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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
一章 茉莉衣、飛び出す
5/19

ニューゲーム

「まずはプレイヤー登録からだ」


 ミカさんが筐体に付いたボタンを押すとラクーンの上部の面がスライドして、コピー機に似たガラス板が現れた。

 予想外の動きにわたしは驚きでポカンとしてしまう。

 そのガラス板の上に両手を(かざ)すように言ってくる。翳すだけでガラス板に触れる必要は無いらしい。

 躊躇(ちゅうちょ)するわたしを尻目に華凛梛(かりな)はヒョイと両手を差し出した。

 ウイィィーンと音を立ててガラス板越しに機械が動き出すのが見えてオレンジの光が出てくると、華凛梛の両手――――指先から手首までがその光で包まれた。


「この両手を翳す仕草がアライグマみたいだろ?」

「そうですね……」


 だからこのゲーム機はラクーンという名前になったんだ、とミカさんが得意気に話してくれる。

 その姿がゲーム雑誌片手に興奮しながら話していた翔馬と重なった。

 あながち華凛梛が言っていたラクーンを自慢したいというのも間違いでは無かったようだ。


『新しいプレイヤーを検知しました。新規プレイヤー登録を行いますか?』


 テレビ画面にはそんなメッセージが表示された。

 それから華凛梛の手元(・・)に『はい』『いいえ』と選択肢が映し出されている。華凛梛は迷わずオレンジに包まれた指で『はい』を押していた。

 すると今度はさっきまで選択肢があった場所に左側に方向キー、右側にいくつかのボタンのある、いわゆるゲームのコントローラーと呼ばれる映像が浮かんだ。

 同時にテレビ画面には五十音の入力画面が映し出されている。


(SFみたいだ)


 空中に映し出されるコントローラーにわたしは既存のゲーム機との違いを理解した。

 翔馬(しょうま)がめちゃくちゃ欲しがっていたのも分かる。


 華凛梛が空中でオレンジ色の右手をスワイプさせると、ゲームのコントローラーの映像がキーボードに切り替わった。

 華凛梛は宙に映し出されたキーボードをタイピングして『カリナ』と入力している。

 映像なんて実体が無いもので入力出来るなんて信じられないが、確かに華凛梛のキータッチの動きとテレビ画面の中身は一致していた。

 そんな一連の流れにわたしは息を飲んだ。


(映像で操作するなんて……)


 今更ながらに翔馬が興奮しながらラクーンを語っていた時に、もっとちゃんと話を聞いていればよかったと思う。

 華凛梛がコントローラーで何か操作すると両手にまとわりついたオレンジ色の光は消えてしまった。

 どうやら解除ボタンがあるらしい。あと、本体から十メートル以上離れても消えるそうだ。

 それからわたしにも登録するように促されたので、彼女の説明に従って本体に手を翳すと同じ様にオレンジ色の光に手が包まれた。

 手首から指先までがただ光っているだけで特に違和感は感じなかった。

 華凛梛と同じ様に新規プレイヤーの追加に同意した後は、手元に浮かび上がったゲームのコントローラーの映像に手を伸ばして掴む。


「あれ?」


 ただの映像の筈なのにコントローラーを握ったりボタンを押したりする感触がして、テレビ画面に並んでいる五十音の平仮名の間を動かした通りにカーソルが移動していく。

 わたしはマジマジとオレンジ色の淡い光をまとった両手を見つめた。


「SES……simulated experience systemという仕組みだ。この手を覆う光に加圧や振動をさせたり温度を変化させたり、反対に手の筋肉の動きや体温などを読み取ったりする役割があるんだ。その中の加圧を使って実際にコントローラーを握っているような感覚を作り出している」


