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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
一章 茉莉衣、飛び出す
4/19

ミカちゃん

 そもそもエレベーターから降りてきたのは一人しかいない。黒のスリムパンツが似合う、年上に見える男性だ。

 背が高くて足も長くて大股でスタスタとこちらに向かってくる。


華凛梛(かりな)……ミカちゃんって?」

「ええ。彼がそうよ」


 嫌な予感がしてオズオズ訊いてみたらやっぱり“彼”なんだ。

 わたしは、ミカちゃんという名前からてっきり女の子だと思い込んでいた。

 異性だと知っていればいくら華凛梛が強引だとしても絶対ついて来なかった。

 華凛梛はそんなわたしの考えなんてお見通しだったようで、上手く行ったと言わんばかりにニンマリと笑っている。悪巧みが成功したキツネ顔を睨みつけるが増々ニヤニヤするばかりだった。


「で、本家のお嬢様が何の用?」


 近くまで来て立ち止まったミカちゃ……さんは座っている華凛梛を不機嫌そうに見下ろす。

 ミカさんは随分と背が高くその表情も相まって何とも言えない迫力があるが、それさえも華凛梛に効果は無い様だった。

 華凛梛はソファに座ったまま脚を組むと彼のお腹辺りをチラリと見ただけでフッと笑った。上から降り注ぐ厳しい視線にもへっちゃらだ。


「こちらクラスメイトの茉莉衣(まりい)。彼女と一緒にしばらく泊めて?」


 華凛梛が口走った言葉にあたしは目を白黒させた。不躾が過ぎる。それに、泊まるなんて……。


「……唐突だな」

「茉莉衣。この人は従兄のミカちゃん」


 案の定、ミカさんは呆れたように呟いたが、華凛梛はお構い無しだ。

 ミカさんが『本家のお嬢様』と呼ばれた時からなんとなく予想はついていたけど、従兄さんだったらしい。学校の交友関係に心当たりがなかったわけだ。


「ミカさん……あの、初めまして。春日(かすが)茉莉衣です」


 紹介されたからには座ったままは気不味くて、立ち上がってペコリとお辞儀をした。

 華凛梛と同じ様に、ちゃん呼びなんて出来るはずもなくさん付けで声を掛けさせてもらう。

 わたしと操ちゃんは姉妹と間違えられるくらい顔立ちが似ている従姉妹同士だけど、華凛梛とミカさんはそこまで似ていない。

 男女の従兄妹だからなのかもしれないけれど、しいていえば、二人とも背が高くてスタイルがいいので、並んでいるとまるでモデル雑誌の一頁(いちページ)のようだった。


「で、泊まるって本気?」


 華凛梛に言っても拉致があかないとでも思ったのかミカさんの標的はわたしに代わった。


「あ、いえ、トンデモナイです。か、帰ります。そんなご迷惑をかけられません」


 わたしは両手を胸の前で激しく左右に振りながら玄関の方へと後退(あとずさ)った。

 ノコノコと華凛梛に着いてきた事が悔やまれる。


「ちょっと待って」


 わたしがジリジリと玄関の方へ下がると、華凛梛が素早く立ち上がってガシリと腕を掴んで引き止めた。

 華凛梛はここで引くつもりは無いようだ。


「ミカちゃん、泊まるのはともかくとりあえずラクーンさせて。この子がハード持ってないのに勢いでソフト買ったの。折角買ったんだから一度くらい遊びたいじゃない」


 『一度くらい遊びたい』というのは確かにその通りで、わたしの心はちょっとだけ揺れてしまったが、それでもはじめましての人を巻き込む理由にはならない。

 

