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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
三章 カロリーナ、祈りを捧げる
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何の涙かしら?

「わたくし、精一杯マリーのお手伝いを致します」


 お話を聴いてそう宣言したわたくしに華凛梛(かりな)様は『ふうん』と声を漏らす。


『それって文字通りお手伝いよね?他意はないわね?まさか(いび)り倒したり取り巻きに無視させたり物を隠したり階段から突き落としたりとかしないよね?』

「そのような事をする利があるのですか?」


 貴族の行いに相応しくない言動を行えば、刻紋の儀式で妖精樹の葉が反応しない。つまりは貴族として認められないのだ。

 特に大きな過失も無い人を迫害しようとすれば、自身も貴族の身分を諦める覚悟が必要になる。

 神にも家門にも、なにより己自身に申し訳が立たない。


『へー。確かに刻紋の儀式に影響があるならイジメの抑止力になるわね。悪役令嬢の路線は消せそうね』


 わたくしが、貴族として認められない行為だと説明すると、華凛梛様は相変わらずよくわからない言葉を呟いていたけれど納得して頂けたようだ。


『マリーの恋愛対象は七人いるわ。第三王子のルートヴィヒ、第二王子のミカル、商人貴族のエルンスト、ルートヴィヒの護衛のアルトゥール、カロリーナの弟のレオナルド、教師のエリック。……それから、隠しキャラで理事長のカールね』

「七人……」

『あっ逆ハーエンドは無いから同時にじゃ無いわよ。この中の誰かと恋に落ちる可能性が高いってこと』

「はい」


 わたくしが“七人”と口にしてしまった理由は、そんなにも沢山の未来があるのかと驚いてしまっただけで、マリーが一度に複数の男性と付き合うなんて考えてもいなかった。

 それに比べてわたくしが王妃にならない未来は一つしかないらしい。

 あまりにも細い線に泣いてしまいそうだ。


『で、マリーとルートヴィヒとの出会いイベントは妖精学の授業になると思うわ』

「出会いですか?マリーの入学試験の時に二人は既に会っています」

『あぁ、あのチュートリアルでルートヴィヒを選んだのね。どうだった?』


 そう聞かれても、二人は初対面らしく初めましてと挨拶していた。マリーは緊張している様子で何度かルートヴィヒを気にしているようだったけど、王子相手なのだからそれも別におかしなことではない。

 しいて言えば、わたくしがマリーの試験の付き添いを探している時にルートヴィヒ自ら立候補してきたのは珍しいかもしれない。

 わたくしとルートヴィヒとは王妃様になるべくお互いの側にいるように言われているので、それに従ったと思ったのだけど、今思うとマリーと初めて会った割にはルートヴィヒの警戒心は薄かったように思う。

 いつもの彼なら、相手を見極める為に初めましての人には聞き手になりがちだ。相手に警戒心を勘付かれないようにこやかに微笑みながら出方を待っている。

 しかし、あの時はまるでルートヴィヒ自身が彼女の案内人であるかのように話しかけていた。


「ルートが警戒していなかった……?」

『実はあの二人、幼い頃に妖精樹の森で会っているのよねぇ』

「!」

『ルートヴィヒは無許可で森に入ったのを秘密にするために初めましてを装ったみたいよ。妖精学の授業のイベントで改めて口止めされるのよ』


 二人に既に縁が合ったなんて全く気付かなかった。

 けれど御使い様がそうおっしゃるのならきっと本当の事なのだろう。


『マリーとルートヴィヒが結ばれて、なおかつマリーが首席卒業出来たら、カールが養子にしてルートヴィヒと婚約するわ。カロリーナが王太子妃にならない未来はあたしの知る限りそれだけよ』

