたい)


 有名な児童書に出てくる妖精の名前を浮かべてわたしの口元が自然と緩む。

 それからパッケージの表面(おもてめん)が、大樹と二匹の妖精だったのはこのシーンだったのかと思った。


『スミレ色!アンタの名前は?』


 薄い紫色の髪をした主人公の少女を真っ直ぐに見てイヴィと名乗った妖精が名前を聞いてくると、手元に通常の形のコントローラーが現れて名前の入力画面が映る。


「あれ?名前入ってる……」

「主人公のデフォルト名ね。代えることも出来るわよ?」

「でも、なんか親近感あるからこのままで」


 画面にはあらかじめ『マリー』と入力されていた。声に出して読むと本名とほとんど変わらないので、特に代える必要は感じず、わたしはコントローラーを握るとそのまま確定ボタンを押した。


『マリーちんだね!ねぇねぇ、誕生日も教えて?』


 桃色の髪のラヴィが今度は誕生日の入力を促した。主人公の名前は入力したもので呼んでくれるらしい。

 デフォルト名なだけあってイントネーションもバッチリだと華凛梛が言っている。


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