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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
三章 カロリーナ、祈りを捧げる
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大聖堂へ

 大聖堂は王城よりも更に上の高台にある。海に面したその高台には街の外から回り込む為には船が必要になるし、結局最後には丘を登らなければならない。

 それに王城からも近いため港は厳しく入港が管理されている。

 だからといって街の中を通って行くならば、貴族街を通り抜ける必要があるので、貴族の証である左手の葉紋やハルティア学園の生徒の証である妖精樹の葉、貴族の発行した通行証などが無ければ、身元確認をされた上で入街税を支払わなければならない。

 大聖堂へたどり着くまでには、こういった様々な制約がある為、これまで下町の民だったマリーにとって大聖堂はただ遠くから眺めるものに過ぎなかったのだろう。

 しかし、大聖堂は平民から王族まで訳隔たりなく門戸を開いている。

 大聖堂は神域なので、神聖魔法の効力を高めてくれる。一方で妖精魔法はあまり使えなくなるので、精界へ誰かを連れて行く事は難しくなるだろう。

 妖精の介入を防ぐならば一番の場所だ。

 セルベル家の迎えには責任持ってマリーを邸へ送ることを言伝てて、マリーにはピュハマー家の馬車に乗ってもらった。

 先程は姿が見えなかったマリーの妖精達は馬車の中では姿を現した。


「今日は学園内では姿を隠せと言われていたからな」


 ハルティア学園の門を出ると同時に姿を現したのは、マリーの入学試験の時にも会った空色と桃色の髪色をした二匹の妖精だ。

 空色のイヴィは姿隠しの魔法を褒めろと言いながら偉そうに胸を張っている。

 一緒に魔法で姿を隠されていた桃色のラヴィが「えらいえらい」と笑顔でイヴィの頭を撫でていた。

 そんなラヴィにイヴィは不貞腐れた様子で口を尖らせた。


「おい!お花畑!お前は頭の中まで花が詰まってるのか?姿は消せても声は消せないって言っただろ」


 イヴィはおかげで音を消す魔法も使わされたと文句を言っているが、ラヴィはニコニコと嬉しそうだ。

 しかも、頭を撫でられている事には抵抗せずに好きにさせているところをみると、どうも本気で怒っているわけでもなさそうだ。

 まったく動じないマリーの様子からしても、これが平常運転なのだろう。

 それにしても、イヴィの判断で追加の魔法を使っていたということに驚く。

 別に契約妖精がいなければ魔法を使えないというわけでは無い。

 周囲にいる妖精に呼び掛けて魔力を渡して魔法を使ってもらうのが妖精魔法の基本だからだ。

 現に神聖力が強いピュハマーでも、妖精魔法を使うこと自体は可能だった。

 しかし、どんな魔法を使って欲しいのか妖精達に伝えるのは非常に難しい。

 イヴィとラヴィがサーリスト王国語を話すという事を差し引いても、他の誰も知らないような魔法を使わせるというのはとても高度なことに思う。

 その上で更に、イヴィの言い分を鵜呑みにすれば同時に二つの魔法を操っていた事になる。

 話に聞く他の契約妖精達は、契約者の頼みは聞くけれどそれは額面通りで、目的や結果まで考えて行動する事はあまり聞いたことがない。

 そもそもどれだけ自分の意図を妖精に伝えられるかが妖精魔法を使う上で重要となるのだけれど、マリーとイヴィの間にある絆はかなり強固なものだと思われた。


「初日から目立ちたく無かったんです」


 マリーは肩をすぼませてそんな言い訳をしたけれど、わたくしの驚きは正しく伝わっていないようだった。

 契約妖精自体が珍しいのに、まるで人の様に振る舞う彼等は確かにかなり目立つだろう。姿を隠してもらっていて正解だと言える。

 しかし、こういう時こそ精界に帰してしまえばいいのに、それを魔法で隠すという発想になるのが不思議だった。