「シューストレム侯爵令嬢として王家に嫁ぐのですか?先程は侯爵と恋仲になる可能性もあると……」

『そうね。侯爵夫人になるのも侯爵令嬢になるのも難易度は高いけどね』


 セルベル男爵家からだと王家に嫁ぐには家格が相応しくないと反対の声が上がって来るのは想像に難くない。

 しかし、貴族を決める学園の理事長を務めているシューストレム侯爵は、ただでさえ各家門の存続を押さえている状態に等しい。

 もし彼を後ろ盾にマリーが王太子妃になるとそれはそれで、シューストレム家に権力が偏り過ぎだと危険視されそうだ。

 これまでシューストレム家は、学園の運営以外の政治的な話には全く興味を示さず常に傍観をしてきたけれど、養女とはいえ娘が王太子妃になれば周りの貴族達は心中穏やかには居られないだろう。


『そう言えば、理事長の契約妖精には会ったかしら?オレンジ色のおっきいアライグマなんだけど』

「はい。森でマリーと(はぐ)れて……彼女を精界に連れて行こうとしました」

『それなら理事長(カール)とのフラグも立っているわね』

「それはどのような意味ですか?」

『マリーが侯爵夫人になる線もまだ有るってことよ』


 華凛梛様のお言葉は独特だ。しかし、多少耳慣れない単語や言い回しがあったとしても、全く意味が分からないという事もない。

 レオナルドが神託には解釈が必要だと言っていたけど、女神レウナより直接賜るお言葉は、御使い様よりももっと難しいのかもしれない。

 解釈が必要と言う程抽象的では無いし、御使い様に直接問い返せるので、そこにわたくしの解釈が不要なのはとても有難い事だ。

 わたくしは口の中で小さく女神レウナへの感謝を唱えると短い祈りを捧げた。

 マリーが国母に相応しい人でルートヴィヒとお互い想い合ってくれるのが、わたくしにとって一番喜ばしい未来ではあるけれど、その為に王国の存続が危ぶまれる事態になる事は決して望んでいない。

 マリーが相応しくないのなら、女神レウナも華凛梛様を遣わせたりしなかっただろうと信じるしかない。

 未来への不安と小さな希望にまた涙腺が緩んでしまう。

 やはり溢れてしまった涙を苦々しく思いながら、わたくしはハンカチを頬にそっと当てた。

 たっぷりの干し草の匂いに包まれた厩舎の陰で、今は誰も訪れないで欲しいと願いながら、わたくしは流れる涙を止めようと必死に眉根に力を入れた。

 

『それ、何の涙かしら?』


 華凛梛様の咎める声が聴こえる。

 そうは言われてもわたくしだって泣きたくはないのだ。でも、自分の意志で止められなかった。


「申し訳ありません。少しだけ時間を下さい」


 何の涙と問われてもわたくしには明確な答えは無かった。

 我ながら情けない声で許しを請い…………それから、大きく深呼吸を繰り返し、必死に考えた。


「……不安を感じておりました」


 恐らくそうなんだと結論付けた。

 普段ならこんな泣き言は口にしないが、華凛梛様には全て見透かされているような気がした。

 弱みを見せるなんて絶対にしてはいけない事なのに、自分でも驚くくらいスルリと言葉にしていた。


『……それで?不安を感じて泣いて終わり?』


 わたくしは一瞬言葉を詰まらせてしまう。

 不安を感じて泣いて……泣いただけでは現状は変わらない。


(マリーの、……それから理事長の為人(ひととなり)を見極める必要があるわ)


 なにより国を混乱に陥れたい訳では無いのだから、マリーとその後見人が未来の王妃に相応しくなければ…………わたくしは覚悟を決めなければならない。

 もちろんルートヴィヒとマリーの気持ちも確認する必要がある。


「いえ。為すべき事があります」

『ならいいわ。泣いても前に進めるなら気が済むまで泣けばいい。まぁ、泣いて終わりに出来るならそれもそれでアリだけど。でも、人前で泣きたくないなら、この先どうするかを考えるべきね。不安っていうのは未知だからでしょ?常日頃からありとあらゆるパターンをシミュレーションしておくの。どう対処するのが一番良いかあらゆる可能性を考えていれば涙が出てくる余裕も無くなるわ』


 余りにも一気に言われて理解が追いつかない。

 でも、何を言われたのか必死に考えたおかげでいつの間にか涙は止まっていた。

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