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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
三章 カロリーナ、祈りを捧げる
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待ち伏せ

 気が付けば随分と時間が経っていた。

 今更、新節式が行われている大ホールへ行っても人が多いだけで見逃してしまうかもしれない。

 わたくしは馬車の乗降場の方がマリーを見付けやすいと判断してそちらに向かうことにした。

 セルベル家の紋章は確かスズランだった筈だ。

 あらかじめ馬車を確認しておけば行き違うこともないだろう。


「いやぁ参った。あんなおっかない気配を撒き散らしていたら恐ろしくて近づけねぇって」

「ほんと貴族のお坊ちゃんは気紛れでいけねぇな」


 厩舎の陰を出ると、馬丁が二人そんなことを話しながら厩舎の中に入っていこうとしていた。

 どうやら馬のお世話をしなければならないのに、誰かが居座っていて厩舎に近づけなかったようだ。

 彼等からすれば急に姿を見せたわたくしに気付いて、飛び上がらんばかりに驚いていた。


「こらお前不敬だぞ!」

「なんだお前が言い始めたんだろう!」


 お互い罵声を浴びせ小突き合いながら気不味そうな愛想笑いを浮かべてヘコヘコと何度も頭を下げて厩舎へ逃げ込むように去っていった。

 ここに誰かが居たなんて、もしかしてわたくしが泣いているところを見られてしまったのだろうか。

 それよりもまるで独り言を言っているように思われたかもしれない。

 華凛梛(かりな)様の声は私の頭の中に聴こえるのに、わたくしが頭の中で思い浮かべた言葉は華凛梛様に届かなかったから、ずっと声に出していた。

 おそらく男子学生である誰かがそこに居たのだとすれば、何か聞かれてまずい事を言ってなかっただろうか。

 気が付けばググッと眉間に力が入っていた。

 わたくしは泣いてしまいそうになるのを堪えながら、気にしても仕方ない、と自分に言い聞かせる。

 真っ白になりかけながらも頭を無理矢理にでも働かせる。泣く暇が無いくらいに考えなければ……。


(……とにかくマリーに会って話をしよう)