「い、いいよ。まだ未開封だし返品するよ」


 わたしの腕を引っ掴む華凛梛の手をやんわりと押しながらなんとか放してもらおうと足掻いたが、華凛梛にガッチリ掴まれた腕はどうにも解放してもらえなかった。


「気にしなくていいわ。ミカちゃんはラクーンを自慢したくて仕方がないんだから」


 わたしの乙女ゲーム(ラクーン)をしてみたい、という心の内を見透かしたように、華凛梛が畳み掛けてくる。

 ゲーム好きの翔馬(しょうま)も手に入らないと嘆いていた幻のゲーム機を持っているのだから確かに自慢したくなるかもしれない、なんて気持ちが揺れ動いてしまう。


「ラクーンか……」

「…………」


 華凛梛の言葉に呟いたミカさんを思わず見上げたら、バチンと目があってしまった。

 しまった、とすぐに目を逸らしたけれどわたしが期待した目でミカさんを見てしまった事は誤魔化せなかった。


「……少しやってみるか?」

「流石ミカちゃん!」


 態度が軟化したミカさんがわたしに対してそう訊いてくれた。

 すかさず華凛梛が反応して後押しをしてくる。


「ほら、良いって。行こっ」


 いまいち流れについていけないわたしを華凛梛が促してエレベーターに乗り込んでしまったけれど、どう考えても初対面の男の人の家で乙女ゲームをするのってかなりおかしな状況ではないだろうか、という迷いは消えない。

 エレベーターの扉は未練がましく出口を探して彷徨うわたしの視線の先で無慈悲にも閉じてしまった。

 華凛梛の言う通りミカさんもラクーンの名前が出てからは嫌がっていないからいいよね、と自分を納得させて、心の平静を取り戻そうと深呼吸した。


 エレベーターの目的地は最上階だった。

 部屋への入口は向かい合わせで二つしかない。

 エレベーターを降りて右側がミカさんの住まいだそうだ。


(二部屋……他の階は何部屋あるんだろう?)


 一般的なファミリータイプのマンションを思い浮かべて、おそらく六部屋か八部屋くらいかと思うが、片側で三、四部屋分とすると中は随分と広そうだ。

 通された玄関は、マンションだというのに春日家(一軒家)と変わらないくらいの広さがあった。


「お邪魔します」


 華凛梛に続いて靴を脱ぐと、すぐにその場にしゃがみ込んでつま先を外に向けて揃える。

 ついでに華凛梛の靴も揃えていると、ミカさんがスリッパスタンドからスリッパを取って置いてくれた。

 有り難く履かせてもらってペタペタと二人の後を進もうとすると、華凛梛が好奇心のままに左のドアノブに手を伸ばしてミカさんに怒られた。


「右のドアが手前からトイレと洗面所。左は俺の私室だ」


 ミカさんに言われて玄関から伸びる廊下を見ると、左右にドアが二つずつ並んでいる。

 わたしは、洗面所で手洗いをさせてもらいながら、玄関から見て右手のドアがトイレだと頭に叩き込む。

 そんなに長居をするつもりは無いけど、もしかしたら借りる事もあるかもしれない。


 それから廊下の突き当りにもう一つドアがある。

 そのドアの先に案内されると、右側がカウンターキッチンとダイニング、左側がリビングになっていた。

 正面は開放的な大きな窓で、その先は広いベランダになっている。

 ベランダに転落防止の塀が有るから、部屋の中からでは景色は半分しか見えないけれど、キャンバスに描かれたような切り取られた空がそこにあった。

 ベランダに立てば、十六階(最上階)にあるこの部屋の眼下に街並みが広がっているのが見えるだろう。それに少し離れているが遠くに海も見えるはずだ。

 リビングには壁掛けの大きなテレビがあり、手前には三人掛けと二人掛けの大きなソファがL字型に置いてあった。家具の一つ一つが大きいのにまだ部屋にはスペースが有り余っていて流石治宮(はるみや)の親戚だと思った。

 廊下の扉の数から間取りは一般的なファミリータイプのマンションと変わらないみたいだけど、一部屋一部屋の広さが全然違う。

 そんな広い部屋なのに隅々まで掃除が行き届いていて、まるでモデルハウスのようだと思った。


「これがラクーンだ」


 ソファーの前にあるローテーブルのガラス天板の下から上にミカさんの手によって置かれたのは黒くて四角くてどこかポータブルのDVDプレーヤーに似ている機械だった。黒ベースにオレンジのラインが入っているのが印象的だ。

 そこから二本のケーブルが伸びて、一方は壁のテレビに繋がっているのが見える。もう一方のケーブルはアダプターだ。

 翔馬(しょうま)の部屋にあるゲーム機とあまり大差無いように見えて不思議に思う。


(デザインがちょっと違うだけ?)


 わたしが疑問に頭を捻っていると、ミカさんはゲーム機(ラクーン)とテレビの電源を入れて、華凛梛とわたしの二人を手招きした。

毎日投稿最終日です。

以降、不定期公開になります。

活動報告も書きますので良かったら覗いてみてください。

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