「イヴィさんは風の妖精でしたわね。風を使って声を消すのは何となく分かりますが姿はどうやって消したのですか?」

「ん~~。ブワッとしたら出来るんだよ」


 イヴィが空中に飛び上がりながら両手両足をブワッと広げると、なんだか暖かい風を感じて彼の姿が見えなくなった。

 実演されてもよく分からなくて彼が居たはずの場所に手を伸ばすと指先が何かに当たった。


「いてっ」


 再び姿を現したイヴィはお腹をさすっていた。

 どうやらわたくしの指はそこに当たってしまったようだ。慌ててお詫びを言うと「気を付けろよっ」と不貞腐れながらラヴィの側に戻って再び頭を撫でてもらっている。


「風とは空気の流れとも言えます。ですから、風の魔法で暖かい空気と冷たい空気の層を作って光を曲げると遠くにあるものをそこにある様に見せたり、目の前のものを消してしまったり出来るみたいです」


 感覚を伝えてくるだけのイヴィに代わってマリーが原理を説明してくれる。


「光を……曲げる?」

「えーと、視覚というものは光を認識しているんです。なので光が曲がると錯覚が起きるんです……」

『暖かい空気と冷たい空気があれば温度が低い方に光が屈折するのよ。まっすぐ見ているつもりでも視認しているのは少しズレている風景になるわ』


 マリーの説明にわたくしが首を傾げると、彼女は少し自信がなくなったのか不安そうに視線を彷徨わせた。

 脳内で華凛梛様も補足してくれたが、今まで聞いたことのない理論だった。


「それは……姿を隠す魔法は、本来なら光の妖精の領分になるけれど、風の魔法で光を操ったということですか?」

「……そう、なりますね」


 わたくしは二人の説明を頭の中でゆっくり咀嚼しながら理解出来た内容を伝えると、マリーは自信なさそうに頷いた。

 風の魔法と言えば、突風を吹かせたり竜巻を作ったり、後は遠くの人の声を盗み聞きしたり逆に遠くに声を届けたりするものだと思い込んでいた。

 声を届ける事が出来るなら消すのも出来るのだろうと想像出来るが、姿を消すというのはまったく想像が出来なかった。

 そもそも光の魔法で姿を隠すというのもこれまでにない考え方に思える。


「その魔法はマリーが考えたのですか?」

「……え〜と、それは、茉……いえ、そうですね」

「マリーはそれをどこで学んだのですか?」


 どこか歯切れの悪いマリーだったが結局肯定したので更に質問を重ねてしまう。

 少なくとも光の屈折なんて理論はハルティア学園で学ぶ内容ではないので、家庭教師から教わったのかもしれない。

 学園では習わない知識まで学ばせたりする程博学な家庭教師がいるとは、残念ながらこれまで耳にしたことがなかった。

 ましてやマリーは平民だった為、勉強はセルベル家に引き取られてから学園生活で困らないようにするために詰め込まれただろう。

 はたしてセルベル男爵にそれ程の家庭教師を用意する人脈があったのだろうか。


「……本で読んだのかも」

「その本のタイトルは?著者は分かりますか?」

「すみません。覚えておりません……」


 つい問い詰めるようになってしまったわたくしにマリーは完全に萎縮してしまった。

 マリーを困らせるつもりはなかったので、わたくしの眉根がギュッと寄ってしまう。

 このままでは涙腺が緩んでしまうと思ったその時、御者から大聖堂に着いたという声が掛けられた。


(…………助かったわ)


 意識が分散されてどうにか今回は泣かずに済んだようだ。

 先程までイヴィの頭を撫でていたラヴィがいつの間にかマリーの頭の上に座って両手でワシャワシャとしていた。

 イヴィも両手を組んで片眉を吊り上げて不貞腐れたポーズを解いて、心配そうにマリーの様子を伺っている。

 萎縮していたマリーはそんなイヴィとラヴィの様子に慰められたようだ。


「貴方達はとても仲の良い兄妹(きょうだい)のようね」

「はい!」


 わたくしが思わず口に出した感想にマリーはとても嬉しそうに頷いた。

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