『ねぇちょっと校舎には行かないの?!聖地巡礼したいんだってば!』


 馬屋の側に控えている数台の馬車にスズランの紋が無いかと確認しようとすると華凛梛様が騒ぎ立てた。

 厩舎の陰とは違って馬丁や御者の出入りが激しいここでは迂闊に声を出して話始めるわけにもいかず、私は小声で「今日はマリーと話したいです」と囁いた。


『あら、それなら妖精の森の入り口で待ちなさいな。卒業生につられて来るはずよ』


 新入生が行く必要の無い場所を告げられて、わたくしは小首を傾げながらも華凛梛様の助言通りに学園の西の外れにある妖精の森の近くで待った。

 卒業生は毎年百人前後程だが、各々(おのおの)で森へと向かっている。

 普段は大人数だと姿を見せない妖精樹が、四月一日のこの日ばかりは多くの人を受け入れる。


『妖精樹もなんで刻紋の儀式に付き合っているのかしら?』

「後程」


 ここでは周りに人が多すぎて声を出せない。小声で短く返事をするだけに留めると、華凛梛様は不満気ではあったがわたくしに話し掛けるのを控えてくれた。

 マリーが姿を見せたのは人がまばらになってからだった。

 最後尾からも少し遅れて、淡紫色のフワフワした髪が見えた。

 どこかぼんやりとしていた彼女は、前を歩く卒業生達と同じ様に森へ入ろうとする。

 森へ入るには許可証がいるのだ。卒業生達は手にしている卒業証書が本日限りの通行証となる。

 持っていない者には森が拒絶するだろう。

 マリーの場合はどうなるか分からないが、過去の事例もマチマチだが、厳しい場合には手にしていた妖精樹の葉が枯れてしまった人もいる。

 葉が消えてしまえば、当然ハルティア学園も退学となってしまう。


「森に入るには許可が必要ですわ」


 わたくしの声には幾分緊張が含まれていた。

 優しく微笑んで……と思えば思うほど、顔が引き攣ってしまって、結局笑顔が作れない。


「カロリーナ様……」


 わたくしに気が付いたマリーが膝を曲げて挨拶をする。


「入学おめでとう、マリー」

「ありがとうございます」


 顰めっ面のわたくしのお祝いの言葉でも、マリーは笑顔でお礼を返した。


「今、妖精樹の元へ向かっているのは卒業生の皆様ですわ」

「卒業生?」

「ええ。刻紋の儀式の為に」

「あっ。そうでした」


 刻紋の儀式については新節式で毎年繰り返し説明されている。マリーも先程の式で聞いたはずだ。

 それを思い出したのか彼女の顔は赤くなっている。

 わたくしと違って素直な感情が顔に出る彼女が微笑ましい。

 だけど、貴族としては相手に感情を悟らせるべきではないし、王太子妃に推そうというのだから尚更だ。

 とはいえ、道はまだ始まったばかり。


(この愛らしさを失うのは残念だわ)


 屈託の無い笑顔に心を和ませる。

 常に涙を堪えているわたくしが、珍しく泣きたくなっていない。


(もしかしたら、この笑顔にルートも惹かれるかもしれないわ)


 長年感情を抑える訓練をしているわたくしでも出来ていないのだから、マリーを王太子妃に育てるならば少しでも早く心の内を隠す事を覚えさせなければならないけれど、彼女とルートヴィヒの仲が進んでからの方がいいかもしれない、と思い直す。


『マリーに学校を案内しなさい』


 思案にふけって沈黙してしまったわたくしに、華凛梛様が助言をくれた。


『マリーを案内していれば独り言にならないでしょ』


 親しくなるためにも良い切っ掛けになるだろう。


「よろしければ学校を案内しましょうか?」

「嬉しいです」


 確かに華凛梛様の言う通りだと思ったのでマリーを誘うと彼女は本当に嬉しそうに微笑んだ。


「では明日、案内しますね」

「よろしくお願いします」


 今日は新節式が終わり大ホールから誰もいなくなると、学舎が閉ざされてしまうので案内は出来ない。

 というのも、王城で夜会があるからだ。

 卒業生の多くは今日がデビュタントになるし、教師も爵位を持っている方々ばかりなので、少しでも早く帰って準備する必要があった。

 先程、森に入っていった卒業生達も左手に刻まれた葉紋に喜びを隠せない様子で帰路につき始めていた。

 これからどんどん帰宅する人が増えるので馬車の乗降場は混み合うだろう。

 夜会にはまだ参加資格の無いわたくしやマリーには時間があるので、もう少しおしゃべりを続けることにした。


「入学試験の時に歌っていた恋歌があるでしょう?」

「はい。故郷を見付けた旅人の歌ですね」

「ええ。あの時は一部しか聴けなかったから全部通して聴いてみたいわ」


 マリーの母親がセルベル家の令嬢で、既に海に還ったという話は社交界でも情報が流れているけれど、父親についてはマリー自身が話してくれた異国から来た吟遊詩人だったという以上の情報は無い。

 今、マリーがセルベル家の養女になっていることを考えると、父親も既に海へ還っているのかもしれないのでは、と思い至り直接父親を紹介して欲しいとは口に出来なかった。

 まだ知り合ったばかりのわたくしでは、踏み入りすぎになってしまうだろう。


「今、歌いましょうか?」

「いえ。ここは森が近いわ。また妖精達が現れたら大変だから……そうね、我が家に来てくれないかしら?」

「えっ!こ、公爵邸にですか?!……あの、今日はイヴィとラヴィも側に居ますし妖精達が来ても連れて行かれる事は無いと思います」


 自宅に誘ってみたけれど、公爵邸というのは彼女にとって敷居が高過ぎるようで、声がひっくり返っている。

 一見したところ妖精達の姿は見当たらないように見受けられる。

 あの時、マリーの契約妖精であるイヴィとラヴィは妖精王に付いて来ないように言われた様子だった。

 今はそんな事は無いのかもしれないけれど、姿が見えないので不安だ。


「……そうだわ、聖堂の一室を借りましょう」

「あの丘の上の大聖堂ですか?」


 マリーは大聖堂に神官以外が入ってもいいのかと目をパチクリさせている。

 わたくしが毎朝通っている奥の礼拝堂に関しては上位の神官しか入れないが、もう一つの礼拝堂は信者であれば誰にでも開放されている……名目上は。


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