 怪訝な顔を浮かべたわたしに気付いてミカさんが説明してくれた。

 なんだか小難しい話がスラスラ出てくるあたり、華凛梛が言っていた通りラクーンが好きで自慢したいんだと感じた。

 興奮のまま声高に早口で喋る翔馬とは違って、淡々と紡がれるミカさんの低音ボイスでの説明は、わたしでもなんとなく理解出来た気がして心地よかった。

 とはいえ、あたかもコントローラーを握ったような感触をこの手に纏ったオレンジ色の光が作り出している、というのが漠然と分かっただけで結局原理は何も理解出来ていない。

 粒子がどうのという説明に至ると、わたしにはチンプンカンプン過ぎて、思わずクスリと声を出してしまった。

 自分はそれなりに頭が良い方だと思っていた。華凛梛には及ばなくても成績は上位に入っている。

 だけど、ミカさんの話は専門的過ぎてちっとも理解出来ず、まるで外国語のようだと考えてしまった自分に笑えたのだ。


「何かおかしかったか?」

「いえ……最近のゲーム機って凄いんですね」


 訝しげなミカさんに慌てて首を横に振り、率直な感想を伝えた。

 ゲームは何度か翔馬にさせてもらったことはあるけれど、わたしは壊滅的にセンスがなくて彼をイラつかせただけに終わったので、まったく触らなくなっていた。

 夢中になるとつい力が入ってしまってコントローラーからギシギシと音を出して、翔馬に壊れると怒られたことを思い出す。

 映像のコントローラーなら少なくとも握り潰すのは無さそうだなとぼんやり思った。


「こんなのラクーンだけよ」

「まぁこのシステムのせいでラクーン専用ソフトはまだまだ少ないけどな」

「少ないんですか?」

「ああ。SES(体感)が実装されていてこそのラクーンだからな」


 ミカさんの話では、とりあえず移植されたゲームソフトではSESがほとんど実装されておらず、プレイしていてもラクーンである必要性はあまり感じられないらしい。

 わたしはキーボードの感触も試してみたくて、一度コントローラーから手を離すと華凛梛を真似して空中で右手をスワイプさせキーボードに切り替えてみた。

 目の前の映像がコントローラーからキーボードに切り替わった事も感動だが、ポツポツと『まりー』と打ち込むと指先に少し押し返されるような感触があり、本当にキーを打ち込んでいるようだと、増々感動する。


「ソフト貸して」


 プレイヤー登録が終わるとミカさんに言われるままに買ってきたゲームソフトを渡した。

 彼は躊躇なくフィルムを剥がしてケースの中から親指二個分くらいの小さなチップを取り出し、ラクーンの前面にあるスロットに挿し込んだ。


(返品出来なくなったなぁ)


 なんて一瞬脳裏を横切ってしまったが、それ以上にどんなゲームだろうかとワクワクしている。

 翔馬には散々「鈍臭い」と言われたけど、乙女ゲームは基本的にテキストを読んで選択肢を選ぶだけで良いらしいので、わたしでも楽しめるのではないかという期待があった。


 テレビの映像が切り替わって軽やかな音楽と共に『ツインクル・アイランド〜誓いは妖精樹の下で〜』というタイトルとメニューが表示された。

 手元のキーボードはコントローラーに変わったので『New Game』を選択した。


 ―――深い森の中を進んでいる。

 随分と高い木々がビュービューと通り抜ける風に揺れてざわめき、なにかの鳴き声の様にも聞こえた。

 バックに流れる音楽もタイトル画面の軽快な音楽とは異なり静かな旋律を奏でている。

 覆いかぶさってきそうな木々や今にも何かが飛び出してきそうな茂みに、思わず小さく息を飲んだ。

 どうやら幼い少女が迷子になっているようだ。そして、わたしはその少女になっている。


 少女の不安な心境を伝えるように、指先は冷たくなって小刻みに震える。

 画面はその少女の視点なので汚れてくすんだ何色か分からない髪の毛や粗末な服装や荒れた手は見えるが、少女の顔は分からなかった。

 少しホラーじみた演出にわたしは、自分の指先の冷たさや震えがゲームの演出なのか自分自身の反応なのか分からなかった。

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